セシリアは自分を守る拠点防衛兵装(フォートレス・ガジェット)の一柱に身を持たれかけた。
ラウラとの戦いで薄汚れ、疲労困憊の彼女の頭上で輝くフォートレス・ガジェットの護光は優しくも美しい。多くのきらびやかな宝石や装飾を目にしたセシリアをして、その眩さにため息を着かせた。
その光の向こう、幾太刀も刃を交え繰り広げられる戦いを見遣る。ラウラの【シュヴァルツェア・レーゲン】の『プラズマ手刀』は二刀流で、トミーの【グレイ・アイディール】は『グローリー・シーカー』の一刀を八相の構えで持ち向かい合っていた。
「トミーさん……」
セシリアはその戦いを見届ける責任があると感じていた。
これは自分とラウラの戦いだ。互いに譲ることのできない想いのためにぶつかってしまった、避けられない一戦なのだ。
それを、彼は止めに来てくれた。それも自分を庇って、こんな配慮までしてくれて。【グレイ・アイディール】の装備の大部分を占める下半身と分離するなど、不利にならないはずがないものを。
「ラウラさん……」
彼女の戦いに臨む精悍な顔つきの中に、どこか苦しんでいるような目の色が覗かれた。
先程までの話を受け入れるまではいかずとも、彼への想いの強さはセシリアにもよく感じられた。
だからこそ、こうしてトミーと戦うことになった彼女胸の内を、セシリアにも察しないわけにはいかなかった。
それに今、こうしてトミーと剣を向けあっているということは、ラウラはあえて空を飛んでいないということだ。飛べないLSと同じ舞台に立つその姿勢には、きっとラウラなりの尋常の思いがあるのだろう。
「わたくしも、あの場所にいたいですわ……」
ああ、とため息を着くように悲嘆が溢れる。
(もっと強くなりたい)
彼と共に立ち、ラウラと互角に戦える強さを。トミーに守られてばかりでなく、ラウラの想いにも比肩する、そんな強さが自分にもあれば……。
「ねえ、【ブルー・ティアーズ】。どうか、私の力になってくださいまし」
自分の肩を抱くようにして、自身のISに語りかけた。
すべての武器をなくした今の【ブルー・ティアーズ】に、応える力など残っているはずがない。なのに、セシリアの頭にあるヘアバンドのコアが、エメラルドグリーンの光を明滅させた。力のない光だったが、彼女の願いを受け止めてくれたようにセシリアには感じた。
(ありがとう……。頑張りましょう、【ブルーティアーズ】)
決意を胸に、キッと顔を上げて戦いに向き直った。
「……あら?」
ふと、戦場に戻したその視界の中で、トミーの背中が煤けていくように見えた。だんだんと、その黒みが増していく。
「まさか……!」
セシリアの背中を冷たいものが流れた。その黒く変色していく姿を、以前にも見たことがあるからだ。
あれは、屋内IS訓練場で鈴との練習試合の時に起きた、セシリアにとって最悪の出来事。
「ダメです! トミーさんっ!!」
セシリアが叫ぶと同時、黒化したトミーがラウラを切りつけた。
◇
トミーの得物が黒く変色し、形状も刀のそれになったナニカがラウラの『プラズマ手刀』を切り払う。
「これはっ……!?」
ラウラは大きく後ろへ飛び退いた。文字通り、PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を使った飛行を伴う高速離脱だ。
なのに、トミーはそれへ追いすがる。全身を黒で覆い、IS装甲が別の形に変わってゆく。その顔すらも漆黒の仮面で覆われていった。
トミーは恐ろしい速さで黒刀の間合いに詰め寄ると電光の如き一閃を振るった。
「ぐぅッ……!」
かろうじて左腕の『プラズマ手刀』が間に合ったが、受けると同時に切り裂かれて量子化していった。それに【シュヴァルツェア・レーゲン】のシールドゲージも減っている。
トミーの装いの形状と、その不可思議な強さに対峙して、ラウラは目の前で起きた事が何であるか確信した。
「VT(ヴァルキリー・トレース)システムっ!?」
それは何か衝撃を受けたり戦闘不能の状態から誤作動(エラー)で起きたようなものでは無い。
トミーが、自分の意思で解き放った正真正銘のVTシステム。
世界最強の称号であるブリュンヒルデのIS【暮桜】もどき。
「やめろっ、トミヤ!」
ラウラの静止の声が叫ばれる。
「この戦いは、お前がそうまでしなければいけないものなのか? 私の声はもうお前の耳に届かないのか!?」
「僕はっ!」
黒い仮面の中からこもった声がする。
「ラウラを止めなくちゃならないんだ!」
トミーの左足が踏み込まれた。
「オォアァッ!!」
気合と共に連撃が繰り出される。
何合も打ち合わずに、残る右手の『プラズマ手刀』も切り捨てられた。
「そんなことっ……!」
ラウラは全速力で空へと逃げた。だが、ただ真っ直ぐ逃げるだけではあの最強もどきは振り切れない。跳躍だけでも追いついてくるだろう。
ならばと『ワイヤーブレード』を四機全出させてトミーの機先を制そうとした。
しかしあろうことか、トミーはそのワイヤーを掴み上げた。
「バカなっ!?」
しかもワイヤーを手繰って飛び下がるラウラへ肉薄して来る。彼の左腕がラウラを掴むと同時、右手で振るった黒刀がすべてのワイヤーを切り払った。
(これが、織斑教官の……! 世界最強の片鱗だというのか!)
恩師の実力を身を持って再認識すると共に、この脅威にどう対処するか思考を回転させた。もはやトミーに対する容赦どころの話ではない。彼は反則技に手を出して来たのだから。
こうも近づかれては『リボルバーカノン』は使えない、接近戦装備は破壊されている、なんとか振り払わなければならない、相手は空を飛べないのだ、間合いを取ればコチラの勝ちだ!
「ハァァアア!!」
ラウラは【シュヴァルツェア・レーゲン】をバレルロールさせながら無茶苦茶な機動をとりだした。言うまでもなくトミーを振り落とすためである。これで離れなければ本当にバケモノだ。
しかし、相手はあのブリュンヒルデもどき。
「グッ!?」
ラウラは突然機体が制御不能に陥ったことを認識した。トミーに何をどうされたのか分からないが、気がつくと黒刀がきらめき【シュヴァルツェア・レーゲン】の装甲やシールドゲージがゴッソリ削り落とされていた。
同時に、飛行能力すらも破壊されたのか、減速できずきりもみ状態でまっしぐらに墜落する。
「バケモノがぁぁあ!?」
堕ちる寸前、トミーがラウラから離脱し、ズドンッ、と激突したラウラに向け黒刀を振り向けた。
地面に伏せる彼女の目の前で刃を振り上げ、
……そこで、トミーの動きが止まった。
「ゥ、……ぐッ……!」
トミーが左手で顔を抑える。ビクンビクンと【暮桜】もどきが震える。苦しむ声と相まって、彼の身体が鳴動しているようだった。
その鼓動を抑え込みながら、トミーは黒い出で立ちを量子化させていった。元の【グレイ・アイディール】の鉛色装備に戻っていく。
「それが、お前の限界のようだな」
ラウラは無様に這いつくばりながらトミーへ手をかざした。
すると、トミーの動きがピタリと止まった。目に見えない何者かに握り締められているようだった。
「……AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)、か」
「ああ。お前の動きを止めさせてもらった」
ラウラはぎこちなく立ち上がると、『大口径リボルバーカノン』をトミーを向けた。対するトミーはAICで動くことが敵わない。
チェックメイトだ。
「さっきのVTシステムには肝を冷やしたが、バカなことをしたものだ。お前の身体への負担も大きいだろうに……」
「今は、九秒が、限界みたいだ。あと一秒あれば、勝て、たのにね」
トミーの言葉はたどたどしい。VTシステムによる肉体へのダメージが伺えた。
言わんこっちゃない、とラウラは苦々しげにつぶやいた。
「降参してくれ、トミヤ」
「……こと、わる」
「トミヤ!」
ラウラはトミーにすがるように叫んだ。
「意地を張るな! もうお前の負けなんだ! こうされてはもう動けもしないだろう!?」
「そう、だね……。でも、AICには、弱点がある。使っている間は、集中するから、ラウラも動けない」
「だからどうだというんだ? 今のお前に反撃する術などないだろう!」
「そう、かな……?」
なに? とラウラはトミーを見る。得物の『グローリー・シーカー』は砲口を向けられていない。なにかアンロック・ユニットを使っているわけでもない。しかし、彼がハッタリを言う訳もない。
とはいえ、装備のメインとなる下半身から離脱した今、取れる手段など……。
「まさか!?」
ラウラはセシリアを守護するフォートレス・ガジェットを見た。その上部、屋根のような部分の上に、彼の重銃『グラウンド・ブレイカー』が防御火器として搭載されている。その照準はしっかりとラウラを捉えていた。
「バカなことはやめろ! この距離ではお前も巻き添えだぞ!?」
「そう、だね。今回は、引き分けといこうよ、義姉さん」
トミーの疲れ切った苦笑と共に、『グラウンド・ブレイカー』が火を吹いた。重厚な発砲音が周囲に響き渡る。
その音圧に水を指すように、
「はいは〜い♪ そっこまでえ!」
と、間の抜けた声と共に、トミーとラウラの前に水色の影がフワリと舞い降りた。
IS学園生徒会長、更織縦無だ。その身には自身のIS【ミステリアス・レイディ】を纏っている。不敵な笑みを浮かべて手を掲げると、水のヴェールが展開して銃撃を食い止めてみせた。
……ギリギリで。
「わっ、わっ! ちょっと! この銃威力ありすぎじゃない!?」
水の壁に受け止められたかに見える弾丸は、その防壁の中で爆発して水滴を撒き散らし、目の前の楯無を仰け反らせた。
ISのシールドに対応した特殊な徹甲弾を扱う『グラウンド・ブレイカー』は、砲口初速が遅く緩慢で当てにくいという欠点があるが、その威力はあきれるほど強力だ。
トミーは慌てて『グラウンド・ブレイカー』の遠隔射撃を取り止めた。
「ふぃ〜……。せっかく格好良く登場したのに、出オチになるところだったわ」
さて、と楯無は居住まいを正すと扇を開き、高々と宣言した。
「生徒会長権限において、この戦い、私が預かります! 話の続きはロッカールームに場所を移してからにしましょう」
ポカン、と口を開けたトミー、ラウラ、遠くセシリアに、楯無は念を押してウインクした。
「い・い・わ・ね♪」
扇には『御意見無用』と描かれていた。
◆
IS学園ロッカールーム。
それは世界的な学園の施設と言うだけあって、アメフトのロッカールームを思わせる豪華な設備となっている。壁に並ぶロッカーはもとより、学園の校章が描かれた絨毯、照明はホテルのラウンジのようで、部屋の中央にはロングソファーとテーブルが置かれている。
そのテーブルに向かいあって、トミーと楯無、ラウラとセシリアが、それぞれのソファーに腰掛けていた。各自スポーツドリンクを用意して、戦いの経緯を楯無に説明している。
「なるほどね」
話を聞き終えた楯無は、ドリンクを一口飲むと、小さくため息を着いて結論づけた。
「それは、トミーくんが悪いわね」
名指しされたトミーは、む、と居心地悪そうに口を結んでいる。
ラウラは、さもありなんと何度もうなずき、セシリアも少し呆れたようにトミーを見ていた。
「ラウラちゃんと離れてIS学園に来てから、一度も連絡をとっていないだなんて。それじゃあラウラちゃんも心配するに決まっているじゃない」
「……面目ありません」
「それで再会してみれば、なに、セシリアちゃんといちゃいちゃしていてなかなか一緒になれないですって? それじゃあラウラちゃんも堪らなくなるわよ」
「いや、別にいちゃいちゃしたりなんて……」
「言い訳は聞きたくないの!」
「はい……」
トミーは首を竦めて縮こまった。
ラウラとセシリアが戦いを始めた経緯は、つまりラウラの不満が原因だった。
ドイツを離れたトミーはラウラに一度も連絡を寄越してくれない。久しぶりにトミーと再会してみれば、彼の近くにはいつもセシリアが侍っている。それも朝のジョギングから晩御飯まで。
それを目の当たりにしたラウラは、トミーがセシリアに取られてしまったのではないかと不安になってしまった訳だ。ラウラがセシリアを敵視しているのも、きっかけはトミーがかまってくれないことにある。
二人は義姉弟として接する仲だ。ましてや織斑教官から姉としての薫陶を受けたラウラだけに、トミーへの溺愛は師匠譲りと言っていい。そのぶん、不安が空回りしてしまった訳である。
(トミーさんと一緒にいるのは、一夏さんや箒さん、鈴さんもなわけですけど……)
振り返ってみると、いつの間にか自分が一番彼の側にいたことにセシリアは気が付いた。
もし自分がラウラの立場だったらと想像すると、確かにこのような事態を起こしてしまうかもしれない。
(トミーさんも、身内にはだらしがないのですわね)
それはラウラを信用している裏返しかもしれないが、ラウラは男家族ではなく女家族であることをもっと知るべきだとセシリアは思った。
「まあ、セシリアがトミヤを奪ったわけではないことは安心したが。元はと言えばお前が私に心配をかけるからだぞ」
「ゴメンなさい……」
「さっきの戦いも、お前と戦うことになった私がどんな思いでいたか、わかっているのか?」
「申し訳ありません……」
目の前で繰り広げられる一方的な義姉弟喧嘩に、セシリアと楯無は相好を崩さずにはいられなかった。
きっとトミーは女の尻に敷かれるタイプだな、と二人は思った。
「まあまあ、ラウラちゃん。トミーくんも反省していることだし、そこまでにしましょう? これからトミーくんが決意の弁を述べてくれるから」
「ほう、そうなのかトミヤ?」
「えっ、と……」
「述べてくれるわよね?」
「述べます……」
楯無の念押しに、トミーはうう、と泣きそうな顔で呻くと、一つ深呼吸をしてラウラとセシリアに向き直った。
「今回は、僕がラウラに心配かけてしまったせいで、こんな事態を招いてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「僕はラウラを、いや、義姉さんを本当に大切に思ってます。今後、心配をかけるようなことはいたしません」
真っ直ぐラウラに向けて放った言葉に、ラウラは、
「う、うむ……」
と頬を染め視線を反らして頷いた。
「そして、セシリアも大切に思っています。もう貴方を誰からも傷つけさせはしません」
言われたセシリアも頷こうとして、
「……え?」
なんだか、いろんなふうにとらえられそうな話に思わず聞き返してしまった。
しかし緊張の面持ちのトミーは、それに気付かず結論を告げた。
「僕は、ラウラとセシリア、二人のことを心から大切な人だと思っています。どうか、こんな僕でよければ、これからも一緒にいさせてください!」
お願いします! といきおいよく頭を下げた。
五秒経って、十秒経って、返事が来ない。
「……あの?」
トミーは恐る恐る顔を上げると、ゆでダコのように顔を赤らめているラウラとセシリアがいた。
どういうことだ? と隣の楯無の顔を覗き込むと、
「てい☆」
チョップされた。
人体の急所のこめかみに一撃。
「〜〜っ!?」
トミーは平衡感覚が麻痺する衝撃に涙目で抗議する。
「な、何するんですかっ! 義姉さんにもチョップされたことないのに!」
「たぶん意識を飛ばされて気付かないからよ」
「そうかもしれませんけど!」
まったくもう、と楯無は笑いながら席を立った。
「シャンとしなさいよ、色男。女の子二人を泣かしたりしたら、おね~さん承知しないわよ?」
だからどういうことですか!? と尋ねてくる後輩を尻目に、楯無はロッカールームを後にした。
後ろでドアが閉まる寸前、彼の名前を呼ぶ女の子二人の声が聞こえたが、楯無は楽しそうに笑みをこぼして、
「これにて一見落着、かな♪」
とスキップしそうな気分でその場を後にした。
◆
何処かの教師が暮らす散らばった部屋にて。
「以上で、ラウラちゃんたちの一件は片が付きました」
楯無は出されたケーキをフォークで摘みながら、ビール缶を手に聞いている部屋の主に説明し終えた。
「あいつらめ。私は色ボケするように育てた覚えはないぞ」
言うと、500ml缶をグイッと煽る。
ぷはぁ〜、と息を吐いて、さらに深いため息を着きながら目元を伏せた。
「私は、教師失格だな……」
酔いのせいか、いつもは硬い口が緩んでいた。
「ボーデヴィッヒには、もっとちゃんとした教えをしてやるべきだった。そうだろう?」
問われた楯無は、美味しそうに頬張るケーキを飲み込むと、
「織斑先生の教え方に合わなかっただけですよ」
そう笑みを浮かべて答えた。
「どういうことだ?」
織斑千冬は膝を乗り出して問いかけた。
「織斑先生の教え方は、別に変じゃありません。基礎がしっかりしていて素質のある生徒を間違いなく一流に育て上げる。僭越ながら、それが私から見た織斑先生の教育方法です」
いわば、一流の進学校や塾の講師のようなものだ。基礎がおろそかで平凡な者にはそもそも向かない。
その点で言えば、世界的なエリート校であるIS学園の教師という立場は、彼女の適任だと楯無は語った。
「……それでは、ボーデヴィッヒのような子への情操教育や、織斑のように基礎ができていない者へは向かないということか……」
「しょげないで下さいよ。一夏くんはしっかり勉強しています。それにトミーくんもついて着実に強くなっています。先日所属不明の無人ISを瞬殺したのは間違いなく彼の実力ですよ」
「それは一(にのまえ)の教え方がいいからだろう……」
「それだけではありませんよ。って、ああもう、飲み過ぎです先生!」
めんどくさいなあ、と楯無は内心思ったが、織斑先生の苦悩もよくわかった。
とはいえ酔っぱらいの愚痴を聞くには、このケーキだけでは割に合わない。
深酒になる前に早めに寝かせてしまおうと、布団に運ぶため肩をかけた。
「ほら、もう夜も遅いですし休みましょう。明日も朝が早いんでしょう?」
「子供扱いするなっ。いや、子供すらちゃんと扱えない私が言える言葉などでは……」
「いいから、もう布団に横になって下さいよ!」
この元世界最強どうにかしてー!
と心の中で叫ぶ学生最強の生徒会長であった。