リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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22.盤上の戦い-what's your piece?-

「バカなっ!? 私が、こんな……!」

 

 ラウラは悲鳴をあげた。

 絶体絶命の窮地に恐怖を感じているのだ。

 これまでどんな戦場でも戦い抜いてきたラウラの精神力が、いま音を立てて削ぎ落とされている。

 彼女の目の前で繰り広げられているのは、もはや一方的な蹂躙だった。

 

「いけませんわ、ラウラさん。そんなことでは凌ぎきれませんわよ。ほおら」

 

 セシリアは余裕の表情を浮かべて追撃する。

 それは強者が弱者を痛ぶるようなものだった。

 

「くぅっ……! ま、まだだ、私はまだ戦える! これならどうだ!」

「そんな見え透いた手で止められはしなくてよ。そおれ」

「くぁっ……! ま、まて! 今のはダメだ、これ以上されては……!」

「まあ、なんて可愛らしい悲鳴をあげて下さるのでしょう。では、こんなのはどうでしょう?」

「ひっ……! キ、キサマ、私を弄ぶつもりか!? やるならひと思いにやれっ!」

「すぐに終わらせてはつまりませんわ。ゆっくりと、丸裸にして差し上げますわ」

「ああっ!? や、やめろっ! この悪魔め!」

 

 セシリアは妖艶な笑みを浮かべて容赦なくラウラを攻め立てる。

 すでにラウラに対向する力が残されていないのをいいことに、じわじわとなぶり者にしていた。

 

「ウフフフ……。さあ、これで終わりにいたしましょう。そおら」

「あ、あぁーーーーっ!!」

 

 トドメの一撃を受け、ラウラはがくりと手をついて俯いた。

 

「すまない、トミヤ。お前の仇を、討てなかった……」

 

 ラウラは詫びるように頭を下げながら、屈辱に打ち震えて、先に敗れ去ったトミヤの名前を呼ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

「そんなに大層な話かなあ?」

 

 僕は尋常でない真剣さで繰り広げられている、盤上のチェスの戦いにちょっと引いていた。

 

 はじめは駒を使って戦闘シミュレーションをしていただけだったのに、それがいつの間にか本格的なチェス戦になってしまった。

 戦闘シミュレーションというのは、近く開催される学年別トーナメントを受けて、タッグマッチの連携を研究していたのだ。

 

 それにしても、セシリアったら強すぎるんだもん。

 僕なんてあっという間にキングを掻っ攫われてしまったし。

 あーあ、ラウラったらキング以外全部とられちゃってるじゃないか。そりゃあいじけちゃうのも無理ないよ。

 

「セシリアったら、大人げなーい」

「人聞きの悪い言い方をしないで下さいな。手心を加えては相手に失礼ではありませんこと?」

「瞬殺と虐殺をする方もどうかと思うけど」

「痛めつけられてこそ、反発心が沸き上がるというものではありませんか」

「口も上手いなあ。まあ、確かにラウラにはこういう敗北経験も必要かもしれないけどさ」

 

 ちらり、と見るラウラはまだ敗北に打ち震えていた。

 

 ラウラが勝負事に負けるのは久しぶりだと思う。

 落ちこぼれ時代ならともかく、織斑先生の鞭撻を受けてからはメキメキと強くなった。

 数多の勝利を積み重ねて、あっという間にドイツ軍IS部隊のトップに上り詰めた。

 

 ……最近は勝ちすぎて図に乗りかけていたもんねえ。

 

 戦いの舞台が盤上とはいえ、様々な戦術や軍略も習得してきたラウラに負ける気はなかったようで、だからこそこの大敗に沈んでいるんだろう。

 

 僕はラウラが使っていた黒の女王《クイーン》を手に持った。ラウラが一番使いまわしていた駒だ。

 お国柄なのか、彼女の好みなのか、その戦術は率先速攻で、かの電撃戦(ブリッツ・クリーク)を思わせた。

 

 しかし対するセシリアは機先を制して守りを固め、鮮やかなカウンターでラウラの攻勢を撃退。

 自陣を整え迎撃してみせた戦術は、バトル・オブ・ブリテンで勝利を飾ったお国柄なんだろうか。

 

 勢いを欠いたラウラの攻撃はもはや通じず、また戦術を転換しようにも初頭の被害が大き過ぎ、あとはジリ貧にもっていかれた。

 最後の方はもう見てらんないくらいのワンサイドゲーム。

 

 ちなみに僕は、守りを固めようとしたらその合間を縫って一瞬で勝負を決められた。

 うん、まあ、これ事故死だよね。

 

「それにしても、セシリアって騎士《ナイト》の扱いが特に上手だよね。盤上の中央から周囲に睨みを聞かせて、相手がスキを見せたら飛び込んで。鮮やかな手並みを見せてもらったよ」

「ウフフ、騎士《ナイト》は最強の駒女王《クイーン》に対して唯一優位が取れるピースと言われておりますのよ。いかにして中央に位置取りし、アドバンテージを握るかで勝負は大きく傾きますの」

「ふうん……。なんだか『ブルー・ティアーズ』でもできそうな戦術だね」

「と、いいますと?」

「いや、セシリアの『ブルー・ティアーズ』も騎士《ナイト》みたいに特異性の高い攻撃ができるだろう? 同じように、戦場の中央に置いて睨みをきかせたり、相手のスキを突いて攻撃できれば、きっと凄い脅威になりそうだなあって思ってさ」

「……『ブルー・ティアーズ』をISの周囲に展開するのではなく、フィールドに散らばせて相手の動きを制することで、戦況を優位にコントロールできる、と。そういうことですの?」

「まあ、そんな感じかな?」

 

 なるほど、とセシリアは急に真剣に考えだした。

 口元に手をあて、虚空を見つめながら、何やらブツブツと呟いている。

 

 ……これはしばらく思考の中から出てこないな。

 

 たまに見るこの光景には慣れたものだった。

 セシリアの強さの秘訣の一つは、そのずば抜けた集中力にあると思っている。

 スナイパーっていうのはそういうものなのだけれど、彼女の場合遠隔操作ができる装備の運用もこなす訳だから、その力は推して知るべしだ。

 

 僕の【グレイ・アイディール】の下半身も分離して動かすことができるけど、あれはほとんどオート制御だ。

 進め、退け、攻めろ、守れ。

 そういった単純な指示を、僕が動かしている際のレコードを使って模倣しているに過ぎない。

 

 だいたいセシリアの『ブルー・ティアーズ』みたいに飛びながらって訳じゃないもんね。

 彼女の場合動きが止まってしまうとはいえ、よくあそこまで細かい制御ができるなあ、って思うよ。

 

 

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか隣にラウラが立っていた。

 目元が赤い。

 や、それは元からだけど、明らかに潤んでいる。

 よっぽどくやしかったんだな。

 

「トミヤ、私はこの無様な戦いで、しかしちゃんと戦訓を掴んだぞ。それは、強い駒一つだけでは勝てないということだ!」

 

 おお!?

 

「えらい! 凄いよラウラ! マイペースで自信過剰で唯我独尊なラウラが、チームプレーの大事さを学ぶなんて!」

「……トミヤ、私のISが治ったら共にブートキャンプをするとしよう」

「なんで!? 僕は今かつてないほどラウラをべた褒めしてるのに!?」

「私は今かつてないほどお前に傷つけられたからだ……」

 

 あ、なんだかションボリし直した。

 すん、と鼻をすすってる。

 ちょっと本音を出しすぎちゃったかな。

 シャルルの言うようには上手くいかないなあ。

 

「でもさ、ラウラは、やっぱりこの女王《クイーン》みたいなタイプだと思うよ」

 

 手元にある黒の女王《クイーン》を見せながらフォローに入る。

 興味を持ったのか彼女の顔が上がった。

 

「そ、そうか?」

「そうさ。僕が出会ったIS操縦者の中では、ラウラが一番強いもん。まあ織斑先生は別格として。ラウラは現役の軍人で、しかも国家代表候補生。そして常人には扱えないほど強力な【シュヴァルツェア・レーゲン】のパイロットなんだから」

「ふ、ふん。そんなことは当たり前だ。私は強くあるために生まれ、弛まず精進を続けているのだからな」

 

 あ、少し気を取り直してくれた。

 

「でも、女王《クイーン》って、序盤で動かすと流れが悪くなるらしいよ」

「ふむ?」

「きっとラウラみたいに強い者は、最初はどっしり構えて戦線を伺っていればいいんだよ。速攻型の戦術とは違うかもしれないけれど、仲間と一緒に戦うことを考えたら、もっと大局を見て動いてみたらいいんじゃないかな?」

「なるぼど、私のように強いものが後方で睨みを効かせ、前線の歩兵たちを鼓舞するというのはよい戦術だな。うむ、今度トミヤとタッグを組むときはそのようにするとしよう」

 

 ふふん、と小さな胸を突き出して満足げにうなずいた。

 

 にしても、僕は歩兵《ポーン》なのか……。

 

 まあ、飛べないISもどきじゃあそう言われてもしょうがないけどさ。

 

「ラウラさん、トミーさんは歩兵《ポーン》なんかじゃありませんわ」

「セシリア!」

 

 嬉しいこと言ってくれるじゃない!

 

「む、私はトミヤを歩兵《ポーン》などと言った覚えはないぞ」

「あら、お話ぶりからそのように捉えられましたけど?」

「うん、僕もそう思った」

「トミヤが歩兵《ポーン》な訳がないだろうっ!」

「じゃあ、何だと思うの? セシリアの意見も気になるけど」

「それは……」

「もちろん……」

 

「「王《キング》だろう」ですわ」

 

 

 ……えー。

 

「いやさ、我ながら城《ルーク》がピッタリだと思うんだけどな? 拠点防衛兵装(フォートレス・ガジェット)とか、モロじゃない。っていうか、王《キング》を前に出さないでよラウラ!?」

「安心しろ。盤上とは違い、戦場ではお前を必ず死守してみせる。そう、女王《クイーン》の名にかけて!」

「本当はわたくしの方が女王《クイーン》を名乗りたかったのですけれど、トミーさんに仕える騎士《ナイト》というのも悪くありませんわね。盤上での相性はともかく、平時も戦時もピッタリですし」

「ふん、キサマはトミヤを馬のように尻に敷きたいだけではないのか?」

「あら、あなたこそ悪女の様に嫉妬に狂って束縛したいだけではございませんこと?」

 

 

 

 …………。

 

「あ?」

「あら?」

 

 なんか、二人の間で視線が交差するんだけど。

 しかも目つきが怖くなってきた。

 

 やめてください。

 

「あ〜、もう! そういつもいつも喧嘩ばっかりしないでよ! だいたい、僕が王《キング》だったら女王《クイーン》とも騎士《ナイト》とも相性悪いじゃないか! 一緒に詰ませられないんだから!」

「ま、まあ、そうですけれど……」

「おい、女王《クイーン》と王《キング》なら可能だぞ?」

「あ、そうだっけ? ……と、ともかく! 王《キング》を前線に出す女王《クイーン》なんて怖くて一緒に組めないよ! だいたい……」

 

 ウガー、っと言い放った声のトーンを、急に萎めて語りだした。

 

「僕たちは学年別トーナメントに出場出来ないじゃないか……」

 

 うぐ、とラウラとセシリアの言葉が詰まる。

 

 そうなのだ。

 先日繰り広げられた二人の演習という名の決闘のせいで、【ブルー・ティアーズ】も【シュヴァルツェア・レーゲン】も修理中。

 次の大会にはとても間に合いそうにないのだった。

 

 ちなみに僕はその時VTシステムを不用意に使ったせいで謹慎処分になっちゃった。

 まあ、VTシステムはIS条約で禁止されているんだから、しょうがないね。

 LSだから問題ない、って積んだ開発者は何を考えているんだろう。

 

「しかし、今年はともかくとして、来年なら大丈夫だろう?」

「そうですわ。その時に向けて、こうして戦術の研究を」

「専用機乗り同士は組めないって話だけど」

 

 ウグ、と再び二人の言葉が詰まる。

 

 専用機乗り同士はタッグ禁止。

 そりゃそうだ。

 そうじゃないとチームバランスに偏りが出来て、トーナメントが出来レースになっちゃうもの。

 

 でも、そうなると僕は仲の良いみんなと一緒に戦えないのかぁ……。

 

「僕としては、みんなと一緒に組んで戦いたかったんだけどさぁ……」

「――! わ、私だってそうだ。この盤上の演習も、なかなかのシミュレーションになる。トミヤ、今度は私と対戦してみようではないか!」

「いいですわね。それでは、わたくしは横で二人に動きをレクチャーいたしますわ。せっかくですし、チェスの戦術をお教えいたしましょう」

「それはいいね。ラウラ、よければ一緒に上達しよう。ドイツにいた頃のように」

「あぁ……、あぁ! もちろんだともっ!」

「それじゃあ、セシリア先生、ご指導よろしくお願いします」

「ウフフ……。手とり足取り、優しく授業して差し上げますわ」

 

 なんだか、二人とも前向きになってくれたみたいだ。

 よしっ、僕も気合入れてやってみよう!

 

 盤上に駒を並び直し、ラウラと戦場で対峙する気持ちで向かい合う。

 ラウラは黒、僕は白い駒を持つ。

 

 駒を動かす途中途中で、指摘してくれるセシリアの話はとってもためになるものだった。

 ラウラもよく汲み取って実践に活かしている。

 

 戦いが進むに連れて、僕が選んだ駒は城《ルーク》。

 キャスリングを使って王《キング》の場所と交換する。

 

 ……そういえば、この王《キング》は、僕にとっていったい誰を連想させるんだろう。

 そう思って駒をみると、僕を生み出してくれた老いた黒人の顔を思い出した。

 

 ……閣下、か。

 

 となると、さしずめ僕の陣は女尊男卑に立ち向かう男性陣営とでもいうのだろうか。

 

 城《ルーク》と王《キング》の場所が入れ替わる。

 盤上の隅の穴倉の中で、王《キング》は息を潜めている。

 今度王《キング》が表に出てしまうとき、その時は自陣が敗北寸前のときだろう。

 その時にはもう、城《ルーク》も討ち取られてしまっているのかもしれないな、と自分を重ねて思ってしまった。

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