「お〜い、一夏! 箒! こっちこっち!」
僕は観客席の後ろの階段を降りてくる一夏と箒に手を振って案内した。
向こうも気づいたのか手を振り返して来る。
その二人の足取りは軽い。さっきまで違う会場で試合をしていたのに、やはり勝利を飾ると疲れの色も消えるんだろう。
「助かったよ、トミー。こんな前の席を用意してくれていたなんてな」
一夏が隣の席に座るなり肩を叩いてきた。
その隣に箒も腰を落ち着ける。
「二人ともお疲れ様。はい、差し入れのドリンク」
「サンキュ、トミー」
「かたじけない。いつもながら気が利くな」
二人とも渡したペットボトルの清涼飲料水にすぐに口を付けた。
自分たちの試合が終わったあと、汗を拭いただけで飛んで来たんだろう。
一気に半分まで飲み干して、気持ちの良いため息をついた。
「さっきは勝利おめでとう。相手の本ちゃん、なかなか手強かったみたいだね」
ああ、と一夏が苦笑する。
「クラスメイトの布仏さん、普段はのほほんとしてるのに、試合だとあんなに機敏に動き回るなんてな」
「うむ。それに、もう一人もかなりの手練だったな。私も危うく討ち取られかけた」
「確か四組の子だったよね? 本ちゃんが、『私の親友なのだ〜』って言ってたけど」
「日本の代表候補生、らしい」
「へえ! そりゃあ強いわけだ」
「見慣れぬ機体に乗っていたが、おそらく専用機だろう。凄まじい弾幕を張ってきた。私は近寄ることすらできなかったというのに……」
「俺と戦うときは、なぜか動きが鈍かったんだよな」
確かに。
相手が箒のときはすごい圧倒してたのに、一夏と入れ替わるや途端に攻撃がちぐはぐになったっけ。
結果、一夏の『零落白夜』であっと言う間に討ち取ったんだよね。
「箒と戦っていた間に、機体に不調でも起きたんじゃないか?」
「いや、戦う前と後の挨拶を見るに、別の理由だと思うぞ」
「僕も箒の意見に賛成」
「そうなのか? どんな理由なんだ?」
「どんなって……」
ねえ? と箒の顔を覗き込むと、腕を組んで、
「ふんっ」
とそっぽを向いてしまった。
チーム同士の挨拶の間、簪さんはオドオドして俯きながらも、チラチラ一夏の顔を見ていたんだよねえ。
一夏が「よろしく!」と挨拶すると、すごい上ずった声を上げてたし。
……いつもながら、一夏ってフェロモンどうなっているんだろう。
「なあ、教えてくれよ。二人だけの秘密なんてズルいだろ?」
「あ、もうすぐシャルルチームと鈴チームの試合が始まるみたいだ」
「そのようだな。間に合って何よりだ」
「無視かよ二人とも!?」
「しかしトミー、よくこんな南側の前の席が取れたな。東西両チームを真ん中から観戦できてありがたいが、激戦区だったろう?」
「ああ、セシリアとラウラがとっていたんだよ。でも、二人とも専用機の修理が終わったって、それぞれの技術班から連絡があってね」
「それで私たちが入れ違いで座れた訳か。せっかくの試合があるというのに、残念だったな」
「あのー、トミーさん、箒さん? あんまりスルーされると俺の心が痛むんだけど……」
「だってさ箒」
「私の心も痛んだのだから、自業自得というやつだ」
「俺、何かしたのかよ!?」
したって言うか、不可抗力なんだよなあ。
ちょっと一夏の体質に同情……、しないかな。うん。
ところで、席を離れざる負えなかったセシリアは「なんでこのタイミングで連絡が来ますのっ!」と膨れっ面だった。
それでもすぐに受け取りに行ったのは、ISに対する思い入れの強さだろうか。
ラウラも、「やはりISと一緒でなければ落ち着かないな。試合は録画で見させてもらうとしよう」と素直に受け取りに向かった。
ちなみに二人の技術班はちょうど本国から大会視察団に付随して来れたみたいで、予定よりも早く届けて貰えるようになったらしい。
「冗談はここまでにして、セシリアとラウラの分もちゃんと観戦しないとね」
「うむ。見取り稽古も鍛錬の一つだ」
「なんか、納得いかないなあ……」
◆
試合開始のブザーと友に、両チームの四人が動き出した。
鈴チームは鈴が前に、ティナが後ろに。
シャルルチームはシャルル、相川とも前に出る。
先制は鈴だった。
両刃の薙刀のような青龍刀を振り回し、遠心力を付けて叩き込むような斬撃を放った。
それを、相川は近接ブレード『葵』で見事に受け止める。
が、その『葵』の刀身にヒビが入った。
「真正面から受けるからよ!」
流れるような斬撃が相川の【打鉄】に襲いかかる。
相川はなんとか両肩の物理シールドを駆使して防ぐが、見る見るシールドゲージが削られていく。時間こそ稼げているが、とても長くは持ちそうにない。
「それが私の役割だからね!」
何? と鈴が怪訝な表情を浮かべると同時、パートナーのティナから悲鳴が上がった。
「ちょ、ちょっと鈴! 前衛がいきなり突破されてどうすんのさ!?」
相川から少し間合いを開けて後ろを振り向くと、シャルルがティナに猛攻を仕掛けていた。
アサルトライフル『ヴェント』を発砲しながら、しかも牽制どころでなく正確に、シャルルはティナへと猛追する。
ティナはとにかく距離をとろうとするも、機体の性能差はいかんともし難く、シャルルに今にも捉えられかねなかった。
「ちょっとくらい踏ん張りなさいよ! アンタ土俵際得意でしょ!?」
「土俵際ぁ!? 鈴、また私の体格馬鹿にしたでしょ!?」
「してないって! 弱そうに見えて案外しぶといのがティナの持ち味じゃい!」
「それぜんぜん褒めていないから! …って、ムリムリムリ!? コイツなりふり構わないんだけど!?」
ティナの言うとおり、シャルルは弾幕をものともせずに突っ込んできた。
多少どころではない被弾すら気にも留めず、ついにティナの【ティアーズ】を捉える。
「ハァアアアアアッ!!」
「ちょ、マジ、ムリだってー!? ――ッガ!!?」
シャルルの気合を乗せたパイルバンカー『グレー・スケール』の一撃が決まる。
さらにとどめの一発、というところで、ティナはほうほうのていで鈴に向けて逃げ込んだ。
「ああ、もう!」
鈴の『龍砲』がシャルルに向けて牽制を張る。
しかし、
「やらせないよ!」
相川がそこに横槍を入れた。
アサルトライフル『焔備』を右手に呼び出し、狙いもつけずにばら撒いてみせる。
「しつっこい!」
「ありがとね!」
「褒めてないっての!」
こうも付きまとわれてはティナをサポートすることもできない。
ならば相川から、と狙いを変えると、再び防御姿勢をとられて攻め切れない。
そしてついに、
「鈴、あんた、今度スイーツビュッフェ奢りなさいよ……」
そのセリフを最後に、ティナがシャルルに撃墜された。
「そんなだから太るのよ……!」
シャルルが『グレー・スケール』を装填し直しているところへ『龍砲』を放ちながら、パートナーに餞別の言葉を送る。
不意を突けたのか、一発が『グレー・スケール』を撃ち抜き、使用不能にすることができた。
とはいえ、
「これでニ対一だね、鈴」
撃破された装備を惜しむでもなく、シャルルは不敵に鈴に向けて言い放った。
言外に、『まだやるかい?』とでも言うようなふてぶてしさを鈴は感じた。
それに、鈴はふつふつと湧き上がるものが胸中にあった。
「だからどうしたっての?」
八重歯を覗かせてそう笑う。
この程度のピンチ、中国の代表候補生選考の時にいくらでも経験してきた。
そしてことごとく潜り抜けてきた。
(一夏のためにね!)
心の中で気合を吐く。
バトンのように振り回す青龍刀の冴えは今日もバッチリだし、空を翔る【甲龍】の動きに乱れはない。
今日も今日とて、凰鈴音は絶好調だ。
「上等じゃない!? やってみなさい! この凰鈴音をね!」
「それ、完全に、悪役のセリフだよ!」
上空へ急上昇する鈴に向けて、シャルルが逃がすものかと追いすがった。
◇
鈴が飛ぶ。
縦横無尽に空を舞い、『龍砲』を撒き散らすその姿は、まるで飛竜がブレスを放っているようだった。
その機敏さに相川の【打鉄】では追いつけず、『龍砲』の直撃を受けて無様に後方に下げられた。
最高速度はシャルルが上だ。拡張コネクタに四基の高出力マルチウィングスラスターと二基の小型推進翼を接続しているのは伊達ではない。
それでも捉え切れないのは、彼我の運動性が一段違うからだ。それこそ突っ込むと簡単に後ろに回られるほど【甲龍】は軽快で、シャルルはカウンターを気にして攻めあぐねている。
所詮、【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】は第二世代機の改良型。曲がりなりにも第三世代を冠する【甲龍】には僅かながらに遅れを取った。
(それでも、機体の性能差は、武装の数と腕でカバーして見せる!)
シャルルは鈴の動きを読んで後ろにミサイルポッドを呼び放つ。
それを鈴は避けるでもなく、青龍刀を振り回して撃墜しながら迫ってくる。
「トロい攻撃ね! トミーだったらこんなもんじゃないわよ!」
「その『龍砲』すら切り払うのと、一緒にしないでよ!」
「間合いも甘いってんのよ!」
シャルルは下がりながらアサルトライフル『ヴェント』を放つが、鈴の足は止まらない。
「だったら!」
『ヴェント』を捨て、次に呼び出したのはショットガン『レイン・オブ・サタデイ』だった。
こなれたアクションとリロードを披露し、瞬く間に鈴の前に弾幕が広がる。
避けきれるものではなく、鈴のシールドゲージがガリガリ削られていく。
しかし、鈴の【甲龍】は止まらない。
機動性はシャルルに分があるとはいえ、今のようなバックスピードではどうしても劣る。
鈴は『龍砲』の片方が被弾し量子化されても突撃速度を緩めなかった。
「無鉄砲な攻め方するね!」
「さっきアンタもしてたじゃない!」
「そうだったかな? 忘れちゃったよ!」
「器用なモンね! でもこれで、――捉えたっ!」
「!」
鈴の青龍刀がシャルルを薙ぎ払う。
辛うじて身を仰け反らせてかわしたが、避けきれなかった『レイン・オブ・サタデイ』が真っ二つになった。
「逃がすか!」
残った『龍砲』がシャルルを襲う。
こういう乱戦において、射角も砲身もない『龍砲』はまさに驚異だった。
次々とシャルルに着弾し、その顔を歪ませる。
そして、シャルルの動きが鈍った瞬間を逃さず、鈴は青龍刀を振り下ろした。
「これでお終い――、ッ!?」
その瞬間、鈴の【甲龍】を衝撃が襲った。
何者かからの砲撃が直撃したのだ。
「…っの、いったい、どこから!?」
見渡せば、自身の左側の彼方、アリーナの端っこからこちらにライフルを向けている相川がいた。
その砲口に閃光が光る。
「くぅっ……!」
回避行動を取るも弾速が速い。
直撃こそ避けれたが、近接信管による爆発の衝撃が鈴の体を揺さぶった。
(【打鉄】に遠距離装備!? 接近戦型の機体にそんなモンが……、!)
あった。
超長距離射撃用パッケージ『撃鉄』。
超長距離射撃の命中率においてレコード記録を打ち立てたロングライフル。
【打鉄】はその頑丈さから接近戦を選択されがちだが、だからこそ鈴は失念していた。
「訓練のとき、ラウラに言われたんだけどね――」
体制を崩した鈴に向けて、シャルルが新たな装備を展開する。
デカイ。
自分の機体を上回るほどの大きな装備だ。
「僚機を失った者は、戦術的に負けているんだってさ!」
量子から形作られたのは、五九口径重機関銃『デザート・フォックス』。
すでに照準も完璧だ。
「コレで僕の、――僕達の勝ちだ!!」
アリーナを震わせる重厚な発砲音がとどろき渡る。
それが、シャルルチームの勝鬨となった。