リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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25.かつてをなぞり未来をのぞむ-Im Liebe fuer immer-

 IS学園、研究棟。

 主にIS運用テストを行うその施設のメディアホールにて、黒いISが動いていた。

 

「ふむ、問題はないようだな」

 

 パイロットであるラウラは展開したIS【シュヴァルツェア・レーゲン】の各部位の動作確認をしながらつぶやく。

 その声に、ホールの壁際で観察していた女性が応じた。

 

「損傷の酷かった脚部のアイゼンはいかがでしょうか? 『リボルバー・カノン』との接続は?」

 

 タブレット端末を操作しながら声をかける人物は、銀色に光る鷲章の軍帽をかぶり、左目をラウラと同じ眼帯で覆った異様な姿の妙齢の女性だった。

 鷲(アドラー)はドイツ軍の紋章である。すなわち彼女は修復したラウラのISをドイツから届けに来た者だった。

 

 タブレット上ではデバイスモニターが展開され、ラウラの動きを逐一チェックしている。

 数値変換された値は正常であるが、本人の感覚に合っているかは直接聞いてみなければわからない。

 

「問題ない、と思うが、アイゼンによる『リボルバー・カノン』の砲撃反動吸収については、やはり試射をしてみなければわからないな。クラリッサ、本国ではテストを行っているのだろう?」

 

 名前を呼ばれたクラリッサ・ハルフォーフは、自身の所属する黒ウサギ隊隊長であるラウラにキビキビと答えた。

 

「ハッ、砲身を交換するほど射撃試験を行っております。結果、脚部アイゼンの銃架機能について不具合はありませんでした」

「照準のブレはどの程度発生しているか?」

「一時の方向に三度以内です」

「まずまずといったところか……。了解だ。あとは私の腕でカバーするとしよう」

 

 ラウラはIS装備を量子化すると、ふう、と一息ついた。

 

 修理後の動作確認は、怠ると実戦で最悪の自体に直結する。

 それゆえ細心の上にも神経を研ぎ澄ましての作業なだけに、さしものラウラの顔にも疲労の色がかげっていた。

 

「それにしても、よくお前が持ってきてくれたな、クラリッサ。本国では副隊長としての部隊運営もあっただろうに」

「良い機会だったのです。一度日本には来てみたいと思っていたもので。それに、別件でトミヤへの用事もありました」

「トミヤに?」

「はい。もちろん彼へのお土産も持参いたしました」

「準備がいいな。それで、何を用意したのだ?」

「熟慮の結果、オトコに相応しい代物をということで、SAPPOROビールを選択いたしました」

 

 クラリッサの凍るような青い瞳は真剣のままそう告げる。

 

「……ここに来る前にホッカイドウ旅行でもして来たのか?」

「ラウラ隊長、私はあなたの義弟君であるトミヤには、ニッポンダンジのようにたくましく成長してもらいたいと思っているのです。ニッポンダンジは黙ってSAPPOROビールだと伺いました。それゆえ、私は一度本場SAPPOROへ立ち寄り、タヌキコウジなるところで調達して参りました」

 

 クラリッサは背中に下げたバッグの中から、黄金に輝く五芒星を二頭の金獅子が挟む紋章という、いかにもSPECIALと名付けられた表記に相応しい缶ビールを取り出した。

 

「美しいでしょう。ギンザライオンSPECIALというそうです。味も祖国ドイツビールに勝るとも劣らぬ一品。まさしくニッポンダンジに相応しいと思いませんか!」

「お、おう……」

 

 拳を握りしめるクラリッサの熱弁はラウラをしてたじろがせた。

 

 クラリッサの話は最初から最後まで真剣である。

 ドイツでの飲酒は16歳から認められているため未成年だからと憚る必要は彼女視点ではない。

 

 傍から見れば暴走しているような彼女の様は、トミーへの期待のなせるわざだった。

 

 クラリッサはラウラを尊敬し、そのためトミーを信頼している。

 ラウラを軍人として育てたのが織斑千冬ならば、人としての凍った心を溶かし黒ウサギ部隊との融和を持てたのは、トミーの配慮のおかげだからだ。

 彼がいなければ、孤高になりがちなラウラのことだ、部隊員との信頼も薄く、浮いた指揮官になっていただろう。

 

 しかし、そのトミーの置かれた世間からの風当たりは厳しい。

 トミーは女性の力の象徴『インフィニット・ストラトス』のまがい物『リミテッド・ストラトス』の操縦者であることで、女尊男卑の世の中から非難に晒されることが多かった。

 クラリッサはそのことに気を配り、世間の荒波にも耐えられるような立派な男、即ちニッポンダンジのようになってほしいと願ったわけだった。

 

 ラウラはクラリッサの熱意に、一つ咳払いを入れて意見を返した。

 

「……せっかくだが、クラリッサ、IS学園内では生徒は飲酒厳禁だ。代わりに織斑教官に届けてくれ。きっと喜んでくれるだろう」

「なんと……。そうでしたか、残念です。しかし織斑教官にお渡しするとなると、さらにたくましさに磨きがかかりそうですね」

「否定はできないな」

 

 実に結構なことだ、とラウラ首肯しながら、クラリッサのタブレットを覗き込んだ。

 画面に映る【シュヴァルツェア・レーゲン】のコンディションはオール・グリーン。

 実際のラウラが感じた動作チェックの印象は、修理前と比べて操作性は落ちていないが、良くもなっていなかった。

 

【シュヴァルツェア・レーゲン】はいわゆる試験機だ。

 性能を追い求めるあまり機体の反応値が高く設定され、それ故に動きがピーキーで操縦が難しい。

 というより、ラウラでなければまともに運用することすらできない。

 実戦能力と機体完成度は高いものの、人を選ぶ機体となってしまっては、目標とされる欧州統合防衛計画(イグニッション・プラン)に適するかどうか難しかった。

 

 ラウラはタブレット画面が伝えるシステム正常の表示に、恨めしそうに眉をひそめると、しばし瞑目して言った。

 

「……クラリッサ、このレーゲンタイプは、メッサーシュミットMe109になれるだろうか。それとも、ハインケルHe100となってしまうのだろうか」

「He100……、性能を追い求め過ぎて実用性を度外視し、Me109に破れたゴーストファイターですか」

「そうだ。乗り手を選ぶ馬など、いくら駿馬でも軍馬としては務まらない。私の【シュヴァルツェア・レーゲン】は良い機体だが、しかしなにぶんじゃじゃ馬だ。皆が扱いに困ることは想像に難くない」

 

 主の期待に応えられない馬は、いかにポテンシャルがあろうとも駄馬という烙印を押されかねない。

 

 かつてラウラ自身がそうであったように、である。

 

 ラウラはそんな愛機の今後を思うと、複雑な感情を抱かずにはいられなかった。

 

「恐れながら隊長」

 

 クラリッサはキビキビと言った。

 

「ISに求められるのは、一騎当千の力です」

「む」

 

 ラウラの赤い右目がクラリッサの青い右目に向いた。

 クラリッサは僅かに笑みを浮かべて視線を受け止め、話を続ける。

 

「ラウラ隊長と【シュヴァルツェア・レーゲン】の力は祖国にしっかり伝わっております。レーゲンタイプの姉妹機の開発もされております。進捗は遅れておりますが、そのぶん最新の試験装備も搭載される予定です。きっと比類無き強さを発揮してくれることでしょう」

「ほう…。そうか、姉妹機の開発は凍結されることなく進められていたか」

「これまでの隊長の運用実績の成果です。誇ってください」

「くすぐったい言い方をする。それで姉妹機の名前はなんというのだ?」

「【シュヴァルツェア・ツヴァイク】と、そう名付けられております」

「ツヴァイク…、『黒い枝』か……。私のレーゲン(雨)に負けないような強い枝になってほしいものだな」

「はい。私もそう願っています」

 

 クラリッサはラウラが読み終えたタブレットをカバーノートに閉じてそう言った。

 

 ついで、そういえば、と言葉を続ける。

 

「ところで、先程フランスと中国の代表候補生同士の戦いが終わったそうです。別途録画をしておりますので、お望みとあらばこの端末からでもご覧になれますが、いかがいたしますか?」

「すでに結果は見えているさ。シャルルの勝ちだろう」

「さ、左様です。お見事です隊長。フランス代表候補生は、隊長が目をつけるほど強いのですか?」

「なに、シャルルは私にタッグマッチのアドバイスを求めてきたのだ。ずいぶん真剣な面持ちでな、熱意に負けてコツを教えてやった」

「そのアドバイスとは、どのようなものなので?」

「ソ連に『黒い悪魔(ブラック・サレナ)』と呼ばれたパイロットの教訓だ」

「ああ、なるほど……」

 

 クラリッサは合点がいった。

 あまりの強さから『黒い悪魔(ブラック・サレナ)』と称された、人類史に残る撃墜王の戦術を多少なりとも身につけられたなら、確かに結果は目に見えている。

 

「以前聞き及びましたが、隊長は『黒い悪魔(ブラック・サレナ)』を目標としておられたそうですね」

「おかしな話でもあるまい。ドイツの軍人でパイロットなら皆そう思うさ。しかしなクラリッサ、私はなにも軍人としての一面だけを目標としているわけではない」

「と、いいますと?」

「それはな――」

 

 

 

 と、続きを言おうとしたところで、別の方向から声をかけられた。

 

「あら、ラウラさんではありませんこと」

 

 メディアホール入り口に、コバルトブルーの水着のようなISスーツを着込んだセシリアが顔を見せていた。

 肉体的輪郭が顕になるそのスタイルは、女性として出るところが出て引っ込むところが引っ込み、持ち前の美貌と合わせて一流のグラビア女優顔負けのプロモーションを見せている。

 

「わたくしも復調した【ブルー・ティアーズ】のテストをしてみようかと思っていましたのに、ちょうど重なってしまいましたわね。……あら? お隣の女性は」

 

 視線を向けられたクラリッサは自然な動作でラウラの前に立った。

 そのまま挨拶をしそうに見えて、立ち方は即応姿勢。警戒の証である。

 が、その肩をラウラに抑えられた。

 振り向くクラリッサの隣に立ち、代わりに二人をとりなしてみせた。

 

「コイツは私の同僚のクラリッサ・ハルフォーフだ。信用してほしい。クラリッサ、彼女はセシリア・オルコット。イギリスの『スピットファイア』だ」

「あら、祖国の名機になぞらえて頂けるなんて光栄ですわね。改めまして、イギリス代表候補生、セシリア・オルコットと申します。よしなに」

 

 クラリッサは自身の隊長が他人への配慮ができるほどかつてより成長している事に感激しながら、しかし面には出さず淡々と返答をした。

 

「ドイツ軍特殊IS部隊所属、クラリッサ・ハルフォーフ大尉だ」

 

 セシリアはスカートの端をつまんで膝を曲げて身体を縮める、カーテシーのお辞儀を。

 クラリッサは踵を着けた気をつけの姿勢から、敬礼で挨拶を。

 

 それぞれの立場を表明する挨拶を交わしあった。

 

「イギリス代表候補生は『スピットファイア(癇癪持ち)』ですか。さぞかし隊長もご苦労なさっていることでしょう」

「まあ、な。だが何より苦労なのは、トミヤが『スピットファイア』を受け入れているということだ」

「なんと!? 隊長という義姉を持ちながら、『スピットファイア(癇癪持ち)』を認めるとは、気まぐれな!」

「あいつもやはり男子だ。悔しいが『スピットファイア』は美しい。それに、ヤツと比べると私にはまだ備えられていない部分も多い……」

「くっ……! おのれ『スピットファイア(癇癪持ち)』め……! 時代を経てなお我がドイツを苦しめるか!」

 

「なんだか散々な言われようですけれど、これは侮辱と受け取ってよろしいのでしょうか? ちょうどテストプレイのお相手を探していたところなのですが」

 

 微笑むセシリアのこめかみがピクピクしている。

 望むところとクラリッサもラウラの前に出ようとするが、

 

「まあ待て、クラリッサ」

 

 ラウラが再び肩を掴み止めた。

 

「ラウラ隊長! しかし……」

「言っただろう、私が『黒い悪魔(ブラック・サレナ)』を目標としているのは軍人としてだけではないと」

「は……」

 

 ラウラはクラリッサの横を通り過ぎると、セシリアのいるメディアルーム出入り口に歩みを進めた。

 

「セシリア、私たちのテストはすでに完了した。もうここを後にするので、気兼ねなく使ってくれ」

「まあ、入れ違いでしたか」

「そうなるな。クラリッサ、いくぞ」

 

 セシリアとすれ違うラウラの表情は、思いの外緩く、

 

「…………」

 

 軽い会釈だけして通り過ぎるクラリッサは敵意が隠し切れなかった。

 

 セシリアは二人に言葉をかけることなく、自分のすべき作業に取り掛かった。

 

 

 ◇

 

 

 アリーナに向かう廊下を進むクラリッサは、面白くなさげに前のラウラの背中を見ていた。

 

(オルコット嬢の話は隊長から聞いている。なんでもトミヤのかつての幼馴染であったとか)

 

 肉体改造処置を施され記憶を失う前の、トミーになる前の少年の幼馴染。

 そして、

 

(まあ、ライバルというやつだ)

 

 苦笑とともに言われたラウラの話を思い出す。

 それはセシリアを、『スピットファイア』となぞらえていることも含めて、好敵手と認めているということたろう。

 

 それはよい。

 互いに高めあう相手がいるという事は、ラウラ自身の成長に繋がる。

 

 よくわからないのは、なぜこうもやすやすと引き下がったのかということだ。

 相手のコンディションが悪いからと遠慮したのだろうか? 

 それとも肉体的なスタイルの違いを見せつけられて、内心気を悪くしたのだろうか。

 

 ラウラの背中からその胸中は覗けない。

 

「クラリッサ」

 

 その背中越しに自分の名を呼ぶ声がした。

 

「ハッ」

「お前は『黒い悪魔(ブラック・サレナ)』の墓標に花を手向けたことはあるか?」

「は? …い、いえ。ございません」

 

 クラリッサは拍子抜けした声を上げた。

 ラウラは、そうか、と少し楽しそうに言葉を続ける。

 

「私はな、トミヤと一緒に行ったことがあるのだ。私が憧れていると話したら、せっかくだからご挨拶に伺おうよ、と言ってな」

「はあ」

 

 トミヤの行動は、相変わらずというか、人の機微に少し触れるようなことをするな、とクラリッサは思った。

 

「そこでな、私は墓標に刻まれた言葉に胸を打たれたのだ。『黒い悪魔(ブラック・サレナ)』が伴侶を深く愛したことは聞いていたが、改めて思い知らされた。……私も、かく有りたいと思ったよ」

「……して、その言葉とは?」

 

 ラウラは、ふと足を止めて呟いた。

 

「Im Liebe fuer immer」

 

 クラリッサの見開かれた青い瞳が、振り返る可愛らしくも美しいラウラの微笑みを見た。

 

「私がトミヤに向ける言葉そのものだったのだ」




Fw190「軍馬と言えば俺ダルルォ!?」





ちなみにサブタイの「Im Liebe fuer immer」の意味は、ドイツ語で
「永遠の愛とともに」
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