リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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26.時代遅れ-old fashion-

「クラリッサさん!」

 

 僕はIS学園アリーナの一階ロビーで、思わぬ人物との再会に声を弾ませた。

 ラウラから通信端末で呼び出されて来てみれば、彼女の隣にドイツにいた頃の恩人が立っていたからだ。

 

 手を振りながら二人のもとに向かう僕の足取りが、自然と速くなっていたのも無理はなかった。

 

「ご無沙汰しております! まさかいらっしゃっていたなんてビックリしましたよ! もっと早くにご連絡くだされば、何かおもてなしもできましたのに」

「ああ、うむ……。久しいな、トミヤ」

 

 挨拶と握手を交わしながら、しかしクラリッサさんは目を瞬いてまじまじと僕の顔を見つめてくる。

 それは、なんだかぎこちないような感じがした。

 

「……どうかなさったんですか? 僕の顔に何かついていますか?」

「いや、そうじゃないんだ。その、メガネが、な。今はかけていないんだな」

 

 ああ、と僕はクラリッサさんの態度に納得した。

 

「そういえば、ドイツにいた頃はずっとメガネをかけていましたもんね。実は先日、ちょっとした事があって壊してしまったんですよ。おかげで今はこうして慣れないコンタクト生活です」

「そうだったのか。メガネをしていないトミヤを見るのは、はじめてになるからな」

 

 あらためて、クラリッサさんは僕の顔をいろんな角度から眺めてきた。

 あまり表情が豊かでない彼女が、驚きとも意外そうとも受け取れる表情を浮かべながら観察してくるのには、かえって僕の方からも意外だった。

 

「……なんというか、以前と比べてずいぶん、印象が違う気がするな。隠す必要もないから言うが、お前の素顔はそんなに整っていたのか」

「えっ、そ、そうですか? うわ、そう言われると、なんだか嬉しいな」

「いつも瓶底のように分厚くダサいメガネがトレードマークだったからな。これまで外見からの魅力は感じなかった」

「ズバリ言いますね……」

「それに、瞳の色は赤なのだな。ラウラ隊長と一緒ではないか。本当の姉弟みたいだぞ」

「あ、それはカラーコンタクトで」

 

「当然だろう、クラリッサ」

 

 ラウラが、フフン、と胸を張って割り込んできた。

 

「トミヤは私の義弟なのだからな。義姉を見習うのになんの不都合がある。こうしてわざわざカラーコンタクトをしてお揃いでいることも、私との絆を大事に思えばこそではないか」

「おお、麗しき義姉弟愛です! トミヤ、お前のことを見直したぞ!」

 

 クラリッサさんは僕の手を両手で力強く掴みながら言った。

 

「それは、どうも……」

 

 スポンサーさんから支給された品がたまたまそうだったなんて、言えない雰囲気だなあ……。

 

 クラリッサさんは嬉しそうに頷くと、肩に下げたバッグからタブレット端末を取り出した。

 

「そこまでしっかりしているからこそ、お前のためにこの新装備ができたのだろうな」

「新装備、ですか?」

「ああ。詳しいことは彼女に聞いてくれ」

 

 そう言いながらカバーノートを開き、なにやら画面を操作する。

 そして表示されたタブレット画面には、

 

「ト・ミ・ヤ・さーん!」

「エクシア!?」

 

 僕の専任オペレーターのエクシアが、両手をブンブン振って映っていた。

 どういうこと? とクラリッサさんに顔を向けると、

 

「私がここに来たのはな、ラウラ隊長のISを届けることの他に、お前への用事もあったのだ。スポンサーの『M.R.エレクトロニクス』が新しい装備を開発したので届けてほしい、とな」

「そうだったんですか……!」

 

『M.R.エレクトロニクス』

 それが僕のスポンサーの名前だ。

 かねてより付き合いのあったラウラやクラリッサさんはご承知の通りで、エクシアもこの会社に所属して僕をサポートしてくれている。

 

 MR、というのが医薬情報担当者のイニシャルなのと繋がりがあるのかは知らないが、医療関連という意味では共通のメディカル・カンパニーだ。

 医薬品や医療機器の開発、運用を手がける世界的なシェアを持つ大企業で、影響力は国連にも及んでいる。

 さらに、昨今はIS関連にも手を広げてきており、僕の【グレイ・アイディール】もここで開発されている。

 もっとも、人体に関わる機器をメインに扱うわけだから、主な開発装備はパイロット周辺のものが主になる。LSでいえば、四脚の下半身や、『ペンチ・ヒッター』の駆動部分などだ。

 武器に関しては提携先から試験名義で寄越されているらしい。

 

 と、それはいいとして。

 

「なんだよ、エクシアも水臭いな。新しい装備なんていいから、クラリッサさんが来てくれることだけでも教えてほしかったのに」

「そ―ゆーとこ、相変わらずですねトミヤさん。あ、ラウラお義姉さんもご一緒でしたか! ふつつかものですが、よろしくお願いいたします!」

「ん? あぁ……」

 

 ラウラは鳩が豆鉄砲を喰らったように首を傾げた。

 

「まあ、義姉、という呼び方はいいのだが、よろしくの前が引っ掛かる言い分だな?」

「それはもう! 今後とも長く深いお付き合いしていくことになると思いますからね!」

「……どういう意味だ?」

「つまりですね」

 

「あ〜! エクシア! その新装備っていうのはどんなものになるのかな?」

 

 僕は話の流れが変な方向に行くのを強引に変更した。

 なんとなく、このまま続けるのはマズイと思った。

 

 たぶん、エクシアは将来、僕と一緒に居るつもりで話を進めているんだろう。

 前に、記憶喪失であるエクシアが、身寄りも記憶も見つからなかったらそうさせてくれ、と話をされたのを思い出す。

 もちろんそんな自体になれば僕としても断るつもりはなかったから、ラウラとそうだったように同じ釜の飯を食べるのは構わなかった。

 だからその後了解したのだけど、

 

(ひょっとすると、僕はエクシアに慕われているのかもしれないなあ)

 

 そう思わせる素振りが無きにしもあらずと振り返る。

 歳の近い身近な異性ということで意識されているだけかもしれないが、そっち方面の経験値がない僕には対処の仕様が見つからなかった。

 

 おいおい、耳聡いシャルルに相談することにしよう。

 

「むー……、とっても大事なことなんですよトミヤさん」

「大事なことなら、なおさら直接会って話をしたほうが良いと思うけどな?」

「むむ、言われてみれば確かに……」

 

 エクシアは、一つ大きな息を鼻から吐いて調子を切り替えた。

 

「ふーん! わかりました! それじゃあラウラさん、この話はまた今度直接ということでお願いします!」

「まあ、了解した、と言っておこう」

「はい! ……さて、それじゃあみなさん、ちょっと場所を移して貰えませんか? 屋内だとちょっと都合が悪いので」

 

 確かに、ISの装備は大きくてかさばるから、こんなロビーではマズイかもしれないな。

 

 僕たちは人があまりいないであろう、校舎裏まで移動することにした。

 

 

 ◇

 

 

 学年別トーナメントの喧騒から離れた、校舎裏の備品倉庫前。

 

 トミーはクラリッサから渡された銀色のバングルを両腕に装着した。

 新装備のセットアップに使うのだろうそれを、エクシアのいわれるがままにLS【グレイ・アイディール】にインストール作業を行い、起動させる。

 

 ISの装備は普通、身体に纏うように発動されるものなのだが、今回のそれは違った。

 

「非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)か?」

 

 ラウラの言うとおり、投影先は空中で呼び出された。

 

「大きいな……」

 

 そう話すクラリッサの身長分はあろうかという二つの物体が、トミーの両肩の上、腕を伸ばせば届きそうな位置で現界する。

 

 その姿は、

 

「……手?」

 

 巨大な、アニメに出てくるロボットのような、握りしめられた二つの拳だった。

 もしや、とトミーは自分の手を開くと、ロボットアームもその動きにシンクロして開きだした。

 

 指先は弾丸でも撃てるのか砲口になっており、掌には球体状のものが埋め込めれている。甲の部分には手首まで覆うガントレットのような手甲が備えられていた。

 カラーリングは、総じてグレー。

 

「これぞ、試作・マニピュレーター型非固定浮遊IS武装。その名も『グレイ・グローブ』です!」

「『グレイ・グローブ』……」

 

 トミーはエクシアの言った名前をつぶやきながら、思うままに動かしてみた。

 指の一本一本もちゃんと動き、グー、パー、もしっかり連動する。

 さらにパンチのような動作をすると、

 ガオン!

 と空を切る音を響かせてナックルを放った。

 

「撃ってみても、大丈夫そうかな?」

 

 指先の砲口を動かしながら、トミーはエクシアに確認する。

 

「空に向けてなら大丈夫ですよ! 音もそんなにうるさくないので」

「それは便利そうだね。どれ……」

 

 人差し指を一本、上空を指して放ってみる。

 発砲音は、バァン! でも、ガァン! でもなく、

 キュイン!

 という甲高い音だった。

 

「この発砲音は、もしや……」

「知っているのか? クラリッサ」

「ハッ。おそらくラウラ隊長がお使いの『リボルバー・カノン』と同じ、電磁投射砲(レールガン)の類かと思われます」

 

「流石はクラリッサさんですね! そのとおりです。五連装電磁投射砲、通称『フィンガー・スナップ』といいます。ラウラさんのとは違って一発の威力は小さく衝撃も少ないですが、連射速度はダンチですよ」

 

 さらにですね、とエクシアは装備の解説を続ける。

 

「掌の球体はバリアシールドを展開できる防衛機構になってるんです。通称は『ゴールキーパー』って言うそうです。手甲部分には単発式の杭打ち機が内蔵されていまして、コッチの通称は『グレート・グレー・スケール』と呼ぶそうですよ」

 

「『グレー・スケール』、ってことは、シャルル愛用の装備の強化版か。さっきのパンチを見ても、接近戦が想定されているだろうなとは思ったよ」

「対空戦向きの火器といい、シールドといい、コンセプトの見える装いだな。しかし、これでは既存の装備とバッティングをしてしまわないか?」

 

 新装備に向けられたトミーとラウラの評価に、エクシアは「それはそうです」と頷いた。

 

「なんてったって、トミヤさんはしばらくこれだけで戦う事になりますからね」

 

「へ……?」

 

「トミヤさん、今後はこれ以外の装備を運用しないでください」

 

 はあっ!? とトミーは驚愕の声を上げた。

 

「えっ、あの……、『グローリー・シーカー』とか、全部?」

「全部です。ちなみに、下半身の四脚、当方では『グレイ・グリーブ』と仮称していますが、それも使わない方向でお願いします」

「それもダメなの!? いくらなんでも戦闘力ガタ落ちしちゃうよ?」

「そうですけど、少なくとも、この『グレイ・グローブ』に運用動作をすべて覚えさせるまではそうして欲しいと、常務さんからキツく言われておりまして……」

「あー、常務さんからかぁ……」

 

 それは従わないわけにはいかないなあ、とトミーはため息をついた。

 

 いつも気難しそうな上司の顔を思い出す。

 眉間にシワを寄せ、縮れた髪と特徴的な鷲鼻のしかめっ面。

「いいですね?」という断れないオーラでの詰め寄りが聞こえてきそうだった。

 

「まてよ、運用動作を覚えさせるって、LSの下半身……『グレイ・グリーブ』でやったことと同じじゃないか? それじゃあまさか……」

 

「ええ、ご想像のとおりです。トミヤさんの【グレイ・アイディール】の完成形は、下半身の『グレイ・グリーブ』、アンロック・ウェポンの『グレイ・グローブ』、そしてトミヤさん本体と、それぞれ切り離した三位一体で運用するのが目標だそうです」

 

 ああー、とエクシアを除いた三人が一様に声を上げた。

 それは、あまり気持ちの良さそうなイントネーションではなかった。

 

「強力、であるのは間違いなさそうですが……」

「飛べない機体でも足掻こうとする姿勢は伝わるのだが……」

「まるでどこかのゲームのボスみたいだぁ……」

 

 クラリッサとラウラのフォローも届かず、トミーは思い浮かべられたビジュアルにげんなりと肩を落としてしまった。

 

(まあ、ゲテモノみたいに言われるのは慣れてるけどさあ)

 

 そうは思っても、愛機への愛着と、サポートしてくれるエクシアのためにも、直接口にするのははばかられた。

 

「ま、まあ! せっかくですしテストを続けてみましょうよ! 『ゴールキーパー』とか、どのくらいの範囲をカバーできるか知っておいたほうが良いですよ。他にもですね……」

 

 

「――ずいぶんと面白そうなことをしているな?」

 

 

 不意に、

 備品庫の影から放たれた冷たい声が、エクシアの話を遮った。

 

 ぎょっ、と全員の顔が、声のする方向へ向く。

 皆、よく知っている声色だったからだ。

 

 声の主は、ゆらり、と影の中から現れた。

 

「織斑、教官……!」

 

「ボーデヴイッヒ、ISの起動について禁止されている場合を二つ述べろ」

「ハッ! 一つ、指定区域以外でのIS起動は条約により禁止されております! 二つ、IS学園敷地内であっても許可されていないIS展開は校則により禁止されております! ……あ」

「正解だ。さて、では規則違反を侵した一(にのまえ)には、相応の対応をしてもらわねばならないなあ?」

 

 穏やかな口元とギラついた目を向けられたトミーは、

 

(やっ、ちゃっ、たー)

 

 という感情を全身で表しながら、右手で顔を覆い隠した。

 

 

 ◆

 

 

「やれやれだ」

 

 私は備品庫から必要な用具袋を引きずり出して肩にかけた。

 

 まったく。本来なら整備科のやつらにさせる仕事なのだが、今日はトーナメントに当たるらしくわざわざ自分で取りにくるハメになってしまった。

 

 それで来てみれば、コレだ。

 

 新装備のテストをしてみたいのは分かるが、ちゃんと決まりを守ってやれというのだ、ガキ共が。

 周りに人がいないからと言って、むやみにISを展開させていいものじゃないんだぞ。

 最終的に誰に苦情が来ると思っているんだ。

 

 ……ああ。

 

 また一つため息がこぼれてしまった。

 ええい、ビールの一杯でも引っかけたい気分だ。

 

「面目ありません、織斑教官……」

 

 後ろではハルフォーフが、ずっと直立不動から腰を直角に曲げて頭を下げた姿勢のまま、私に謝罪を繰り返している。

 

 下手人の一(にのまえ)と幇助犯のボーデヴイッヒにはグラウンドダッシュ三十周を命じた。

 エクシアとの通信は切れたみたいだ。抜け目のないやつめ。

 

「ハルフォーフ、お前のその律儀さは立派と言えよう。しかし年長者としては、しっかりと決まりを守るよう後輩を指導しなければいかんな」

「申し開きもございません……」

「それで? なぜドイツ屈指のIS乗りであるお前がココにいる。ボーデヴイッヒにISを届けるのも、一(にのまえ)に装備を渡すのも、お前でなくても良かったはずだ」

「ハッ。もちろん理由がございます。と、そのお話の前に、どうかコレをお収めください」

 

 ハルフォーフの肩に下げられたバッグをうやうやしく渡された。

 なんだ、と中身を確認してみると、

 

(こ、コレは……!)

 

 黒ではなく黄金の五芒星。

 SPECIALなSAPPOROの500ml缶。

 そして知る人ぞ知るギンザライオン・プレミアムのリミテッド・エディション!

 

 ゴクリ……!

 

 いかん、自然と喉がなってしまった。

 やれやれ、ハルフォーフのやつめ、

 

「いいセンスだ」

 

「感謝の極みであります」

 

 フッ、

 夜が待ち遠しくなってきた。

 

「っと、ゴフンゴフン……。うむ、確かに土産は頂戴した。さて、それでは本題を話してくれ」

「ハッ。実は、コレを織斑教官に渡してくれと頼まれまして」

 

 そう胸元から取り出されたのは、古風なセピア色の封筒だった。

 しかもご丁寧に封蝋印で閉じている。

 この印は、

 

「む……」

 

 先程までの高揚が急速に冷やされる。

 見覚えのある印だった。それも、あまりありがたくない方の。

 

「他の誰にも悟られるな、と言われております」

「そうか……」

 

 懐からカッターを取り出し、丁寧に封を開ける。

 中に入っていたのは一枚の便箋。

 それも英国の老舗のコンケラー・レイド。

 

(……これを用意した者は、クラシックな趣味の持ち主であることは確実だな)

 

 半ば探偵にでもなった気分で、便箋を開いてみる。

 そこに記されていたのは、

 

「――ッ!」

 

 私は一読しただけで折りたたみ、すばやく自分の懐に仕舞い込んだ。

 

「お、織斑教官……?」

「ハルフォーフ、この封筒は誰に渡された!」

「ハッ! 『M.R.エレクトロニクス』の常務より、直々に」

「ヤツか……!」

 

 私は緊張が全身を駆け巡っていることを自覚した。

 このように送られて来るということは、事態は風雲急を告げていると確信できるからだ。

 

 しかも常務のヤツめ、これまでのように取り繕うこともなく、わざわざ身分まで証してくるとは……!

 

「ハルフォーフ、直ぐに一(にのまえ)とボーデヴイッヒを呼び戻せ。学園アリーナのピットに大至急向かうよう伝えろ。私は先に行く」

「ハッ! 復唱!」

「無用だ、さっさと行け!」

 

 ハルフォーフからの返事も待たずに私は駆け出した。

 

 動くとなれば、今日のような来賓のある日が狙われるだろうとは予想していた。

 対策は講じている。

 しかし、わざわざこのような伝達をしてくるとは、一(にのまえ)を使えというお達しとでもいうのか。

 

 私は頭の中で便箋の文字を振り返る。

 それは、

 

『     

    亡国機業二気ヲツケラレタシ

 

             Old Fashion 』 

 

 コレだけだったが、十分だった。

 

『オールド・ファッション』という反女尊男卑主義団体が、名乗りを上げた警告であるというだけで。




『フィンガー・スナップ』の意味は、皆さんご存知、指パッチンです。

今回新たに出てきた用語については、おいおい
かいせつ!
の回にも載せていく予定です。
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