リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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27.「信じて」という言葉には「試して」という意味もあるらしい-try me-

 黒いISが襲いかかってくる。

 無骨な巨体に似合わない俊敏な機動性で、こちらの攻撃を掻い潜り、得物の『プラズマ手刀』の光刃を煌めかせて挑みかかってくる。

 

 その動きが、不意に揺れる。

 

 横あいからの射撃が、黒いISの脇腹に突き刺さったのだ。

 わずかにひるんだ一瞬のスキを逃さず、周囲から次々とビームの集中砲火が包み込んでいく。

 黒いISは反撃にと『大口径リボルバー・カノン』の砲身を構えるが、その砲門に此方の『弾道型ブルー・ティアーズ』が飛び込んだ。

 

 盛大な爆発。

 

 しかし、その爆炎を突き破り、黒いISは弾丸の如く迫ってくる。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)のなせる爆速だ。

 

 恐るべきは黒いISの装甲と、パイロットの技量だろう。

 煙幕の中から狙い違わず正確に、こちらを捉えて向かってくる。

 振りかぶられる『プラズマ手刀』。

 

 その刃が届く前に、網に捉えられたように、黒いISがビームの火線に包まれた。

 

 放ったのは周囲に配置された『ブルー・ティアーズ』。

 予め各所に展開させての、先読みによる置き攻め。

 直線的にしか進めない瞬時加速(イグニッション・ブースト)の欠点を狙って、自分自身を囮に相手を絶好の攻撃ポイントに誘引し、十字砲火を叩き込んだのだ。

 

 目に見えて鈍る黒いISの動き。

 そこにトドメと、得物のロングライフル『スターライトMKⅢ』のフルチャージ・ショットをお見舞いした。

 極太の閃光が黒いISを飲み込む。

 

 並の相手なら必殺の一撃。

 

 しかし、

 

 黒いIS【シュヴァルツェア・レーゲン】はそれすらも堪え切り、自分の駆るIS【ブルー・ティアーズ】に『プラズマ手刀』が振り下ろされた。

 

 

 ◇

 

 

(ダメ、ですわね……)

 

 セシリア・オルコットは自分で思い描いたシミュレーションの結果にため息を着いた。

 

 IS学園研究棟のメディア・ホールにて行われていた、【ブルー・ティアーズ】の機動チェック。

 そのテストプレイの中で、以前トミーたちと一緒に行ったチェスの戦術を試してみたのだ。

 自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』を置き攻めに使い、ボード・アドバンテージを有効に使って相手の行動を制限するフィールドコントロール。

 イメージ上の仮想的には、ラウラの【シュヴァルツェア・レーゲン】。

 

 運用の結果は一定の成果を収めはしたものの、

 

(惜しむらくは、火力不足ですわね)

 

【シュヴァルツェア・レーゲン】の重装甲には有効打までは及ばなかった。

 

 BT兵器の実働データをサンプリングすることを目的とした試用機である【ブルー・ティアーズ】と、

 実戦能力と機体完成度を追い求めた【シュヴァルツェア・レーゲン】では、

 やはり戦闘力に開きがあるのか。

 

 シミュレーションの最後に受けた『プラズマ手刀』の一撃は、間違いなくセシリアを切り裂いただろう。

 

 そう、何もなければ。

 

(けれどきっと、いいえ必ず、トミーさんが助けに来てくれると思わずにはいられないのは――)

 

 トミーに対する甘えだろうか。

 自分自身への自惚れだろうか。

 

 イメージシミュレーションの中で振るわれた『プラズマ手刀』は、鉛色のLS【グレイ・アイディール】に阻まれた。

 彼の剣銃『グローリー・シーカー』が煌めき、相手の光刃を受け止める。

 

 かつて自身を救ってくれた時のようにように、ラウラの攻撃から護ったトミーの背中はとても大きく、そして頼もしかった。

 

(ねえ、トミーさん)

 

 セシリアは幻の背中に語りかける。

 

(わたくしは、本当は、とってもわがままな娘なのですのよ?)

 

 助けてもらえたにも関わらず、庇ってくれたトミーにすまなさを抱き、自分の弱さに情けなくて腹が立つ。

 

 護られてばかりは嫌なのだ。

 貴方の隣に立ちたい。

 共に肩を並べたい。

 

 できるハズだ。

 この【ブルー・ティアーズ】には、まだまだ可能性がある。

 最大稼動時はビーム自体も自在に操るBT偏向制御射撃(フレキシブル)が可能であると、受け渡しの際に技術スタッフから言われたではないか。

 

 そのチカラを発揮できたならば、きっと目の前の背中の隣には、自分が寄り添っていられるのに。

 

(ねえ、こちらを向いてくださいまし。わたくしを、わたくしだけをご覧になって……)

 

 貴方のために強くなるから。

 だから、その空色の瞳に、このセシリア・オルコットを映してほしい。

 

 か弱い少女の右手が、すがるように差し伸ばされた。

 

 その願いが届いたのか、幻の背中が動き、肩越しに頭が振り向いた。

 高鳴る鼓動、胸を締め付ける『彼』の横顔。

 その瞳は――、

 

(紫色……?)

 

 そういえば、ラウラの凶弾から護ってくれたあの時の『彼』の瞳は、一瞬だけれどアメジストのように光っていた。

 裸眼の空色でも、コンタクトをした赤でもなく。

 

 凶弾を切り払った火花がトミーの周囲で虹色の輝きを帯びていたあの瞬間を、目に焼き付けたセシリアが見間違うはずは無い。

 

(そう、間違いはありませんわ。けれどもいったい、どうして……)

 

 頭をもたげた疑問。

 

 その問いを払拭するように、【ブルー・ティアーズ】の通信回線が着信を知らせた。

 表示される相手の名前は、

 

「トミーさん!?」

 

 セシリアは取りも直さず、ツーコールが鳴り始める前に通話を受け取った。

 

 緊急の要件だった。

 

 しかしその重大さへの緊迫感よりも、セシリアの力が必要だ、というトミーからの期待の方が、少女の胸を弾ませた。

 

 

 ◆

 

 

 IS学園アリーナ。

 学年別トーナメント、決勝戦。

 

 西の選手登場口からは、金髪の貴公子シャルル・デュノアと、赤毛の元気っ娘相川清香。

 東からは男性のホープ織斑一夏と、サムライガール篠ノ之箒。

 

 それぞれ自分のISを身にまとい、開始位置に歩を進めて試合開始のコールを待つまでとなっていた。

 いよいよ決勝、という緊張感は、しかし四人の顔色からは伺えない。

 全員から同じクラスメイトだからと、さらに仲の良いメンバーであるためだった。

 

 自然と交わす会話も普段通りの口調がこぼれ出た。

 

「なんだか、いつも授業や放課後の練習でみんな一緒なものだから、目新しさが感じないね」

 

 シャルルが眉尻を下げてそう苦笑する。

 

「だな。けどまさか、あの鈴たちを破って勝ち上がって来るなんて、シャルルたちもやるじゃないか」

 

 一夏は、いつも練習でけちょんけちょんにされる鈴が倒されたとあって、シャルルたちを見直していた。

 シャルルは不敵な笑みを浮かべて応える。

 

「おやおや? 一夏は、僕たちが負けるとでも思っていたのかな?」

「いや、そうじゃないって」

「それじゃあ、相手が鈴じゃないからって安心した、とか?」

「変な探りを入れるのは止めてくれよ。あの自信家の鈴が負けて凹んでいるところを見るのなんて滅多にないもんだから、面食らってさ」

 

 一夏は頭をかいて、一つため息を着いた。

 

 シャルルチームと鈴チームの試合の後、一夏はそれぞれのチームの健闘を称えに顔を出していた。

 一夏に詰め寄って手を握ってクルクル回りながら全身で喜びを表すシャルルと、飛び跳ねて喜ぶ清香の嬉しげな姿は、一夏までも嬉しくなった。

 

 その一方で、敗北した鈴の様子は、幼馴染である一夏でもなかなかお目にかかれないほど沈んでいた。

 いたたまれず、鈴のそばに腰をおろして寄り添っていたのは、それだけ彼女が心配だったからだ。

 

「ふ〜ん、それじゃあ一夏は、傷心の鈴を優しく励ましてあげたんだ」

 

 シャルルは目を細めながら言った。

 

「な、なんか普段とイントネーション変わってないか?」

「そんなことはいいから、教えて欲しいな。一夏は鈴を、どんなふうに慰めてあげたの?」

「別に。ただ、デコピンをしてやったよ」

「で、デコピン?」

 

 ああ、と一夏が歯を見せて笑う。

 

「幼いときから、鈴との間の決まり事なんだ。つまんなそうにしていたり不貞腐れたりしていたときは、お互いにデコピンをして注意するんだって」

 

 鈴も覚えていたみたいでな、と嬉しそうに一夏は語った。

 

「へえー……、そうなんだ……」

 

 シャルルの濃紺の瞳に陰りが入った。

 

「さあっすが幼馴染だねえ。二人だけにしか分からない決まりごとがあるなんて」

「な、なんだよシャルル。急に怖そうな顔になって」

「怖そうだなんて、ひどいなあ。僕は純粋に一夏と鈴は仲が良いんだねえって、言っているだけなのに」

 

 シャルルの声のトーンがオクターブ下り、アクセントも普段と違う。

 なのに、表情だけはいつもどおりの微笑が、張り付いたように固まっていた。

 

「えーと、しゃ、シャルルさん……?」

「なんだい、一夏。そんなびくびくすることないじゃあないか」

「……何か、怒ってます?」

「怒ってるだなんて、変なことを聞くなあ。僕は、これっぽっちも、怒ってないよお?」

 

 嘘だぞ、絶対に怒っているぞ。

 

 他人の気持ちを推し量れない一夏でも、目の前のルームメイトが放っているオーラには流石に感じることができた。

 

 そのオーラを緩めず、シャルルは言う。

 

「一夏、僕はね、この大会、絶対に優勝しようと決めたんだ。優勝しなければ手に入らない未来を掴むために」

 

 シャルルのIS【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】が右足をズシン! と一歩踏み出した。

  

「そのために、これまでいっぱい練習をしてきたんだ。パートナーの相川さんも、そんな僕についてきてくれた」

 

 左手に持つアサルトライフル『ヴェント』を、敵に、一夏と箒に向けて構えた。

 宣戦と挑戦の合図だった。

 

「だからね、たとえ相手が友達であっても、一夏が敵であったとしても――」

 

 シャルルは、言葉を一泊置いて、鼻からたっぷり息を吸い込んで、宣言した。

 

「僕は、容赦しない」

 

 

 ◇

 

 

「おやまあ、シャルルくんも可愛い顔に似合わず、熱くなる性格なんだねえ」

 

 アリーナのピット内でディスプレイに映るシャルルを見ながら、新聞部副部長、黛薫子は面白そうに言った。

 

「黛、記事にしたいのなら、この大会を無事に終えられてからにしろ」

「わかってますよ、織斑先生」

 

 ケタケタ笑う黛に、やれやれと首を振りながら、織斑千冬は振り返る。

 目の前には、一(にのまえ)十三八(とみや)、ラウラ・ボーデヴィッヒ、クラリッサ・ハルフォーフ、そして今しがた到着したばかりのセシリア・オルコットが揃っていた。

 みな直立して千冬の指示を待っている。

 

(こうしてみると、それなりに見えるものだな)

 

 国家代表候補生に、現役軍人、さらには反体制組織(オールド・ファッション)の秘蔵っ子というそうそうたる顔ぶれだ。

 相手がよほどのツワモノでも十分対処できるだろう。

 

 かといって、それを過信することなく、千冬はキビキビと告げた。

 

「お前たちにはこれから、学園内に潜伏しているであろうテロリストに対処して貰う」

 

 千冬の後ろにいる黛の顔から笑みが消えた。

 

「これは訓練ではない。信頼できるツテからの情報によれば、この決勝戦が特に危険だ。理由は、男性IS操縦者が勝ち残ってしまったからだ」

 

 先刻、千冬が受け取った反女尊男卑主義組織『オールド・ファッション』のことづては、亡国機業に気をつけろ、という一言だけだ。

 しかし千冬は、それが他ならぬオールド・ファッションの言だけに、男性側が不利となりえるものであると結論づけた。

 しかも、この学年別トーナメントが開かれている時期にである。

 

 ほぼ間違いなく、織斑千冬の弟、織斑一夏が標的にされていると推測できた。同様に、男性と偽っているシャルル・デュノアもだ。

 

 であれば、二人ともまみえる決勝戦で何かが起きないハズがない。

 

「現在、更織、布仏を始めとした生徒会メンバーが不審物のチェックや不審人物が紛れ込んでいないか学園中を調べてまわっている。お前たちは気兼ねなくアリーナにだけ専念しろ」

 

 ところで、とトミーに視線を向ける。

 

「一(にのまえ)、お前に確認したいことがある」

「何でしょうか、織斑先生」

「お前はこのアリーナ会場を俯瞰して、レーダーのようにテロリストを見つけることは可能か?」

「テロリストである目印があれば、可能です」

 

 黛が眉を潜めて疑問を呈した。

 一方の千冬は口元に孤をつくって笑み含んだ。

 

(やはりな)

 

 と、オールド・ファッションの意図を汲んだ。

 

「おそらくテロリストは決勝戦を妨害するために何らかの行動をするだろう。それも戦っている選手たちに向けたものであると推定される。つまり使用されるのは、対IS用の装備である可能性が高い」

「では、一夏たちを狙っている曲者を、対IS兵装の有無によって判別できますね」

「それが何かは流石にわからん。だが、怪しいと思う者を見つけたらすぐに知らせろ」

「承知しました」

「オルコット、ボーデヴィッヒ、ハルフォーフは、一(にのまえ)に指示された相手を取り押さえられるよう会場に散れ」

「了解しました」

 

 軍人たちは型にはまった敬礼で織斑千冬に返事した。

 セシリアも真剣に頷き返す。

 

 何か質問はあるか? と確認を入れた千冬に、

 

「あの、セシリアは僕のそばに置いて貰えませんか?」

 

 トミーがおずおずと提案した。

 呼ばれたセシリアは跳ね上がるように身をすくめ、顔をトミーを向ける。

 

「オルコットを? なぜだ?」

「セシリアの『ブルー・ティアーズ』なら遠隔で操作できますので、直ぐに僕の示す先へ飛ばせると思いまして。……できるよね、セシリア?」

「もちろんですわ!」

 

 元気よく応えるセシリアに、ふむ、と千冬は思案する。

 

「……なるほど、広い範囲をカバーし速やかに対応できるぶん、相手の機先を制しやすくなるか」

「相手がひるんだところをラウラとクラリッサさんに制圧して貰えればよいかと。その点では二人とも、プロですから」

「確かにな。いいだろう、その作戦で行くとしよう。他に質問は? ……ないようならば、これより作戦開始とする。黛」

「はい」

「各員が指定の場所へ配置後、決勝戦のコールを入れろ」

「了解です。それじゃあみんな、お客さんがた待ちわびてるから、直ぐに取りかかっちゃって〜!」

 

 その黛の言葉を合図に、トミーたちはその場から散開した。

 ピットに待機している他の整備科の生徒たちも、めいめいが受け持つ役割を再開する。

 

 去り際に、ラウラが、

 

「トミヤ、くれぐれも無茶はするなよ。『目』の長時間使用は身体に障る」

「わかってるよ、ラウラ」

「セシリア、見ての通りわかってない。おかしいと見たら直ぐに取り押さえろ。私が許す」

「あら、押し倒しても構いませんの?」

「脳が焼き切れるよりはマシだ。……頼んだぞ」

 

 走り去るラウラの言葉に、セシリアはドキリとした。

 まさかのラウラからの信用の言葉と、トミーがこれからしようとする事への危険性に対してだった。

 

「トミーさん、あなた、また危険なマネを……」

 

 セシリアは苦笑しているトミーに向けて心配そうに声をかける。

 

「ラウラもセシリアも、案外僕のこと信用していないよね」

「いつも無茶ばかりなさっているからです」

「今回は一夏たちが狙われるかもしれないんだよ?」

「そのためにご自分を犠牲にしてよい訳がありませんわ!」

「だけど、テロリストを見つけないことには……」

 

 セシリアは思わずトミーの手をとった。

 驚いた顔のトミーに、セシリアは辛そうに語る。

 

「私は、そんなに頼りになりませんか?」

「え……」

「ラウラさんやクラリッサさんは、あなたの頼りになっているのに、私は頼りになりませんか?」

 

 作戦会議でトミーがセシリアの『ブルー・ティアーズ』を指定したとき、念の為か確認を挟んだ。

 テロリストの確保を指定したラウラたちには、なんの確認もしていなかったのに。

 

 それをセシリアは見逃さなかった。

 

「……セシリア」

「はい」

「頼んだよ。僕を、一夏たちを、助けてくれ」

「はい……!」

 

 その言葉に、セシリアは胸がいっぱいになった。

 目に溢れるものを懸命にこらえた。

 

(絶対に、あなたの期待に応えてみせます!)

 

 いまだけは、トミーの目にはセシリアしか映っていないのだから。

 

 セシリアがトミーを握る手に力がこもった。

 




 デコピンの下りはドラマCDにありました。
 
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