リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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28.友達がいつもと違って見えるとき-fall in ...-

「ね〜、ね〜、マジで、ホントにやんの〜?」

 

 けだるそうな声で、オレンジ・ブラウンのパーマヘアが映える少女が言った。

 少女といっても、メイクをしっかり施された顔はすでに大人の女性と同じくらい整っている。ただ、眠そうな目つきと、露出度の多くアレンジされたIS学園の制服が不釣り合いで、背伸びをしている感じがした。

 

 はだけられた胸元に引っかかっているだけのリボンの色は赤。それは三年生であることを示している。

 

「やるよ。ううん、やらなきゃいけないでしょ」

 

 キッパリと問いかけに答える少女は、目をギラリとさせた。

 黒のロングヘアーが顔の輪郭と目元を隠し、よけいに目つきを際立たせている。

 

 シワのないキッチリとした制服のリボンは同じく赤色。

 

「わっかんないんだよね〜。アンタはウチと違って成績優秀じゃ〜ん? ワザワザ危ない橋渡ることなくない?」

「それ、今更なんだけど。あのLS乗り野郎と戦り合った時点で、もう危ない橋ダッシュで渡っちゃってるから」

「だけどさ〜」

 

 パーマの少女はチラリ、と後ろに目を配る。

 自分たちのいるIS学園アリーナ屋内のトレーニングルーム入り口に、二人を見張る人物を見つけられた。

 その眼鏡の生徒はさり気なさを装い、しかしピッタリとくっついてくる。

 

「あのいけ好かない眼鏡会計も、今回ばかりは出し抜けられるんだからさ〜」

「ああ、同期首席の布仏虚ね」

「別にウチ一人だけでも構わないし、アンタが抜けるチャンスはこれがラストだよ?」

「抜けるわけがないでしょ」

 

 黒髪の少女は、フン、と忌々しそうに鼻を鳴らした。

 

 この二人は以前、トミーと鈴の模擬戦に横槍を入れた生徒たちだった。

 二人にとっていけ好かない、国家代表候補生で転校生の鈴と、男でISもどきを操縦しているトミーを事故を装って不意討ちしたのだ。

 トミーを撃墜し鈴を嘲笑したまではノリノリだったのたが、トミーのLSに搭載されているVTシステムが暴走を起こし、瞬く間に蹴散らされた。

 

 その後、居合わせていた一夏たちの証言によって、二人の行いが不正であると処断され、退学が示唆されるほどその立ち位置は危うかった。

 いま、布仏虚に監視されているのも、生徒会から危険人物であると目をつけられているためである。

 

「私だってね、都合があんのよ。じゃなきゃ、こんな状況になった事も、これからやろうとしている事も、ガチで請け負う訳がないっしょ」

「都合ねえ〜。そんなに巻紙おね〜さんに言われたことが嬉しかったの?」

「どっちの話?」

「『みつるぎ』とかいうIS関連会社からの引き抜きの話」

「ナイナイ。仕事も金も興味ナイ。私の親が成金だってこと、前に話したでしょ?」

 

 ああ、とパーマの少女は髪を跳ね除けながら応じた。

 

 この同期の黒髪の親は、IS関連商品を世間に先立って手掛けることで多大な成功を収めていた。さらに、世の中が女尊男卑に変わる事を見越したビジネスモデルを作ることで、時流に乗って大変に儲けているそうだ。

 

「ママったら、景気が良くなってからイケメンを取っ替え引っ替えしまくっててさ。私の弟妹を十何人もこしらえてやんの」

「はあ〜!? マジぃ? ビッグ・マムじゃん!」

「全員試験管ベイビーだよ」

「あ、そ〜ゆ〜オチね」

 

 ガクッ、とズッコケるが、意外そうな顔ではない。

 

 世間が女尊男卑になって以来、出産や子育ての環境は大きく変わってきている。

 妊娠のために自分のお腹を痛めて仕事を休むことを厭う女性は、彼女の親のように体外受精を行い、それを体内に戻すことなく培養液の中で育てる例が多い。

 その方向の技術革新は、ここ数年で飛躍的と言ってよかった。

 

「でもさ、アンタはか〜ちゃんの腹から産まれたんじゃないの?」

「……別の女使った代理出産よ」

「うっわ……、変なこと聞いてゴメン」

「いーのよ。仕事と男を統べる女なんて、そんなもんっしょ」

「冷めてんね〜。まっ、ウチの親もたいがいだけどさ」

「何言ってんの、政治家でしょ? アンタの親」

「そ〜よ。女尊男卑社会によって締め出された、かつての与党の有力議員ってね。今じゃ椅子にしがみついてるだけの野党の末席」

「あー…、ね」

 

 黒髪の少女は淡白そうに相槌を打つと、ダラリと天井に顔を向けた。ロングヘアーが垂れ下がり、顕になった顔に浮かぶ表情は虚ろだ。

 パーマの少女も肘をついた姿勢で無言のまま、面白くなさそうにため息をついた。

 

 そのまましばらく、静寂が過ぎ去った。

 

 遠く、トレーニングルームの外のアリーナ会場で、歓声が巻き起こったように聞こえた。

 学年別トーナメントの、一年生の決勝戦が始まったのだろう。

 

「……フッ」

「ハッ」

 

 唐突に二人は自嘲気味な笑みを見せた。

 自然と合わせる顔には、皮肉そうな目をたたえている。

 

「巻紙おね〜さんがもう一つの話をしたときに、あんた目つきを変えて喰いついたっけね」

「そうよ。ホント私にとっちゃ好都合。ピッタリっしょ? 親不孝希望者にはさ」

「アハハッ」

「笑わないでよ、厭世家」

「い〜じゃん。面白きこともなき世を面白く、ってやつよ」

「アンタにイシンシシは似つかわないよ」

「イシンシ……、なにそれ?」

「ニッポンの革命家」

 

 軽口を交わしながら、二人は身を起こした。

 やれやれ、いくか〜、とダラダラと準備をする。

 身にひそませるのは、学園の訓練機ISの待機状態。

 その装備には、以前トミーを撃ち落とした大砲も添付されている。

 

 二人はこれから道にそれた行いをするのだ。

 

 今まで人気のないこのトレーニングルームで、ひたすら駄弁ってくつろいでいたのは、学生でいられる間の最後のモラトリアムを噛み締めているためだった。

 

 これからやることに後悔はない。

 IS学園という名門の学籍にも、すでに興味は失せた。

 

 世界的な権威を持ち、猛烈な倍率のあるIS学園に通って、女尊男卑の世間によって狂わされた親を持った少女が、女尊男卑の世間を作り上げた力の象徴であるISに乗っている矛盾。

 

 むしろそんな二人だからこそ、多くの女性が憧れるIS学園の学籍も卒業の資格も、蹴り捨てて新たな道を選択できたのかもしれない。

 

 

 パーマの少女の上着からファンシーな音楽がする。

 携帯端末への着信だった。ディスプレイに浮かぶ送信者の名前に、お、という声をあげて届いたメールに目を通した。

 

「……巻紙おね〜さん、ああ、せっかくだし、オータムさんって呼ぼうか。オータムさんが言うには、いよいよ私たちの出番だってさ」

「アンタのケータイにだけ連絡? 私もアドレス交換したんだけどな」

「ウチの方が先に入ったからね。オータムさんの組織に」

「そっか。じゃ、ご指導お願いしますよ、『フォール』パイセン」

「お、い〜ね〜、コードネーム呼び。ちゃんとついてきなよ『オトーニョ』」

 

 二人が笑う。

 女学生らしいあどけなさと、世間擦れした軽薄さが混じり合ったような笑みだった。

 

 

 トレーニングルームの入り口から、何やら話し声が聞こえる。

 見れば、ロングヘアーの美女が布仏虚に道を聞いているらしかった。

 その美女の正体を二人は知っている。

 あてがわれたスキを逃さず、フォールとオトーニョは音もなくその場を後にした。

 

 

 ◆

 

 

 決勝戦が開始されたIS学園アリーナの一角。

 会場全体が見渡せる展望台の上に、ISとLSを展開させたセシリアとトミーが並んでいた。

 

 集中し、遠い目をしていたセシリアがトミーに振り返る。

 

「『ブルー・ティアーズ』の展開配置、完了しましたわ」

「ご苦労様。うまく会場のみんなに気付かれなかったみたいだね」

「せっかくの決勝戦ですもの、試合を邪魔する訳には参りませんわ」

「そうだよね。一夏たちも、シャルルたちも、頑張って勝ち登ってきたんだもの」

 

 会場で繰り広げられるクラスメイトたちの戦いに、トミーは目を細めながら言った。

 身内びいきかもしれないが、仲間たちの成長は本当に目覚ましい。普段の練習もよく見てきたものだから、こうして決勝戦まで進んで来れたのは嬉しさもひとしおだった。

 そんな友人たちの活躍を、テロ対策だからと水を指すのは躊躇われた。

 

「それにしても、【グレイ・アイディール】の下半身の四脚、装着いたしませんのね?」

「ああ、『グレイ・グリーブ』のことか。実は、しばらく使わないように指示されてね。別の装備だけで頑張るように、ってさ」

「そうでしたの。いえ、こうして装備を展開しながら視線を並べるのは、初めてになるものですから」

「ああ、いつも僕が見下ろす格好だったものね。失礼だったかな」

「そういうわけではなくて、その、肩を並べるのも、初めてですし」

「そういえば、そうか」

 

 トミーは珍しげに言った。

 セシリアとはよく一緒にIS操縦の訓練をしているが、ほとんどの場合試合相手のように向かい合う形になっていた。

 横に並んで同じチームで練習するということはない。お互い専用機持ちというせいで、タッグを組まれては周りと戦力差がありすぎて、練習にならないからだろう。

 

「でも、こうしてセシリアと一緒に戦えるのは、嬉しいし、頼もしいな」

 

 トミーの笑みに、セシリアは頬を紅潮させた。

 

「ええ! わっ、わたくしもですわ!」

 

 上ずった声でしどろもどろに答える。

 そこに、トミーの右手がセシリアの左手を握った。

 

「はひゃあ!?」

「あっ、ご、ゴメン。失礼だった?」

「そそそそ、そういうことではありませんわ! イキナリだったものですので、つい……」

 

 セシリアは呼吸を整えると、コホン、と一つ咳払いを入れた。

 

「珍しいですわね。トミーさんから積極的にアプローチをして下さるなんて」

「これから行う事に対して、ちょっとね。気に触っちゃったならひかえるよ」

「いいえ、そのように頼って下さるのは嬉しいですわ。ですが、マナーもございましてよ」

 

 セシリアは自身の胸元に右手を置きながら、トミーに面と向かい合った。

 

「殿方は、淑女の右手の前でかしずき、その右手をひくのですわ。多くの場合人は右が利き腕ですから、それを相手に預けることで信頼を表し、身を委ねることを意味しますの。一般的に言う、エスコートの状態ですわね」

「な、なるほど」

「さあ、トミーさん……」

 

 セシリアは優雅な動きで右手を差し出し、にっこりと微笑んだ。

 

「こう、かな」

 

 トミーはぎこちなくセシリアの右手の前でかしずくと、うやうやしくその手を自分の左手で受け取った。

 言われたとおり、す、とセシリアを引き寄せる。

 と、ふわりとその淑やかな身体がトミーの胸元に吸い込まれた。

 

「わ……」

 

 トミーは小さく驚きの声を上げた。

 普段は特段意識しない友人の姿が、今はとてもいじらしいものに感じた。

 セシリアの動きに合わせてなびく甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 間近に見る少女の瞳は僅かに潤み、頬は朱色に染まり、その美貌は息を呑むほどに美しい。

 

 

 トミーは、不意に、目の前の女を強く胸に抱きしめたい衝動に駆られた。

 

 

「……トミーさん?」

 

「!!」

 

 ハッとトミーは我に返った。

 目の前いっぱいにセシリアがいた。

 知らずに彼女に近づいていたのだ。

 もし今セシリアが呼ばなかったら、一体どうしていただろう。

 

「ご、ゴメン!」

 

 トミーはセシリアから顔を反らすと、苦しそうに自分の右手を自分の胸に押しやった。

 心臓がけたたましく鳴り響き、汗がダッと流れ出る。

 

「だ、大丈夫ですの?」

 

 セシリアの問いかけに生返事を返す。

 鼓動は尚も苦しいほど高鳴りを続けている。

 繋いだ手を通してセシリアにも伝わっているのではないかと気恥ずかしさを覚えたが、その手を放すことはできなかった。

 

 

 遠くから、一夏たちの戦いの音が聞こえる。

 そうだ、こうしてはいられないのだ。

 自分たちはしなければならない事があるのだから。

 

 そう意識をむりやり引き戻すと、ようやく呪縛から解かれたように動くことができた。

 

「大丈夫……」

 

 トミーはそう安心するよう口にした。

 自分に対してかセシリアに対してかはわからない。

 

「本当ですの? 汗もおかきになっているみたいですけれど……」

「ううん、少し緊張したみたいだ。もう、平気だよ」

 

 言うと、トミーは一つ深呼吸しようとして、やめた。

 セシリアの甘い香りをこれ以上受け入れるのは非常に不味いと、脳裏で警鐘が鳴ったのだ。

 

 代わりに、セシリアから向きを返して、手を繋いだまま横並びの格好になった。

 アリーナ会場全体を望む形だ。

 

「……うん、よし」

 

 視界がクリアになり、ようやく一息着けたように感じた。

 僅かに感じる名残惜しさは頭の隅に押しやった。

 

「やるよ、セシリア。テロリストを捕まえよう」

「はい。でも、どのようにして見つけますの?」

「僕の目のチカラを使う。見たものを全部スキャンしてレーダーみたいに捉えられるから、変なものがいたら分かるはずだ。ただ……」

「ただ、なんですの?」

「長くは使えない。負荷がかかり過ぎて、脳が処理しきれなくなってしまうんだ。だから、インターバルを入れながら探してみるけど」

 

 トミーはセシリアの顔に振り返った。

 

「セシリア、その間、僕を支えていて貰えるかい?」

 

 お願いに、セシリアは、まっすぐにトミーの瞳を向いて、嬉しそうとも心配そうとも捉えられそうな表情で、力強く答えた。

 

「はい。貴方を、支えてみせます」

 

 繋いだ手が指を絡める。

 

 それに、トミーは再び胸の鼓動が高まった事を自覚した。

 しかし、今度は苦しいほどの荒々しい鳴動ではなく、胸に暖かさが広まるような高鳴りだった。

 

 今なら、どんな敵でも、どんな無茶でも、乗り越えられそうな気持ちになった。

 

 トミーは静かに目を閉じ、少しうつむきがちにアリーナに向き直る。

 そして、カッ、と見開かれた瞳は紫色の輝きを帯びて、見えるものすべてをその奥底まで補足した。

 




 
 フォールとオトーニョは、どちらも秋を意味する言葉です。
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