リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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30.表のハッピーエンド。裏のビターエンド-Othello Game Over-

 通信端末が通知する着信名に、金髪の女性は熱のこもった吐息を着いた。

 シャープな造形のサングラスの奥でまなじりが下がる。

 スレンダーな足をくねらせ、引き締まったヒップが赤いレディース・スーツのスカートにぴっちりと煽情的なラインを浮かび上がらせる。くびれた腰と豊満なバストも相まって、女盛りという形容を象ったような美女だった。

 

「はぁい、愛しいオータム。ご機嫌はいかがかしら」

 

 落ち着いたセクシーボイスの通話の向こうでは、走っているような弾んだ息遣いがする。

 

「ああ、麗しいスコール。気分はいま最高になったぜ。さっきまでは最悪だったけどな」

「あら、貴女の心をかき乱すなんで、相手はどんないけない輩なの?」

「エリート学園のガキどもと、分不相応に相手をしている織斑センセーだよ。あのアマ、腕は鈍っていないみたいだぜ」

 

 うふ、とスコールと呼ばれた女性の口角が禍々しく歪んだ。

 

「それじゃあ大切な教え子をウチで引き取ってあげましょうか。そうすれば少しは頭を冷やしてくれるでしょうから」

「そうしてやってくれ。ああ、だけどなスコール」

「なぁに、オータム?」

「フォールとオトーニョのこと、くれぐれもちゃんと迎えてくれよ。着の身着のままで来るんだから、その、ちったあ心細いだろうかと思ってよ」

「うふ、うふふふふふふ……」

「が、柄じゃねえってことは分かってるつもりだが、なにもそんなに笑うことはねぇだろう?」

「いいえ、嬉しいのよオータム。貴方って本当に素敵よね。自分が見込んだ女の子はちゃんと親切に面倒を見てあげるんだから。惚れ直しちゃったわ」

「う、うっせ!」

「そのやさしさをエムにも分けてあげたらいいのだれど?」

「あいつはダメだ。まるで可愛げがないからな。どうにもいけ好かねえ」

「残念ねぇ」

 

 スコールは楽し気に喉を鳴らすと、瞳を冷徹に尖らせて前を見据えた。

 サングラス越しの視線の先には、IS【シュヴァルツェア・レーゲン】を装備してスコールを伺うラウラの姿があった。

 背後には苦痛に顔を歪ませるクラリッサが身を横たえている。装備していたレーゲン型量産タイプは左半分の装甲が破損しており、搭乗者が喰らった衝撃の威力を物語っていた。

 

「それじゃあ貴女に褒めてもらえるように、二人を連れて早く帰還するわ」

「そうしてくれ。コッチは先に上がってるからよ」

「気をつけてね。最近、流行遅れ(オールド・ファッション)のストーカーが沸くっていうから」

「はっ、脳みそにカビが生えたオールドタイプなんぞ、返り討ちにしてやるぜ!」

 

 じゃあな、と通信が切れると、スコールは自分の後ろにいるフォールとオトーニョに首だけで振り返った。

 二人とも腰が抜けたように床にへたり込んでいる。

 ISは展開していないが、ちゃんと待機状態で身に着けているようだ。

 

「立ちなさい。さっさと退くわよ」

「あ、は、はい!」

 

 オタオタと身を持ち上げる二人に、スコールは「さっさとしなさい」と声を荒げた。

 

「行かせると思うか」

 

 ラウラが左目の眼帯を外し、金色の瞳をきらめかせながら両手を交差して突き出した。

 動体視力と視界解像度数倍に跳ね上げた『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』が、首をもたげたまま動かないスコールを睨み付ける。

 

「動けまい。クラリッサの敵、取らせてもらうぞ」

 

『ワイヤーブレード』を展開するラウラに、スコールは火のように赤い瞳だけを動かして対峙した。

 

「……『AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)』ね。慣性を停止させる領域展開。ドイツの技術はなんとやら、ってやつかしら」

「減らず口もそこまでだ!」

 

 四本のワイヤーブレードが左右上下に展開して包み込むように切りかかる。

 それを、

 

「っ!? 熱っ!」

 

 熱波の衝撃がスコールから放たれ、『ワイヤーブレード』ごとラウラを吹き飛ばした。

 とっさにクラリッサを庇ったラウラは、『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』によって衝撃波の基を察知する。

 

(右手に展開しているISの腕部、太陽のように発光している球体からか!)

 

 まるで太陽が放つコロナのように猛々しい熱風が吹きすさぶ。

 ラウラの体制が崩れ『AIC』から解放されたスコールは、艶やかな金髪を払うとつまらなそうに鼻で笑った。

 

「どんなものかと期待したのだけど、ノンアクションの技には効かないなんて、がっかりだわ」

 

 言い残すと、あんぐり口を開けて呆けていたフォールとオトーニョの襟首を掴み、ISの脚部を展開して軽やかに飛び去って行った。

 

「逃がすか!」

 

 ラウラが『リボルバーカノン』を構える矢先、オトーニョたちがいた床に転がる小物が破裂したかと思うと、粉塵のようなものが散布された。

 視界が遮られるとともに照準ほかセンサーの類に一斉にノイズが走る。

 

「くっ、チャフか……!」

 

『プラズマ手刀』を展開し切り開こうとするが、手刀の根元でバチバチと火花が立つだけで刀身が現れない。エネルギーを攪乱させる妨害粒子も含まれているようだ。

 ラウラは苦々しく舌打ちをすると、追撃を諦めて支援を求めるため、クラリッサを抱えてチャフから離れる事にした。

 

「申し訳ありません、隊長……」

 

 腕に抱えられるクラリッサが、苦痛に顔を歪ませながら弱々しく謝罪する。

 

「謝るな。お前だけの失態ではない。不意打ちを防げなかった私たち二人の落ち度だ」

 

 顔色を変えずにラウラは応じるが、内心はテロリスト達をみすみす逃してしまったことに自責していた。

 特に、テロリストを捕縛中いきなり割り込んできたスコールに気が及ぶ。

 

(私とクラリッサがああも手玉に取られるとは)

 

 IS特殊部隊の隊長・副隊長を相手に軽くいなした実力はまさに驚異的だ。

 自分たちの敵は強大であると見越して、今後警戒すべきだろう。

 そうラウラは千冬への報告のテーマを構築した。

 

(ともかく、今は情報伝達が最優先だな)

 

 チャフから抜け出しセンサーの回復を確認すると、プライベート・チャンネルでトミーに通信を入れた。

 トミーの能力なら自分たちの代わりに追走できるだろうと踏んだからだ。

 普段であれば2コールで繋がるはずが、3コール、4コール、5コールしても一向に応じない。

 おかしい、遅くとも3コール鳴る前に通話に出るよう教育されていたのに。

 

「……向こうでも何かあったらしいな」

「繋がりませんか」

「うむ。仕方がない、一度織斑教官のいるピットへ戻ろう」

「それがよろしいかと。……あ」

「どうした、クラリッサ?」

「いえ、闘技場の試合が……」

 

 

 クラリッサの視線を辿ると、シャルル・デュノアが織斑一夏を撃ち破っている場面に出くわした。

 一夏の振るう『雪平弐型』が届く手前、シャルルのリアスカートにあるマルチウェポンラックから放たれたグレネードが直撃したのだ。

 

 爆煙の中から墜落する一夏を、シャルルのパートナーである相川清香が見送る。装備している【打鉄】はアンロック・ユニットの防盾も自慢の武者鎧もぼろぼろで、浮いているのがやっとの状態だった。

 一夏のパートナーである篠ノ之箒の姿はすでに無い。

 相川の【打鉄】は満身創痍になりながらも箒の攻勢を防ぎ切り、シャルルの側面攻撃によって先に沈んでいたのだ。

 

 ここに、学年別トーナメントの勝者が決定した。

 

 

「……シャルルは、ブラック・サレナの教訓をしっかり守ったようだな」

 

 ラウラはぽつりと呟き、目を細める。

 

 僚機を大切にし、苦難を共に戦い抜く。

 黒い悪魔(ブラック・サレナ)と畏れられた、ドイツの誇る撃墜王は、最後まで仲間と共に戦い抜いた誇りを戦訓にして語り継がれている。

 ラウラは教示した立場として、パートナーを欠けることなく勝ち抜いたシャルルチームに、感慨深いものがあった。

 

 IS学園アリーナが歓声に包まれる。

 観客たちの拍手が鳴り響く。

 シャルルと相川は肩を組んで横並びに飛ぶと、声援に応えて手を振り返していた。

 

 その光景を、ラウラは胸に暖かいものを感じながら眺めている。

 自分たちが守り抜いた、仲間たちの決勝戦だ。

 ラウラは急いでいる足をほんの少しだけ止めて、クラスメイトの健闘を称え見つめることにした。

 

 

 ◆

 

 

「みなさん、どうかこれまでの僕の嘘を許して下さい。僕は、いや、私は、シャルル・デュノアという男の子ではありません。シャルロット・デュノアという女の子なんです!」

 

 優勝セレモニーの選手インタビューでカミングアウトされた、シャルル、もといシャルロット・デュノアの秘密は、会場を驚愕にどよめかせた。

 シャルルは貴公子的男子として学園で人気を博していただけに、そのショックのあまりよろめく生徒の姿もあった。

 

「これは、私が所属するデュノア社の指示に従っていたからです。決して、祖国フランスを欺こうというつもりではありません。結果としてそうなってしまいましたが、私はフランスを心から愛しています!」

 

 準優勝者の席でシャルルの宣言を聞く一夏は、両手の汗を握っていた。

 内心で、頑張れ! と力強いエールを送り熱い視線を向けている。

 

「しかし、私の行いを許せないと思われるのも、仕方がないことだと受け入れています。私のフランス代表候補生という立場が不相応であるとお思いでしたら、除籍してもらって結構です」

 

 しん、と静まり返る会場のVIP観客席で、オートクチュールの仕立服に身を包んだフランス政府の代表が、気まずそうに厚化粧の目元をしばたたいている。

 

「ですがもし、私のこの力が、幸いにもフランスのお役に立てるのでしたら、どうかこれからも代表候補生として、この学園で学ばせていただきたいのです!」

 

 各国政府高官や企業代表たちの視線がフランス政府代表に集まる。

 いらないの? ならちょうだいよ! と露骨に目で訴えてくる者もいた。

 ゴホン! と無暗にこぼした咳払いが思いのほか周囲に響き渡り、衆人環視がさらに強まった。

 

「どうか、……どうか、お願いします! 私にもう一度だけチャンスを与えて下さい! 嘘偽りのない、本当の私でいさせて下さい!」

 

 シャルロットの潤んだ声が観客たちの心に波紋を引き立てる。

 わずかにざわつき始めた会場に、一夏は意を決して席を立ち声を張り上げた。

 

「俺からもお願いします! どうかシャルのこと、見捨てないであげてください!」

 

 勢いよく頭を深々と下げる。

 シャルロットも、お願いします! ともう一度叫ぶと、一夏に習って直角に頭を下げた。

 二人のひたむきさに、セレモニー会場の空気がある種の一様に包まれる。

 いたたまれなくなったフランス政府代表は、歩を前に進めてVIP席の最前列からシャルロットと向き合うと、

 

「―――――」

 

 務めて優雅なしぐさで、首を縦に振った。

 フランス政府としてもトーナメント優勝者を手放すのは惜しい。

 周囲のお偉いさん方は、ちぇ、と残念がっていた。

 

「やった……! シャル、やったじゃないか!」

「うん……! ありがとう、一夏。ありがとうございます! みなさん!」

 

 破顔し、喜びが爆発するシャルロットと一夏に、会場のテンションも一気に跳ね上がった。

 何はともあれ、苦難を抱えていた少女のハッピーエンドを目の当たりにできたのだ。

 大勢の祝福に包まれながら、学年別トーナメント一年生の部は無事に幕を閉じたのだった。

 

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