リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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31.あるモノの心と大人の心-identity crisis-

 もの寂しい暗黒の中、孤島のように浮かんでいる冷たい明りのもとに、僕は立っていた。

 周囲には闇以外何も存在しない。天も地もなく、果てしない空虚で茫洋とした空間だった。

 

「ここは……」

 

 どこだろう、という疑問と、現実離れした光景に夢をみているのではないか、という予想が浮かんだ。

 何かとっかかりになる物でもあればいいのだが。

 そう足を運ぼうとしようとも、冷え冷えとした明りは今立っている場所から動こうとせず、僕もその場に佇むよりほかになかった。

 とりあえず、声を上げようと口を開きかけた、その時、

 

「……!」

 

 ぞくり、と背筋に寒気を感じた。

 限りない無音の中、無地のキャンパスの上に墨滴が落ちたかのような、有が生じた気配がする。

 自分の真後ろ、それもごく近い距離からの雰囲気だ。

 僕は反射的に振り返った。

 

「っ!!」

 

 息を呑む。

 五歩にも満たないすぐ先に、少年が立っていたのだ。

 歳は10歳ほどだろうか。

 顔色は病的なまでに青白く、目は患っているように淀んで僕を見澄ましている。

 濁り切っている瞳は、よく見ると曇天に覆われたような空色だった。

 手入れされていないぼさぼさの髪はネズミの体毛のようだが、汚れの薄い生え際は鈍い鉛(あおがね)色が覗いている。

 

 よくよく見ずとも、少年の容姿を受けると、こみ上げてくる既視感があった。

 

(幼い、僕の姿、なのか……?)

 

 毎日ドア横の姿見で見ている自分の面影があるのだ。

 まるで古い壊れた鏡を見せられているような、自分でない自分が目の前にいるという恐怖が全身を駆け巡る。

 喉がカラカラに乾いて、ねっとりとした生唾を飲み込んだ。

 

「君、は」

「かえせ」

 

 僕の言葉に被さって少年が口を開いた。

 

「そのからだを、かえせ」

「え……?」

「それは、ぼくのからだだ」

 

 変化が全くない表情のまま、白い手を翳して僕に近づいてくる。

 有名なホラー映画でも比較にならないほど恐ろしかった。

 全身が粟立ち、ひ、という声が漏れ、逃げるように後ずさる。

 

「い、痛っ!」

 

 二歩目が下がれない。足首を誰かに力いっぱい掴まれているようだ。

 見れば、 

 

「……へ? なに、なんだ! なんだよこれ!?」

 

 白い手が、いや、骨の手が僕の足に伸びていた。

 足の下には、幾重にも折り重なる、白い骨、骨、骨。

 床だと思っていた一面が白骨で敷き詰められていた。

 

「おまえのせいだ」

 

 思わず絶叫しそうになった僕を少年は指差した。

 

「え、ええ?」

「おまえのせいで、みんなこうなったんだ」

「な、なにがだよ! いったい何がどうなっているんだよ!? 僕が、僕が何をしたっていうんだよ!!?」

「おまえをつくるために、みんなぎせいになったんだ。いちまんいっせんさんじゅうななの、たくさんのみんながこれなんだ」

「いちまんいっせんさんじゅうなな? ……!!」

 

 僕は恐怖でガタガタ震えだしてきた。

 11037。

 覚えがないはずがない。

 僕の一つ前の被験体ナンバーの数字に間違いないからだ。

 11038号である僕が生まれるまでに、消えていった順番の数だ。

 まさか、値の分だけ命があっただなどと、

 

「嘘だそんなこと! それに、じゃあ、僕だってこの中に埋まっていたかもしれないの!? どうして僕だけ生きているの!?」

「おまえはこうなれない」

「……なれ、ない?」

「おまえはひとじゃないからだ」

「えっ……」

「おまえはひとをたべるものだ。ぼくも、おまえにたべられた」

「た、たべてない! そんなことしない! するはずがない!!」

 

 僕はついに泣き出した。

 僕という存在がどんどん否定されていくようだった。

 アイデンティティが殴られたガラスのようにひび割れて、今にも砕けてしまいそうだ。

 

 いったい、これは、何なんだ。

 

 僕は一(にのまえ)十三八(とみや)じゃないのか? 被験体No.11038号じゃないのか!? トミヤじゃあ、トミーじゃあないのか!!

 

「かえせ。ぼくのからだを。ぼくは、きしになるんだ。あのこをまもるんだ。かえせ。かえせ。かえせええええええええええええええええええええ」

 

「う、うわあああああああああああああああ!!!!!」

 

 伸ばされる腕。

 限界まで見開かれた瞳。

 荒み切った顔。

 口を開ける闇。

 圧倒される恐怖。

 畏れ。

 絶叫。

 

 ――この感情は、僕に命がある証明じゃないのか?

 

 微かに脳裏をすぎる疑問すら、押しつぶされそうな闇に掻き消えていく。

 底のない深淵に沈んでいくような落下感がした。

 

 

「――ごめんなさい」

 

 

 塗りつぶされていく闇の中で、透き通った声が明りを兆す。

 ふわりと、僕の体がすくいあげられた感覚がした。

 温もりが伝わる。

 何者かに守られているような、言いようのない安心感があった。

 目を開けると、明るく白い空間の中で、誰かに抱きしめられているのだと気が付いた。

 

「あ……」

 

 言葉が出てこない。

 さっきまでのサイコホラーと一変したこの状況に、理解が追い付いてこなかった。

 身じろぐ僕に、抱擁する人物が顔を上げる。

 少女だった。

 長い銀髪と、閉じた瞳が特徴的な。

 今にも泣きだしそうな悲しみをたたえた目元が、美しさを一層際立たせている。

 その容貌と表情にもまた既視感があった。

 

(ラウラ……?)

 

 いつかだったか、僕の顔を覗き込んで必死に名前を呼んでくれた時のラウラを連想させる。赤い瞳は潤んでいて、閉じていたなら目の前の少女と瓜二つだろう。

 

「貴方の奥を、覗かせてもらいました」

「僕の、おく?」

「はい……」

 

 ラウラによく似た少女は声を震わせた。

 

「見るべきではなかった。あんなこと、貴方も知るべきではなかったのに。ごめんなさい……」

 

 再び頭を下げて、僕の胸元にうずもれてくる。

 僕はどうすればいいかも、何を話せばいいかも分からなかった。

 ただ疑問だけが口から飛び出した。

 

「君は、いったい……?」

 

 少女は僕の目と鼻の先に顔を上げた。

 長いまつげと吐息が触れそうなほど近かった。

 

「貴方は、ラウラをお義姉さんと呼ぶのでしたね。でしたら私は、親戚のお姉さん、といった距離かしら」

「ラウラを知っているの?」

 

 はい、と言う口元がはじめて緩んだ。

 

「ラウラを救ってくれてありがとう、トミヤ。ううん、ラウラだけじゃない。貴方の身で行われた、数々のおぞましい臨床試験のおかげで、いったいどれほどの仲間が助けられたことか」

「それじゃあ、君も?」

「はい……。ああ、会いたかった、トミヤ。本当はあんな恐ろしいものを見たりせずに、ゆっくり喋りたかったのに」

 

 僕たちを包む白い空間に、ごーん、と時計が鳴ったような響きがした。

 

「時間です……。もう、いかなくてはいけません」

「行くって、何処へ? ううん、時間がないなら少しでも教えて。いったい君は僕に、あんなものを見せてまで何を伝えたかったの?」

 

 少女は表情を曇らせながら応えた。

 

「トミヤ、貴方自身と、ラウラを、どうか大切にしてください」

「どういうこと? それにもちろん、ラウラは僕の大切な」

「ラウラだけじゃない、貴方もです!」

 

 強めた声音はラウラそっくりだった。

 

「作られたからと言って、誰かの役に立つためだけに生きるような、そんな悲しい生き方はして欲しくない。もっと自分の好きなように、自分のしたいように生きて。……お願い」

 

 僕の頬に両手を添えられて、少女の顔が近づいてくる。

 抵抗する気も起きず、自然な動作のまま、なるように唇が交わされた。

 恥ずかしさも高揚も感じない、ただ安堵感だけが広がる優しいキスだった。

 

 少女は僕の身体から離れると、名残惜しそうに振り向いて、口を開いた。

 

「きっとまた会いましょう。その時はトミヤ、貴方から口づけをしてほしい。それまで私の及ぶ限り、貴方を護ってみせるから」

「まって! 最後に、君の名前だけ教えて! 君の名前は……!」

「クロエ。クロエ・クロニクル!」

 

 自身の名を叫ぶ少女は、最後まで悲しそうな表情のまま、光に溶けるようにして消えていった。

 僕のこの悪夢とも夢物語ともいえるような出来事も、朝もやが晴れていくように霞んでいき、何も感じなくなっていく。

 もう一度、ごーん、という鐘の音が彼方から聞こえたような気がした。

 

 

 ◇

 

 

 知っている話し声がする。

 のんびりと間延びしたした織斑先生の声と、困ったようなクラリッサさんの声だ。

 ぼんやりと目を開けて顔を向けると、僕が横になっているベット越しに織斑先生が缶ビールを傾けているのが覗けた。

 窓の縁に座り、グビグビと喉で味わいながら実に美味そうに飲んでいる。

 

「っくぅ〜! 染み渡る。流石はSAPPOROギンザライオンSPECIALだ。喉越しが比較にならん」

「織斑教官、もうそのへんになさってください。キズに響きます」

 

 クラリッサさんが忠告した。

 

「ぁあ? 固いことを言うなょクラリッサ。IS学園の保健室は世界一だぞ? ほぉら、この左腕を見てみろ。思うように動かせず全治一ヶ月はあろうかという傷が、あっという間に綺麗さっぱりだ!」

「はいはい、存じております。我がドイツの最先端医療技術ですもの」

「なぁんだ、お前のところのモンだったのか。んじゃあまだまだビールイケるな」

「なにがイケるな、ですか」

「んなもん、ビールっつったらドイツだろうが。どうだクラリッサ、お前も病み上がりに一杯」

 

 プシュ、と開けられて押し付けられたビールを、クラリッサさんはちゃんと固辞した。エライです、大尉どの。

 

「理由が雑すぎます。それに、いまこの学園は大混乱の最中でなのですよ? アリーナのピットが大破し、生徒が二人も失踪なさったんですから」

 

 織斑先生は押し戻されたビールを無言でグビリと一口入れた。

 

「こうしている間にも、生徒会長さんや担任の教員が対応に追われていることでしょう。我々は怪我を理由に安穏としていられますが、明日に向けて傷を癒やすことが肝要ではありませんか」

「傷はもう癒えた。寛容なのは英気を養うことだ」

「織斑教官っ!」

「そうカリカリするな、小じわが増えるぞ。なあ、一(にのまえ)」

 

 いきなり僕に話が飛んできた。

 酔っ払いのトロンとした目つきがコチラに向けてくる。

 僕が目覚めているのに気付いていたのか。

 

「先生、僕も少し飲み過ぎだと思いますよ。そんなに酔っぱらった姿はじめて見ました」

 

 布団から身を起こす僕に、クラリッサさんがベッド脇まで駆け寄ってきてくれた。

 

「目が覚めたのか! トミヤ、体の調子は悪くないか? 頭痛や、寒気は? けだるくはないか?」

 

 額に手を当てながら矢継ぎ早に聞いてくる。クラリッサさんの冷え性の手がひんやりして心地良い。

 寝起きの気分は、思いのほか快調だった。

 不思議なほどに体調が良い。

『越界の瞳』を使った後は、たいてい酷い頭痛がしてベッドに引きずり戻されるのに。

 

「もう大丈夫みたいです。ご心配おかけしてすみません」

「んん……、確かに目を見た限りでは具合は悪くなさそうだが、お前の大丈夫はアテにならん」

 

「まったくだ!!」

 

 織斑先生に大声で叱責された。

 

「一(にのまえ)、どおしてお前はそういつもぃつも無茶をするのだ! お前を気にかけているやつらの気持ちを考えたことはあるのかぁ!? ぁあるまい!」

 

 缶ビールを振りながら酔っ払いべらんめえ口調で怒鳴られた。

 あぁ、ビールが泡立ってこぼれてます! あとその口調だと普段より怖くないので効果薄いです先生。

 

「オルコットのやつは泣いていたぞ。私がしっかりしていないばかりに、ってなぁ。女を泣かせる奴は最低だぞ! 最低! わかっているのか一(にのまえ)!?」

「も、申し訳もありま……」

「ごめんなさいですむかぁ!!」

 

 あ、これ長くなるやつだ。

 僕は観念してベットの上に正座した。

 

「ボーデヴィッヒのやつはオルコットの胸倉掴んで怒鳴り込んでいたぞ。何のためにお前を任せたのか、ってなぁ! 女二人に心配されるとは言いご身分だなぁ! ぇえ? どうなんだ一(にのまえ)!?」

「ぼ、僕の不徳のいたすところで……」

「すみませんじゃあなぁい!!」

「はい……」

 

 喉を潤すためかガブガブ缶ビールを口に注いで、そのまま飲み干した。

 ぶはぁー、ひっく、げっぷ、と三拍子する様はもうキビキビとした日頃の織斑先生とは思えない体だった。

 心配かけた僕が言える立場じゃないけどさ。

 

「以後、二度と女を泣かすんじゃないぞ! これは命令だ、命令! ブリュンヒルデの命令だからな、分かったな一(にのまえ)!!」

「し、承知いたしました!」

 

 ベッドに両手をついて土下座する。

 もう、勢いに圧倒されて平伏する以外に何もない。

 こんなときだけ自分を世界最強(ブリュンヒルデ)っていう権威を使うのはどうかと思います。

 

 織斑先生は言いたいだけ出し切って少し気が落ち着いたのか、ブフー、と酒気をふくんだ溜め息を吐いた。

 

「……これだけ言ってやっても、お前は聞きはしないだろうなぁ」

 

 急なトーンの変わりように、僕は恐る恐る顔を上げて確認した。

 相変わらず酔いで紅潮しているが、怒っているというより物さびしそうな表情が意外だった。

 

「なあ、一(にのまえ)、もしオルコットやラウラの身に危険が迫ったとしたら、自分の身を投げ出すか?」

「投げ出します」

 

 間髪入れずにそう答えた。考えるまでもない返答だ。

 

「ならば、一夏や篠ノ之、凰やデュノアたちの場合はどうだ? 自分を犠牲にしてでも助けるか?」

「助けます」

 

 即答に、織斑先生は大きなため息をついてがっくりとした。

 クラリッサさんも腕を組んで難しそうな顔をしている。

 

「――ああ、そうだろうな。お前は、そうしてこれまで来たんだものな」

「あの、どこか、おかしいでしょうか?」

「おかしい、か。難しいな。私が教育者としてちゃんと導いてやれればいいんだが、ご覧のとおり、私に教師は向かないのかもしれん」

「そんなことっ」

「言うな。お前の言葉では私に響かん」

「ど、どうしてそんなこと言うんですか!? 僕だってドイツ時代から織斑先生の元で学んできました、たくさんの技術を教えてもらって成長してきたつもりですよ!」

 

 織斑先生は相変わら物憂げな表情を向けてくる。

 何か言おうと考えて、言葉を繕っているように逡巡していた。

 

「私には生徒の心を育てられん」

 

 ぽつりと、ようやく見つけた言葉のように呟いた。

 

「テロリストになり失踪した二人の生徒もだ。お前と凰の邪魔をしたとき、私がちゃんと言い聞かせたつもりだったのに、結局更生させられなかった」

 

 それにな、と覇気のない目で僕を見つめてきた。

 

「一(にのまえ)、お前についてもそうだ。誰かのために生きねばならない、というお前にかけられた呪縛を、私はいまだ解けないでいる」

 

 ――作られたからと言って、誰かの役に立つためだけに生きるような、そんな悲しい生き方はして欲しくない。

 

 夢の中で出会った、クロエ・クロニクルという少女の言葉がフラッシュバックした。

 僕にかけられた呪縛?

 

「お前は一見人当たりもよく、よく気が利いて、頼りにもなる。人として上等な性格だ」

 

 だが、と窓の横縁に背中をもたれ、首を据えて、

 

「それは、お前が生きてきた中でかたち作ってきたものではない」

「……僕の、ものじゃない?」

「被験体No.11038号として植え付けられた性格だ。人を助けるように仕組まれた、そう、ロボットのようにな」

「じょ、冗談でしょう!? 第一、僕だって人の話を断ったりしますよ。実際一夏から相談を持ち掛けられたとき、内容によってはそうしました!」

「相談には乗り、自分なりの回答はするのだろう?」

「そう、ですが、でも……!」

 

 僕はベッドから立ち上がった。

 

「じゃあ、この僕はいったい誰なんですか!? こうして僕が怒ったり、悲しんだりしているのは、僕以外の誰だっていうんですか!」

「お前の気持ちはお前だけのものだ。だがな、お前の意思決定に、心はこもっているか?」

「――――」

「相手を慮った、人として望ましい行動原理に、お前の意思と心の介在する余地はあるのか? 自分の身すら人を助けるための部品であるような使い方をするお前に、魂が宿っているといえるのか?」

 

 ――僕は君が人に親切にしていることが、何か義務でそうしているように思うんだ

 ――君の行動は、人のためになるかどうかという事への条件反射だ。自分のためになるかどうかじゃない。違うかい?

 

 雨の日のカフェでシャルロットに言われたことがダブって聞こえた。

 シャルロットは、気づいていたんだろうか。

 僕がロボットみたいな奴だっていうことに。

 中身のない抜け殻のようなものだということに。

 

 力なくベッドに着座する僕に、織斑先生は、

 

「すまん、少し、言いすぎた。酔いが回っているようだ。そろそろ眠る。お前も眠れ。明日も忙しいぞ」

「はい……」

 

 言われるがまま、布団の中にもぐりこんだ。

 クラリッサさんが優しくあやしてくれたが、ぐるぐる渦を巻いた僕の心は、いっこうに静まらなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「寝たか?」

 

 電気が落とされ、月の明りだけが差し込む保健室で、窓際に腰掛けたままの織斑千冬がささやいた。

 

「ぐっすりと眠っています。よほどショックだったのでしょう。目元に、涙がこぼれています」

 

 トミーのベッドの隣に座るクラリッサが、寂しそうに丸くなって眠る少年の頭を撫でながら応えた。

 

「立場上の話が長くなってしまった。本当は、助けてくれたことへの礼と、謝罪をするつもりだったんだがな……」

 

 ピット内でテロリストに襲われたとき、トミーが無理をして駆けつけてくれなければ、千冬は無事では済まなかっただろう。

 テロリスト対策を指示した自分の不手際をトミーの犠牲によって埋め合わせてくれたことを、千冬は深く悔やんでいた。

 

「いつかは言わねばならない話です。それにいま言わなければまた無理を繰り返し、取り返しがつかなくなったかもしれません」

「信仰心や意思が介さない自己犠牲になど、価値を見出すことはできないからな」

「……私も力不足でした。新手の敵にさっさとやられてしまうなんて。大人として、トミヤら子供を護れなかったことが口惜しい」

「私もだクラリッサ。一(にのまえ)がこうなったのはすべて私の責任だ。そうオルコットとボーデヴィッヒに謝ることしかできない自分が腹立たしい」

 

 千冬の独白のあと、痛い沈黙がしばらく続いた。

 トミーの寝息と、小さなうめき声が弱弱しく聞こえる。

 静けさを破ったのは、心無い事務的な話だった。

 

「織斑教官、自分は明日、ドイツの視察団の護衛として本国に戻ります」

「そうか」

「今回のIS学園での一件、オールドファッションが言う通り亡国機業の仕業であるとみて、こちらでも調査をする所存です」

「ああ、頼んだ」

「……あの」

「わかっている。お前が言いたいことも、気持ちも、ダメな大人同士として全部わかっているつもりだ。だから、何も言うな。私にも堪える」

「は……」

「眠ろう。おやすみ、クラリッサ」

「おやすみなさい、織斑教官。……おやすみ、トミヤ」

 

 布団に戻る千冬の動きに乱れはない。

 酒に溺れようとした当初の勢いも、酔いと共にすっかり醒めてしまっていた。

 クラリッサも静々と自分のベッドに入る。

 学園の教師と、特殊部隊副隊長・現隊長代理。

 大人達の持つ責任が重い枷となって、心を押し込めて忙しくなるだろう翌日に備えるのだった。

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