リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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揺れ動く遠出
三十二話 たそがれ十三八(トミヤ)


 IS学園、学年別トーナメント閉幕後、生徒たちに前触れのない臨時休校がアナウンスされた。

 急遽実施する実力試験のテスト休みという名分で、許可なく学園の敷地から外に出られない自習メインの休みということだった。

 生徒の反応は悲喜こもごもだが、大会の裏事情を知る一部の生徒や事情通たちは、亡国機業から受けた学校の被害を隠蔽し復旧させるためであろうとうがった見方をしている。

 また、状況を把握できないまでも、

 

「なにかあったな?」

 

 と嗅覚の鋭い生徒はいるもので、人の口に戸は立てられず、まして話好きな女の園とあれば噂に尾ひれがつき、

 

「学年別トーナメントの影でなにかどえらいことが起きたんだよ!」

 

 といった話が、半ば公然のオフレコとなっていた。

 

 三日設けられたの休日後、思い思いの日々を過ごした生徒たちは、冷めやらぬ大会の興奮と、休み中に漏れ聞いた噂話を土産に、大にぎわいの朝の時間を楽しんでいる。

 SHR(ショートホームルーム)に向かう織斑千冬と山田真耶は、担当クラスの一年一組のドアが開き教師が入ってきてなお繰り広げられるガールズトークに辟易していた。

 

「いい加減にしろ貴様ら! とっとと席に着け! IS学園はエチケットまで休めとは言っていないぞ!」

 

 教卓を殴りつけて叱り飛ばす千冬に、生徒たちは肩をすくめて席に駆け込んだ。

 全員が所定の位置に戻るのを確かめてから、副担の真那が一つ咳払いをする。

 

「えっと、今日はですね、みなさんにお伝えしなければいけないことが二つあるんです。デュノアさん、(にのまえ)くん、前に出て来て貰えますか?」

 

 はい! とハツラツとした返事をして前に出るデュノアと、無言でのそのそと進み出る(にのまえ)が、共に教卓の前に並ぶ。

 二人とも大会前の姿とは違っていた。

 デュノアはぺったんこだった胸が膨らみ、すらりとした足がスカートから伸びている。

 (にのまえ)は皺ひとつなく整っていた学生服がしわくちゃで、髪も手入れされずにボサボサ、表情はいつもの快活さが火が消えたように暗かった。

 クラスメイト達は興味深げに二人を見つめ、織斑担任の手前会話ができないもどかしさを表情に出していた。

 

「まずは、ですね。みなさんに転校生を紹介します。といっても、すでにご存じかと思いますけども」

 

 さ、と挨拶を促されたデュノアは、小さくない胸を張って元気良く発声した。

 

「シャルル・デュノア、もとい、シャルロット・デュノアです! 代表候補生として、フランスから正式に受け入れてもらえました。改めて、よろしくお願いします!」

 

 元気のいいお辞儀に、歓声と一緒に拍手がわいた。

 みな、学年別トーナメントのセレモニーであったことを目の当たりにしていたのだ。

 今まで嘘をつかれていたとはいえ、お家の事情で止むに止まれぬ立場。さらに実力を示して今の地位を獲得したのだから、クラスメイトの見せた勇気に喜びもひとしおだった。

 ひときわ大きいのが、織斑一夏と相川清香。満面の笑みをたたえて祝福している。

 反対に小さいのが、篠ノ之箒だった。拍手こそすれ、表情は乏しい。

 

「次に、ですけれども、ええと……」

 

 真耶が言いにくそうに、チラチラと横目で(にのまえ)を伺っている。

 オタオタと口ごもる副担任に、(にのまえ)は微動だにせず、一瞥もくれず、顔色も変わらなかった。

 いつもなら苦笑を浮かべて気を配るのに、なんの反応も示さないでいるのが不可解だった。

 

「あー、もう一人、人事異動が起きた」

 

 埒が明かないと、千冬が真耶の代わりに告げる。

 

(にのまえ)十三八(とみや)だが、今日付で休学する運びとなった。何か貸し借りなどをしている奴がいたら、今日中に解消しておけ」

 

 デュノアの盛り上がりが、一瞬にして冷めた。

 次いで、驚愕と悲鳴の「え~!」が教室に響き渡る。

 軽く会釈をする(にのまえ)の顔は、最後まで虚ろなまま、蝋人形のように動かなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「これはいったいどういうことですの!?」

 

 IS学園上階にある展望台カフェのラウンドテーブルを叩きながら、セシリアは感情を激発した。

 テーブルを囲む仲間たちが一様に渋い顔を見せる。

 

「そういきり立たないでよ。シャルロットがいなければ飲み物がこぼれてたんだけと」

 

 鈴の言うように、机の向かいに座るシャルロットが、トレイに載せたままのティーセットをすくい上げて被害を未然に防いでいた。

 興奮すると物に当たるセシリアの性格を察して、あえて飲み物をトレイから配らずにいて正解だった。

 

「セシリアの気持ちはもっともだけど、こればっかりは本人に直接聞くしかないんじゃないかなぁ……。そういえば、セシリアとラウラはいの一番にトミーへ詰め寄っていたよね」

「シャルロットさん、わたくしはあれから何度もトミーさんに伺いました。でも、お答えになる言葉はただ一つ、しばらく一人にしてくれ、ですのよ! わたくしもう心配で心配で……」

 

 ポケットティッシュを取り出して目元を拭うセシリアに、一夏も腕を組みながらうーんとうなっている。

 

「あいつが休学を言い渡されて、もう二日になるけど、本当に授業へ来ていないしな……」

「一夏、同じ男の子どうしなんだから、何か話したりできなかったの?」

 

 トレーから飲茶の入った湯呑を取りながら鈴が尋ねた。

 啜った表情が苦いと告げている。

 

「俺もトミーの部屋に顔を見せたんだけどな、三回行って三回ともカギがかかっていたんだ。声を掛けてもセシリアが言うのと同じ言葉が返ってきたよ。あいつが部屋にカギを掛けたことなんて今までなかったはずだぜ?」

「それはそれで、不用心じゃない?」

「トミヤの部屋には遅延警報機(ディレイ・アラーム)が設置されているからな。防犯はぬかりない」

 

 ラウラが鈴の疑問に答える。

 両手で持つミルクココアの入ったマグカップをすすり、深いため息を着いた。

 

「心配なのはトミヤだ。私も部屋に行ったり連絡を取ってみたんだが、さしたる反応もしなかった」

「ラウラですらか」

「ああ……。大会の裏でいろいろ起きていたのは前に伝えたとおりだが、いったいトミヤに何があったというのだ」

「グス……、申し訳ありません。あの時私が、しっかりしていないばっかりに……」

「セシリアの謝罪はすでに受け入れた。さらに織斑教官にまで頭を下げられているのだ。これ以上私が何か言えるわけがない」

「そうだ、一夏、織斑先生は何か知っているんじゃないの?」

 

 一夏とお揃いの緑茶を手にしたシャルロットが話を向ける。

 

「それなんだがな」

 

 と一夏は緑茶をテーブルに置きなおして、

 

「トミーから助けを求められたら力を貸してやってくれって、それしか言わないんだ。事情は知っている風だったが、詳しくは教えてくれなかった」

「相川も織斑教官に直接聞いて、同じことを話されたらしい。自分にできることなら何でもするのに、と心配していたな」

「相川さんも……」

 

 無理もないな、とシャルロットは口を結んだ。

 学年別トーナメントでペアを組んでみて分かったのだが、相川清香がトミーに向ける視線は、自分が一夏に向けるものと似ている。

 聞けば、毎朝一緒にジョギングするし、授業の難しい箇所を勉強し合うし、トミーからの頼まれごとを請け負ったりもするらしい。

 あの気遣いしいのトミーが他人に物を頼むなんて、と聞いた当初は驚いた。

 トミーにとって相川がいかに近しい存在となっているかを察せられるエピソードだった。

 そんな身近な距離にいる者へ、相川が友情以上の思いを育んでしまったとしても不思議ではない。

 

「……そうだよね。相川さん、大会で一緒になって気づいたけど、きっとトミーのこと好きだもんね」

「えぇ……ぇええ!?」

「シャルロット、いま少し詳しく」

「えっ? ……あ!」

 

 明らかに口が滑ったシャルロットに、セシリアとラウラがすごい勢いで食いついた。

 ちょうど地理的にフランスがイギリスとドイツに挟まれているような左右の位置取りと、国際情勢みたいなプレッシャーが半端ない。

 

「い、いやあ、単にそう思っただけだよ。ひょっとしたら私の思い違いかもしれないからねっ。あは、あははは……」

「――シャルロットさん、笑い事で済ませたらタダではおきませんわよ?」

「――そういえば、大会のペア戦術を教えた返礼がまだだったな? そろそろ利子を付けて返してほしいものだなあ?」

「えっ!? ええと……、い、一夏ぁっ! 助けてぇっ!」

「いや、俺に振るなよっ!?」

「そんなあ!? いつだったかの夜、私を助けてくれるって言ったじゃないかあ!」

「あ、あれはシャルが男の子だって偽ってたときで、しかも状況が違うじゃないか!」

 

「――いつだったかの夜?」

 

 ぎょろ、と目をギラつかせて鈴が喰い付いた。

 

「一夏、それ、いつの晩のどんな話よ? しかも、シャルですって? もう二人の間でしか使わない呼び名があるなんて、ずいぶん仲がイイのね〜?」

 

 じわりじわりとにじり寄る鈴に、一夏は徐々に後ずさる。

 

「お、落ち着けよ、鈴。なにもやましいことなんかしていないって」

「あらあ? アタシ、やましいことがあったかなんて一っ言も聞いていないんだけど? あぁ〜、そういえば一夏とシャルロットって一緒の部屋で暮らしていたから、間違いがあったりしたのかもしれないわね~?」

「ないないっ! まったく、これっぽっちも、間違いなんて全然ない! …っ痛て!? な、なにすんだよシャル!?」

「一夏、そこまで力強く否定されると、さすがの僕も哀しくなっちゃうなぁ?」

 

 目の色を暗くしたシャルロットが一夏の背中をつまんでいた。

 周囲に見えない部位を狙っているのがたちが悪い。

 

(僕、ねえ)

 

 と、一夏と話す時だけ違う一人称になっているシャルロットに、鈴は新たな敵が現れたのだと確信した。

 これまで相手にしていた箒は良くも悪くも真っ直ぐで、いざ相対してみても気持ちのよいライバルと呼べた。

 しかし今後参戦するシャルロットの場合だと、絡め手や裏の手、奥の手までかいてきそうで、いよいよ戦況は泥沼に発展するのかと陰鬱になる。

 当然、負ける気は微塵もない。

 

「って、あれ? そういや箒はどうしたの? 一夏たちと一緒に来ると思ってたんだけど」

「そういえば、見ないね?」

「剣道部の練習でしょうか? 学年別トーナメントが終わってから熱心に鍛錬なさっていたようですが……」

 

 ああ、と一夏が椅子に座り直した。

 

「箒のやつ、なんでもトミーに話があるって言ってたぞ? ラウラ、今日のクラス当番一緒だったろ。何処に行ったか心当たりないか?」

「いや。今日は大人しいなとは感じていたが、そこまでは知らなかったな。しかしここに来る前トミヤの部屋の前に行ってみたんだが、箒の姿はなかったぞ」

「……あれ? あそこ、箒じゃない!?」

 

 シャルロットが指差す先、自分たちの座る東側の窓際席とは真逆の位置に、特徴的な黒髪のポニーテールがなびいていた。

 神主の娘らしく白いリボンで結わえているため、箒の後ろ姿に間違いない。

 向かう席には、

 

「と、トミー!?」

 

 よれよれの服を着た不精な姿のトミーが、西側の窓際席に着いていた。

 ちょうど西日が差し込んでいて、逆光の影になる顔色は伺えない。

 すぐさま駆け寄ろうとしたセシリアとラウラを、

 

「待って!」

 

 とシャルロットと鈴が静止した。

 

「な、何をなさいますの鈴さん!?」

「どけっ、シャルロット! トミヤには聴きたいことが山ほどあるのだ!」

「アンタらの気持ちもわかるけど、箒のたたずまい、なんだかおかしくない?」

「そうだよ。ちょだとだけ様子を見よう。ね?」

 

 二人の言う通り、箒の後ろ姿からはいつもの凛とした気配がしない。背筋が曲がり、顔が前に垂れている。

 トミーが気を落として気配を消していたのは分かるが、日本刀のような優美さと鋭さを放つ箒がなまくらみたいになっているのは解せない。

 察知したラウラとセシリアは不承不承に席に戻り、目と耳をそばだてた。

 

「――頼みがあるんだ」

 

 カフェに流れるジャズミュージック越しに、かぼそい箒の声がする。

 

「つきあってくれないか?」

 

 ・

 ・

 ・

 聞き間違いか? 

 

 とラウラとセシリアが顔を見合わせた。

 箒のセリフが、耳から脳へ達し、単語を理解し、リアクションをするまでの数秒の

 

 間

 

 の後、

 

「〜〜〜〜〜〜〜!!??」

「―――――――!!??」

 

 席を蹴って立ち上がり奇声を上げるセシリアとラウラの口を、鈴とシャルロットが塞ぎ止めた。

 

「待った待った! ともかくその展開したIS閉まいなさい!」

「ダメだよラウラ!『リボルバー・カノン』は不味いよ! せめてAICで動きを止めて『ワイヤーブレード』で縛り上げてからにしてっ!」

「アンタが焚き付けてどうすんのよっ!? って、ちょっ、あの二人もういないんだけど!?」

「一夏! 先にトミーたちを探して! 私達何とか二人を抑えるから!」

「お、おう!」

 

 混乱してドンパチしそうなセシリアとラウラを、鈴とシャルロットもISを部分展開してなんとか静止している。

 託された一夏は、先ほどまでトミーが座っていた席からあたりを伺うと、エレベーターへ向かう二人の背中が、

 

「しまった!」

 

 ドアの向こうにいってしまったのを見止めた。

 一夏は迷うことなく階段へと駆け出した。

 箒のいきなりの発言に、面食らったのは一夏自身でもあったからだ。

 

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