「あ~あ~、トミーがいないとつまんないよ~」
両手を広げてテーブルに突っ伏しながら、布仏本音は間延びしきったため息を着いた。
「本音、生徒会室でだれるのはやめなさい」
向かい席で書類と格闘している姉、布仏虚が、せわしなく作業する手を止めずに注意する。
本音は顔の右隣に山となって積まれている報告書を一枚めくると、手でもてあそびながら不満げに喉を鳴らした。
「やっぱりさ~、無理にでも生徒会にいれておけばよかったんだよ~。そしたら休学だからって、旅行に行かれることもなかったのに~」
「いない人のことをいつまでも話していたってしょうがないでしょう」
「だって~、トミーがいれば書類整理もとっくに終わっていたはずだよ~? 今頃お姉ちゃんが淹れてくれた紅茶とケーキ摘まみながら、楽しくおしゃべりできてたろうにさ~」
「それは、否定できないけれども」
「でしょ~」
口をとがらせて本音がブーたれる。
やれやれ、と虚も頭を振るが、いなくなって改めてトミーの貢献の大きさを目の当たりにしていた。
トミーは生徒会メンバーではないが、本音の友だちである間柄から、ちょくちょく手伝いに駆り出されていた。
書類整理もその一環で、速読と速記の能力、そして丁寧な仕事ぶりが好まれて瞬く間に生徒会に溶け込んだ。トミーが手伝いに来る日は明るいうちに帰れるどころか、ティータイムを挟めるほど作業効率があがるのだから、いかに尽力してくれていたかが偲ばれる。
「本音の言う通りだわぁ。生徒会長権限でトミー君を入会させていれば良かった。逃がした魚は大きいってホントよねぇ」
社長机のように立派なオフィスディスクで、ハンコを押す機械と化している更識楯無が、疲れた表情で愚痴をこぼした。
普段気丈な楯無だが、今は珍しく疲労の赤ランプが灯りかけている。
大会後の事後処理も含めて、生徒会メンバーに先日の臨時休校は充てられていない。
「……っあー! もう、おわんなーい! まったくどうしてくれるのよ、虚!」
「わ、私ですかお嬢様!?」
「だあって、トミー君は
「あの、お嬢様。オールド・ファッションも反体制組織ですので、注意に越したことはないと思うのですが」
「組織の方針はそうらしいわ。けどテロとか表だった直接行為は見られないのよね~。それに
「そうだよ~。それにトミーが学園を守ってくれたのは前にもだよ~? 正体不明の無人機が襲撃してきた時、おりむーと一緒に撃退してくれたじゃな~い。お姉ちゃんの神経質~」
「そ、そうは言ってもですよ?」
虚は手にしていた書類を机に叩いて、斜めにずれた眼鏡を整えながら、
「彼のスポンサーである『MRエレクトロニクス』の製品が
「とは言ったって、もうネタは上がっているしねえ」
楯無はハンコを押す手を休めて、椅子にもたれながら腕を組んだ。
織斑先生のもとに届いた手紙の出所と封蝋印からして、MRエレクトロニクスとオールド・ファッションの線は濃厚だ。
もし偽造や偽装であると考えても、そうなるとトミーの活躍の理由がつかなくなってしまう。
やはり虚の考え違いだろう、と楯無は下した。
「むしろトミー君の背後関係より、失踪した二人の三年生の方が問題よ。なにせ、前に虚が焚きつけた子たちなのよ? LSを容認できない生徒の膿を出すって話だったけど、化膿して外科手術が必要な事態になるなんて思わなかったわ」
「そ、それは……、申し訳ありません……」
虚は今度はすまなそうに頭を下げた。自分の手落ちを自覚しているためだった。
件の三年生たちはLSに否定的な輩の代表格だった。
今でこそトミーは学園になじんでいるが、入学当初はLSがISもどきとして世間に非難されていた背景もあり、不信感をもつ生徒が多かった。虚自身も当時トミーを警戒していたため、強行調査と不平勢力のガス抜きを兼ねた、暴発という荒療治を仕組んでいたことがある。
もちろんただそそのかした訳ではない。以前から不審な行動があると目を付けていたが故の人選だった。普段の生活態度や背後関係含め、何かよからぬことを企んでいそうだと、虚の感が告げていた。
対暗部用暗部という、更識に連なる者としての直感だ。
果たして三年生二人はトミー襲撃事件で裏の顔をまざまざと露呈してみせた。その後織斑先生に豪雨じみた説教の雨を受けたらしいが、どこまで改めることができただろうか。
学年別トーナメントが何者かに狙われていると聞いたとき、虚は二人が何かしでかすような予感がした。そのため独自に見張っていたのだが、まさか
そんな侍女の悔悟する姿に、主の更識楯無は肩の力を抜いて息を着いた。
「ふうっ……。もういいわ。私もちょっと疲れてるみたい。こんなカリカリするなんてね。一休み入れましょう」
「おお~、賛成~!」
「本音は何もしていないでしょうが」
「ケーキを食べたら本気出す!」
「どうだかね。虚、紅茶淹れてくれる」
「かしこまりました、お嬢様」
布仏姉妹が侍女らしくテキパキと準備してみせた。
本音もこういう時は動きが速い。ケーキプレートにフォークを乗せ、来客用のタルトを皿に切り分けて皆に配る。気持ち、自分のだけサイズ大きめに。
虚の注ぐ紅茶は絶品で、品種ごとに最高の入れ方を覚えている。無論、主の好みも汲み取り済みだ。
三人はしばしの休憩に会話の花を咲かせた。
「……ところで彼、旅行に行かれたそうですが、よく織斑先生が許しましたね? 休学とはいえ、事情が事情ですから、渋ると思っておりましたが」
虚がカップを置いて尋ねた。
「ああ、それね。なんと織斑先生、笑って許したらしいわよ」
「えぇ!?」
「なんでも箒ちゃんと一緒にお願いしに行ったらしいんだけど、彼女のおばさんのアドバイス、とかって言ったら、急に機嫌よく背中を押したそうなのよ」
「あ~、それ私も知ってる~」
本音がフォークについた生クリームを舐めとりながら口を挟んだ。
「雪子おばさんっていうらしんだけど~、織斑先生も信頼している人みたいだよ~」
「あの
「今度は私も人生相談にいってみるかな、とか言っていたって、おりむ~が感慨深げだったな~」
「ま、いつもお酒に逃げるよりは建設的じゃない」
最近お酒の量が増えてたみたいだしね~、と楯無が笑いながら紅茶を傾けた。
「それで、彼はどこに向かわれたの?」
「イギリスらしいよ~。セッシーが猛アピールしてたから~」
「なるほど、目に浮かびますね」
「でも~、最初は別のところに寄ってから行くみたいだよ~。友だちと一緒に周るんだって~。セッシーとラウラんがすっごい悔しがってたな~」
「別のところ?」
「えっと~、確か……」
「ルクーゼンブルクよ」
楯無がカップを置いた。目の色が急に真剣になる。
虚もその国名を聞いて息を呑んだ。
「トミー君が所属するMRエレクトロニクスの欧州本店がそこにあるの。彼の友だちはその同僚よ」
「なるほど……。かの国に、本店が」
「どう思う、虚?」
そうですね、と口元に手を当てて、考えをまとめる。
顔を上げるまでの時間は存外に少なかった。
「ルクーゼンブルク公国は小さな国です。地勢的にも東欧で主要国とはかけ離れている。にもかかわらず、大企業の欧州本店があるとなれば……」
「MRエレクトロニクス、思ったよりもIS関連に喰い込んでいるみたいね」
怜悧な頭脳を持つ侍女は主の言葉に首肯した。