MRエレクトロニクスの常務は戦慄した。
それはトミーが持ってきてくれたお土産のセンスが悪かったからではなく、トミーとエクシアがお揃いの指輪を付けていたからなどでも決してない。
陰ながら見守っている彼にとって、二人が仲睦まじそうにしているのは微笑ましい以外にないことだ。
今、目の前に現れた招かれざる客に対して驚愕しているのだ。
「ちょっと借りるね」
当代きっての大天才、篠ノ之束。
ほかならぬその人が何の前触れもなく自分たちのラボに現れ、有無を言わさぬ傍若無人さで研究開発にいそしんでいる。
「説明を要求します」
眉間にしわを寄せた普段通りの厳めしい顔を努めて崩さず、常務は尋ねた。
「うるさい」
取り付く島もない生返事に切って捨てられる。
「しかしですね……」
追求は轟音に遮られた。
見れば、目の前の足元に隕石が落ちてきたのかと思えるようなクレーターが発生したのだ。
「んん~♪ さっすが私。
常務の特徴的な鷲鼻から冷汗がしたたり落ちた。
「失礼、
不意に後ろから声を掛けられた。
振り向くと、銀の長髪の少女が瞳を閉じたままこちらに対峙している。
「いま束様がおつくりになられているのは、この国のロイヤルファミリーに向けたISです」
「……なるほど」
なぜこの
「ルクーゼンブルクが産出する資源、ISのコアとなる
「おっしゃる通りです」
少女は機械のように首を傾げた。
「御社のラボに目を付けたのは、ルクーゼンブルクにある最大のIS関連企業であることと、独自にLSの開発にこぎつけた技術を見込んでのことです」
「ふっ、そこまで調べられては、返す言葉もありませんな。しかし、直に対面して改めて、あなた方とは次元が違うことを思い知らされます」
「当然です。しかし、もし御社がさらなる探究を望まれるのでしたら……」
少女は一枚の書類を手渡してきた。
一読して、常務は瞳をこれ以上にないほど見開いた。
「こ、これは……!」
「他のいかなる団体とも繋がりを絶ち、私たちとのみ提携する。どうです、悪い話ではないと思いますが?」
常務はゴクリと唾を飲んだ。
MRエレクトロニクスが
そのうえで持ち掛けてきているのだ。
「しかし、なぜです? 弊社と同じ分野で弊社より優れている企業は当然ながら存在しますよ」
「万を超える犠牲者を出して男性IS操縦者を作り上げたのは、御社だけです」
「犠牲の数はそうでしょう。しかし、消えかけた命のみを選別している分、良心はございます」
「死にかけの子供たちであれば、どんなおぞましい処置をしても良心が痛まないと?」
「我々男性の側には、ISに対抗するための力がどうしても必要なのです」
「そのためにVTシステムの開発にも与したと?」
「……すべてご存知の上でしたら、問答は無用ですな」
「では、
「なんですかな?」
少女はいきなり胸倉をつかんできた。端正な顔立ちが怒りに変わる。
「彼には打ち明けたのですか? 心がいじくられていることを」
「……すでに気づいたようです」
IS学園の織斑千冬から、彼の旅行に際して知らされていた。
「貴方がたが、手を下したことには?」
「ま、まだ、伝えていません……」
常務がそういうや否や、世界が変貌した。
テレビの砂嵐の中にいるような、この世のものとも思えぬ空間に投げ込まれる。
天も地もわからないその中で、少女の髪がざわざわと波立った。
見開かれた瞳は、白目が黒に、黒目が金色に染められた異色の双眸があった。憤怒の形相を深め、はっきりとした殺意がほとばしる。
「ダメだよ、くーちゃん」
束の指摘に、は、っと少女が顔を上げた。
「残念だけどソイツ、まだ利用価値があるからね。生かしておかないと面倒なのだよ」
束の表情は満面の笑み。
しかし常務の顔からは滝のような冷汗が流れ出た。
まだ、利用価値があるということは、まだ、が終わればどうなってしまうのだろう?
「申し訳ありません……」
少女が瞳を閉じると、世界はもとのラボに戻された。
「ん~ん、謝らなくていいんだよくーちゃん。好きな人が傷つけられるのって悲しいもんね」
「た、束様っ!?」
「ふっふ~ん、隠れて彼の中に遊びに行ってたの、バレてないとでも思ったのかな~?」
少女は年相応に顔を赤らめた。
この娘に対してだけは、
じゃあさ、と篠ノ之束はパッと常務に振り向いた。
「その紙切れにあるとおり、お前たちと提携を結べなかった場合、
「し、しばしお時間を」
「即断あるのみ☆」
「私の一存だけでは決めかねるのです!」
「知ったこっちゃないな~」
「万が一私が独断を下したとして、後に弊社が意見を翻すことも……」
「で?」
束がきょとんと首を傾げた。
「それがどうしたの? 私に恫喝する気でもあるの? いいよ別に。潰すだけだから」
「……!!」
「あ、ひょっとして利用価値を笠に着た自己保身? ちっちっち、甘いぜ旦那~♪ お前とくーちゃんのカレシ(予定)とだったら、比較する秒も分も厘の時間ももったいないぜい☆ っていうか即決って言ったじゃん。とっとと決めてよ。ハリー、ハリー!」
常務は人並み外れた頭脳を
これは無理だ。会社にとって企業理念が最も重要なように、自分たちのあり方を変えることは認められない。目先の儲けに喰いつくなど、長期的視野から見れば忌避すべきことだ。第一そこまで落ちぶれていない。
では、万を超える犠牲の血と、汗と努力の結晶である
事態が事態なだけに、致し方あるまい。時間はかかるが、また生み出せばいい。そうだ、一つ条件を課そう。ISを開発した篠ノ之束ならたやすい話だ。
「……ISのコアを一つと交換に、ではいかがでしょうか?」
「いいわけないじゃん」
「な……!?」
「あのさあ、もっと自分の立場をわきまえたほうが良いよ? LS操縦者にあてがったオペレーターの女、業病を患っていたあれにISコアを埋め込んだのもお前たちだよね? イギリス貴族のお願い聞いて、自分たちの研究成果にするために」
常務は後ずさった。
甘かった。
こいつらは、知り過ぎている!
「IS生体ユニットとしての研究成果をもとに、男性にコアを埋め込もうと企んだ。コアが人の命を長らえさせるなら、コアと繋がる検体を見つけられれば、男性でもISを動かせられると踏んだんだ。消えかけの命を選別した良心? 笑わせるね。死にそうなやつの方が都合がよかったんだ。コアとのリンクが分かりやすいからね」
「わ、私は犠牲となった子供たちすべての顔を覚えているんだ! 彼らすべてに哀悼の意を持っている! 決して消耗品のように扱ったわけではない!」
「うんうん、偉いね。もし消耗品みたいに使い捨てていたら、とっくの昔にしんでたよ、君ら」
常務は恐れおののいた。
ぺたりと床にへたりこみ、がくがくと全身を震わせた。
「ただでさえ、彼を操縦しやすいように心をもてあそんだ所業は許せません。どの口が良心などとほざくのです?」
常務の手を踏みつけながら、銀髪の少女、クロエ・クロニクルは言い捨てる。
「たっ、助けてくれ……!」
「それは、彼をもらい受けてもいいということですね?」
「言うとおりにする! だから、私を、我が社を滅ぼさないでくれ!」
「言質は取りましたよ」
クロエは常務の元から離れ、束の元に引き下がった。
「それじゃあ常務さん、ルクーゼンブルクの王女様向けのISができるまで、一緒に協力しようじゃないか。なあに、そんなに時間がかかったりはしないって。ふふん、苦しゅうない、君は適当にくつろいでいてくれたまえ~♪」
常務は絶望的な気持ちになった。
この化け物と、同じ場所で、同じ時間を過ごさなければいけないというのか!?
まるで猛獣の住む檻の中に入れられたような恐怖だった。
「ところで、トミヤがこちらに顔を見せたそうですが、その、今は、どちらに?」
クロエが先ほどまでと打って変わって、もじもじと尋ねてくる。
「す、すでに、ここを去っています。お土産を置いて、常備薬を補給していきました。ですのでその、今頃は飛行機の上ではないかと……」
「あっちゃ~、行き違いになっちゃったね、くーちゃん」
「はい……。残念ですが、再会はまたの機会といたしましょう……」
「気落ちすることないよくーちゃん。君の未来のカレシは、今や私たちの手の内なんだからね☆」
まったくなんの悪びれもなく、無邪気に束は言い放った。
(かなわぬわけだ……)
常務は内心あきらめに似た言葉をついた。
ISに対抗するための力を求めた数多の所業が、目の前の怪物には何もかも見透かされている。
何重にも秘匿した機密情報が、今までのあらゆる努力が、いとも簡単に飛び越えられていく。
この
反女尊男卑主義者は、自分の持つ信念が折れそうになっていることを自覚した。