リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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三十八話 英国空中戦(バトル・オブ・ブリテン)

 世界が飛び込んでくる。

 

 全身を包み込む風圧が、地上の星のような街の明かりが、夜空に投げ出した僕の心を躍動させる。

 飛んでなどいない。

 墜ちているだけだ。

 まるでスカイダイビングのようになりながら、僕とLS(グレイ・アイディール)はイギリスの空を降下する。

 

「ははっ――」

 

 やっぱり、空はいい。

 

 地上を這う生き物たちは、きっと誰もが飛ぶことを夢見るだろう。

 見上げる空、何処までも続く無限の成層を感じて、その中を駆け抜けたいと思うのはいつの時代も変わらぬロマンに違いない。

 

LS(リミテッド・ストラトス)! こんなところで出会うとはな!」

 

 ……あの蝶々みたいなISのパイロットも、そう思ったりはしないんだろうか。

 

 目元がバイザーに隠れつつも、凄みのある笑みを浮かべてこちらに襲い掛かってくる。

 蝶の羽のようなスラスターをふかせ、必殺の間合いで長銃を撃ち掛けてきた。

 

防御兵装(ゴールキーパー)!」

 

 非固定浮遊兵装(グレイ・グローブ)の防衛機構を起動し、掌にあるコアからシールドを展開。

 敵の光線が水鉄砲のようにはじけて散った。

 

「その装備、さっきの奴と同じかっ」

 

 言うや、すぐに射撃を取りやめて、出方を探るように間合いを整えてきた。

 

 ――さすがに気づいたか。

 

 僕を乗せて運んでくれたエクシアのIS【ブロンズ・ガスト】でも、この防御兵装(ゴールキーパー)は運用している。部分的な防御力では物理シールドに負けるが、面として防いでくれるぶん応用が利く装備だ。

 実際に使ってみて便利なんだよね、これ。エネルギーは喰うけれど、僕とエクシアの機体は容量が大きいからなんとかなっているみたいだ。

 兄弟機、というわけではないが、同じメーカー製ということもあって、他にも多くの装備が共通していた。

 

 ――さあ、どう来る?

 

 正面からの攻撃では僕に通じないぞ。

 といっても、こっちは自然落下している状態だ。PIC(スラスター)をふかして多少の軌道修正はできるが、LSのそれでは空を飛ぶにはあたらない。

 敵はそうと分かったのか、僕の頭上を取ってきた。

 

 ――ただ位置を変えるだけなら、こちらも向きを変えて防げるぞ?

 

 そう非固定浮遊兵装(グレイ・グローブ)を天にかざす。

 と、向こうはスカートのように装着していた越元のパーツを展開させた。

 放たれる数は6機。

 各々自立起動してこちらに向かってくる。

 

 ――独立可動に、遠隔運用……。

 

 僕には明らかに見覚えがある装備だった。

 

「BT兵器か!」

「ご名答。賞品をくれてやろう!」

 

 6機のビットが僕の周囲に展開し、光の集中砲火を放ってくる。

 

 ――マズイッ!

 

 僕は最初に飛んできた左右に向けて防御兵装(ゴールキーパー)を展開させる。が、こうなると当然ながら上と下がガラ空きだ。

 後出しのBT兵器が狙ったように防壁の隙間を突いてきた。

 

「詰みというやつだな! 墜ちろっ!」

 

 もう墜ちてるよ! というツッコミは置いといて、なんとかPIC(スラスター)を使ってのたうち回った。

 体中のあちこちに銃弾がかすり、衝撃が四肢を弾く。

 僕は空中で溺れそうになりながらも、何とか直撃を避けてジタバタもがきうごめいた。

 まったく無様な動きだけど、しょうがない。地上用が空中で適うはずがないのだから。

 

「ちょこまかとっ、飛べない虫が何しに出てきた!」

 

「お前たちの気を引くためだよ!」

 

 なに? と蝶型のISが表情を変える。

 そこに、僕の後ろから光の弾が湧き上がってきた。

 それも複数。僕を中心として周りから包み込むように光が蝶に集中する。

 

「これはっ、貴様らも!?」

「ありがとう、エクシア!」

 

 僕は右手を無造作に伸ばすと、そこに向けて後ろから一機のユニットが飛んできた。

 長方形のフレームユニット。

 先端に砲門、末端に有線ケーブルが着いた装備を力強く掴み、その機動に牽引される。

 

「お待たせしました!」

 

 ユニットを追い越して、エクシアのIS(ブロンズ・ガスト)が疾風の名の通り吹き抜けてきた。

 

「トミヤさん、お怪我は!?」

 

 僕の手を取ってエクシアが尋ねる。

 

「無いよ! イギリスからの連絡は!?」

「まだです!」

「遅いな、そんなだから盗まれるんだ!」

 

 僕はエクシアのISの背面部位(リアフレーム)に回りながら、いまだ対応しきれていないイギリスの警戒網にイラ立った。

 あのBT兵器を扱うISにしても、僕たちが偶然強盗現場に居合わせていなければ、すでに逃げられていたことだろう。

 エクシアのISが追加加速装備(ブロンズ・ブースター)を備えているからこそ追いつけているのに、こうも連絡がつかないとあっては、せっかく稼いでいる時間が無駄になってしまう。

 

「あの、怪我、本当にないですか? 研究所で襲われたとき、トミヤさん、私をかばって……」

 

 エクシアが心配そうに振り返り、見つめてくる。頬が少し赤らんでいた。

 

「エクシアの前なんだから、痛かったら痛いっていうよ。……!?」

 

 僕は反射的に強がりを言わなかった自分に、我ながら驚いた。

 これがIS学園でだったなら、相手に心配かけないように、精一杯の痩せ我慢をするだろうに。

 

「なっ、なんですか! そのどっちに受け取ればいいかわからないセリフ!?」

 

 僕だってこんな返事、普段しないからわかんないよ!

 

「ど、どっちでもいいだろっ。と、ともかく、僕は戦闘続行可能だよ! さあ、あの二機をおさえるよ、エクシア!」

「はぐらかしているつもりですか? もう、ちゃんとつかまっていて下さいね!」

 

 僕は【ブロンズ・ガスト】の追加加速装備(ブロンズ・ブースター)に着いているグリップを握り締めた。

 左右に浮かぶ非固定浮遊兵装(グレイ・グローブ)は、追加加速装備(ブロンズ・ブースター)の外部兵装みたいに装着される。

 目の前では、さっき掴んでいた長方形のユニットが、彼女の背中に戻されていた。

 有線でつながっていた他の三つも引き戻され、トンボの羽が生えているようなシルエットになる。

【ブロンズ・ガスト】の高機動型+LSおまけ付きの完成だ。

 

「いきますよおっ!」

 

 エクシアの気合が入った掛け声のもと、眼下の敵機に向けて勢いよくダイブする。

 さっきまでの自動落下とは比べ物にならないほどの加速力だ。

 まさに空を駆ける一陣の風。

 僕の鉛色(あおがねいろ)のLSと、エクシアの銅色(あかがねいろ)のISは一つになって、イギリスの空を切り裂いた。

 

 

 ◆

 

 

「ふん、やはり抑えられなかったか」

 

 蝶型のISを駆るエムは、不甲斐なく飛んでくるチェルシーに向けて悪態をついた。

 自分がLSの相手をする一方、もう一機のISを任せていたのだが、まるで相手にならなかった様子に不満を隠さない。

 

「……機動性がまるで違います。このままでは二人とも逃げきれません」

「逃げるつもりなどさらさらない。あのロングスカートのISから受けた多方面からの攻撃、おそらくBT兵器の類だろう。であれば撤退など到底無理だろうからな」

 

 BT兵器は操縦者のイメージを反映、具現化する特殊な装備だ。

 そのコンセプト上、逃げる相手を捕らえる、もしくは足を止めるとイメージすれば、忠実な猟犬と化す。

 しかもハンターは別格の俊足ときた。逃げる側にとっては悪態をつきたくなる相手だった。

 

 エムは戦わざるを得なくなった今の状況を、むしろ楽しむように笑っていた。

 

「いえ、あれはBT兵器とは違います。もどき、という意味で、類するという言葉を肯定できますが」

「もどき、だと?」

「あれは使い手を選ぶBT兵器を、機械補助付き有線制御(ワイヤード・コントロール・オぺレーション)にすることで運用者を広げるために作られた模造品(レプリカ)です。IC兵器、『インコム』という通称で聞いた覚えがあります」

「なるほど、つまり鎖でつながれている猟犬か」

「未だに実験段階にあると聞いていたのですが、実用化までこぎつけていたとは……」

「構わないさ。絡繰りが分かれば対処の仕様もあるからな。他に何かあるか?」

「もう一つあります。先ほど対戦して分かったのですが、あのIS、おそらく他に武装がありません」

「なぜ言い切れる?」

「三度、必敗の様相を呈しましたから。もしピストルの一つでもあれば墜とされていました」

 

 直接対峙したチェルシーは、縦横無尽に襲い掛かるインコムをおのれの力量一つで躱しきっていた。

 とはいえ完全にではさすがにない。必死の回避軌道の中で、相手本体にスキを露呈せざる負えない場面がいくつもあった。

 完全な失態。にも関わらず、必殺の間合いを何度も逃したということは、インコムの他に武装がないと考えられる。

 

「相変わらず状況分析が得意なことだ」

 

 エムは見直したように棘のない笑みを浮かべた。

 

「では、実戦で活かすとしよう」

「いえ、エム、あなたには退いてもらいます」

「なんだと……?」

 

 エムは笑みを消し、眉根を寄せた。

 

「時間を浪費しすぎました。内通者が稼いでくれたとはいえ、これ以上の手間はかけられません。イギリス当局の応援が駆けつける前に、その機体を持ち出さなければ任務失敗です」

「キサマ、私が遅れをとるとでもいうのか?」

「さっきから上司(スコール)の鬼電を無視するのにも限界でしょう。あなたの首輪の締め付けが強くなる前に、大人しく言うことを聞くべきです」

「チッ……!」

 

 エムは苦々しく顔を歪ませるも、機体を翻し、撤退の構えを取った。

 

「いいだろう、退いてやる。だが、お前一人で奴らを抑えられるとは思えないな」

「あのLSを組み敷きます。飛べない機体ですから、何とかなるでしょう」

「それで肝心のISはどうする?」

「分かりませんか? 相方を連れ去られたカップルがどういう行動をとるのか」

「ふん、馬に蹴られるオチが見えるな!」

 

 言い捨てるや、エムは一目散に逃げだした。

 チェルシーは巻き起こされた乱気流に煽られながら、自嘲気味な微笑を浮かべる。

 

「馬どころではない者から蹴られそうですけどね」

 

 一つため息を着くと、眼に力を入れて気持ちを切り替えた。

 装備を構え直して相手を見遣る。

 彼方、自分に向けて彗星のごとく落下してくる、ひと塊になった姿を捉えた。

 

「いくわよ、――エクシア!」

 

 チェルシーは対戦相手の名前を明確に口にした。

 得物のライフルの先端に、銃剣じみたレーザーサーベルを煌めかせ、真っ向から突撃する。

 いかに機動性に優れていようとも、むしろ機動性に引きずられて真っすぐにしか飛べないからこそ、接近戦は苦手と踏んだのだ。

 インコムが迎撃してくるとはいえ、高機動同士がぶつかり合えば、機械的なサポートにも限界があるだろう。

 

「まずはこれよっ!」

 

 チェルシーはIS(ティアーズ)のバックパックから数発の砲弾を発射した。

 弾は向かい合う両者のちょうど真ん中で炸裂し、もうもうとした煙と粉塵を撒き散らす。

 

「チャフ!?」

 

 エクシアはゴールキーパーを作動させるが、視界不良だけはどうしようもない。

 さらに、わずかに入り込んだ妨害物質が各部のセンサー、レーダーを部分的に麻痺さる。

 急降下中の今、自分の位置がつかめなくなるのは非常にマズイ。

 その一瞬の戸惑いを見逃さず、チェルシーはエクシアに組み付いた。

 

「わ、わわっ!?」

「接近戦とは、思い切りがいいな!」

 

 トミーが間に割って入り、チェルシーに掴みかかる。

 

「あなたとランデブーしたくなりまして!」

 

 チェルシーはトミーに絡みつくと、PIC(スラスター)を最大にふかしてエクシアから離脱した。

 

「ちょっ!? ひ、ひとさらいー!!」

「もっと他に言いようがあるでしょう、エクシア!」

「盗人猛々しいことを! ……って、あ、あれ? 私の名前?」

「どうしてお前が知っているんだ!?」

 

 掴みかかるトミーに、チェルシーは顔を間近に向けた。

 

「わかりませんか、トミー。いえ、(にのまえ)十三八(とみや)さん?」

「僕の名前!? それに、その顔は……!」

 

 銅色(あかがねいろ)短髪(ショートヘアー)

 赤みがかった色の大きな瞳。

 雰囲気こそ若干大人びているとはいえ、トミーは自分のパートナーと瓜二つの面影に目を見開いた。

 

「貴方がたと話したいことがあるの。一緒に来てくれるわね?」

 

 トミーは取り逃がしたISのことも忘れて、目の前の問いに首肯した。

 

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