リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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三十九話 苦労人さんの愛想笑いでない破顔

 エクシアに瓜二つの女性、チェルシーに誘われ、向かった先はお城だった。

 市街地から少し離れた、木々が生い茂る丘陵地帯の上に構えているそれは、廃城や観光地のようなものではない。

 城門から一本だけ伸びる並木道はコンクリートではなく石畳。さらにアンティークな街灯が規則的に連なり、歴史的な景観を醸し出している。

 一方の城内は大学のキャンパスのように現代的で、中庭に下ろされたトミーはぐるりとあたりを見回すと感嘆の声を漏らした。

 

 つまり、この城は未だに現役であることを物語っていた。

 

「さあ、着きましたよ」

 

 チェルシーは先に自分が纏っているISを量子化させた。敵対するつもりはないらしい。

 悪い人ではないようだ、とトミーは思った。飛べない自分をここまで丁重に運んでくれたこともあって、警戒心が多少薄れた。

 

「なんでお姫様だっこして人さらいやってるんですか」

 

 後ろからの声はトゲトゲしい。

 後を追ってきたエクシアが、追加加速装備(ブロンズ・ブースター)を解除しながら、あたりに強風をまき散らして乱暴に着陸した。

 IS自体は解除しない。冷たい目つきで唇を尖らせ、敵意をむき出しにしている。

 

「人さらいなどと物騒な言い方はよしなさい、エクシア」

 

 チェルシーは腰に手を当ててため息を着くように応じた。

 

「じゃあ泥棒です。それに、チェルシーさんでしたっけ? あなたなんで私の名前を知っているんですか。いったいあなたは私の何なんですか?」

「なに、と尋ねられると、少し寂しいわね」

 

 視線を落とすチェルシーに、トミーは二人の顔を見比べてうなる。

 

「まさかとは思うけど、二人は姉妹だったり、とか?」

「まさか。他人の空似ですよ」

 

 にべもないエクシアの否定に、チェルシーは露骨に動揺をみせた。

 それをトミーは見逃さない。

 

「でもさ、髪の色も瞳の色も、エクシアと同じなんだよ?」

「私は覚えていません」

「そりゃあ、エクシアは記憶喪失だからね」

「じゃあ、本当にこんな奴が私の姉妹だって言うんですか!?」

「ちょっと、こんな奴だなんて言い方は……」

「イギリスの研究所を襲撃して、ISを強奪した泥棒ですよ!」

「エクシア」

 

 トミーの制止も聞かず、エクシアはまくしたてる。

 

「嫌ですよ! 確かに私には記憶がありません。けど、トミーさんと一緒に頑張って、ようやく自分の居場所ができたんです。それなのに、実は泥棒の身内でしただなんて、そんなこと受け入れられるわけないじゃないですか!」

 

 トミーは閉口した。

 確かに、出会ったばかりの頃のエクシアは、記憶をなくしてしまった混乱もあってオドオドとして引っ込み思案な様子だった。トミーから話しかけても狼狽するばかりでろくな会話すらままならなかった。

 それが、役職柄二人で過ごす日々を続けるなかで、次第に打ち解けるようになっていった。性格も、出会った当初とは比べ物にならないほど明るくなった。きっと生来のものなのだろう。

 そんな、ようやくまともに歩き出し始めた彼女が、不都合な過去に追いすがられて、足をもつれ転ばされかけているようなありさまに、冷静になれと諭すのは酷すぎた。

 

「……そうよね」

 

 チェルシーは寂しそうにうなずいた。

 

「知らない人に、急に身内面されても、困るわよね」

「なにを……!」

「泥棒さんの妹だなんて、嫌よね、エクシア」

「気安く! 私の名前を呼ぶな!!」

「エクシア、落ち着いて」

 

 トミーは飛び掛かろうとするエクシアの肩を抱いて抑えた。

 

「彼女が本当に人さらいだったり泥棒だったら、僕たちをこんなところに招待しないよ」

 

 語りかけながら、トミーは周囲の中庭を確認する。

 良く補修された青々とした芝生、丁寧に世話をされた花壇、建物には夜のしじまを壊さない優しい照明。

 この城の主の性格が読み取れそうな意匠だった。

 案内したチェルシーが城主と縁があるのであれば、彼女の気質も多少察することができる。

 

「……」

 

 エクシアもそんな雰囲気を汲んだのか、肩に添えられたトミーの手を持ち、口をつぐんだ。

 そのまま、自身のISを解除すると、固くなった身をそっとトミーに預けた。

 トミーはしっかりと受け止めてうなずいた。

 

「……それで」

 

 トミーはエクシアと入れ替わるように前に出る。表情は固い。

 

「お話をして頂けますか。なぜ僕たちのことを知っているのか、なぜこんなところへ招いたのか」

「お答えいたしましょう。貴方のことも、そして私たちのことも。オルコット家累代の臣、ブランケットの名にかけて」

 

 唐突に飛び出してきた耳慣れた名前に、トミーの両目が見開いた。

 

 

 ◆

 

 

 チェルシー・ブランケットには夢がある。

 幼い頃に見た幸せな光景を再現することだ。

 

 それは、仕えるオルコット家の中庭で、緑に囲まれた西洋風東屋(ガゼボ)での出来事だった。

 椅子に座る主人、セシリア・オルコットが、彼女の親友の『彼』と屈託なく談笑している。

 チェルシーは妹と一緒に側にかしずき、暖かく優しい風景の中に溶け込んでいた。

 まるで一枚の絵画に飾られそうな情景。

 

 しかしそれは、彼女の幻想でもあった。

 正確には、チェルシーの妹は病弱のせいで並んでひかえることなどできなかったし、セシリアと『彼』が談笑していた時、チェルシーは来客の対応に追われてその場にいなかった。

 

 ただ一瞬、セシリアの笑い声につられて見た中庭で遊ぶ二人の姿は、さんざめく花園の中に浮かんでいるような、幻想的なたたずまいに思えた。

 

(私もあの中に加わりたい)

 

 そう心に刻んだ想いは、叶わぬ願いではきっとないと思っていた。

 チェルシーはそのお家柄、大きくなったら正式にセシリアの侍女となるのだし、妹の病気も発展目覚ましい現代医学が何とかしてくれるに違いない。そして『彼』はきっとこれからもセシリアの親友として、一緒に歳を重ねていくはずだ。

 そう思っていた。

 

 それが間もなく、『彼』はセシリアの両親と一緒に帰らぬ人となり、妹も消息不明となってしまうなど、思いもよらないことだった。

 

 音を立てて崩れ去った憧憬。

 その後、主と共に多忙の中に放り込まれたチェルシーは、心の後始末もそぞろに、幼い夢を心の奥底に封印させてしまうことになる。

 

 ただせめて、妹の安否を心配する気持ちだけは拭いきれずに、ずるずると方々を探し彷徨い続けてきた。

 

 最愛の妹、エクシアを探しだす。

 

 そのためには手段を選ばず、当てになるとあれば反社会組織(ファントム・タスク)にすら足を踏み入れてしまうほどに、チェルシーの夢の残滓は彼女を動かし続けていた。

 

 そして――

 

 

 ◆

 

 

(まさか、探し求めていた妹のエクシアと、亡くしたはずの『彼』が、二人そろって私の目の前に現れるだなんてね)

 

 一通り説明を終えたチェルシーは、目を丸くして向かい合うトミーとエクシアの狼狽した姿に、そっと苦笑を零した。

 

 しかし直ぐに、悲しそうな息をついた。

 

 かつてトミーとエクシアもこのオルコット城で語らっていたこと。セシリアと仲の良い間柄であったこと。

 オルコット家が侵したISコアに絡んだ事故に遭ったこと。そのISコアを使った人体改造を受け、口封じのために記憶を改竄されたこと。

 チェルシーは説明をしながら、二人に課せられた運命を呪わずにはいられなかった。

 

 だが伝えねばならない。チェルシーが亡国機業(ファントム・タスク)に潜り、手を汚してまで情報をかき集めたのは、いつかこの日が来ることを待っていたからに他ならない。

 失くしたピースをもとに戻し、夢見た光景を再現するために。

 

「……確認しますが」

 

 トミーが動揺を抑え込みながら、努めて真摯に尋ねる。

 

「僕が、セシリアの……いや、オルコットさんの、いわゆる幼馴染で、エクシアがその、オルコット家に仕えるチェルシーさんの妹だって、そういうことですね?」

「相違ございませんが、私にさん付けは不要ですよ。それに十三八(トミヤ)さんは、IS学園にてセシリアお嬢様と懇意の仲ではございませんか。無理に他人行儀を装うことはございません」

「貴方の仰る通りなら筋は通ります。しかし、僕にはオルコットさんと幼馴染だったという記憶はありません。ですので、貴方を信用することはできません」

「記憶というのは不確かなものです。人の手が加わっているならなおさら」

「なにを……」

十三八(トミヤ)さんはご自分の生い立ちに疑念を持っていらっしゃるとか。失礼ながらお嬢様から聞き及んでいます」

 

 トミーは紡ぐ言葉を失って顎を引いた。

 

「お嬢様に確認なさいませ。すぐに疑念が晴れましょう」

「……。聞けるわけがないでしょう」

「はて、それはなぜです?」

「セシリアを傷つけることになる」

 

 チェルシーは口角を上げて目を細めた。

 対するトミーの眉間にシワが深まる。

 

「信頼するメイドが主を裏切っていたなんて、そんなことを知ったらセシリアはどう思いますか。ただでさえセシリアは愛国心が強いんだ。まさか売国行為を働いていたなんて、ショックを受けないはずがない」

「もはや取り返しもつかないことです。お嬢様には、申し開きもございません」

「悲しませるのはエクシアにもです! 外道に身をやつしてまで妹さんを探していただなんて。たとえそれで再会できたとして、エクシアが喜ぶと思いますか!?」

 

 エクシアはトミーの背中にそっと身を寄せた。

 エクシア自身、チェルシーの話から自分の無くした記憶と関係があるように思いつつある。ひょっとすると、本当に身内なのかもしない。

 しかしそれでも、目の前で繰り広げられたチェルシーの犯罪から目を背けるともできず、困惑と葛藤が表情に浮かんでいた。

 チェルシーは顔色を変えずに答える。

 

「私の思いはおそらく、十三八(トミヤ)さんになら理解できるものかと存じます」

「知っているふうですね。どこまで僕を理解した上で言っているんです?」

「お嬢様からのお話を聞けばわかります。本当に、変わらないわね、貴方は……」

「……ッ」

 

 トミーは苛立ちを覚えた。見知らぬ他人から内面を見通されるのは一種の恐怖を感じさせるものだ。

 

「僕にはわかりません! 貴方のやっていることは大切な人を傷つけてしまうものでしょう!? 何を理解しろというのですか!」

 

「その大切な人のためならば、自分の身と名誉を傷つける事を厭わない。……そんな貴方の姿勢を存じ上げたうえで申しているのです」

 

 トミーは目を丸くした。

 夜空を見上げた。どこまでも見通せる、よく澄んだ星空が広がっていた。

 

「……そうですか」

 

 そして、ため息を付きながら頭を垂れた。

 

 トミーにはわかってしまった。

 大切な者のためには、自分のことなど勘定に入れず、誰かの信頼を裏切ってしまったとしても、その人を助けたいと願い行動してしまう。

 我儘で身勝手な、どうしようもないエモーション。

 そんなチェルシーのエクシアを思う気持ちと行動を、余すところなく理解出来てしまって、むしろ自分の事のように感じてしまった。

 テレビの登場人物の失態を見て自分まで恥ずかしくなるような感覚だった。

 

 それゆえ、チェルシーに返す言葉にも見当がついた。

 

「……僕は以前、友達からこう指摘されたことがあります。『自分一人が犠牲になれば良いとか、そんなの全然カッコよくない』『僕は君を犠牲にしてまで助かりたくなんかない』と」

「実に、耳に痛い話ですね」

「ええ。その時の友人の思いを、今更ながら感じ取ることができたように思います」

「よいご友人を持たれましたね」

「まったくです。この受けた恩は、ちゃんと活かさなければと思います。同じ場面に出くわした時、僕も同じように振る舞うことで」

「…………」

 

 トミーとチェルシーの視線が絡み合う。

 力のこもったトミーの瞳に、気圧された感じのチェルシーが、先に目元を伏せることになった。

 

「チェルシーさん、僕は貴方を正さなければなりません」

「私を救えるとでもお思いですか」

「できるどうかではなく、やらなければならないんです」

十三八(トミヤ)さんにも被害が及びかねませんよ。そうなれば、エクシアにも」

 

「私は、大丈夫だよ」

 

 エクシアはトミーの背中から顔を出して、チェルシーに答えた。

 先ほどまでの敵意は失せていた。

 

「私は、トミヤさんがしたいっていうなら、受け入れるよ」

「エクシア……」

「あなたが本当に私のお姉ちゃんなのかなんて、今の私にはわからない。でも、もし今後思い出したとき、後悔するようなことはしたくないから」

 

 チェルシーは口を結び、眉根をひそめて目を細めた。嬉しいとも悲しいとも判別できない表情だった。

 きっとその両方なのだろう、とトミーは察した。

 

「チェルシーさん、あなたが僕を理解できるなら、僕が引き下がらないこともわかるでしょう。あきらめてください」

「フフ……、まるで警察に連行されてしまうような雰囲気ね」

「確かに。でも、本当は捕縛されることを望んでいたんじゃないですか? これ以上罪を重ねないために」

「あら、私、そんな殊勝なオンナに見えるかしら?」

「セシリアの見込んだメイドさんなら、きっと奇特な方だと思いますから」

 

 チェルシーは一瞬ポカンとすると、次いでクスクスと笑い始めた。

 次第に、声を抑えられず大きくなっていく。

 チェルシーにとって久しぶりの大笑いだった。

 

(私の言葉を信用したからではなく、お嬢様を信じているから、私を信じられるだなんて)

 

 つくづく、己が仕える主の偉大さと、自分自身の矮小さを痛感させられる。

 そして、かつて抱いた儚いユメへ、届きそうなこのめぐり合わせに、これまでの苦労がエッセンスとなって開放されるような清々しさがあった。

 

 オルコット城の中庭に差し込む月光はやわらかく、花壇の月見草(イヴニング・プリムローズ)が嬉しそうに咲いていた。

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