リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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四十話 忙しい現代人に一本のフレーバーを

「売国メイドの行方はまだ見つからないの!?」

 

 デスクトップパソコンのディスプレイを閉じるなり、その部屋の主の女性は職務机にこぶしを落とした。

 衝撃に、彼女の長髪も一緒に踊る。イギリス人特有の茶髪(ブルネット)で、手入れされずボサボサになっていた。目元には深いクマができていて、肌はがさつきが目立っている。

 日頃、迫りくる年波に対して必死にもがき足掻く女性の努力は、最近のデスマーチの前に水泡に帰していた。

 

「失踪からすでに三日目よ三日目! 相手は名門オルコット家の使用人なのよ!? 何にも音沙汰無しなんてありえないでしょうが!」

 

 そう机の前に横一列に並ぶ部下たちに向かって怒鳴り散らす。

 ついでに机の上の書類に鬱憤をぶつけた。

 ヒラリと、その一枚が部下の足元に飛んでいった。紙にはチェルシー・ブランケットという女性のプロフィールが記載されている。

 部下は、さも緩慢な動作で資料を拾いながら、上司同様目の下にクマができている目をこすり、疲れた声を上げた。 

 

「そう言われましても、本当に全く見つからないんですよ……」

 

 ため息まじりのぼやきに、他のメンバーもポツポツと状況を説明しだした。

 

「オルコット家やその親戚はもちろん、関連企業にもとっくに探りをいれてますよ、ええ」

「てゆーか、関連企業多過ぎだっつーの! 何だあの疑似財閥。まじブルジョワ。まじブルジョワーヌ!」

「だいたい、私たちはミッションクリアしてたじゃないっすか! IS強奪のおぜん立て、あれ超・パーフェクト・オペレーションやってましたって!」

「それな! いったい誰のおかげでISかっぱらうことができたんだっつーの! さっき画面に映ってたオバさんに文句言ってくださいよ!」

「はっきりいってコレ、実働部隊のしりぬぐいです。給料上乗せ、最低限です」

 

 隊員各位から不平が轟々と湧き上がる。

 いつもの仕事してますよアピールにしては声量と言動が荒っぽいな、と茶髪(ブルネット)の上司は思った。

 結局みんな、疲労が不満に輪をかけていてカリカリしてるのだ。

 

「騒ぐな! 要はなにも進展無しってことなのね?」

「要は、で私たちの苦労をまとめないでくださいよ!」

「あたしら完全にオーバーワークなんすよ!」

「もうやだ。休みたい。お風呂入りたい……」

 

 ギャアギャアと響き渡る雑音(ノイズ)合唱(コーラス)に、上司は思いっきり舌打ちをして盛大にため息を着いた。

 しかし部下たちの言う通り、自分たちのグループ、すなわち亡国機業(ファントム・タスク)の英国工作部隊に落ち度は無いはずなのだ。

 

 英国が独自に開発した第三世代IS試作二号機『サイレント・ゼフィルス』。その強奪を補助する役割は見事に成功させた。すでにISは無傷で組織の手の内にある。

 にもかかわらず、実行犯の一人であるチェルシー・ブランケットが行方知れずという失態のしりぬぐいを、実働部隊にではなく、彼女ら現地班に出されてしまった。

 しかも緊急にとケツをはたかれ、現在の疲労困憊とストレスマッハな状態に押したてられてしまったわけだ。

 

(そりゃあ、亡国機業(ファントム・タスク)の情報漏えいを防ぎたいのは分かるけどさ……!)

 

 隊長は懐からタバコ取り出すと無造作に火をつけた。今朝買ったばかりの英国煙草(ベンソン&ヘッジス)だが、残り本数は既にして心もとない。

 タバコはお肌の大敵と最近禁煙に励んでいたのだが、ここ数日の超過勤務に吸わなければやってられなくなっていた。

 

(ちくしょう、せめて高級エステとボディケア代くらい手当寄越せよな!)

 

 そう脳内で悪態を吐きつつも、直接言い出せない自分にやるせなさを感じた。

 先ほどまでデスクトップ画面に映っていた若作りの上役には、口でも実力でもまるで歯が立つ相手ではない。というか、まともに直視できないくらい恐ろしい。

 下からは突き上げられ、上からは叩かれる。中間管理職の悲哀を一身に背負い、陰鬱としてやけ酒のように紫煙を喰らい、怨言と一緒に吐き出した。

 

 ほんのちょびっとたけ、気分がマシになった気がする。

 

(……しかし、こうも見つからないのはどういうわけだ? ウチらの情報収集能力は英国管理局にだってタメ張れる。小娘一人探し出すなんて訳ないはずだ。にも関わらず、痕跡すら掴めないなんてことは……)

 

 思案は、勢いよく蹴り開かれた戸口の衝撃に中断させられた。

 

「なんだ!?」

 

 また厄介事か!?

 と悲鳴と怒りをはらんだ怒声を飛ばす先、入り口に現れた女性が煙草をくゆらせて部屋に入ってきた。

 ラフなスタイルだった。ネイビーブレザーとスキニーパンツに身を包み、ミドルヒールのブーツをツカツカ鳴らして、ファッションモデルのように歩いてくる。

 後ろには付き人を二人従わせていた。帽子を深くかぶっていて顔が分からないが、体格から女性と男性だとは分かった。

 

「ハロー」

 

 来客は艶やかなブラウンヘアーをかき上げて、サングラス越しに不敵な笑みを向ける。

 ボサボサ髪の部屋の主は怪訝そうに値踏みすると、一点、その胸元に着けられているブローチの意匠に目の色を変えた。

 

女伯爵(カウンテス)……! IS委員会常任委員が、なぜここに!?」

 

 上司の言に、部屋に居並ぶ部下たちも色めきだった。工作員である彼女らにとって、イギリスを代表する常任委員の名前を知らないはずがない。ブローチのデザインが名門の家紋をかたどっていることもすぐにわかった。

 

「なぜって? わかってんだろが。中途半端なところで尻尾をみせやがって」

 

 女伯爵(カウンテス)はゆっくりとタバコの紫煙をはいて、たっぷり間を置いてから言葉を続けた。

 

亡国機業(ファントム・タスク)との繋がりが浅いお前らに、パイプが太くなるまで待っていてやるつもりだったんだ。なのに、まんまと下手を踏みやがって。これじゃあお縄にしたってろくな手掛かりも掴めねえ。どうしてくれる」

 

 部屋の住人たちが一斉に身構える。

 だが、それより先に、女伯爵(カウンテス)の従者の方が早かった。

 いつの間にか氷のようにきらめく剣を抜き放ち、茶髪(ブルネット)の喉元に突きつける。

 もう一人の従者はISの非固定浮遊武装(アンロックウェポン)を展開。巨大な二つの手が現れ、指先の砲口が全十門、下手人たちに狙いをつけている。

 その機敏な動きに帽子が脱げて、二人の顔があらわになった。

 

「キサマ……! チェルシー・ブランケット!!」

 

 剣を持つ女性の顔と、足元の資料の顔が全く同じだった。

 

「はい。こういうわけです、亡国機業(ファントム・タスク)

「裏切るか! 祖国を裏切ったお前が、手を貸してやった我々すらも!」

「貴方の仕事ぶりには同情を禁じ得ないこともありましたが、その苦労も今日でおしまいです。お疲れ様でございます」

「ふざけるな! それに、後ろの小僧! オマエLS(リミテッド・ストラトス)のパイロットだろう!」

 

 声を掛けられた少年、トミーは無言で視線を向けた。

 

「おおかた、この売国メイドを(ほだ)したか! よくもまあ卑劣なマネをしたものだ。男など所詮汚らわしい獣だなあ!!」

 

 男性であるトミーには無言で通すわけにはいかない誹謗だった。

 

「何を勘違いしているのかは知りませんが、男だからといっぺんに否定しないでください!」

「ふん、仮に思い過ごしであったとしても、オマエの場合は特別だ傀儡人形(マリオネット)! 蛇にそそのかされて禁断の果実を手に入れた罪人め!」

「な、なにを言っているんです……!?」

「ISは女性にのみ与えられた力の象徴! 女性蔑視の歴史を変えた革命的存在! それを歪め、男が運用することなどあってはならない! ゆえにオマエは、私たち女性すべての敵なのだ!!」

 

 真正面からの罵倒に、トミーの非固定浮遊武装(グレイ・グローブ)の指先が震える。言葉の剣はLSの絶対防御の守りを抜いたようだ。

 亡国機業(ファントム・タスク)のメンバーはその逡巡を見逃さず、一瞬のアイコンタクトの後に四方に散って強行突破を試みた。

 

「――なに!?」

 

 その機先を制して女伯爵(カウンテス)が動く。

 ブローチが輝くと瞬時にISを部分展開させ、有線式のクローアームが次々と下手人を捕縛する。

 トミーのLS(グレイ・アイディール)が扱う尻尾鋏(ペンチヒッター)や、エクシアのIS(ブロンズ・ガスト)が運用するIC兵器(インコム)によく似た装備だった。

 

「御用、な~んつってな」

「くそっ!」

 

 かろうじて逃れた一人が窓へ走る。ここは地上五階だが、外に飛び出してISを展開すればどうにか逃げられるだろう。

 そうウィンドウへ体当たりしようとした先に、一機のISが現れた。亡国機業(ファントム・タスク)の味方機ではない。『サイレント・ゼフィルス』とISチェイスを演じた(あかがね)色のISだ。

 

「やめとけ。そいつの足は記録破りの韋駄天だぜ?」

 

 銅色の疾風(ブロンズ・ガスト)

 エクシアが駆るISは下半身に追加加速装備(ブロンズ・ブースター)を展開させて、いつでも逃亡犯を捕捉できるよう準備している。

 それを見た工作員は悪あがきをあきらめて、ドカッと床に膝を着いた。

 詰みである。

 いかなる国家や軍隊すら翻弄してきた亡国機業(ファントム・タスク)の、その一端が壊滅した瞬間だった。

 

 

 ◆

 

 

 トミーは窓に寄りかかって頬杖を着いていた。

 ぼんやりと外を眺めていると、眼下から喧騒が聞こえる。女伯爵(カウンテス)が呼んだ警察が工作員たちを連行していくところだった。

 その中の一人、ボサボサの茶髪(ブルネット)の女性に目が留まった。髪が乱れ目元を暗くする姿は幽霊のように恐ろしい。

 

 ――オマエは、私たち女性すべての敵なのだ!

 

 そう自分に向けられた敵意と罵声。

 呪いの言葉は確実にトミーの心を蝕んでいた。

 

(最近、怒られたり恨まれたりしてなかったからなあ……)

 

 LSに搭乗し、世に出た当初から非難を受け続けてきたトミーの心は、いつしか責めやそしりに不感症になっていた。

 それが、IS学園での暖かな生活の中で、いつの間にかもろくなってしまったようだ。

 女性の敵という言葉は、IS学園で得た親しい仲間たちとの間を切り裂いてしまいそうで、鈍い痛みを感じさせた。

 

 捕り物劇の後、チェルシーは心配そうに気遣い、エクシアはトミーの代わりに怒りを表してくれた。そんな二人の優しさにトミーは感謝を述べたが、大丈夫、という言葉にだけ嘘が混じっていた。

 

 パトカーがサイレンを鳴らしてドップラー効果を残して去っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、心に染み出してきたイギリスの霧のようなもやもやが、トミーを鬱屈した気分へと引きずり込んでいく。

 

「ガキにアンニュイは似合わないぜ、少年」

 

 唐突に背中から声を掛けられた。

 振り返れば、女伯爵(カウンテス)がタバコを吐きながら笑みを見せている。

 相変わらずサングラスで目元は分からないが、かえってその方がトミーにはよかった。目は口程に物を言うのを、これまでいくつも見てきたからだ。主によくない方向で。

 

「あ……、すみません。この部屋、もう使いますか?」

 

 そう身を起こそうとすると、タバコを一箱投げられた。銘柄は『トレジャラー・ブラック』と刻まれている。

 

「ああ。喫煙部屋にな」

「えっと……、あいにくと、僕はタバコは吸いませんで……」

「くわえてみろ」

 

 え、と困った顔をするトミーに、女伯爵(カウンテス)は面白そうに笑いながら新しいタバコを一本口にした。

 それに火をつける前に、

 

「少年、コーヒーは飲むか?」

「え、ええ」

「熱いのは好きか?」

「好きです」

「いいだろう」

 

 女伯爵(カウンテス)贅沢銘柄(キャサリンハムネット)のライターに火をつけた。タバコを優しく包み込むようにしながら、じわじわと先端をあぶっていく。

 その火のついたタバコを、吸うのではなく愛おしそうに口に含む。やけに唇のルージュが色っぽかった。

 ほとんどの大人たちがすぐに口から煙を吐いているのを見ているトミーには、女伯爵(カウンテス)の吸い方はやけにゆっくりとしたものに感じた。

 同時に、その所作に上品さを感じずにはいられなかった。

 タバコをつまんで紫煙を吐き出す動作にも、静けさと気品を醸し出すものだった。

 

 一通り吸い終えると、顎をしゃくってみせた。お前もくわえてみろ、というようなジェスチャーに、トミーも仕方なしに封を開けた。

 パッケージを開けたとたんに渋い香りが広がり、黄金色のティップペーパーが光を放つ。

 見たことのない高級そうなタバコを、トミーはおずおずと取り出して口にする。

 

「タバコはな」

 

 トミーの前に屈みこんで火をつけながら、下から覗き込むように女伯爵(カウンテス)は言った。

 

「吸うんじゃねえ、すするんだ。熱い上等なコーヒーをすするようにな」

 

 その際見えた彼女の目元は優しい。おっとりとしたタレ目と澄んだ緑色の瞳がぞんざいな口調と対照的で、トミーは意外に感じた。

 

「ゆっくりとすすった煙を、口の中で楽しむんだ。フレーバーを満喫しろ。後はコーヒーと同じ、じっくりと吐き出して後味も堪能すんだ。間違っても肺に入れんなよ」

 

 わかったか? 

 という問いに、

 

「なんとなく、ですが……」

 

 と曖昧に答えるトミーの頭を、女伯爵(カウンテス)はポン、と叩いた。サングラスの奥のタレ目が深く下がっている。

 やってみろ、と言っているらしい。

 トミーは誘われるままに吸ってみた。

 熱い上等なコーヒーを飲んでいる姿をイメージする。実際、コーヒーは大好きだ。

 

「…………」

 

 口の中に流れる煙、マイルドな感じと、適度な甘さ。

 

「……、……」

 

 そして、味わったことのない独特の清涼感。

 

「ふー、……」

 

 吐き出され広がる煙が晴れていくように、トミーの中のもやが晴れていくような、不思議な爽やかさがあった。

 

「うまいだろう」

「……美味しいです」

「これでお前も不良の仲間入りだな、少年」

 

 女伯爵(カウンテス)は豪快に笑った。部屋中に響き渡るような、男性的な図太い笑いだった。

 

「いいか少年」

 

 ひとしきり笑うと、首だけで向いてキザな顔を見せた。

 

「タバコは格好良く吸うもんだ。吸いたくなっても、ダセえ吸い方になるんなら吸うな。今教えて見せたように優雅で穏やかに吸え。間違っても安酒を喰らうようなみみっちいマネはすんなよ。それとな、煙は肺に入れんな。あれは貧乏な雑兵がメシの代わりにやるモンだ」

 

 一服、お手本を見せるように吸って見せてから、女伯爵(カウンテス)は続ける。

 

「人間生きてりゃ、どうしようもねえムカつくこともあるもんだ。そん時、たいていの大人は酒かタバコか肉欲へ逃げる。だが、ガキはどれにも逃げらんねえから、ちゃんと甘やかさなくちゃつぶれちまう」

 

 それがどうだ、と初めて憎々し気に表情を歪めた。

 

「ガキに大人とおんなじ苦労をふっかけて、それで未成年は酒もタバコもダメときた。そういう大人のいうことなんざ、まったく聞く必要なんかねえよ。いいか、ろくでもねえ大人の相手をしなくちゃならねえときは、お前もグレたっていいんだぜ。表面(ガワ)だけちょちょいと取り繕って、裏で好き勝手やっちまえ」

 

 女伯爵(カウンテス)はもう一箱煙草を取り出した。

 銘柄は同じ『トレジャラー・ブラック』。それが世界で一番高価な煙草であることをトミーは知らない。

 ただ、箱を胸にポンと押し付ける目の前の女性が、これまで出会ったどの人物よりも格好良く見えた。

 

「どうして、こんなに僕に良くしてくれるんですか?」

 

 トミーは聞かざるを得ない問いを発した。

 女伯爵(カウンテス)は煙草をくわえなおして視線を外す。

 

「……チェルシー・ブランケットの件、『閣下』に相談したろう」

「『閣下』を知ってるんですか!?」

「これでも元教え子さ。つったって、教師泣かせのクソガキだったがな」

 

 フー、と長い紫煙を吐いて、ククッ、と鼻で笑った。

 

「お前がいらんことをしたせいで、こっちが追っていた亡国機業(ファントム・タスク)の追跡調査は中途半端でポシャっちまった。あんな末端吊し上げたところで、トカゲの尻尾の先っちょ部分にしかすぎねえよ。本体はとっくにドロンしちまってんだろう」

「チェルシーさんにも、捜査の手が及びそうですか?」

「安心しろ少年。捜査協力って名目で司法取引にしといたよ。ま、オルコット家とは知らねぇ仲じゃあ無えしな。それに、……あん?」

 

 部屋のドアをノックする音がした。

 入ってんよ、と良いのか悪いのか分からない返答に、ドアがゆっくり開かれる。中に入ってきたのは、スーツに身を包んだ壮年の黒人。

 

「閣下……!」

 

 トミーはすぐさま直立不動の体制を取った。

 彼にとって最も格上の上司であり、自身の存在を確立しうる最上位の存在だからだ。

 

 IS条約締結を実現したIS委員会元委員長。

 世界の中心の組織の一員にして男性唯一の機関長。

 そして、反女尊男卑主義組織『オールドファッション』の有力者。

 

「失礼する」

 

 女尊男卑に染まった世界の男性という立場としては、おそらく指折りの実力者が、あろうことか目の前に現れた。

 

「閣下、なぜこんな場所に!? ……いえ、あの、この度は、僕の我がままを聞いていただき……!」

「トミヤ君、チェルシーさんとエクシアちゃんが探していたぞ。すぐに会いに行ってやるといい」

「へ? あ、はい! ……えっと」

「玄関ラウンジで待つよう伝えている」

「承知しました! 閣下、この度のことは改めて礼を……」

「急ぎたまえ。男子たるもの、女性を待たせるものではないぞ」

「――はい! ありがとうございます! 失礼します!!」

 

 深く勢いよくお辞儀をして、トミーは部屋を飛び出した。

 

 残された女伯爵(カウンテス)の顔からは笑みが消えている。

 煙草をもみ消すと、サングラスを外して素顔をさらした。磊落な彼女にとっても、目の前の壮年にはマナーを守る相手であることを表していた。

 

「よくもぬけぬけと顔を出せたものだな、センコウ」

 

 表面だけである。口から飛び出す中身までは知らない。

 

「昔から、その口ぶりは変わらないな、女男爵(バロネス)

女伯爵(カウンテス)だ。『副総長』閣下殿」

「元、だ。そうか、君は昇進したんだったな。ISが作った時勢の中で」

「アンタは落ちぶれながらもしぶといもんだぜ。ようも一機関長にすがりつく」

「君のお仲間の現役大将殿のご高配でね。デブでもハゲてもいないのが幸いしたようだ」

「血の気の凍った姫様は面白くなさげだぜ。ジジイらしく隠居してればいいものを」

「そうもいかない立場なのでね」

 

 ふん、とどちらからともなく鼻を鳴らした。

 

「……何の用だ」

 

 女伯爵(カウンテス)の言葉に、閣下と呼ばれた老人は眉間の皺を深くした。

 

「世の中を変えた天災について、少々困った事態になってな」

 

 

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