リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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四十一話 上司はたいてい嫌われるけど好きで嫌われている訳じゃない

「第四世代ISだあ?」

 

 おっとりとしたタレ目を見開いて、女伯爵(カウンテス)は口元を歪めた。

 

「おいおい、ついにボケたか閣下殿。今のトレンドは第三世代への過渡期だぜ? 老人の冗談はシャレになんねーぞ」

「残念ながら事実だ」

 

 黒い肌に刻まれたシワをさらに深くして、閣下と呼ばれる老人は厳かに答える。

 

「つい先日、篠ノ之束が我が社のラボに突然現れた」

「オーライ。介護車呼ぶからちょっと待ってろ」

「聞け。場所はルクーゼンブルクの外資企業区域の一画、ARエレクトロニクス欧州本店だ。現場は有無を言わせず占拠され、常務を人質に新型ISの開発拠点とされてしまった」

「は?」

「何でも時結晶(タイム・クリスタル)との取引でルクーゼンブルクの姫君アイリス王女に進呈するらしい」

「ああ、いや、おいセンコウ、お前いまシレっと反体制関連疑惑企業(ARエレクトロニクス)の関係者だってゲロしなかったか?」

「白々しい、どうせ気づいているのだろう。これを言質に私を失脚しようとでも画策するかね? 構わんよ。IC兵器等の技術協力は止めさせてもらうが」

「地味にウゼぇ報復考えてんじゃねえよ。ああ、あのIC兵器(インコム)は結構気に入ったぜ。BT兵器への適応がないやつには嬉しい装備だろうさ。だが対IS戦闘用には使えねえな。有線が短いし、無駄に容量がかさんで拡張領域(パススロット)が圧迫される」

「ふむ、技術部に伝えておこう」

 

 小まめに手帳へメモを取る姿に、女伯爵(カウンテス)は思わず噴き出した。

 

「っはは! どうしたよセンコウ? 聞いたことは何でも覚える地獄耳は遠くなったか?」

「物覚えが悪くなっていることは自覚している。だが嘘偽りを言わない性格は守っているつもりだ。篠ノ之束の出現についても証拠は持ってきている」

「まるで怪獣が出現したような言い方だな。どれどれ……、お、ホログラフィーか」

 

 閣下の差し出した携帯端末の上に3Dホログラムが展開される。

 現れたのは、頭にウサギの耳のようなヘッドセットをピコピコ動かし、鼻歌交じりに作業をしている條ノ之束の様子だった。傍には淑やかなドレスを纏ってパソコンのキーボードを叩いている銀髪の少女と、壁際には細身の中年男性がオロオロとしている姿も見受けられた。

 隅に表示される日付はつい昨日。場所は確かにどこかのラボのようだ。

 

 女伯爵(カウンテス)にとって残念ながら、閣下の冗談知らずの調子は今なお健在であるらしい。

 

「あー……、マジかよクソッタレ。コッチはようやく第三世代に手が届きかけたところだぜ? やっこさん、神か悪魔と契約でも結んでんのか?」

「それだけ條ノ之束が隔絶した存在だということだろう」

「つったってなあ……。だいたい第四世代機なんておっかねえもん、貰ったところでどうすんだよ。世界最強戦力とか、ルクーゼンブルクも扱い困んじゃねえの?」

「某超大国すら上回る戦力が東欧の小国に配備される。世界のパワーバランスは條ノ之束の気分一つに掛かっているというわけだな」

「やれやれ、米国覇権型世界平和(パクス・アメリカーナ)も今は昔だな。英国覇権型世界平和(パクス・ブリタニカ)だった時代が懐かしぜ」

 

 女伯爵(カウンテス)はおもむろに懐のタバコに手を伸ばしかけて、止めた。

 このままでは格好悪い下品な喫煙をしてしまいそうだったからだ。トミーにキザって教えた手前、自分の品格を崩したくない。

 仕方なしにサングラスを指で回して気を紛らわせた。

 

「んで、どうすんだよコレ。ウチらに手出しができる話じゃないぜ?」

 

「IS委員会に、IS開発の技術躍進を提案してもらいたい」

 

「――あ?」

「束博士の持つリードスキルは、我が社のラボを使っている手前、徹底的にバックアップを取っている。このデータを各国に開示し、ノウハウをジャンプアップしてもらいたいのだ。これ以上、一人の天災の都合で世界を壊されないように」

「天災ウサギが黙っているとは思えねえな」

「LSパイロットの少年をあてがう。先ほど映っていた束博士の助手の少女だが、彼にご執心なのだそうだ。上手くつながれば、危害を加えられることはないだろう」

 

 女伯爵(カウンテス)は舌を打った。げーっ、と言いそうになった口を塞ぐためだった。

 閣下の言っていることは確かに効果的だ。

 しかし、そのために少女の淡い心をもてあそぶのと、タバコの吸い方をレクチャーしてあげた、あの純朴そうな少年をむざむざ危険に投じさせるのは気が引けた。

 同時に、なぜ閣下が自分たちにチェルシー・ブランケット救済の話を持ち掛けたのかがハッキリ分かった。

 

「なるほどな。それがあの少年のお願いをウチら経由で聞いてやった理由か。――義理を餌にこちらの思い通りに動かすためという」

「そちらに損はさせぬと言っていただろう」

「胸糞悪い。だからウチはセンコウに対して不良で通さざるを得ねえのさ」

 

 こんな奴の前で格好をつける必要はないな。

 と女伯爵(カウンテス)は今度こそタバコをふかした。

 

 人を駒のように扱うのは、人の上に立ち責任ある地位にいる者にとっての必然だ。

 しかしだからといって、人を駒とするために義理で縛り、傀儡人形(マリオネット)のように操る術は、貴族たる女伯爵(カウンテス)には下品と映った。

 

「汚いとでも罵るがいい。もはや我々男性は、こうでもせねば意地も張れんのだ」

「なめんじゃねえぞセンコウ。その意地とやらを張るために、他にもコソコソやってんだろうが」

「なに?」

「お前の会社、実は篠ノ之束の技術、黙って入手してんだろ」

 

 老人の表情は厳しい顔つきのまま変わらない。

 ただ、目だけがギョロリと睨みつけられた。

 

「ハッタリじゃねえよ。ARエレクトロニクスの技術な、ありゃおかしいくらい先鋭的だ。世界のトップクラスのハイテク企業すらできないことを、お前らはサラッと完成させやがる」

「論としては信憑性に乏しいな。我が社の社員が素晴らしい能力を持っているという話で流すことができるぞ」

「ほー、優秀な社員を抱えておいでで羨ましいかぎりだねえ!」

「何より、あの束博士が我々と繋がるなど考えられるかね? 世を女尊男卑に変貌させた張本人が、曰くつきの企業に与する? 常識に照らし合わせて話が通らんと吐き捨てられるだろう」

「確かに、あの天災ウサギがお前らとつるむなんざとても考えられねえよ。だがな、ウサギは何故か(・・・)反女尊男卑主義組織(オールドファッション)を潰さねえ。お前の言うように女尊男卑を望んだ奴ならいの一番に消しそうなのに、だ」

 

 閣下の鋭い眼光が逸れた。

 脈ありだな、と女伯爵(カウンテス)は畳みかける。

 

「吐けよセンコウ。お前の正直な口は無言と例え話がお好きなようだが、事が事だけにしかと断言で答えてもらいたいねえ」

「さて……」

 

 閣下は眉間のシワを深めたまま、目を閉じて一呼吸置いた。

 

「そういえば……、私の後任たちが条約に違え、人の命を顧みない兵器を開発していて哀しい、と嘆いたことはあったな」

 

「――エクスカリバーか!」

 

 女伯爵(カウンテス)は叫んだ。

 そういうことか! と頭を抱えた。

 エクシア(・・・・)・カリバーンと呼ばれた少女が向こうにいる時点で気づくべきだった。

 

「痛えところをチクりやがったな! 確かにあれは人聞きの悪いクソみてえな兵器だぜ!」

 

 生体融合型IS兵器(エクスカリバー)

 その動力にISのコアではなく、ISと融合した人間を糧に動く攻撃衛星。

 ある国が、その歴史上にきらめく聖剣になぞらえて生み出した兵器は、その製造段階で完膚なきまでに潰されたはずだった。

 当時IS委員会委員長であった、世界の中心の組織にて副総長閣下と呼ばれた老人によって。

 その際、コアとされかけた哀れな少女は、老人傘下の組織にかくまわれたと公表されている。

 

「噂ではあるが、その開発は未だ続いていると小耳に挟んだことがある。さらに『エクスカリバーを備うるは我が国の悲願なり』とのたまった通達があったとも聞いたが」

「だから私は止めておけと議会で叫んだんだチクショウが!! わざわざ自分らの首絞める縄をこしらえてどうすんだってな!!」

 

 女伯爵(カウンテス)はくわえていたタバコを床に叩きつけ、ヒールで何度も踏みつけた。

 荒くなった息の奥で猛獣のようにうなり声を上げ、放送コードに引っかかる神を呪う言葉を吐き捨てた。

 

 世界を変えた篠ノ之束が、その力を、あろうことか反体制組織に零しているかもしれない。

 体制派である女伯爵(カウンテス)にとって悪夢のような事態だった。

 しかし、ここで一つ疑問が生じる。

 

「……おう、センコウ。お化けウサギのおこぼれに預かっといて、なんでウチらにまで技術躍進を提案しやがる。テメエらの手でウサギの目論見を潰しゃあいいだけの話だろうが」

「……富の再分配によって社会不安は減少させられる。現在の社会はあまりにも格差が大きすぎ、不安要素が多すぎる」

「累進課税の名目か。なるほど、今の世の中はウサギ一人が大金持ちだあな」

 

 幾分か、女伯爵(カウンテス)の呼吸が和らいだ。

 どうやら閣下の目論見は、彼女たちにとって損なものでもないと踏んだからだ。

 

「いいだろう、テメエらの持つウサギのデータ、とっととウチらに公開しやがれ。委員会には私から働きかけておいてやる」

「そうしてくれ。少なくとも第三世代ISが早期に完成させられる技術が欲しい」

「おいおい、女性の特権を促進かい? 男性らしからぬ女性をいたわったお言葉だこと」

「昔はフェミニストと叩かれたこともあったのだ。私は男性であれ女性であれ、力が傾くことを望まない。……だがしかし、公平とは、疲れるものよ」

「……違えねえ」

 

 女伯爵(カウンテス)は苦笑を零した。ふと見せた老人の疲れた顔が、昔と変わらなかったからだ。

 彼女がまだ幼い時、この老人は出会ったばかりの当初から、人一倍シワが多かったなと思い出す。

 かつてはきっと公平のために女性を助け、今は公平のために男を助けているのだろう。

 そのために人を義理で操り、そのために人の弱みを逃さない。

 

(まったく、面倒な性格してやがるぜ)

 

 彼女が不良を装いつつも決して彼を見限らないのは、人一倍の苦労性と熱い信念を認めているからだった。

 そしてその気質が、周囲が彼を今なお閣下と尊称し続けている理由に他ならない。

 

 女伯爵(カウンテス)は、やれやれ、とため息を着くと、背筋をぐいと伸ばして気持ちを切り替えた。

 

「話は以上か? そんじゃあ一服やらせてもらうぜ」

「構わないが、トミヤくんに喫煙を教えた件には抗議させてもらうぞ。彼はまだ未成年だ」

「その未成年にヒデえ苦労背負わせといてよくいうぜ。それにな、教えてやったのはクールスモーキングっつうまともなやり方だ。知ってるか?」

「……初耳だ」

「禁煙社会だからって不勉強なのはよくねえな、先生」

 

 ケタケタ笑う女伯爵(カウンテス)の懐で、タバコの隣のポケットにある携帯端末が鳴った。

 同時に、閣下の持つ端末からも着信が知らされた。

 二人とも怪訝な顔を合わせてから応答する。通話に出る第一声は、

 

「「私だ」」

 

 というシンクロナイズ。

 その後、先方からもたらされた話に、閣下の口はゆっくり開かれて沈黙し、女伯爵(カウンテス)の口からは、

 

「明後日のアイリス王女の誕生日にISが進呈されるだあ!?」

 

 という悲鳴が部屋に響き渡った。

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