リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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四十二話 オルコット航空は快適な空の旅を保証しません

 アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク。

 国家代表候補生の肩書を持つ、ルクーゼンブルク公国第七王女。

 その14歳の誕生会席上にて、篠ノ之束から新型ISが進呈されるという話は、各国のIS関係者の中に激震を起こした。

 

 曰く、贈られるのは前代未聞の第四世代ISである。

 曰く、未だ誰も実現させたことのない重力制御装置(グラビティ・コントロール・デバイス)を運用できる。

 曰く、――それは、世界最強の力を秘めている。

 

 様々な憶測が飛び交い、どこまでが真実の情報かは分からないが、共通しているのは、

 

『條ノ之束ならやりかねない』

 

 という畏怖の念だった。

 

 その恐れを隠すように、今年のアイリス王女の誕生会は盛大に開催すると公表された。

 どうせ世界中が注目しているのなら、いっそ大々的にした方が潔いと、国政を担う者たちが判断したのだ。降ってわいた強大な力を、持て余した小国の開き直りとも呼べるかもしれない。

 招待状は、ルクーゼンブルクと縁のある貴族・王族はもとより、国に籍を置く国際企業やIS関係者にすら配られた。

 国は一大イベントを前に沸きたち、お祭り前夜といった様相を呈していた。

 

 

 ◆

 

 

「それでセシリアのお家にもお呼びがかかるなんて、さすが名門貴族は違うね」

 

 ルクーゼンブルクへ向かうオルコット家専用機(プライベートジェット)の機上にて、僕は大画面モニターに映っている得意げな顔のセシリアに話しかけた。

 

「当然ですわトミーさん。ルクーゼンブルク公国には、我がオルコットに連なる企業も在籍していますもの」

「それって、あの外資企業区画のビル群に?」

「ご存知でしたの?」

「僕の会社での所属先もそこなんだ」

「まあ! それでトミーさんとエクシアさんもご招待されておりましたのね」

 

 そう。僕とエクシアもアイリス王女のお誕生日会へ行くところだったのだ。

 それならばとチェルシーさんが気を聞かせてくれて、こうしてオルコット家の専用機(プライベートジェット)に同乗させてくれたんだよね。

 

「といっても、私もトミヤさんもアイリス王女に面会したことなんてないんですけど」

「そうだよなあ。常務さんとかじゃなくて、なんで僕たちにお呼ばれがかかったんだろう」

 

 そう首をかしげる僕とエクシアに、セシリアは大したことじゃないように言い添えた。

 

「お二人とも、王女はまだ13、いえ今度14歳なのでしてよ? 年の離れた上役よりも、若いトミーさんたちのほうがお近づきになりやすいと踏んだのでしょう」

「そういうものかなあ」

「ここは王女を一番にお考えになったほうが良いですわ。と言っても、お二人は会社の名前を背負って立つ重圧があるでしょうし、チェルシー、しっかりとサポートしてくださいましね」

「承りました、お嬢様」

 

 満足げに頷くセシリアは、今日は一段と機嫌が良さそうに見えた。

 はじめましてなエクシアが自己紹介したときは、ひときわ嬉しそうに応じてくれて、かえってエクシアの方が戸惑ったくらいだ。

 オルコット家の名代として誕生会に出席するチェルシーさんにも、たっぷり楽しんできなさい、なんて言うほど羽振りが良い。

 

 その理由は、エクシアとの挨拶の後にチェルシーさんと交わした、

 

「よかったわね、チェルシー」

 

 という慈しみのこもった言葉でなんとなく分かった。

 声を掛けられた当人も、

 

「――はい」

 

 と噛みしめるように受け止めていた。

 きっと、いや、間違いなく、セシリアはチェルシーさんとエクシアとの繋がりについて知っているのだろう。

 

 エクシアには昔の記憶がない。だから本当のところはどうなのかわからない。けれど、僕は示唆されているようにチェルシーさんの妹さんであれば良いと思っている。

 だって、エクシアは天涯孤独なんだ。ARエレクトロニクスと僕への縁以外は、まったくと言っていいほど無い。

 そんな彼女に、信頼するセシリアに近しい人が身内であるというのなら、それはとても頼りになる話だった。

 はやく無くした記憶を取り戻して、本来の場所に戻れるなら、パートナーとしてこれ以上ないことじゃないか。

 

(けれど……)

 

 その一方で、僕は自分自身の過去を思う。

 チェルシーさんのいうことが正しいなら、ううん、きっと正しいのだろうけれど、それなら僕の持つ記憶は何なのだろう。

 どこかの施設で暮らしていて、わけのわからない訓練を成し得て、LSに乗って。

 閣下と一緒に世界を回って、閣下の紹介でドイツに行って、ラウラや黒ウサギ隊のみんなと出合って、IS学園に入学して。

 これら知る限りの記憶の前は、いったい僕はどんな人物だったのだろう。

 ひょっとすると……、

 

 ――かえせ。ぼくのからだを。

 

 そう僕に掴みかかってきた、僕を幼くしたような少年が脳裏を(よぎ)る。

 IS学園での学年別トーナメントの後、クロエ・クロニクルという少女が見せた、不思議な世界で出合った少年。

 彼女は、僕の奥を覗いたのだと言っていた。

 だとしたら、この体の持ち主は僕ではなくて、あの少年になるのだろうか。

 そして彼こそが、セシリアがいつか僕を通して見ていた誰かで、チェルシーさんが語る僕の知らない僕なのだろうか。

 

 それじゃあ、いま、ここにいる僕は……

 

「難しい顔をしているな、少年!」

 

 物思いに沈みかけた僕の肩を、グラマーな女性がいきなり横抱きにのしかかってきた。

 

「わっ! か、女伯爵(カウンテス)さん!?」

 

 一緒にルクーゼンブルクへ向かう同行者さんだ。彼女もIS委員会常任委員という立場からアイリス王女の誕生会に招待されているらしい。

 

「んん、少年からその呼び方は堅苦しいな。なんなら(あね)さんと呼ぶがいい」

「あ、姐さんですか……。って酒臭っ!? ちょっと、昼間から飲み過ぎじゃないですか? そのグラス何杯目ですかいったい」

「固いこと言うなよ少年。どうしようもない時に大人は酒に逃げると教えたじゃあないか。にしても、ここのワインはやけに上手いな?」

 

「当然ですわ女伯爵(カウンテス)

 

 セシリアが横から口を挟んできた。

 顔は笑っているのに目の奥が怖いのがこれまでの付き合いでわかってしまう。

 

「お客様をもてなす用意にぬかりありませんわ。それにしても、お嬢、というのはもう止めにして頂けませんこと?」

「はっは、そうおしゃまになるなよお嬢。私はこれでも気を使っているんだぜ? みんなから一人前に扱われて、年相応のおてんば娘になりたくともなれやしないお前さんだ」

「おてんばだなんて、もうだいぶ昔のことでしてよ」

「ちょうど大学者(サヴァント)の先生が健在だった頃だったかな。ま、私から見ちゃあお前さんは今も昔も可愛いお嬢さ。だから、私の前では無理にかしこまる必要なんてないんだぜ?」

 

 キラーン、と効果音がつきそうな姐さんのキマッた笑顔は、けだしカッコイイと思えてしまった。美人というのはキザったらしさを隠してしまうからお得なものだ。

 セシリアもまんざらでもない様子で、やれやれと苦笑を漏らしている。

 

「まったく、かないませんわね。とはいえ、もう間もなく到着時間でしょう? チェルシー、お水の用意を」

「無用だお嬢。これから旨くもない酒に付き合わなければならないんだ。ルクーゼンブルクに着くまで好きにさせてくれ。お代は払う」

 

 そういうと、手のグラスに入ったワインを回して、(あお)るように一気に傾けた。酔っていても所作から品が失われないのはさすが貴族というべきか。

 

(それにしても、旨くもないお酒か)

 

 IS委員会常任委員としての立場は、招待された披露宴でもいろいろとしなければならない面倒事があるのだろう。

 どうしようもねえムカつくときに大人は酒に逃げると言っていたけれど、きっとそれくらい大変な仕事なんだろうな。

 

 そうだ。

 僕でなくたって、みんなそれぞれ大変な事情を抱えているんだ。それを何とか飲み込んで、他人に心配かけることなく毅然とすましているのだろう。

 ならば僕も、いつまでも自分のことにばかり目を向けていられないじゃないか。このままじゃあ格好良くキメた姐さんみたくセシリアを気遣うことだってできやしない。それは嫌だ。

 気張れよ、『俺!』

 そう自分を励ますと、心が少し晴れた気がした。

 

 

「ところで、女伯爵(カウンテス)様」

 

 チェルシーさんがお水を用意しながら言った。

 

「あんだよ?」

卒爾(そつじ)ながら、……トミヤ様に、何かたらしこみましたね?」

 

 ――瞬間、高度1万メートル上空の機内が凍った。

 エクシアの眼がゆっくりと僕へ動き、チェルシーさんの瞳が冷ややかになり、姐さんの目が、あ、サングラスで見えないや。でも間違いなく泳いでいるなこれ。

 

 まず声を発したのは、画面越しで空気を感じないはずのセシリアだった。

 

「どういうことかしら、チェルシー?」

「はい。失礼ながら、トミー様は女伯爵(カウンテス)とお会いした後から、変わった匂いがいたします」

「……は??」

 

 え、ちょ、何言ってるの? 何知ってるの!?

 ああ、エクシアまで変な目で見ないでよ!

 

「トミーさん、いったいこれは、どういう……」

 

 セシリアの顔色がおどろおどろしくなっていく……!

 

「変わった匂いって、あ、た、タバコ!? タバコのことじゃないかな! だよね、チェルシーさん!」

「はい、左様でございます。未成年が手を出すには宜しくないタバコでございます」

「思いっきり嫌煙しているね……。っていうか、匂いなんてわかるものなの?」

「トミヤ様、女性はみな鼻が利く生き物なのですよ」

「そ、そうだったのか」

「雌犬を連想するのはいかがなことかと存じます」

「僕まだ何も思考していないんだけど!?」

 

 え、なに、英国のメイドは名探偵の薫陶でも受けているわけ? 僕はワトソン博士よりもリアクションキャラになっちゃうよそれ。

 チェルシーさんは僕へ歩み出し、顔がドアップになる距離まで詰めてきた。

 

「トミヤ様、お出しください」

「な、なにを……?」

「懐に忍ばせたものを出せと言っているのです」

 

 口調がだんだん怖くなっていくよお……。

 僕は大人しくタバコの箱を一つ明け渡した。

 

「なるほど、トレジャラー・ブラックですか」

 

 名探偵チェルシーさんは横目でソファーに座る姐さんに狙いを定めた。銘柄だけでこうまでわかる物なのか!?

 

「やはり貴方様の手口に相違ありませんね、女伯爵(カウンテス)

「…………」

女伯爵(カウンテス)?」

 

 見ると、呼ばれた当人はいつの間にかワイヤレスイヤホンを装着していた。

 手元の携帯端末の画面が音楽再生を表示している。これと繋いで喧騒から逃避しているらしい。目元はサングラスをしているせいでわからないが、目もつむって外界とシャットアウトしているのだろう。

 

 チェルシーさんは、おや、と可愛らしく小首をかしげると、セシリアに向き直った。

 コックリと、たおやかな返答がよこされた。

 忠実なメイドは迷うことなくそっと携帯端末に手を置き、美少女格闘キャラクターの棒読みのようなセリフと共に必殺技を繰り出した。

 

「ボリューム☆あっぱー」

「ぐわああああああーー!!?」

 

 なんとむごいことを……!

 

 僕は飛行機が着陸するまで、チェルシーさんの機嫌を損ねないよう大人しく身を縮こませた。

 エクシア、たとえチェルシーさんと血のつながりがあったとしても、お姉さんのようにはならないでくれ。

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