二代目
リミテッド・ストラトスの操縦者がアイリス王女を助けた出来事は、王女のお誕生日会を取材していたメディア達によってすぐさま世間一般に公表されたのだ。
会場にはIS委員会広報としてLSをこき下ろしていたマダムも出席していたが、IS関連のビッグスターであるアリーシャがトミーを擁護したことと、他ならぬアイリス王女本人がトミーを認めたことから、事実は歪曲の余地もなく世に知らしめられることになった。
介入の口を閉ざされたマダムは、
「あばばばばばばばばばばばばば……」
と挙動不審に陥り、取材の一部始終を見ていた賛助は、
「ぐふふふふふふふふふふふふふ……」
と暗い笑みをダダ漏れにほくそえんでいた。
かくして、リミテッド・ストラトスと
男性が作り上げ男性が扱うISが女尊男卑の世間に風穴を開けたのだ。
報道の中では、困惑するトミーにアイリス王女が満面の笑みで抱き着き、その隣でアリーシャがニヤニヤしながら祝福し、やや離れた位置で王女お付きのメイドと近衛騎士団長が当惑した顔でうなだれているシーンが幾度となく放送された。
ついでに楯無とダリルがIS学園つながりということでインタビューを受け、トミーの同僚のエクシアが、
「なんですかそれー!?」
と仰天しているところを、名門オルコット家の侍女チェルシーがなだめ、英国貴族にしてIS委員会常任委員の
IS学園では、朝食をとっていたセシリアが流れてきた番組を見て飲んでいた紅茶を向かい席のラウラに噴き出し、職員室でコーヒーカップを手にしていた千冬が報道を前にフリーズしてカップの中身を山田先生の頭に浴びせ、もう一人の男性IS操縦者、織斑一夏は、
「本当なのか、鈴!」
と、箒と一緒に朝の剣道の鍛錬に打ち込んでいた手を休めた。
「マジよ。嘘だと思うなら食堂に行ってみなさい。セシリアとラウラの面白い光景が見られるわ」
「そうか……! トミーのやつ、休学になったときは心配したけど、転んでもただじゃあ起きなかったな!」
「嬉しそうだな、一夏」
「当然だぜ箒! 俺にとっちゃあISの世界で唯一の男仲間なんだぜ。ああ、あいつ早く帰ってこないかなあ!」
無邪気にはしゃぐ一夏を見て、鈴も箒も互いに苦笑を浮かべて肩をそびやかした。
「復学についてだけどね、今回の活躍を受けて許されることになったみたいよ。しかも同時にアイリス王女も転入してくるってさ」
「マジで!?」
「それは本当なのか、鈴。一国の王女がやってくるとなると、影響はシャルロットやラウラの時の比ではないぞ?」
「ルクーゼンブルクの偉い人が言ってたけど、アイリス王女も国家代表候補生なんだって。それでIS学園にいつかは来ようとしていて、今回の件を契機に決めたみたい」
「え、それって、トミーは王子様になっちゃうのか?」
「いろいろ飛躍、ってかワープし過ぎよ一夏。まあ、アイリス王女の目にはそう映っているかもしれないけどさ。……でも」
「でも?」
鈴は難しそうな表情になった。
「今回の事件、きっかけはアイリス王女が何者かに襲撃されたことなのよ。このままルクーゼンブルクに残っても、またいつ襲われるかわからないからってのもあるみたい。警備体制がダメダメだってアリーシャさんにつつかれていたから」
「つまり、アイリス王女がIS学園に来るということは、ここが危険にさらされないとも限らないわけか」
「箒の言う通りよ。敵の狙いは、お誕生日プレゼントで贈られた最新のISかもしれないってさ。篠ノ之束から贈られた第四世代ものらしいけど」
「!!」
箒は息を呑んで両目を見開いた。
その様子に気がつかない一夏は何気なく応える。
「へえ、束さんのお手製だったら、きっとものすごいISなんだろうなあ」
「のんきに言わないでよ一夏。第四世代なのよ? 精魂込められて作られたウチの【甲龍】があっという間に型落ちなんて、なんか面白くないわ」
「そりゃあ狙われたってしょうがないシロモノだな」
「だから、一夏は何でそうお気楽なのよ。あたしたちまでとばっちり受けるかもしれないってのにさ」
「鈴」
一夏はふいに真面目な顔になった。
「何者かも知らない奴にいつ狙われるかわからないのって、とても恐ろしいことなんだぜ。一人でいることが怖くて、外に出ることもおっくうになって、自分の無力さが情けなくなってくるんだ」
「あっ……」
鈴は口をつぐんだ。一夏が、かつてそうなったことがあったのを失念していたからだ。
第二回
ただ、二度と一夏を誰からも傷つけさせはしないとISに打ち込んだのは確かだった。
「トミーの活躍がアイリス王女にとってどれほど嬉しかったか、俺にはわかるよ。もう、かつての俺が味わったような恐怖を誰にも受けてほしくない」
「……自分も危険にさらされるかもしれないとか、思わないわけ?」
「そんなの今更さ。けど、今の俺はあの時のように無力じゃない」
グッと握り締める拳に、待機状態の【白式】がきらりと光った。
「鈴、俺はもっともっと強くなるよ。この手でみんなを護れるくらい、みんなが安心していられるくらい、強く」
「カッコつけちゃって」
歯を見せて笑う鈴の頬はうっすら朱くなっていた。
自分が想い続ける大切な人は、その気持ちに気が付いた日から変わらず、純真な魅力を抱き続けているのが嬉しかった。
そりゃあライバルも多くなるわけだ、と一方で思う。
「それじゃ、俺たちも朝飯にしようぜ。腹も減ったし、セシリアとラウラをなだめないといけないし――」
「見つけたぁ!!」
一夏の言葉を遮って、突然出入り口に現れた生徒が大声を上げた。
「一夏くん発見!」
「かくほ~!」
「つれてけつれてけー!」
その後ろからも次々とわいてきて、強引に一夏を引きずり出していく。
「ちょっと、なんなんですかいったい!?」
「黛副部長の命令よ!」
「黛さん……って、新聞部の?」
「詳しいことは部室に来てちょうだい!」
「そんなわけで、一夏くん借りるわね」
「あー、どうぞどうぞ」
「鈴!?」
「トミーのスクープがらみよきっと。今のカッコつけた感じを言ってやりなさい。一面見出し間違いなしよ」
「お、俺はそんなつもりでいったわけじゃあ……」
「一夏も負けずに張り合えっていうのよ! もう、あたしも手伝ってあげる!」
新聞部員の一団に鈴も加わって、一夏はわっせわっせと運ばれていった。
お神輿となった一夏の苦情はかしまし団の掛け声に掻き消え、かつて誘拐された時よりも仰々しい連行に、一夏は自分の無力さを「あ~れ~」と嘆くのであった。
「…………」
そしてもう一人、稽古場に残された箒もまた不満げな顔で佇んでいる。
その視線はどこへも向かず、ただ心の中に去来する姉への感情に揺れ動いていた。
◇
「フフフ……、ハハハ……! ハーッハッハッハ!!」
IS学園新聞部の部室にて、見事な三段笑いをあげる黛薫子のデスクはトミー関連の記事で埋め尽くされていた。
どれもLSの活躍に驚きと予想外を告げていたが、すでに彼の活躍を予期していた新聞部たちには、これから自分たちが巻き起こすであろうトミー特集の反響にワクワクとドキドキが噴出してしまっていた。
「イエーイ。トミー君、イエーイ」
「ああ、黛先輩、まるで南米にある国名の上でドヤ顔をキメているようなポーズに」
「そのふてぶてしさがクセになるお顔も完コピしちゃって!」
「素敵です、黛センパイ!」
薫子は沸き立つ部員に向けて左手を翳してテンションを抑えた。右手はメガネをクイっと上げてレンズを光らせる。
「フッ、まあ、落ち着きたまえ皆の衆。いま私のお姉ちゃんから催促の電話がかかってくるから」
「おおっ、黛渚子さんからですか!」
「雑誌インフィニット・ストライプスの副編集長直々に!」
「当然よ。なにせ私たちは昨今ブームの主人公についてガッチリ抑えているんだからね。朝の会議前にかけるって連絡があったんだけど……キタ!」
携帯端末から流れる、20世紀の名前を関した映画会社のファンファーレを止めて、
「ハロー★ 愛しのスイートお姉ちゃん。ご機嫌はいかがかしら?」
『お、おはよう薫子。そうね、ぶっちゃけイラッとしたかしら。それであなたのところの
「ねえ、どんな気持ち? 自分たちがボツ喰らわしたネタが大化けしちゃってどんな気持ち?」
「ああっ、ケータイ片手にデンプシーロールムーブかましている副部長、素敵です!」
『ぐっ、く……。こんなこと、私たちの業界じゃ日常茶飯事なんだからね!』
薫子はチューチュートレインサークルに動きを変えて全身で感情を表現していた。
薫子たちIS学園新聞部は、かつてIS学園を襲撃してきた正体不明のゴーレムを一夏とトミーが見事に撃破した記事について、渚子にリークしたことがあった。
その時はトミーがLS操縦者ということで世間ウケしにくいことから、一夏のみの活躍として新聞部の話はお蔵入りすることになる。しかしジャーナリストの卵たちは、世間が切り捨てた真実を捨てるにはあまりにも若く純粋であり過ぎ、学園新聞のみではあるがトミーの活躍を載せ続けて抵抗していた。
渚子は冷笑じみた反応を妹の薫子に見せたが、事態は一転、トミーが世間でもてはやされることになって掌を返すこととなったわけである。
温め続けてきたリポートが一躍脚光を浴びる形となった薫子は、もはやキャラが変わってしまうほど狂喜乱舞してしまっていた。
「大丈夫よお姉ちゃん。だいじょーぶはーかせー。ジャーナリズムに失敗はつきものデース」
『ぐあっ……! こ、ここまであんたのことを憎らしく恨めしくも求めてしまうのは今回が初めてよ薫子……!』
「ま、冗談とリフレッシュはここまでにするわ。で、どうするお姉ちゃん。求めているトミー君についての情報はウチらがいくらでも持っているわよ。まず誠意としてお代についてだけど」
『言い値で買うわ!』
「フッフー! 愛してるわお姉ちゃん! それともう一声、私たちIS学園新聞部の名前も」
『ソースとして明記することを約束するわ!』
「グゥレイトォ! 商談成立よ! 口約束だからって後でとぼけないでよ」
『薫子のことだからどうせ録音しているんでしょ。良い情報と写真、お願いね』
「任されたわ!」
通話を終えた薫子は部員たちにキメ顔を送ると、一斉に喝采が巻き起こった。
ノリにノった絶好調の自己陶酔に抗うこともなく、トミーについて知っている情報は新聞部の情熱によって多分に脚色されて送られることになる。
連行した一夏に言わせたいセリフを吐かせるまで監禁し続けて作った友情ビデオの出来も上々で、世間では男性IS操縦者同士の深い絆が美談として広まることになった。一部の方々の間で妄想を膨らませる素材となったのは別の話。
善良な一般市民を守る個人情報保護法というものが、治外法権のIS学園に及んでいるかは、わからない。
余談ですが、章分けというのをやってみました。