リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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世界を変えたチカラ
46話 入学する若者はいつか卒業する大人にならねばならない


 日本最大の空港ロビーに人だかりができていた。

 野次馬や報道陣の中を進むのは、ルクーゼンブルク公国の専用機から降り立った話題の中心人物たちである。

 

 第七王女、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク。

 二代目世界最強(ブリュンヒルデ)にしてイタリアIS国家代表、アリーシャ・ジョセスターフ。

 リミテッド・ストラトス操縦者、(にのまえ)十三八(とみや)

 

 護衛としてお付きの騎士とメイドを侍らせて現れた三人が現れるやいなや、どよめく喝采と無数のフラッシュ、そしてインタビューが飛び交った。

 

 アイリスはさすがに一国の王女だけあって対応がこなれており、有名人のアリーシャも記者受けしそうなセリフとポーズを振りまいている。

 一方、二人の後ろに付き従うトミーは、ただ前を向いていた。表情は毅然と引き締まり、口はきつく閉ざされている。乱れ飛ぶ質問にも一切応じず、まるで護衛の一人かと思えるほどゆるぎない様子で進んでいく。

 

「すみません、みなさんの写真を一つよろしいでしょうか!」

 

 どこかの女性記者の呼び掛けに、アイリスとアリーシャは歩みを止めずに写真映えするポーズを向けた。アイリスに促されたトミーも素直に習い、ふわりと口元を緩める。

 お転婆姫の爛漫な笑顔と、大人な貴婦人のセクシーなはにかみ、そして凛々しかった少年の見せたあどけない表情。

 黛という名前のリポーターが撮った一枚は各メディアのトップを飾ることになり、撮影者は後日個人的に妹に向けて高笑いの電話を送ることになるのだった。

 

 

 ◇

 

 

「アリーシャさん、ご助言ありがとうございました」

 

 空港からIS学園へ向かうリムジンの車内で、トミーは広い椅子にだらりと寝そべるアリーシャに向けて頭を下げた。

 前回、メディアの取材に出くわした時にしどろもどろで何も答えられなかったことを反省していたトミーは、こなれているであろうアリーシャにアドバイスを求めていた。

 音に聞こえる世界最強(ブリュンヒルデ)への質問としてはなんとも幼稚なものだったが、意外にもアリーシャはすんなり応じていた。

 

「かしこまる必要なんてないのサ。お呼びでないマスコミの対応なんて、マジメな顔して黙っていれば適当に脚色してくれるもんなのサ」

「もったいないお言葉です。アリーシャさんに教えて頂けなければ、またこの前のように笑われて、みなさんにもご迷惑をおかけしていたかもしれません」

「固いナァ、アーリィでいいって言ってるじゃないのサ」

「そんな、年長者に対してあだ名は畏れ多いですよ」

「ふーん? ほおお、君は女性を年齢で区別するつもりなのかナ?」

「そ、そういう意味で言ったわけではなくてですね」

「アイリス様にはアリスと呼んでいるじゃあないのサ。一国の王女様へはあだ名で呼べるのに、どうして私はダメなのかナァ?」

「ふふん、そんなものは当然じゃ」

 

 アイリスことアリスは、すまし顔で小さな胸を張った。

 

「わらわとトミーとの間には深い絆が結ばれておるのじゃからな。アリーシャ殿とは出会ってまだ日が浅いゆえ、致し方あるまいの」

「初めて会った時は王女殿下とは露知らず、お名前も偽られていただけして……」

 

 トミーの訂正にアリスはムッ、とした顔を向ける。

 

「トミー! お主最近よそよそしいではないか! 付き合い始めのころの情熱はどこへいってしまったのじゃ!」

「語弊、というより捏造じみたご発言は危ういと懸念いたします、殿下」

「トミ~~~~!!」

「……わかったよ、アリス」

「――キサマ」

 

 トミーはアリスの隣から怖い顔を向ける女騎士の眼光に気圧されつつも、我がまま姫の調子に合わせることにした。

 

「勘弁願います……。アリスも、公の場では無理だからね。誰がどんな受け取り方をするかわからないんだから」

「心配性じゃのう。わらわ達の仲はそうやすやすと傷つくほど(やわ)ではあるまい」

「なんだか怖いほど信頼してくれるのはうれしけど、アリスにはお立場があるんだからね」

「懸念無用じゃ。なにしろ、これからはトミーと同じ学生という身分になるのじゃからな」

 

 アリスは歯を見せて笑った。

 ここ数日のアリスはかつてないほどご機嫌だなと従者たちは思っている。それほどIS学園に入学が決まったのが嬉しかったのか。そのきっかけとなった少年との出会いのせいか。

 ルクーゼンブルクから日本に来るまでの間、アリスはトミーへ質問攻めにしていた。学生生活とはどんなものか、クラスメイトとはどんな話をするのかなど、興味津々で根掘り葉掘り聞いていた。トミーが口にする名前に、一夏はともかく女性ばかりあがるたびに不満げな顔をしていたが。

 

「アイリス様、これは外遊ではなく留学です。学問を修めるために行くのですぞ。浮ついた気分は謹んで下さい」

 

 王女専属の騎士、ジブリル・エミュレールが凛とした口調でいさめた。

 しかしアイリスは動じない。

 

「ジブリルもジブリルじゃ。まさかIS学園に通っていたなどと今まで一言も申さなかったではないか」

「お話しする必要が無かったからです」

「今はあるぞ」

 

 アリスは探していたおもちゃを見つけたような顔付きでジブリルに詰め寄る。

 

「ジブリルよ、お主は学園でどのような交友を持っていたのじゃ。主に異性関係で」

「いっ、異性関係ですか?」

「うむ。まさかとは思うが、異性と付き合ったことが無い訳ではあるまいの?」

「心外ですアイリス様! この近衛騎士団長(インペリアル・ナイト)ジブリル、男などぞれはもう毎日とっかえひっかえしておりましたよ!」

 

 えっ、という意外そうな表情二つと、フーフーン? というニヤニヤ顔が一つ咲いた。

 

「ま、まことかジブリルよ!? すまぬ、わらわとしたことがお主を見くびっておったわ」

「ジブリルさん、英雄色を好むとは言いますけど、本当に女傑だったんですね……」

「間合いを開けるなトミー! こっちも意識するだろうが! アイリス様もそんな詫びを入れることなどありません!」

「ジブリルよ教えてくれ。わらわとトミーが次の段階に進むためにはどうすればよいのじゃ。やはり同室で生活することが肝要かと思うが」

「あー、えー、っと、僕はもう専用の一人部屋があるからアリスと一緒は無理じゃないかなっ」

「アイリス王女、学校でイイ感じになる場所はイロイロとあるものサ。例えば生徒が帰った後の体育館倉庫とか」

「アリーシャさん、煽らないでくださいっ」

「聞こえないナァ。あと定番なのは放課後の誰もいない教室なんぞ」

「アーリィっ!!」

「しかたがない、黙るのサ」

 

 HAHAHA! とラテン系らしい陽気な調子でアリーシャことアーリィは笑った。

 零れ話に、アリスはなるほどとうなずき、ジブリルは剣を抜きかねない勢いでトミーを睨み、トミーは手で顔を覆いながら椅子にもたれた。

 

 賑わいを載せた車は初夏の爽やかな空の元、一路学園へと向かうのだった。

 

 

 ◆

 

 

 王女様の入学にIS学園は大騒動、とはならなかった。

 シャルロットとラウラの転校と同じように、配属される1年1組の教室にて挨拶があっただけの一般的なものだった。

 それというのも、IS学園の在校生は世間一般と比べ特殊な身分にあるからだ。セシリアのような貴族、ラウラのような軍属はもとより、シャルロットのような大企業の令嬢、箒・一夏のような有名人のきょうだい等々。

 鈴のような特徴のない普通の一般人は珍しい部類に入る。

 倍率一万倍と呼ばれるIS学園の狭き門をこじ開けられる逸材は、逸材として成長できるだけの素養と、何よりも頭角が現れるための環境を整えられる基盤が必要という証左といえた。その基盤を持つ者として、高貴な者が入学することも珍しい話では無いのだ。

 

「とはいえ、お前まで一緒にくるとは思わなかったぞ、アーリィ」

 

 IS学園闘技場(アリーナ)のピット内にて、千冬は意外な来客にコーヒーを勧めながら呆れるように言った。

 アリーシャはスクリーンに映る闘技場(アリーナ)内の試合を見ながら、くすぐったそうな表情で受け取る。

 

「気兼ねなくあだ名で呼んでくれるのはお前くらいなのサ、千冬」

「そりゃあそうだ。偉くなる代償にカジュアルさなどは失ってしまうものだからな」

「息苦しい限りなのサ。自分で演出でもしないとガチガチでやってられないのサ」

「同情するよ」

 

 千冬はカップを一口すする。アリーシャも口元に運んだが、屋内のある個所に視線を止めると、躊躇いがちにソーサーに置いた。

 

「どうした?」

 

 千冬がたずねる。応えるアリーシャの目は鋭い。

 

「千冬、コレ、何か盛っていないカ?」

「心外だな。私がお前に手を掛けるとでも……」

 

 と言いかけて、千冬も表情を引き締めた。

 

「百面相でもいるというのか」

「いないと判断するのはこのスティックシュガーより甘々なのサ。IS学園(ここ)が襲撃されたことは私の耳にも入っているゾ。それも二度」

「私の危機意識が足りないと言っているのか」

「そこの壁、直したばかりだネェ。敵の侵入をこんな奥まで許すなんて、世界最強(ブリュンヒルデ)の名が泣くというものサ」

「まったく……、現役には適わないな」

 

 千冬の弱音にアリーシャは不機嫌な顔を向ける。

 

「分かっているのカ? この学園の生徒たちの価値を。アイリス王女と第四世代ISなんてスパイス程度に考えてもらわないと困るのサ」

「分かっているつもりだが、正直現状の教師陣と私では手のまわらない箇所がある。私にあらゆる権限を与えてくれるのは学園側の不安の裏返しなのだろう。私は万能ではないというのに」

「お前は目立ち過ぎたのサ。そのせいで世界最強(ブリュンヒルデ)という称号はあまりにも神格化されすぎタ。優秀な先達を持った後輩の気持ちがわかるカ?」

「……今言われるまで考えたこともなかったよ」

 

 千冬はぐいとカップを煽った。今度はアリーシャも一緒に傾ける。

 

「そういうわけでサ、私を学園に受け入れてくれる気はないカ?」

「お前を? おいおい、ありがたい話だがお前ほどの者を留めるわけにもいかないだろう。追加戦力ならジブリルが来ている。あいつはIS学園(ここ)卒業生(OG)であり、IS世界大会(モンドグロッソ)でも部門優勝者(ヴァルキリー)に列せられた近衛騎士団長(インペリアル・ナイト)だぞ」

「実力は知っているサ。が、あいにくと性格がまとも過ぎるんだナァ」

「守衛向きではないというのか」

「味方を疑いもなく信じちゃうタイプなのサ。私が襲撃側なら、内部にスパイでも送り込んで飲み物に薬を盛っているサネ」

「それは、少々期待が外れるな」

「IS委員会としても学園の安全確保は優先事項なのサ。なにせ世界で唯一のIS関連教育機関だものネェ。でだ。私が望み、千冬が受け入れると言えば、委員会も無下には断らないだろうサ」

「ふむ」

 

 千冬は腕を組むと椅子に体重をもたれかけた。

 アリーシャの提案は悪い話ではない。IS学園は正体不明の無人ISや亡国機業(ファントム・タスク)の襲撃、現役生徒の出奔といった不祥事が相次いでいる。セキュリティ強化のテコ入れとして、現役最強であるアリーシャが所属すれば大いに安心感が上がるだろう。

 ただでさえエリート揃いの生徒を匿っているのだ。保険は多いに越したことはない。

 

 だが、一つ引っかかることがあった。

 

「お前、何を企んでいる」

「何を、ってなにサ」

「私はお前の性格を知っているつもりだ。何事にも執着しない飄々としたお前が、こんなに殊勝な心がけを持ち掛けてくるのは違和感があるぞ」

「おおう、ちょっと身近でありすぎたカナ?」

「しょっちゅう突っかかって来ていたからな、嫌でも覚えてしまった。で、どうなんだ?」

 

 アリーシャは猫のように笑った。

 

「まあ、面白そうだなってものあるんだけどサ」

 

 視線の先は再びモニター。そこではトミーとセシリアとラウラがISで戦っている。

 というより、私刑(リンチ)している。飛べないLSを飛べるISが寄ってたかって痛ぶっている構図で。

 

『ウフフフ、トミーさんと久しぶりに踊れるなんてとっても嬉しいですわ』

『トミヤよ、私は省みよう。義姉としてもっとお前をもっと鍛えておけばよかったと。そう、これは愛の修行なのだ!』

『学園に帰って早々なんなのさ、もー!』

 

 トミーの抗議は銃弾の雨に遮られた。

 

『トミー、しっかりせぬか! わらわを助けてくれた時はもっと力強く逞しかったではないか!』

 

 観客席からアリスの声援が飛ぶたびに二人の攻撃は勢いを増す。

 

『あらあら、王女様とこんなに仲良くなっていらしたなんて、トミーさんも隅に置けませんわねえ!』

 

【ブルー・ティアーズ】の強襲用高機動パッケージがうなりを上げて縦横無尽に飛び回りつつ銃撃の雨を降らせ、

 

『もっと逞しかったとはどういうことだ! 義姉に手加減など無用だぞ! そんなことでは生き残れないぞトミヤ!』

 

【シュヴァルツェア・レーゲン】の八十口径連装電磁投射加農砲(レールカノン)が重爆の嵐を巻き起こす。

 

『これ新兵装の試運転をしたいだけじゃないのー!?』

 

 トミーはもっともな不満を叫ぶが、セシリアとラウラの蛮行の理由がそれだけでは無いことまでは思い至らなかった。

 一夏であってもわからなかっただろう。むしろ三重に輪をかけて。

 

 そんな若者たちの青春の1ページを、アリーシャは眩しそうに、どこか懐かしそうな面持ちで見つめる。

 

「なあ、千冬。お前歳は幾つになるのサ」

「なんだいきなり。二十四だが?」

「私は二十八だ」

 

 アリーシャは椅子の背もたれに全身を預けて天を仰いだ。

 

「同年代の操縦者は、もうほとんどみんな引退してしまったのサ。ISの教官になったり、夫子を持ったり、企業に勤めたりサ」

「……」

「アスリートに加齢の引退は付き物サ。もうみんな自分以外の誰かのために情熱と時間を注いでいる。あのLSの操縦者なんて偉いものサ」

(にのまえ)はまだまだ未熟だ」

「未熟者ならもっと自分の好きなように遊べばいいのサ。なのに、アイリス王女のために命を張った。トミー君の身体のことは私の耳にも届いているのサ」

「不器用なだけだ。あまり褒めるな。図に乗らないだけ健気に見える」

「あの子と出合ってから、これまで見ないでいたことに向き合うようになってサ」

 

 むくり、とアリーシャは顔だけで千冬を向いた。いつもの飄々とした調子はかけらも無かった

 

「千冬、私と戦って欲しいのサ」

「……あいにく今の私に【暮桜】は無いぞ」

「量産機同士で構わないのサ」

「それではお前、その片目片腕では」

「構わないのサ、決着をつけられるなら。結果がどうあれ、私はもうお前と戦わないことには先に進めないのサ。それに、意地だけでお前に張り合い続けてきたのにも、もう疲れたのサ」

 

 現役の世界最強は力なく笑った。

 事故でこのような身体に成り果てても捨てきれなかった妄執が、亡霊のように背中にのしかかっていた。その重しがくだらないものに感じたのは、敵視し続けた【暮桜】がそれまでと違ったものに見えたからだ。

【暮桜】はアリーシャにとって最強無比の象徴だった。自分がアスリートのトップに登りつめるうえで乗り越えねばならない壁だった。

 その【暮桜】が、目の前で散った。トミーがアリスを助けたときに使ったVTシステムを解除したときだ。燃え尽きた灰のようにトミーのLSから溢れて風に舞った。

 アリーシャは『最強』の辿った一つの結末を見てしまったのだ。

 もしアリーシャの念願叶って【暮桜】を討ち果たしたら、自身の愛機もああなるのだろう。人の命を啜る化物に。

 それが、自分の追い求めた到達点の、その先にあるものだと気がついたとき、アリーシャのIS操縦者としての人生に終着点が見えたのだ。

 ゴールまでの最後のハードルは、宿命のライバルとの決着だけになってしまった。それが済めば、アリーシャはようやく自分のためだけの人生に終止符を打ち、誰かのための人生に階段を上がることができる。

 先に引退していった仲間たちのように。

 

「……一回だけだぞ」

 

 千冬はそっけなく言った。努めて、そういった態度を取ったように声音が抑えられていた。

 

「ああ、恨みっこ無しなのサ」

 

 アリーシャは頷いた。

 少女の季節を遠く過ぎ去った女性は、卒業式に挑むような気持ちでスクっと席を立つのだった。

 

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