リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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47話 安らぎと厳しさと謀略はホームグラウンドだからこそ

「疲れたぁ……」

 

 トミーはカフェテリアのテーブルに大の字の上半分になって突っ伏した。

 普段なら人目の多い学園内の施設だが、今は夕食後ということもあって比較的閑散としている。

 

「散々だったな、トミー」

 

 一夏は友人のくたびれた肩を叩きながら労いをいれた。うめき声の返事に苦笑する。

 ここまでヘトヘトなトミーの姿を見るのは始めてかもしれない。一昨日はまだ談笑をする余裕があったのだが、昨日は顔色も暗く早めに別れ、本日はこのありさま。

 ここ数日のトミーの忙しなさに同情を禁じえなかった。

 

「ちょっと、散々だ、なんて言い方は無いんじゃない一夏」

 

 トミーの多忙な理由を知る鈴は唇を尖らせて肘で小突いた。

 一夏は首をかしげる。事情は同じく知っているが、受け取り方がまるで違っていた。

 

「なんでだよ。トミーのやつ帰ってきてこのかた、セシリアとラウラに振り回されっぱなしだったんだぜ? 今日はどっちだったんだ」

「ラウラ……。今日は学校休みだったから、朝からトレーニングに付き合って、ランチに行って、買い物に付き合って、荷物持ちしながら帰ってきた……」

「ほら見ろ。こっ酷く翻弄されまくっているじゃないか」

「あーっ、もーいーわよ一夏は。トミーはしっかり分かってんの? ちゃんとエスコートしてあげたんでしょうね」

「……うー……」

「情けないわねぇっ、あんたがちゃんとリードしてあげなくてどうすんのよ!」

「なんで連れまわされた方がリードしなきゃならないんだよ」

「どうせ一夏には分からないんだから口挟まないでよね」

「なんかあしらいひどくないか!?」

「あんたにデリカシーがあったら私はこんなに苦労していないっての!」

「俺が鈴にどんな苦労をかけたっていうんだよ!」

「現在進行形でかけてんのよ!」

「だったらちゃんと教えてくれよ! 幼馴染の頼みくらいなんでも聞いてやるつもりだぜ?」

「教えて分かるような……、え? いま、なんて言った?」

 

 頭の上でポンポン飛び交う夫婦漫才に、トミーは芋虫みたいに這い出してテーブルから離れていった。

 うるさい、と注意するのも気が引けるし面倒だし、疲労困憊過ぎて他人を気遣う余裕もない。

 

(何か冷たいものが飲みたい……)

 

 よたよたとカウンターまで向かうトミーの頬に、いきなり冷えた何かが押し付けられた。

 うひゃあっ、と仰け反って隣を見ると、

 

「あっはっは。うひゃあ、だって」

「楯無さん……」

「疲れちゃうと視野が狭くなるってホントなのね。さっきから声を掛けていたのだけれど?」

「それは、すみませんでした」

「ちょっと付き合ってちょうだい。はい、これお駄賃代わり」

「ソーダ一本で釣り合うものにして下さいよ?」

「生徒会室でちょっとお話しするだけよ」

「……本ちゃん、もとい本音の残業は手伝いませんからね」

「それは来週からでかまわないわ」

 

 あ、生徒会の雑務はお願いされるんだ、とまた仕事が増えたみたいで気が重くなった。

 布仏本音が、にはは~、と間延びした笑みで待ち受けている姿が脳裏を(よぎ)る。

 

(最近のみんな僕に対して遠慮なさすぎじゃないかなあ……)

 

 トミーは深いため息を着いた。

 IS学園に帰ってきてから、トミーは絶賛フル稼働状態である。

 入学したてのアリスの案内役件お世話係を強制的に任されたり、アリスと会話する度にラウラとセシリアがニコニコと近づいて来て騒動を起こしたり、ジブリルから小言を言われたり、なぜか先輩のダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアから冷やかしを受けたり。

 朝のジョギングでは走り仲間の相川清香が発破をかけてくるし、夜自分の部屋に戻った後も、会社に残ったエクシアへ通話しなければならなかったりと、旅行前に比べてバタバタと追い立てられるような毎日を送っている。

 

 気心の知れた唯一のオアシスとでもいうべきシャルロットへ助けを求めようにも、

 

「無理しないで、と言いたいけれど、自業自得でもあるからね」

 

 と正面からシャットダウンを受けてガックシと両肩を落として沈んでしまった。

 シャルロットには、一夏との仲はどうなったのかといった尋ねたいこともあったのだが、すっかり聞きそびれてしまっている。

 

 ともあれ、トミーは肉体的にも精神的にも散々に参っている状態だった。

 

「その来客ソファー、好きに使いなさい。ゴロンと横になっても構わないから」

 

 誰もいない生徒会室に通されて、トミーはご厚意ありがたくソファーにダイブした。このまますぐに寝入ってしまいそうなほど上等なクッションが心地よい。

 

「……それで、僕にどんな用事なんです」

 

 ゴロゴロしながら目も開けずに聞く。 

 

「トミー君が人の顔も見ないで尋ねるなんて、よっぽどね」

「よっぽどですとも……。みんな僕を便利屋みたいに思っているんじゃないかって、正直くさくさしちゃいますよ」

「ささくれ立っちゃってまあ。明日は一日休みなさい。何なら私が宿直(とのい)をしてあげるわ。トミー君の部屋に押しかけてね」

「そうもいかないでしょう。だって明日からは――」

「臨海学校だけど、トミー君とアイリスちゃんは行けないわよ」

 

 トミーは上半身を起こすと、キョトンとした目で楯無を見つめた。

 

「トミー君は休学していたし、アイリスちゃんは途中からだもの。授業の後れを取り戻さないといけないでしょ」

 

 楯無は扇で口元を隠しながらくすくすと笑った。扇には『補講』と書かれている。

 

「だからみんな、トミー君と一緒の時間を持ちたかったのよ。あなたったら旅行に行く前、ちょっとダウナー系になってたじゃない? セシリアちゃんもラウラちゃんも、あなたの友だちはみんな心配していたの。そして無事に帰ってきてくれて嬉しかったから、余計にトミー君に接したかったのよ」

 

 トミーはソファーに頭をうずめると、む~、と小さくうなった。足が力なくもばたつかせる。

 なんだかトレーナーにこってり絞られた子犬が頭を撫でられた時みたいだ、と楯無は口をにやつかせた。

 

「……それじゃあ授業はアリスと、もとい、アイリス様と特別コースを受けることになるんですか?」

 

 トミーがのそりと顔をもたげる。目元がほんのり朱くなっていた。

 かわいいやつめ、と相好を崩した口元を扇で隠しながら楯無は応える。

 

「ジブリルさんも一緒よ。復習がてら同じ生徒という立場に立って身近に接したいそうよ。ちなみに講師はなんとアリーシャ先生」

「アーリィが!?」

「ヒュ~♪ 現役最強(ブリュンヒルデ)をあだ名で呼ぶなんて、やるじゃない」

「いろいろ躾けられたもので……」

「ますます子犬みたいねアナタ。私も顔を出すつもりよ。ついでにダリルとフォルテも来るみたい」

「ダリルさんと、フォルテさんも? 僕はお二人に接点なかったと思いますけど」

「ダリルはアイリス王女のお誕生日会にも来ていたのよ。あの時の事件でトミー君に興味を持ったらしくてね。フォルテはダリルの付き添い。あの二人仲がいいから」

「はあ」

「ま、ともかく明日はお休みになさいな。どうせ臨海学校も一日目はバケーション代わりなんだから」

「ありがとうございます。けど、宿直(とのい)は結構ですからね」

「あら、私が側女(そばめ)じゃご不満かしら」

「寝首を掻かれそう、と言ったら怒りますか?」

「寝込みを襲われそう、と言って欲しかったわね。私ったらそんなに信用ないの~?」

「セクハラ被害にあってますので。これ見よがしにスカートを穿いたまま足を組まないでください。不埒です」

「あん。トミー君ったらガードかたーい」

 

 トミーは缶ジュースを開けて一気飲みすると、テーブルに叩きつけるように置いた。げっぷを一つ吐いて、ごちそうさまでした、と頭を下げて少しだけ足取り軽く生徒会室を出て行った。

 その後ろ姿を楯無は楽しそうに見つめる。

 

(いつの間にかこんなに素を晒してくれるようになったこと、気が付いているのかしら)

 

 少なくとも自分のアプローチはガードの奥に響いていそうだと、『着実』と書かれた扇を仰ぐのだった。

 

 

 ◆

 

 

 同じ時間、IS学園のカフェテリアの片隅で、膝を突き合わせている影があった。

 大人の女性と女子生徒という構図からお悩み相談かと察せられるが、打ち明けているのは年長の方。

 ジブリルが眉根をひそめて前屈みに腕を組み、シャルロットに教えを乞うているところであった。

 

「えっと、どうして僕なんでしょうか?」

 

 シャルロットはおごってもらったミルクティーを啜りながら尋ねた。

 

「アイリス様の同級生の方に伺ったところ、君が適任だと教えてもらったのだ」

 

 ジブリルはミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーをかき混ぜながら応える。

 

「でも、ジブリルさんは山田先生と旧知の中みたいでしたけど」

「それはそうなのだが、真耶に聞くのは、その、後でからかわれるのが目に見えていてな」

 

 あ、そういう仲なんだ、とシャルロットは頭のメモ帳に記入した。後で何かに使えそうだ。

 しかし、

 

「僕を指名したのって誰なんです? 正直、そういった話題に強いという自覚はないのですが」

「いや、さすがに名前はな。仮にA氏ということにしてもらおう」

「なるほど、相川さんでしたか」

「なっ、なぜわかったのだ!? ……あ」

 

 ちょろい。

 というかホントに相川さんだったんだ、と適当に鎌をかけたのがいきなり当たってシャルロットは目線を横にした。

 

 シャルロットと相川は学年別トーナメントの時から交流が深い。一緒に戦い抜いて優勝を果たしたのだから結びつきはひとしおだった。

 その訓練の時から、相川との話にはよくコイバナが咲く。あれこれと異性に対するアプローチの仕方など、さりげなくも意図的に会話の節々に散りばめられていた。

 シャルロットも意中の男性がおり、そういった話題もまんざらではないのだが、相川から受ける視線は友人に向けられるものというより先輩に向けるような尊敬の念が感じられた。

 自分はそんなに恋愛上手に見られているのだろうか? とシャルロットは我ながら首をかしげる。

 

「せっかくですけど、大したアドバイスはできないと思いますよ?」

「ま、まあとりあえず聞くだけ聞いてくれっ。実はな……」

 

 とジブリルが語りだす。

 内容は、大人の女性が口にするにはあまりにも初々しい恋のお悩みだった。

 一口に言えば、意中の相手と良い仲になるにはどうすればいいか。

 

「そんなこと、ですか?」

「そ、そんなことと言い切れるのか!?」

「まあ、基本的な話ですからね」

「では教えてくれ! どうすればアイリス様は、ああいや、ええと、恋する女の子は次のステップに行けるのだ!?」

 

 正直な人だなあ、とシャルロットは気持ちを和ませながら自分なりの回答を口にする。

 

「そうですね、簡単に言えば……、使えるオンナになってください」

「――は?」

「あ、すみません。言い方が悪かったですね。ちゃんと言い直しますと……、男にとって利用価値のある女性になることです」

 

 相談する相手を間違えたか? とジブリルは少し身を引いた。

 それともパリジェンヌの恋愛模様は複雑怪奇なのだろうか、とマジメな頭が空回る。

 

「すまない、それはいったいどういう意味なのだろう。例えをいれて教えてくれないか」

「かまいませんよ。例えばジブリルさんが男性であったとして料理ができなかったとしますね」

「ふむ」

「その場合、料理が上手な相手とできない相手。どちらがいいですか?」

「……料理ができる相手だな」

「そうですよね。それじゃあ、ジブリルさんのために優しく尽くしてくれる相手とそっけない相手、どちらがいいですか?」

「優しく尽くしてくれる相手。……って、おい、いいのかこういうので?」

「いいんですよ。もし意中の男性が違う人を好きになっても、男性にとって都合のよい女であれば繋ぎ止めておくことができるじゃないですか」

 

 ニコ、っと可愛らしくどぎついことを口にするシャルロットに、ジブリルは羊の皮を被った飢狼を連想した。

 

「い、いや、しかしだな。こう、好きな気持ちをハッキリ伝えるとか、さりげなくアピールをするとか、いろいろあるとおもうのだが」

「ジブリルさん」

「ハイ」

「勝てる見込みのない戦いはするものではないですよ?」

 

 ニコ。

 と微笑む愛らしい少女からどうしてとてつもないオーラを感じるのだろう、とジブリルは噴き出る汗をぬぐった。

 

「勝つためには勝利の可能性を着実に積むことです。もしくは、負けない体制を整えること。相手にとって都合のよいオンナになれば、少なくとも負けることはありません」

「え、ええ、っと。もし、体制を整えている間に他の女性に掻っ攫われていしまった場合は」

「いやだなあ、ジブリルさん」

 

 ニコニコ。

 というシャルロットの笑顔が放つ圧力がものすごい。

 そのとき、ハッとジブリルはあることに気が付いてしまった。シャルロットの後ろ、カフェテリア反対奥の席で歓談している織斑一夏と凰鈴音の姿を。

 

「こちらが不敗の状態になれば、あとは相手の取り巻きを少しずつ引き剥がせばいいじゃだけじゃあないですか」

 

 ネエ……。

 と横に動く視線がハッキリと後ろの様子に気が付いていることを理解したジブリルは滝のような汗を流していた。

 可能であれば一刻も早く逃げ出したい。

 

「ジブリルさん」

「ハいぃ!?」

「せっかくですから、恋のお話、もっとしようじゃないですか。そう、守るだけじゃなくて、攻める方法も、ね」

 

 ニコォ……。

 と妖しい笑みを浮かべる女性に、ジブリルは総毛だって首肯した。

 

(フランス恐るべし……!)

 

 ジブリルは目の前の少女にだけは決して敵にすまいと心底から誓うのであった。

 

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