「どういうことだイーリス先輩っ!」
ダリルは通信端末の向こうにいるアメリカ代表、イーリス・コーリングに向けて声を荒げた。
「こっちだって把握し切れてねえんだよっ!」
怒鳴り返された音声の背景には喧騒が混じっている。
「いま現場は大混乱だッ。ナタルの【
「マジかよ……!」
ダリルは手近なテレビを付けてみると緊急特番が流れていた。アメリカ軍の試験ISが暴走を起こし、日本に向かっていると若い女性キャスターが伝えている。若干早口で上ずった調子が動揺を隠しきれないでいた。
「現在日本のIS部隊より『チグサ』が迎撃の用意をしている……ってオイ! 『チグサ』だと!?」
「そうだよっ、
「まるで開戦前夜じゃねえか!」
ダリルは手近のテーブルに
『ユウキ』『クスノキ』『チグサ』『ホウキ』
故事に倣った名称を与えられた戦乙女たちは、ロイヤル・ガードの日本版ともいうべきもので、その実力はアメリカ軍人のイーリスはおろか代表候補生のダリルの耳にも達している。
勇名を馳せる彼女たちは自身らが頂く女帝のために、文字通り身命を賭して戦うだろう。
それが表に現れるということは、日本は本腰を入れて迎え撃つつもりに違いない。
「コッチのお偉方だっていろいろやってる! 戦争にはならねえ! が、ナタルを止められる要素がねえんだよ!」
「沖縄の奴らは? 在沖部隊は何やってんだ、目と鼻の先だろう!?」
「ダメだ! ロートルじゃねえが第三世代ISが相手では分が悪い。【
クソッタレ! とダリルは悪態をついた。
通話の向こうでは別の誰かから声が掛かったのかイーリスが応答している。
「……分かった! 悪ぃ、ダリル、アタシにもお呼びがかかった。お前はお前でできることをやりゃあ良い。軽挙妄動すんじゃねえぞ!」
「あ、待て、まだ聞きたいことがッ」
と聞き返す途中で通話が切れた。
ダリルは再び雑言を吐くと、頭を振ってすぐに端末を操作する。連絡先アプリにある隠しフォルダを開き、番号に通話を入れた。
コールが2回鳴る前につながった。
「ハ~イ、どちら様ですか~?」
間延びした女性の声にイラッとしながらダリルは怒鳴る。
「オレだ、フォールッ!」
「あっ、ダリル……じゃなかった、レイン先輩!?」
「まだ学生気分が抜けてねえぞ、元同輩!」
レイン、と呼ばれたダリルは通話しながら部屋の外に顔を出した。周囲に誰もいないことを確認すると、ドアを閉めて中からカギを掛ける。
そこは、かつてIS学園の二人の生徒が亡国機業へ寝返る算段を企んでいた場所だった。
一人はオトーニョ。もう一人は、
「フォール、叔母貴……スコールはいるか? オータムの姉御でもいい!」
「えっと、いまスコールさんもオータムさんも離れていまして……、近くにはオトーニョしか……」
「んなこた聞いてねぇ! クソッ、聞きてぇのは今タイムリーな【
どうせ知らないだろうが、という言葉を続ける前にフォールが応える。
「あれ、レイン先輩知らないの? それ仕組まれたやつだよ」
「知ってんのかよ!? つか、仕組まれただあ? 誰にだ、
「違うよ~。誰だと思う~?」
ウゼエ……! とレインは盛大に舌打ちする。
「ああ、
「ブブー、はっずれー」
「ァあ!? じゃあどこだ? まさかアメリカの自作自演じゃねえだろうな!?」
「あ、その陰謀論よくゴシップ記事なんかであるよね~」
「テメエ、マジで今度会ったらぶっ飛ばすぞ!? 真面目に応えろやっ! 他っつったらもう……」
イヤ、待てよ? とレインは瞬時に冷静になる。
「フォール、お前なんで
「事情までは分かんないわよ。私だってスコールさんから聞いただけだし」
「なんで叔母貴が敵対組織の事情に通じてんだよ。……んぁ、それはそれで諜報が充実してるってことでいいのか」
「一人で納得しないでよ。っつーか、パイセンなんでそんな必死な訳?」
「なんでって、お前……」
はた、とレインは、ダリル・ケイシーは身動きを止めた。
自分はどうしてこんなにマジになっているんだろう……?
(【
考えるたびに、浮かぶ案を否定するたびに疑問が募る。
いったいなぜ、自分はこんなに一生懸命、この事態を収拾しようとしているのだろう?
「……なん、で……」
「ちょ、ちょっとレイン大丈夫なの?」
「あ、あぁ。……悪ぃ、もういいわ。騒がしたな」
「はあ? いきなりかけて来といて意味わかんないんだけど。あ~、せっかく電話貰ったんだから、スコールさんから貰った伝言話しとくね。あのね、今後の
フォールが預かった連絡事項をギャル口調に乗せてレインに伝える。
その内容がレインの頭に入っていくたびに、彼女の両目がだんだんと大きくなっていく。
そしてすべて聞き終わり、
「んじゃ、ちゃんと伝えたからね~」
と向こうから通話を切られると、レインはだらんと通信端末を握った腕をぶら下げた。
その表情は、眉根をひそめた形のまま固まり、どこともしれない虚空を見ている。
部屋にはテレビからの焦った音声だけが流れていた。
『ただ今新しいニュースが入りましたっ。今回のアメリカのIS暴走を受け、現地に近いIS学園関係者が対応に移るということです。関係者の中には国家代表候補生も複数人おり、また……』
◆
IS学園の屋上から望む空はよく晴れ渡っていた。
夏の陽射しがジリジリと降り注いでいるが、澄んだ風が熱を逃すように吹き抜けていって気持ち良い。
「……フー」
そんな青空に向けて紫煙を吹き上げた。
向かい風に飛ばされてタバコの煙が流されていく。
目の前に広がる青は曇ることなくどこまでも広がっている。遠く、視界の先の彼方までも晴天が広がっていそうだ。
(天気はこんなにいいのにねえ……)
僕は口の中でタバコの煙を転がした。芳醇な清涼感が広がり、僕の心を癒そうとしてくれる。
空も、風も、本来ならこんなに清々しい日なんてめったにないだろうに。
「……ハァ……」
ため息と一緒にムワっと吐き出す煙は、こんどはなかなか飛んでいかなかった。ちょうど風の間に入ったようで、僕の周りにとどまっている。
今の僕の気持ちと同じようだった。
――匂いが制服に着いちゃうぞ。
――先生にバレたらどうするんだ。
――カッコ悪い吸い方をしているなあ。
そんな自分の内なる抗議にも耳を貸す気分にならなかった。
再びタバコを口にくわえて、モヤモヤを頬張る。
「……ん?」
そんな僕の足に、なにかが触れた。
視線を下ろすと、
「猫?」
がいた。
純白の、毛並みの良い、顔つきも人好きしそうな、今まで見たことのない猫だ。
「お前、どうした。迷子か?」
しゃがみこんで頭を撫でると、な~、と可愛く鳴いた。
たしか鳴くネコは人に飼われているらしい。それに人を怖がらないから、やはり野良ではないだろう。
白猫はしばし僕にすり寄ると、周りをぐるりと回って、後ろの屋上出入り口側に向かっていく。
「珍しいね、シャイニィが私以外に懐くなんてサ」
振り向く視線が白猫を見つける前に声をかけられた。特徴的な語尾の。
「アーリィ。……あっ」
僕は顔を上げる前に咄嗟にタバコを握り締めて隠ぺいを図る。
「なんだ、それ消しちゃうのかイ? 勿体ない。屋上で吸うタバコは格別だろうにサ」
バレてるか。と観念して顔を上げた。
見ると、アーリィも喫煙を楽しんでいた。タバコではなくキセルで。
フー、と吐き出す仕草がこなれていて乙な感じがする。
「タバコの匂い、私が着けたってことにしておくといいサ」
アーリィは煙管で僕の制服を指しながらクツクツと言った。
隻腕の右肩にはさっきの白猫を乗せてあげている。
「見逃してくれるんですか?」
「シャイニィに感謝するんだナ。コイツの好意に免じてやるのサ」
「……ありがとう、シャイニィ」
シャイニィはまた、な~、と鳴いた。可愛いやつだ。人の言葉がわかるんだろうか。
「お前も可愛いところがあるじゃないのサ」
まなじりを下げて言ってくる。
「臨海学校へ行ったみんなを想って南の空を眺めているなんてサ」
「……」
僕は無言でさっきまで見ていた南の彼方に向き直った。
「そんなに心配かイ?」
「心配ですよ。アメリカ軍の最新鋭試験機の暴走、止めに行かされるんでしょう?」
「現場に一番近い有力な戦力だからネェ」
「領空侵犯されているのに、日本の軍隊や国家代表は何をしているんですか」
「アメリカ政府の働きかけがあったらしいのサ。IS委員会に頼み込んで日本政府を抑え、IS学園を動かしたらしい。メディアの鎮静化も頑張ってるみたいだネェ」
「……内政干渉じゃないですか」
「君のお仲間が喜々として利用しそうだネェ」
「
アーリィはキセルの煙をフー、と吐いた。
「だとしたらどうする?」
「……!」
「お仲間たちが君に動けと命じてきたら、どうするのサ」
僕は歯を食いしばって即答を避けた。
閣下が、常務さんが、僕のスポンサーたちが、僕にみんなの苦難の陰で暗躍しろと命じてきたら。
どうするか、なんて……、
「学友たちを見捨てて世をただすかイ?」
「そんなわけ無いじゃないですかっ!」
僕は叫んだ。
そして、むせた。あたりのタバコの煙が絡みつく。
それを振り払ってさらに声を張り上げた。
「僕がみんなを、IS学園のみんなを見捨てるなんて、ありえません!!」
「――甘いネェ」
アーリィの表情が笑みを残したまま鋭利に変わる。
「トミーくん、私は君の仲間を
あ、と僕は口を開ける。だが後の祭りだ。
「それにお仲間の命令に背てでも学園のトモダチを大切にするなんてネェ。ホント……サ」
アーリィはキセルをくるくるっと持ち直すと、豊満な胸に挟んだ革製の煙管入れに収めた。
「よく言った」
「え……」
「私は君を
「え、あ、頭を上げてくださいっ。アーリィがそんなこと、誰かに見られたらどうするんですっ」
「構わないサ。教え子を疑った教育者の不面目を詫びているのだから」
「だからって、そうかしこまられても困りますよっ」
「じゃあチャラにしてくれるのかイ?」
アーリィは顔を上げると茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。
「……別に、謝られるようなことだとは思っていませんし」
「そっか。じゃ、私はまだ君の先生でいられるってことなのサ」
よかったなーシャイニィ、と白猫の喉をゴロゴロさせる。
この人、本当にネコみたいに捉えどころがない人だなあ。
「さて、トミーくん。お詫びついでに、君の願いを一つ聞いてあげよう。先生になんでも言うが良いのサ」
「なんでも、ですか?」
「なんでも、サ。あ~んなことやら、こ~んなことでも、なんでもいいのサ」
「それじゃあ」
僕は真剣になって言った。
「暴走しているアメリカのISを止めてくださいっ!」
「そりゃあ無理なのサ」
軽くずっこけた。
ですよね、と半分思っていたが。
「……とでも、言うと思ったかイ?」
「!?」
「お、いい顔するネェ」
「アーリィ! 僕は本気で……!」
「本気ならばここを使うがいいのサ」
アーリィは自分の頭を人差し指でさして見せた。
「遥か彼方の敵を、どうやって撃退し、君の学友たちを助けるのか。その方法はこの中に入っているのサ」
「頭の中に、ですか?」
「そうサ。いい機会だ、一つ講義と行こうじゃないのサ」
アーリィはそう言うと、いきなり自身のISを展開してみせた。
全身を覆う展開光が収まると、両肩腰に四つの
そして、周囲にまとう吹き荒れる風。
「これが、【テンペスタ】」
嵐の名を冠するISを装備したアーリィは、ふわりと自然体に空に浮かぶ。
「いいかいトミーくん、この現役最強のISは人が作ったものサ。そして本来飛べない人間がこうして空を飛べるのも、人が生み出した技術のおかげサ」
当たり前のことを大仰に言われて、どう返していいか戸惑った。
「それが、いったい何なんですか?」
「すごいことだとは思わないかイ? 驚異的だとは感じないかイ? 100年も前なら空想の中にしかなかったものが、こうして現実になっているのサ。つまりは」
僕の頭を指さしながら告げる。
「人の脳は、想像できるものなら何でも生み出すことができるのサ」
「なん……でもって言ったって、あんな彼方にいる敵を、どうやって」
「考えるのサ! 学生!」
アーリィ先生は両手を広げて叫んだ。
「頭の中は空よりも広く、海よりも深く、ちょうど神のようにできているのサ! ……いや、これはある詩人の受け売りだがネェ」
手で顔を半分覆うと、再びクツクツと笑いながら言った。
「明確な目標を設定し、あらゆる可能性を模索し、現実として実践する。これが私が
アーリィは僕のすぐ目の前に降り立つと、やにわに顔を近づけてきた。
「えっ、ちょっ」
驚き引き下がろうとする僕の頭を掴むと、自分の頭を突きつけ、くっつけられた。
ちょうど熱を測ってもらうように。
「君の頭がリミテッドでいるのは今日までなのサ。これからは私が、君をインフィニットにしてあげるのサ」
「近い……近いです、アーリィ」
「ナァニ、怖がることはないのサ。君の願いを叶えてあげよう、この頭の中にある物をつかってネェ」
間近に先生の吐息を感じながら、僕はまるで猛禽類に捕まった小動物のような気持ちになった。
偉い人のお近づきになってしまったと今さらながらに思う。
アーリィの右肩に乗るシャイニィがぺろぺろと汗ばむ僕の首元を舐めていた。
ちょっと用語解説です。
三木一草とは、鎌倉時代末期に、腐敗極まる北条幕府を倒そうとする後醍醐帝に従って起った四人の将軍たちを指します。
みな旧時代では日の目を浴びることのなかった出自ですが、働きを讃えられ栄達することができました。
彼らのその後の運命は儚いものでしたが、新帝と運命を共にし新時代を切り開いた功績は、後の世に再評価されることになります。
また、アーリィがなぞった詩人とはエミリー・ディキンソンという方です。
十九世紀を代表するアメリカの詩人で、極めて独特な言葉遣いで感性に直接語り掛けるような詩がしびれます。