リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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50話 世界を支配する可能性を秘めた力はごく身近にあるかもしれない

 空の青と海の藍の狭間に、開聞岳(かいもんだけ)は美しくそびえていた。

 九州は薩摩半島の南端、日本本土の最果ての地にそそり立つ威容は、別名薩摩富士とも呼ばれる名山だ。

 古くから海上交通の目印とされてきたそれは、空を行くものにとっても道しるべとなる重要な山だった。

 

 その上空に、一機のISが飛んでいる。

 侍が装備した武者鎧を思わせる形貌の日本製IS、【打鉄】だ。専用機化(パーソナライズ)されているのか、外見(ハードウェア)が着背長と美称される大鎧の出で立ちに最適正化処理(フィッチング)していた。

 パイロットの妙齢の女性は艶やかな長髪を靡かせ、瞑目したまま腕を組み、開聞岳を背にして南の海に面している。

 

『――状況を報告します』

 

 インカムにもたらされたオペレーターからの連絡にも動じず、目をつむったまま動かない。

 

『敵機はグアム島アンダーセン空軍基地にて、試験飛行の途中、暴走を起こした模様。一切の通信に応じず、北北西に向けて航行中とのことです』

「……当初、試験はハワイ沖で行うと聞いていた筈ですが?」

 

 鈴を転がすような声でパイロットは尋ねる。

 

『試験前に調整を行う必要が生じた結果、スケジュールに乱れが生じ、会場を変えた模様です』

「そうですか。不思議ですね、IS学園の臨海学校の場所も、例年の旅館が取れずに系列店のある南国に移ったとか。まるで」

『警告いたします。当通信は録音されております。不用意な発言は危険かと存じます、チグサ』

 

 無機質な声でオペレーターは告げる。

 

『迎撃任務は既に取り下ろされており、本飛行は哨戒任務と位置づけられています。いたずらな会話は無用です』

「無用ついでに、少し昔話をしましょう」

 

 チグサ、と呼ばれた女性は奥ゆかしく口角を上げ、整ったまつ毛の目元を開き、後ろの山麓を振り返った。

 

「この開聞岳を臨む景色は、沖縄へ片道切符で向かう防人(さきもり)たちが最期に見た本土の景色だそうですよ」

 

 オペレーターは応じなかった。

 清聴と捉えたチグサは話を続ける。

 

「当時の女性は、出撃する殿方をただ見送ることしかできなかったそうです。歯がゆいですね。でも、そんな苦難の歴史の果てに今の私たちがいるのですから、ご先祖様方には感謝しかありません」

 

 チグサは組んだ腕を解いた。太陽に照らし出された左肩の装甲に笹竜胆(ささりんどう)の紋がきらめいている。

 彼女の名の由来となった者の家紋だった。

 

「今はもう違います。日本はISを生み出し、蔑ろにされてきた女性の地位を高め、世界を変えました。ご先祖様方が果たせなかった日本の躍進を実現することができたのです。私は、この愛する国を護れる『チグサ』という(くらい)を誇りに思っております。そして、二度と」

 

 チグサは南の海に視線を戻すと、両の眼をギラつかせた。

 

米兵(ヤンキー)どもの軍靴に踏みにじらせはしませんわ」

 

 彼女が駆るIS【打鉄(あらため)】は日本を背にし、南から向かってくる南蛮を撃ち滅ぼさんと待ち構えていた。

 

 

 ◆

 

 

 IS学園の屋内訓練場では小柄な二人の少女がトレーニングに(いそ)しんでいた。

 一人は自身のISを展開し、ぶつぶつと呟きながら自身の挙動を確認している。

 もう一人はその動きを見て気が付いた点を指摘しているのだが、

 

「あ~、やっぱ早い動きとなると粗が目立っちまうっスねぇ」

 

 フォルテ・サファイアは編んだ髪をいじりながらやる気なさげに意見を上げていた。

 

「やはり、一朝一夕には、身につかぬか」

 

 一つ一つの動作をきびきびとこなしながら、アイリスはウェーブがかった金髪を振り乱す。

 いま行っているのは、PICを使った急加速と急ブレーキ。ISの基本動作である。

 長時間にわたっているのか額に汗がにじんでいるが、表情には疲労の色を表さなかった。

 

「根詰めすぎじゃないっスか? そんなんじゃ続かないっスよ、実際」

「サファイア、先輩、申し出は、ありがたい。が、せめて、教官に言われたことを、一つだけでも、習得したい、のじゃっ」

「PICを利用した短距離高速機動っスか。しかもターンやカーブ込みとか。新人にやらせるメニューじゃないっスよそれ」

「いつまでも、トミーに、守られて、ばかりでは、……あっ」

 

 アイリスの姿勢が崩れた。重心がブレた高速移動がブレーキを利かなくさせたのだ。

 速度を落とせずまっしぐらに壁が迫る。

 ぶつかる……! と目を閉じたアイリスを、

 

「言わんこっちゃないっスねぇ」

 

 フォルテがぶつくさ言いながらISを展開して受け止めた。

 アイリスの小さな体がぐいと力強く引っ張られると、壁際から綺麗なカーブを描いて最初の位置に抱き戻される。

 

 ISの瞬時展開と瞬時加速(イグニッション・ブースト)による急接近、そして先ほどまでアイリスが練習していたPICを使った立体機動を容易くやってのけだのだ。

 

「み、見事じゃの、サファイア先輩……」

「フォルテでいいっスよ。王女様から敬語とか、まわりに何言われるかこわいっスからね」

 

 ドサッ、とアイリスを床に下ろすと、おもむろにフォルテが声を上げた。

 

「王女様お付きのOGさん、どっかで見ているんでしょう? お姫様頑張り過ぎっス。なんか飲み物持ってきてくださいよ~」

 

 

 

「……気が付いていたか」

 

 頭上、キャットウォークの上から声が降りてきた。

 一緒に身体も宙に舞うと、しなやかな身のこなしを見せつけるように、ジブリルが二人の前に降り立ってみせる。

 

「なにげなく人外パフォーマンスやんないでくださいっス。あそこまでビルの高さくらいあるんスよ? フツーは生身じゃ降りれないんスよ?」

「なに、着地の瞬間ISを部分展開させればいいだけだ」

「ハイハイ、大先輩の実力は大したもんっスよ。で、なんでこの子の教える相手してやんないんスか」

「いや、私も姫様に申し出たのだが」

 

「ジブリルの教えはよう分からんのじゃ」

 

 アイリスはジブリルから渡されたスポーツドリンクを口にして一息入れる。

 

「ジブリルの手引きは、なんというか、格式ばって堅っ苦しくて肩がこるのじゃ」

「そっ、そんな!?」

「あー、それでわざわざ私のとこに来たんスか」

「お主とは先ほど試合をした仲じゃからの。実力は身をもって知っておる」

「だからって面識もないのに根性あるっスね。頭下げて頼み込まれたときにはコッチの方がビビったっスよ」

「未熟者が熟練者に教えを乞うのは自然じゃろう」

 

 お転婆な姫様の場合とっても不自然なんですよ、という言葉を飲み込んでジブリルは閉口した。

 ついでに苦々しい顔つきになった。

 本来ならばフォルテの位置にいるのは自分のはずなのに、というジェラシー的な衝動のせいである。

 ジブリルは精神的に成長しつつあるアイリスに感心しつつも、のけ者にされているような自分の現状がなんとも情けなかった。これでは亡きお父上、お母上から傳役(もりやく)を仰せつかった立場がない。

 

「姫様、鍛錬に励むのは大変結構ですが、そう自分を追い込み過ぎてはなりません。地道な訓練こそ成長への近道であると」

「今のわらわでは」

 

 アイリスがジブリルの諫めに被せて言う。

 

「仲間たちの役に立てぬ」

 

 フォルテとジブリルは意外そうな顔でアイリスに向いた。

 

「わらわの同級生たちは、いま暴走するISを止めに行かされておるというに、わらわはただこうして学園で安穏としていることしかできぬ。相手は軍が運用する強力な機体なのだとか。彼奴(きゃつ)らのことを想うと、歯がゆい。歯がゆうて仕方がないのじゃ」

「姫様……」

「まあ、気持ちは分からなくもないっスけど」

 

 フォルテは顔をそらして言った。

 

「ダリルも、とっても心配していたみたいっス。暴走してんのは自分とこのISっスからね。ぶっちゃけそんなに愛国心あるほうじゃないと思ってたんスけど……あんなに取り乱した姿、初めて見たっス」

「さもあろう。わらわも身体を動かしていおらぬと、気が急いてたまらぬのじゃ」

 

 そう言うと、アイリスは唇をかみしめた。

 誰も彼女にかける言葉が見当たらず、しばしの無言はあたりに沈痛な雰囲気を漂わせる。

 

 そんな空気に割り込んだのは、カラっとした特徴的な声音だった。

 

「おやおや、みんなお揃いとは都合がいいのサ」

 

 アリーシャがトミーを連れて訓練場に入ってきたのだ。

 アイリスたちは意外な来客と、一瞬アリーシャの右肩に乗っている白猫に目を奪われたが、何をしに来たのだろう、とアリーシャに問いかけた。

 

「フフン。どうさね皆の衆、暴走するISを私たちの手でやっつけてみたいと思わないかナァ?」

 

 アリーシャの爆弾発言に周囲が一気に色めきだった。

 

「暴走機を抑えるですと!?」

「マジッスか? いや、冗談っスよね?」

「トミー、いったい何をするつもりなのじゃ?」

「いや、僕も正直わからないんだけど。でもコツは頭を使うことだって……」

 

「そう! 大事なのはココなのサ」

 

 アリーシャは自分の頭を人差し指で叩いてみせた。

 

「だが、それを説明する前に、みんなに確認しておきたいことがあるのサ。ズバリ、ISはなぜ世界を変えられたのかについて、サ。フォルテちゃん」

「はいっス」

「模範解答、言っちゃってみるのサ」

「ええと、なぜ世界を変えれたかったスか。ん~……、やっぱISは一般兵器を遥かに上回るほど強力だからじゃないスかね。それが白騎士事件によって広まり、女性にしか扱えないということで世界が女尊男卑に変化した。つまりISの軍事的優位性が世界を変えたんだと思うっス」

 

 フォルテの説明に、みな一様に同意をみせる。

 

「OKなのサ。じゃあ、ここでより具体的な部分に移ろうじゃないのサ。ジブリルちゃん」

「はっ」

「ISの強さの理由はどこにあると思うかナァ?」

「そうですね……。やはり絶対防御やシールドバリアといった防御力、そしてPICによる慣性を無視した飛行能力、あとは多彩な兵装を扱える応用力、ではないでしょうか」

「いいね。ではここで重要なクエスチョンだ。アイリスちゃん」

「はい!」

「元気良いネェ。そのISの持つ力のうちで最も重要なものとは何だと思うかナァ?」

 

 アイリスは口元に手を当てて考える。

 防御力、は違うだろう。今では絶対防御を貫く兵器が現れていると聞く。

 飛行能力、も外れるか。飛ぶだけならば飛行機で事足りる。

 となると、

 

「応用力、であると思うのじゃが、今一つその理由が見出せぬ」

「正解なのサ。解説は彼に手伝ってもらうとしよう。トミーくん」

「は、はいっ?」

「ISの持つ応用力、その源泉は何だと思うかナァ?」

「うん……と、後付装備(イコライザ)の運用、ではないでしょうか? ISの拡張領域(パススロット)量子変換(インストール)された専用兵装を運用できる……」

「そこだ!!」

 

 突如としたアリーシャの絶叫に全員が肩をすくめた。

 彼女の肩に乗っかったシャイニイは慣れたものなのか首を掻いている。

 

「いきなり大声出さないでくださいよっ。そこって、専用兵装のことですか?」

「その前なのサ。拡張領域(パススロット)への量子変換(インストール)、これこそが問題を解くキーワードなのサ!」

 

 いぶかしむ周囲へアリーシャは畳みかける。

 

「そう、なぜISは世界を変えられたのか。それは、ISが世界で唯一、『量子力学』を運用できるからなのサ」

 

「量子力学……。そういえば、そういった機能がISに着いておると習っておったの」

「そうサねアイリスちゃん。これは学校の授業の基礎で習うワードなのさ。しかしこれこそが他者と一線を画す超重要項目なのサ」

「ん~、いまいちよく分かんないっスけど」

「例えばだフォルテちゃん。君の【コールド・ブラッド】は冷気を操っているだろう? トミーくん、それはどういう機構によると思うかナァ?」

「ええっ? そんな、冷たくするなんて冷蔵庫みたいにするとか、……といっても原理がどうかなんて分かんないですよ」

「冷蔵庫はいい着眼点なのサ。あれの構造は気化熱を運用する、まあ簡単に言えば分子をどうこうするモンなのサ。そして【コールド・ブラッド】もまた、分子活動に干渉することで冷気を運用することができるのサ」

「ちょっ、ちょっとアリーシャ先生ネタバレっスよそれ? ネタバレっスよそれ!」

「二度言うほど大事な話でもないのサ。なぜなら、ねえフォルテちゃん、【コールド・ブラッド】はどうやってそんな機能を運用できると思うかナァ?」

「そんなもん、ISの超パワーとかじゃないんスか? ISのコアとかブラックボックスって言われますし、ぶっちゃけわかんないっス」

「あっはっは! 超パワーとは良い得て妙なのサ。だが、ご名答。量子力学とは即ち、魔法のような超パワーと捉えてもらって構わないのサ」

 

「いや、いやいやアリーシャ殿!」

 

 ジブリルがたまらず指摘する。

 

「量子力学というのは立派な学問の一派です。それを超パワーと称するのは語弊があるかと」

「もっともな意見なのサ。でもさジブリルちゃん、量子の法則は物理法則とは全く別物であるのはキミも知っているだろう。量子を運用できるならば、あらゆる問題が途中の計算式をカットしていっぺんに正解を導き出せるものなのサ。だから量子コンピューターが完成すればあらゆる暗号が紙切れになると言われているのサ」

「それは、そうですが。……いや、そうですね。あれ? これ、ひょっとして」

「わかったかいジブリルちゃん。ISはこの量子力学の一端を運用できてしまう、これが実はいかに恐ろしいことかってものをサね」

 

 ジブリルたちは互いに顔を見合わせた。

 自分たちが扱っているISの恐ろしさを今さらながらに実感したからだ。

 

 アリーシャの話が本当ならば、ISがその気になれば一夜にして世界を変えられる可能性を秘めていることになる。

 しかし、

 

「で、でもアーリィ、なぜISは量子変換(インストール)部分にしか扱っていないんですか? それに、各IS企業だってこの機能を元に兵装を作っているのに、量子力学が世界を変えたことなんてないですよ?」

「簡単なことだよトミーくん。麻酔がなぜ人を眠らせられるかと同じことなのサ。つまり原理は分からなくても『そうなってしまうから』運用しているし、いろんな麻酔を生み出せるようにいろんな後付装備(イコライザ)を作ることができる。逆に言えば、原理が分からないからその神髄にまでは手が出せないのサ。唯一、ISを創造した篠ノ之束は例外だろうけどサ」

「篠ノ之博士は量子力学を運用している……?」

「そう捉えれば辻褄がある例がたくさんあるのサ」

 

 トミーはゴクリと唾を飲んだ。

 彼女の底知れぬ実力の深淵を覗き見れたような気がして、そのあまりの深さに畏れを感じずにはいられなかったからだ。

 篠ノ之束は世界を支配できるかもしれない。

 まるでゲームに出てくる強大な魔王に、何の準備もなしに遭遇したような気分だった。

 

「これでわかっただろう? ISはあらゆることを可能にする超パワーを秘めている。それをどう運用するかは操縦者の頭次第なのサ」

「イマジネーション、ですか」

「その通りなのさトミーくん。さて、今回のミッションは暴走するISを抑え、キミの同級生の手助けをすることだ。そのためには敵に奇襲をかけるなり向こうへジャンプする手段が必要サ。そしてそのツールが、目の前にある」

 

 アリーシャの視線はアイリスに向けられていた。

 

「わ、わらわにか!?」

「アリスに……【セブンス・プリンセス】にってことですか?」

「【セブンス・プリンセス】の能力は重力関係みたいっスけど」

「重力、……! まさか、アリーシャ殿!?」

「そうサ」

 

 アリーシャはにやりと笑みを浮かべた。

 

「重力を運用し、ワームホールを繋げ、先方へと殴り込むのサ」

 

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