リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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51話 福音とはグッドニュースということです。バッドな話も塞翁が馬ということで

 蒼空を一頭の虎が疾走する。

 反衝撃性硬化装甲の体毛と、単分子結晶の爪、そして全身が無骨な牙を思わせる人工の虎だ。

 

 虎の名前は、アメリカ製第三世代IS【ファング・クエイク】

 

 外見を彩る虎模様(タイガー・ストライプ)はアメリカ代表イーリス・コーリングのパーソナルペイントだった。

 背部4基のスラスターは間断なく咆哮し、力強く虚空を駆けている。

【ファング・クエイク】の独自兵装、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)が成せる超ダッシュだ。

 成功率40%前後という低い稼働率をイーリス自身の腕で補い、盟友ナターシャ・ファイルスの【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】が向かう先に到達せんと最大速度で驀進していた。

 

(ここでしくじっちゃいれねえもんな!)

 

 イーリスは余裕なさげに表情を歪める。

 

 暴走するナターシャの機体を抑えようとIS学園の生徒たちが向かったというが、イーリスにはあの【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】を止められるとは思っていなかった。

 腕ではない。機体が暴走している以上ナターシャの腕が及ぶ余地はない。

 理由は単純、【シルバリオ・ゴスペル】は機動性がハンパでないのだ。

 

 大型スラスターの他に両手両足に4つ噴出口が存在し、補助推進用のブースターまでもが取り付けられている。

 放つ機動はマッハ2以上の飛行が可能で、最高速度は時速2450kmを超える。

 加えて可動試験の日程が延びたこともあって、かねてから依頼していた英国製の試作パッケージが間に合ってしまった。英国代表候補生が駆る【ブルーティアーズ】も扱う強襲用高機動装備の一部らしいが、これをもってさらなる速さを求める計画がアダになっている状況だ。

 

 よしんば追いつけたとしても、運用する『銀の鐘(シルバーベル)』の前にどこまで持ちこたえられるだろう。

 大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新型システムであるそれは、ウィングスラスターに36の砲口を持っている。高密度に圧縮されたエネルギー弾を全方位へ射出するとともに、常時、瞬時加速と同程度の急加速が行える高出力の多方向推進装置(マルチスラスター)なのだ。

 

 いかな国家代表候補生が迎撃にあたるといえど、所詮は雛鳥にすぎない。時間が稼げただけでも御の字だ。

 イーリスは最悪を想定した場合の到達ラインを計算し、その行く手に先回りするつもりでいた。

 ポイントは日本の領空ギリギリであるが、この緊急時である。何がトラブルが起こっても割り切るしかない。

 それに、すでにIS委員会経由で日本を鎮静化させている手はずになっているハズだ。露骨な領空侵犯でもしなければ問題にはならないだろう。

 

 ――そう思っていた矢先、

 

「うおっ!?」

 

 超高速で飛ばすイーリスに、いきなりドンピシャの一撃がもたらされた

 ロックオンアラートの鳴らない突然の一撃だ。

 咄嗟にもれた声と共にかろうじて機体をひねるが、左端のウイングが躱しきれずにはじけ飛ぶ。

 

「ッ……! 左推進システムに異常か!?」

 

 被害状況を一瞬で確認し、来襲してきた方角を睨む。針路よりやや右寄り、日本の鹿児島に近いところだ。

 だが見えない。敵が遠すぎるのだ。

 視覚補足拡大映像(ズーム・ビュー)に切り替えて彼方を見据えても、まだ見つからない。

 

(超長距離からの正確な射撃……、この虎の目(ファング・クエイク)ですらすぐにサーチできないほど彼方からの一撃……)

 

 このような神業をやってのけられるものは、世界広しと言えど、イーリスには一人しか見当たらなかった。

 

「……出やがったか」

 

 イーリスの目がようやく捉えた先は、空に浮かぶ一機の武者。

 その左肩のエンブレムが語る、音に聞こえた日本の精兵『三木一草(さんぼくいっそう)』の一画。

 

「チグサ……! 相変わらず安全圏からのアウトレンジ戦法がお好きなようだな」

「警告いたします、アメリカIS代表、イーリス・コーリング」

 

 互いの姿を認め合うや、相互意識干渉(クロッシング・アクセス)が働き、通話が開始された。しかも名指しで。

 

「貴方の針路は我が国の領空を侵す行路にあります。速やかにコースを変更しなさい。さもなくば撃墜いたします」

「ハッ! 先制攻撃かましといて警告とは笑止だぜ。テメエんところは騙し打ち(スニークアタック)がお家芸なのかい?」

 

 躊躇なく二発目が放たれた。

 尋常でない弾速だが正面からとあって流石にかわす。

 

「おおっと! おいおい穏やかじゃねえなあ。そんな派手にぶっぱなしといて大丈夫かよ?」

「これは警告です。本気でしたらその口でおしゃべりできなくしていますもの」

「ご大層なことだぜ。だがな、お前のそれ独断専行じゃねえのかい? ちゃんと迎撃任務は出てんのかよ。IS委員会(おえらがた)にどやされた及び腰の日本政府が許すとは思えねえぜ」

「一昔前に殿方が(まつりごと)をしていた時代ならいざ知らず、ISが変えた世界の我が国が、つまらぬ威嚇に流されるとお思いで?」

 

 チグサの持つ長砲身銃(ロングライフル)、【打鉄】の基本装備『撃鉄』はピタリと照準を定めたまま、今にも火を噴きかねない様子で見据えている。

 彼女がその得物の扱いを誤るはずはない。

 超長距離射撃命中率の世界記録を叩きだし、一躍『撃鉄』の名をとどろかせたのは他ならぬチグサなのだ。

 下手な動きをしようものなら、レコード・キーパーに違わぬ狙撃を味合わせてくるに違いない。

 

(やっぱか。やっこさん、羊の皮を被ってやがったな)

 

 チッ、とイーリスはしたたかに悪態をついた。

 

 日本政府は外交下手だ。土下座外交や優柔不断、アメリカ任せなど、昔ながらの体堕落は今も表面上は続いている。

 しかし、その裏でえげつないほどの根回しや暗躍、さらにはISの武力をちらつかせた恫喝じみた渉外活動を行っているとの噂も聞く。

 オカルトだろう、と軍の上層部はいつも通りの日本の調子を見て気にも留めていないようだが、イーリスはチグサの調子からまんざらでもないと思い直した。

 

「分かった。無用なゴタゴタはこっちも本意じゃねえ。それにお前さんとドンパチやるつもりもねえんだ」

 

 ハッタリ勝負も分が悪いか、とイーリスは苦虫を噛みしめた表情で両手を上げる。

 つまらぬ意地を張って目的を見失っては意味がない。

 それに【シルバリオ・ゴスペル】の暴走を抑えようとしているのは先方も同じなハズだ。少なくとも敵に回りはしないだろう。

 

「賢明です。それでは先ほどの指示に従い、退避なさい」

「悪ぃがちょいと目こぼししちゃあくれねえか? おいおいウチの暴走ISが突っ込んでくる。それを止めたいんだ」

「懸念無用です。暴走機はこちらで対処しましょう」

「そりゃあ安心だ、とは残念ながらいかねえんだよ。悪ぃがアンタとはスペックが違う。その【打鉄(あらため)】の足じゃあ一度突破を許したら追いつけねえぜ?」

「後詰めにクスノキが待機しております。これならばあなたも安心できましょう」

「な、なんとも大盤振る舞いじゃねえか……」

 

 イーリスは舌を巻いた。

 クスノキといえば三木一草の筆頭だ。イーリスのような国家代表クラスでも比肩できるのは限られるほどの(つわもの)である。

 それほどの逸材までスタンバッているとなると、

 

(ドサクサに紛れて拿捕するつもりか……!)

 

 イーリスは踵を返した。どうやらチグサに譲る気は無いらしい。ならばこの場で足止め喰らっている時間がもったいない。

 日本領空圏外のクロスポイントに飛ばして行き、チグサたちより先にナターシャを捕まえるしか手立てはない。

 

 正直間に合うとは思えなかった。先ほど推進システムに被害を受けたため、もう超加速は使えないからだ。

 一縷の望みをIS学園の生徒たちの奮戦に賭け、出せる全力で駆けつけるしかない。

 

「いいか! 暴走機は私が抑える。ウチのナタルに手を出すんじゃねえぞ!」

 

 去り際に警告を発して飛び去ろうとすると、

 

「――どうやら、もう遅いようですね」

 

 落ち着き払ったチグサの銃口が別の方角へ向けられる。

 

「! もう来やがったのか!?」

 

 チグサの向いた彼方に目を凝らすと、たちこめる雲間に【シルバリオ・ゴスペル】が物凄い速さで向かってくるのが見えた。

 しかも、その形状はイーリスの知るものとは違っている。

 破損を受けているのではない。名が表す銀色の翼と装甲は変わらぬ輝きを放っている。

 おかしいのは頭部だ。本来一対の巨大な翼を持った異様がエネルギー状の翼に変わっている。さらに各パーツもところどころ違っている。

 

 追加装備を施したとはいえ、ここまで外見が変わるものではない。

 ISの外見が変わるのは、換装装備(パッケージ)の運用でなければ、形態以降(フォーム・シフト)ぐらいしかない。

【シルバリオ・ゴスペル】は一次移行(ファースト・シフト)はとうに済ませている。となれば、残るは前例がほとんど無いと言われる、

 

「まさか、二次移行(セカンド・シフト)だと!? ナタル、いったいお前に何があったんだ!」

 

 イーリスは盟友のISの異常に狼狽せずにはいられなかった。

 

 

 ◇

 

 

【シルバリオ・ゴスペル】から遅れること僅か、一夏と箒が全速力で追走していた。

 

 箒の機体は普段の【打鉄】ではない。かねてから姉の束が開発していた朱色のIS【紅椿】に変わっている。

 束が最愛の妹のために丹精込めて作った一品だけあって、朱漆のようなカラーリングと金の蒔絵で手足を飾った絢爛たる出で立ちだ。

 性能も気前良く、現在の最先端を超えた世界二例目の第四世代。その機動力はすさまじく、背中の花弁のようなバインダーと腕部・脚部の各ユニットからくりなす推進力は余裕でトップレベルを超えている。

 しかし、

 

「この【紅椿】ですら追いつけないとは……!」

 

 箒の表情に余裕はない。

【シルバリオ・ゴスペル】は英国製ユニットの追加装備もあって、現行機最高速度を更新していた。

【紅椿】が劣ることはないとしても、一度離された距離が詰められないほど速度は拮抗している。

 

「あきらめるな、箒! 先にやられたみんなのためにも、俺たちが負けるわけにはいかないんだ!」

 

 箒の背に乗る一夏が気を吐く。

 一夏の言う通り、迎撃に当たった仲間たちはみなやられてしまっていた。

 ラウラの【シュヴァルツェア・レーゲン】の重装甲を貫き、

 シャルロットの【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】の手数を叩き折り、

 セシリアの【ブルー・ティアーズ】の速度を蹴散らして、

【シルバリオ・ゴスペル】は羅刹のごとく駆けている。

 

「わかっている! だがラウラが言うには、ヤツはお前と同じように二次移行(セカンド・シフト)を起こしたらしい。遅れてくる鈴には悪いが、私と一夏でなければ太刀打ちできない!」

「俺は大丈夫だ! 箒こそしっかりしろよ、もう俺がやられても取り乱すなよ!」

「お、お前が情けないからいけないんだっ。だが二人ならきっと、いや、絶対にやり遂げられる!」

「ああ! なんとか追いついてみせようぜ、箒!」

 

 一度撃墜されたとは思えないほど、一夏の呼びかけは心強い。

 その声に勇気づけられたのか、箒の【紅椿】の光跡が一段と輝いた。

 少しずつだが敵との距離が詰められる。

 

「いける、この速度なら!」

「! 向こうが気づいた、よけろ箒!」

 

 一夏が箒の右肩を押して軌道をずらす。

 その直後、数多の光弾が元の位置を貫いた。

 

『キアアアアアアア……!』

 

【シルバリオ・ゴスペル】は翼を翻すと獰猛な金切り声を上げて向かってくる。

 続けざまに全身の銀翼から放たれる弾丸が、今度は幕のように広がった。

 文字通りの弾幕が一夏たちを面で制圧しにかかる。

 

「させるかあああああ!!」

 

 一夏は左手を突き出すと光の楯がかざされた。

【白式】が二次移行(セカンド・シフト)によって得た新たな武装『雪羅』によるエネルギー防壁だ。

『零落白夜』と同じくエネルギーを無効化する楯は凶悪な威力の光弾すら打ち消し、弾幕を喰い破る。

 

「いくぞ、箒!」

「わかっている! 決めるぞ、一夏!」

 

 一夏が『雪片弐型』を右手に構え、箒が両手に『空裂』『雨月』の二振りを抜き放ち、一気に突っ込む。

 敵は光弾のレンジを絞り弾幕の濃度を上げるが、『雪羅』の楯に受け流されて一夏たちの勢いを殺せない。

 間合いが迫る。

 

「おおおおおおおおおおお!!」

「はぁぁああああああああ!!」

 

 二人の気合が一つとなって、三つの斬撃が放たれた。

 

 その刃が届く刹那【シルバリオ・ゴスペル】の姿が墜ちる。

 頭部のエネルギー・ウイングが人外の動きを見せ、スライディングするように一夏たちの真下に滑り込んだのだ。

 そこに『雪羅』の楯は無い。

 

「――ッ、が、はぁ!?」

 

 腹を見せる形となった箒めがけ【シルバリオ・ゴスペル】の光弾が襲う。

 たまらず箒の体勢が崩れ落ちた。が、なんとか飛行は維持する。他のISであればKOしていたことだろう。

 しかし、先の戦闘からのダメージもあって、飛んでいるのがやっとといった状態だ。

 

「箒ぃいいっ!! クソっ! もうこれ以上は!」

 

 一夏が箒の背中から離れ、その身でかばう形で敵に向いた。

 相手の『シルバー・ベル』はすでに全銃口を一夏たちへ定めている。一夏は背中に冷たい汗を流すと、とっさに『雪羅』を展開し、(すんて)のところで銃雨を防いだ。

 

 だが、こうなってはもはや防戦一方だ。

 後ろに箒を置いたままでは動くことも構わない。

 

「一夏! もういい、お前だけでも……!」

「ふざけるな! 箒を見捨てるなんて絶対にできるかっ!」

「しかし、このままでは【白式】のエネルギーが……!」

 

 箒の言うとおり、大飯食らいの『零落白夜』を模した『雪羅』がみるみるうちにエネルギーを食っていく。

 先程までは【紅椿】の能力『絢爛舞踏』によって【白式】にエネルギー供給をしていたが、満身創痍の状態で下手をしては箒の身まで危ぶまれる。

 

「箒、逃げろ! 早く、今のうちに!」

「う、く…、ん? どうした、【紅椿】! 動けっ! 動いてくれっ!?」

 

 箒がもがき動かそうにもISが言うことを聞かない。すれ違いざまの一撃が効き、もはや墜落しないだけで精一杯なのだ。

 

「お願いだから、動いてっ!! このままじゃあ一夏が……! 【紅椿】ぃいい!」

「く……、そ……」

 

【白式】のエネルギーがレッドゾーンに入る。

 もはや一刻の猶予も無かった。

 敵は勝利を確信したのか、さらに弾幕を厚くしようと全身の翼が一夏たちに向けられる。

 

 そんな中、

 

『ギッ……!?』

 

 何か巨大なものが【シルバリオ・ゴスペル】に覆いかぶさった。

 なんだ? と確認する前に四つの足が絡みつき、尋常でない剛力で締め上げられる。

 翼をふさがれ、バランスを失った機体は飛ぶ事もままならず堕ちていく。しかも不可思議なほどの重量で、スピードは重力加速度を無視する勢いで落下し、海面へと叩きつけられた。

 

「え……」

 

 何が起きたのか呆然とする一夏が見たのは、大きな波飛沫を上げる碧い海と、

 

「あ、あれは……?」

 

 箒の示す頭上、まるで空に穴があいたような亀裂が塞がっていく様子だけだった。

 

 

 

 少しして、鈴がようやく追い付いて来た。

 

「一夏っ、無事でしょうね!? 箒も、ああもうボロボロで!」

「……鈴」

「アイツは? 暴走したISはどうなったのよ!?」

「……あれじゃ、ないかな?」

 

 一夏が指差す海の上に、ぷかりと人の形をしたものが浮かんでいた。

 各所の翼がもがれ、箒以上にボロ雑巾となっているが、その姿は先ほどまで死闘を繰り広げていた【シルバリオ・ゴスペル】に相違ない。

 

「いったい、何があったっていうのよ……?」

 

 鈴の問に答えられる者はこの場には誰もいなかった。

 

 後におっとり刀で駆けつけて来たアメリカ軍のISパイロットも、友軍機の惨状に言葉を失い、信じられないものを見るように一夏たちを見回しているだけだった。

 

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