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「うーん。申し訳ないが、もう一度言ってくれないかい?」
畳の匂いが新しい新調の和室で、新茶を入れた湯呑を置きながらその女性は言った。
妙齢の、美人、というよりも人好きするような雰囲気を持つ糸目の人だった。
「突然、巨大な何かが空から降ってきて、
座卓の向かいに座るチグサは凛とした口調でそう言った。
持参したバッグから数枚の写真を取り出すと、相手に向けて広げて見せる。
「ご覧のとおり、空に亀裂が入り、鉛色の巨体が現れたのです。敵を抱きかかえるや違う重力下にあるかのようにストンと落ちていきました」
「……【シルバリオ・ゴスペル】と向かい合っている二人は、織斑一夏くんと、篠ノ之箒さんだね。二人とも変わったISをまとっているようだけど、何かあったのかねぇ」
「重要なのはそこではありませんよ、クスノキ」
トン、と一枚の写真へ指を叩いた。
「これを見たところ、下手人はLS、【グレイ・アイディール】に相違ありません」
「相違ありませんっていったって、彼、ええとトミヤくんだったかな、その子は当日IS学園から出ていないんだろう?」
「機体が量産化されているとみるべきでしょう。そしてこの空の亀裂も同じ組織の
クスノキは湯呑を口に運ぶと、ふう、と息を着いた。
「そんなことが起きてしまっては、世界が一変しそうだねえ。アタシが同じチカラを持っていたら各国の要人の目の前に現れて、『いや~、ウチらここまで来ちゃいましたよ。ちょっと世界を超えちゃいましたかね。じゃ、また今度』なーんて冗談飛ばしておったまげて見せたかね」
「瞬間移動などというチカラが現実化された日には、あらゆる安全保障が無価値となります。世界中が大混乱になりますよ」
「ISがあらわれた日も同じことが起こったのかもしれないねぇ」
「クスノキ、悠長に構える話ではありませんよ」
真剣に詰め寄るチグサを、クスノキは受け流すように立ち上がって縁側に出た。
外には見事に手入れされた日本庭園が広がっている。
夏の深緑が増し、池の周りにはアジサイや菖蒲の花が可憐に咲き誇っていた。
「例えばだけど、この庭にワープを使って完全武装のISが乗り込んでくる、なんてことが起きると思うかい?」
「ありえない話ではありません。私やクスノキであれば瞬時にISを展開して返り討ちにするでしょうが、他はそうもいかないでしょう」
「そうだねぇ。でも、今のところ起きていないのはどういうわけなんだろうなぁ」
「牙を研いでいるのでは?」
「牙を持っていないのかもしれないよ」
え? とチグサはクスノキの後ろ姿をみた。
「もし牙や爪を持つ者がすごいチカラを得たならば、何かしら試し切りをしたいと思うだろう。それがチカラを持つ者の業だからね。けれど、アタシが知る限りこんな不可思議な事は初めてだ。ひょっとしたら今回が最初のワープ使用だったのかもしれない」
クスノキはチグサに向き直る。
「チグサ、もし君がこんなチカラを持ったとしたら、ぶっつけ本番で使うかい?」
「ありえません。安全性や運用実績を得るためにも試運転はするでしょう」
「そうだろうなぁ。となると、相手は牙を持っていないか、もしくは持っていたが抜いてしまった者かもしれない。今回の使用をみても、暴走するISを止めるためなんていう善行と呼べる扱いをしたわけだしね」
「……楽観的すぎるのでは?」
「世界を驚かせて回る篠ノ之束が運用したならばこうは考えないさね。けど、篠ノ之束ならばもっとド派手に演出するだろう。世間に公表されている、アメリカ軍が友軍機を抑えたという話も、一部の者のみが知るIS学園の生徒たちの活躍の話も、まるで核心にふれていないじゃないか」
ふむ、とチグサはうつむき考え込んだ。
クスノキの話を踏まえて、まだ見ぬ相手の素性に思いを巡らしているのだろう。
その様子をクスノキは苦笑しながら眺めた。相変わらず心配性の苦労性だなあ、と仲間の性格を心配して。
「とりあえず、瞬間移動をした者が誰かを突き止めることが肝要じゃないかい。その点でいうと、アタシはこれからとっかかりに会えそうさね」
「とっかかり、というと?」
「なあに、最近IS学園の生徒さんから練習を見てほしいと申し込まれていてね。ああ、もちろん日本人相手だからご心配なく」
「外人に手ほどきをするなという厳命、守っていただけて嬉しいですよ。そういえばIS学園はいま夏季休暇でしたね。なるほど、出稽古というわけですか」
「感心な若者じゃないさね。あ、別にウチラが歳喰ってるって言いたいわけじゃないからね」
「何も申しておりませんよ。それで、お相手はどちら様なのですか?」
「相川さんといったかな。こないだ更識の子とそのお付きさん相手にしたら、そこから繋がったみたいでね」
「貴方のその人を引き付ける魅力は連鎖するのですね」
「褒めても何も出ないさね。そういうわけで、それとなくトミヤくんのことを探ってくるよ」
それじゃ、とクスノキはその場を後にした。
和室に入り込む風は日本庭園の緑にふれて、暑さが和らいだ清々しさを運んでいた。
◆
暗闇の中、チグサが撮った写真と同じような画像が、唯一の光点であるディスプレイに浮かんでいた。
「ふっふーん♫ やりおるのう、やりおうのう。さぁっすがくーちゃんのカレシ(予定)さん」
「あの、束さま、その呼び方はもうやめていただきたいのですが」
「およ? あー、もう身を引いちゃったんだったよね、もったいない。それじゃあ何て呼ぼうか? トミーくんだからとーちゃん?」
「み、の一文字くらい抜かさなくても十分略称になっているかと」
「ちっちっち、甘いねくーちゃん。一文字抜くだけでそれだけ世界は縮まるんだよ。主に文章量的な意味で」
「ミーニングが分かれてしまっては、説明する分量が増えてしまってむしろ広がっていしまいます」
「を、くーちゃんいま『み』と『ミーニング』をかけたのかな? でもざんねん、一文字と単語じゃあ掛けたりも割ったりもできないぜい。あと宇宙は分岐点が来るまで広がり続けるんだからこの先ミーニングももっとたくさん増えるかもね」
ところでだ! と束は回転椅子をぐるんと回してクロエに向き直った。
「どうやらトミーちゃんたちは【セブンス・プリンセス】の可能性に気づいたみたいだね。この調子なら彼はきっとISの持つポテンシャルをもっともっと引き出してくれるかもしれないよ!」
「一夏様が
「それもだね! いっくんもトミーちゃんも、うちの箒ちゃんとは仲良しだから、きっと箒ちゃんと【紅椿】を高めてくれるよ!」
束はガッツポーズするように拳を掲げるが、急にぐたーっと下ろした。
「それにしてもやっぱりぶっつけ本番はいけないね。箒ちゃんたらあんなトサカ頭にやられるなんてガッカリしちゃった」
「最近ご自分の未熟さを目の当たりにする機会が多いのもあるでしょう。束様からISをもらったときも、以前の箒様でしたら拒絶なさっていたかもしれません」
「なーんか焦っちゃってる感バリバリなんだよねぇ。私もメンタルばっかりはどうしようもないなあ。でも、【紅椿】という最強のISを与えたんだからもっと頑張ってほしいなー」
「最強の肉体を得ても精神的な脆さで勇者に敗れる、というシナリオはままあります。やはり支えてあげられる方が必要ではないでしょうか」
「んー、いっくんに発破かけようかなー。でも、ハー! ってやってせっかく
ちら、と束はクロエにいたずらっぽい笑顔を向ける。
「このさい、壊れちゃってもいいトミーちゃんに発破をかけるのは……」
「ダメです」
「えー、けちー。ちょっとくらいいいじゃないー」
「ちょっとでもそっとでもダメです」
「もしトミーちゃんが箒ちゃん射止めたらくーちゃんとはホントの親戚になれるんだよ?」
「ダメなものはダメです。身内だからこそ甘くなるとは限りません」
「ひーん。くーちゃんの義理ブラコンー」
駄々をこねる束にため息を着いて、クロエは新しい紅茶を煎れにその場を離れた。
どういうミーニングのため息だったかは、彼女自身も詮索しないことにした。