リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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54話 素晴らしい環境

「悪ぃ、お嬢。無理かと思ったがやっぱムリだったわ」

 

 まったく悪びれない様子で女伯爵(カウンテス)は頭をかきながら言った。

 だあっはっは、という笑い方はモニター越しからも「まいったまいった」というような心情がくみ取れる。

 

「ダメもとではありましたが、そこまでお笑いにならなくともよろしいじゃありませんこと?」

 

 モニターに向かうセシリアは唇をとがらせる。

 

「そう拗ねんなって。だいたい英国人(ウチら)が日本の三木一草(さんぼくいっそう)に教えを()おうってのがお門違なんだ」

 

 女伯爵(カウンテス)はなだめるように言った。

 セシリアから三木一草への取次ぎを頼まれていたのだが、さすがに国家代表クラスの教えをおいそれと開示してもらうのは無茶だった。

 女伯爵(カウンテス)自身、英国の実力者という立場から三木一草とは知らない仲ではない。というか貴族階級同士というのもあってチグサとは特に親しい。日本では平民となった旧華族でも、コネクションは続いていることが多いのだ。

 

 そんな仲なのでもしやとは思ったが、「親しき中にも礼儀ありです」と一蹴されてしまった。

 

女伯爵(あなた)であれば、教えを乞われれば誰にでもご指導なさってらっしゃるのに」

「私の技は一般的(スタンダード)上がりだからな。だが三木一草(ヤツら)のは違うんだよ」

「どう違うといいますの?」

 

 女伯爵(カウンテス)はテーブルに肩ひじを着いてニヤリと笑った。

 

「あいつらは自分の技を極めまくってんのさ。それも、一つの流派になるくらいにな」

 

 セシリアは目を見開いた。

 

「お嬢がお近づきになりたいチグサなんてのはいい例さ。狙撃を中心にしたISの運用、それも超長距離射撃と立体機動の両立だ。撃鉄(ロングライフル)装備した【打鉄】一機でIS一個小隊足止めできるほどの代物だぜ? 日本がIS先進国だっていう理由の一つがそれってことよ」

「他のお三方も、同様に独自の流派をお持ちなんですの?」

「そうだが、射撃関連じゃあない。お嬢が弟子入りすんならチグサが適任だ。ま、ガイジンさんは門戸をくぐれないそうだがな」

 

 女伯爵(カウンテス)はおもむろにタバコを取り出すと、上品なしぐさで一服ついた。

 

「む~~~~」

 

 と、頬を膨らませるセシリアは面白くないご様子だ。

 理由はいろいろあるが、先日の福音事件が決定的だった。

 

 要は自分の実力不足に焦っているのである。

 

 ひときわ努力家の彼女にとって修練と練磨は常なのだが、現状では太刀打ちできない相手と(くみ)することが多くて負けが込み、いよいよお尻に火が付くほどに追い詰められているのだった。

 

(可愛いもんだ)

 

 そんなお嬢を愛らしい気持ちで女伯爵(カウンテス)は見つめる。

 がんばり屋さんなセシリアであればIS学園を卒業するころには目を見張るほどの上達を見せてくれるに違いない。

 が、それはもう数年先の話。今ではない。

 これはお嬢が成長するための重要な関門なのだ、と先輩IS操縦者は思った。

 

「そうだ、お嬢、お前さん人を指導する側に立っちゃあどうだ?」

「人を指導する側、ですの?」

 

 ああ、と女伯爵(カウンテス)は我ながらいい思い付きだと言わんばかりに頷く。

 

「どんなに良い練習しても教わるばっかじゃあなかなか消化しきれないもんさ。実力にまで身に着けるためには、学んだことを発信するのも一つの手だぜ」

「学んだことを発信する……」

「ちょうど少年……あー、トミヤ坊な。そいつとアイリス姫が補講受けてんだろ? いわば絶好の機会ってヤツじゃねえか」

「た、確かに!」

 

 セシリアが色めき立った。あと一息かな? と女伯爵(カウンテス)はニヤついた。

 

「ココでお嬢が良いコーチやって頼れる先輩役になるのはどうよ? あー、ひょっとしたら尊敬されるかもなー。今話題のLSパイロットと一国のお姫様が、セシリアに羨望のまなざし送ったりしてさー」

 

 チラッ、チラッ、とセシリアをみると、うつむきがちな表情の口元がニタついているのが覗けた。効果ありのようだ。

 

「イイ! イイですわね女伯爵(カウンテス)! やはり貴方に相談したのは正解でしたわ! こうしてはいられません、すぐに授業の資料をまとめてトミーさんたちのもとへ向かわなくては!」

「おう、その意気だお嬢」

「ごきげんよう女伯爵(カウンテス)、次は吉報を期待していてくださいまし!」

 

 セシリアの弾けそうな笑顔を最後に通信が切られた。

 良い仕事したぜ、とブラックアウトしたディスプレイに映る|女伯爵≪カウンテス≫の表情が、ふいに曇る。

 

「あれ、これフラグじゃね……?」

 

 こういうイケイケドンドンな状況のセシリアはたいてい空周る。ということに気づくくらいセシリアと女伯爵(カウンテス)の距離は近かった。

 そして前例を踏まえて取るべき手段は、

 

「ま、いっか」

 

 適当に信頼してスルーするに限る。

 だいたい、放置しても勝手に乗り越えるくらいセシリアはたくましいのだ。心配するだけ野暮である。

 

 次のお嬢との会話でどんな話が飛び出すのか。なんにせよ、セシリアがイギリスに帰ってくる日はだいぶ遠のくだろう。

 陰ながらの支援として、オルコット家侍女チェルシー・ブランケットへご機嫌伺いにでも行こうかと、女伯爵(カウンテス)はタバコの煙でいっぱいの書斎を後にした。

 

 

 ◇

 

 

 果たしてその30分後、構築したフラグは無事に回収された。

 

 授業のレポートをどっしりと詰め込んだバッグを片手に乗り込んだ、自習室を兼ねるIS学園図書館には、トミーと、最近彼の隣を独占するアイリス。そして、

 

「僕も声を掛けようかと思ったんだけどね」

 

 セシリアの隣に進み出てささやくシャルロットが示す机では、一夏が熱心に講義を行っている様子だった。

 

「ま、まさか一夏さんに先を越されるとは思いもよりませんでしたわ……」

 

 ふらついて一歩のけ反るほどに、セシリアにとって思ってもない事態だった。

 

「あれで一夏って教えるのが上手いんだよ」

 

 シャルロットが小声で言う。

 

「そ、そうなんですの? 正直、意外なのですが」

「ほら、一夏って授業に着いてくるのが、悪いけどやっとでしょ? だから人一倍大変さを分かっているんだよ」

「ご苦労なさっているぶん、ご教授がたくみだと?」

「そういうこと。重要な部分はしっかり押さえているみたい」

 

 セシリアは一夏の講義に聞き耳を立ててみた。

 一夏は自分で作ったレポートと教科書をペン先で示しながら、トミーとアイリスに教えている。

 

「この部分についてだけど、実は教科書の前のページにも登場しているんだ。えっと……あった、ここだ。一緒だろ? つまり今回の話についても、前回の内容の焼き直しと捉えてみるとやりやすいんだ」

 

 おおー、とトミーたちの感嘆声がデュエットする。

 二人も示された前のページを開きながら現在の問題に取り掛かっているようだ。

 

「ね」

 

 シャルロットが楽し気にウインクをみせた。

 

「さすがは織斑先生の弟さん、といったところでしょうか。もしくは」

 

 セシリアが優しい横目をシャルロットに向ける。

 

「貴方の一夏さんへの指導法を吸収したのかもしれませんわね」

「そ、そうかな。まぁ、ところどころ拙い箇所があるのは僕のせいかもね」

「……わたくしも、教え方が堪能であればいいのですが」

「セシリア?」

「指導力があれば、裏打ちされた実力が身に着くものでしょう」

 

 セシリアは女伯爵(カウンテス)の助言を口にした。

 

 そういえば、【シルバリオ・ゴスペル】との戦いにおいても、シャルロットは撃墜されたわけではなかった。

 愛機得意の手数をものともされずに叩き折られたが、それは出した手札をことごとく破られたということに過ぎない。

 シャルロットは直接対決が不利と悟るや、僚機との連携と牽制に徹した。学園トーナメントでコンビネーションの大事さを体感しているだけに、洗練された動きが何度も仲間の危機をフォローしている。

 

 結果、【シルバリオ・ゴスペル】を空域離脱に、ある意味追い込むことができた。

 逃げられはしてもやられていはいない。判定負けではあるが、手も足も出せずに敗北を喫したわけではないのだ。

 

 

 

「未熟者が教官役になるなど、おこがましいと思うがな」

 

 シャルロットとセシリアの後ろからいきなり声をかけられた。

 振り返ると、

 

「ラウラ」

 

 名前を呼ぶシャルロットに、ラウラは一枚の切符を渡した。ついでセシリアにも」

 

「な、なんですのこれ?」

「食券だ」

「あ、もうそんな時間?」

「タイムキーパーは大事な役目だぞ、シャルロット」

「ご、ゴメンなさい……」

「まったく。セシリア、お前の指導とやらは午後からにさせてもらうぞ」

「わたくしの指南など差し出がましいといいますの?」

 

 セシリアはムッとしたトーンで応える。

 

「トミヤたちに休憩を取らせねばならない。朝からぶっ続けだったんだ、自覚がなくとも疲れが溜まる」

 

 ラウラはセシリア達のあいだを邪魔だと言うように押しのけて、トミー達のいる場所へ向かっていく。

 その背中に、セシリアは声を荒げた。

 

「多少なりとも成長する機会があるなら、取り組むべきかと思いませんか?」

「自分のためにトミヤを巻き込むな」

 

 振り返るラウラの目つきは突き刺すように鋭くセシリアに向けられた。

 

「私は今より強くなれるとしても、トミヤを踏み台に使いはしないぞ」

「踏み台にするなど思ってませんわ!」

「利用はするのだろう?」

「い、言い方というものがありましょうっ」

「要は同じだ。……私なぞ」

 

 ラウラの視線が力なく落ちる。

 

「一方的に撃墜されたんだぞ」

 

 セシリアとシャルロットが、ぐっ、と引いた。

 返す言葉もなかった。

 

【シルバリオ・ゴスペル】との戦闘で、真っ先にやられたのはラウラだった。

【シュヴァルツェア・レーゲン】の重装甲を頼みに盾役を任せた戦術のせいなのだが、敵の攻撃は想像を絶し、瞬く間にラウラは撃破された。

 現役の軍人で世界有数の第三世代ISを駆るラウラが、である。

 

 少なくない自信とプライドもろともに海に没し、回収されたときはしばらく口を利けなかったほど、落ち込みようは激しかった。

 仲間たちの活躍によって【シルバリオ・ゴスペル】を倒せていればまだマシだったのだが、正体不明かつ原因不明の事態で戦いの幕が下ろされただけに、ラウラは行き場のないやるせなさを引きずったままにある。

 

「弱さを自覚するなら鍛錬する以外に解答はない。セシリア、もしお前も私と同じように思っているなら、場所を移して付き合ってくれないか?」

「……私のほうがより未熟者でしてよ?」

「自惚れ者を相手にするよりはるかにマシだ」

「まあ」

 

 セシリアの顔色が変わった。ぶっきらぼうなラウラの表現にも慣れてきたためか、彼女の真意がくみ取れるようになってきた。

 珍しいことに、ラウラはセシリアを認めているようだった。

 

「よろしくてよ、ぜひご一緒いたしますわ」

 

 セシリアはスカートの裾をつまんでカーテシーのおじぎで返した。

 ラウラは相応の返礼をするべく、姿勢を直すと踵を付けて敬礼で応じた。

 

 二人の表情にはいつの間にか笑顔が咲いている。

 

(なんだかんだ、仲いいよね、ふたりとも)

 

 シャルロットは微笑ましそうにやり取りを見つめる。

 きっと、セシリアも、ラウラも、そして仲間たちも、これからもっともっと成長していくだろう。

 そんな素晴らしい環境に身を置けたことが心から嬉しかった。

 フランス、デュノア社からは夏休み中に一度帰ってくるように言われているが、みんなと一緒なら駄々をこねるのもいいかもしれない。

 

 天気は今日まで雨だという。明日からは晴れるだろう。必ず。

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