リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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57話 前夜祭

「一夏、僕たちは不当な扱いを受けたのではないかと思うんだ」

 

 トミーは露天風呂に首元まで浸かりながら半目で不満をこぼした。

 彼が不平を漏らすときは、たいてい自分以外の誰かを巻き添えにしてしまった時であるのを、一夏は学園生活のなかで知っている。

 今回もそうであることを思い起こしながら、一夏は洗面器のお湯で体を洗い流すと、タオルを固く絞って言った。

 

「仲良しカップルがイジられ過ぎて辛いってか?」

 

 茶目っ気のある言い方にも、トミーは目を尖らせてしまう。それは面倒をかけてしまった相手への申し訳なさの裏返しだった。

 

「水を滴らせてるイイ男が何言ってるのさ」

「イイ男って、急に褒めても何も出ないぜ」

「いつも濡れ衣を被っている」

「遠回しな不幸えぐりすんな」

「ウィットに富んだ言い回しだと思うのだけど」

「お前相当不満ためてるのな」

 

 一夏はタオルを畳んで頭の上に乗せると、トミーの隣の湯にゆっくりと身体を沈めた。「はあ”ぁ~」という間の抜けた声が湯気と共に立ち上がった。

 トミーも夜空を見上げて昼間のことを思い出す。

 

 海岸で行われたISの練習は、旗取りゲームのあとトミーとアイリスを中心にしたメニューに組みなおされた。

 トミーのLS【グレイ・アイディール】とアイリスのIS【セブンス・プリンセス】の合体技である瞬間移動が名和とクスノキの目にとまったせいだ。

 ISパイロットとして日本のトップランカーである二人ですら見たことのない秘技に、興味半分データ取り半分、トミーとアイリスを散々に酷使させる内容となった。

 特に【セブンス・プリンセス】の重力を操る能力にはご執心で、アイリスはよろしくお引回されまくったわけである。

 

「別に、僕は構わないけどさ。アリスはまだIS初心者なんだよ? それをあんなに連れまわすとか引率者としてどうなのさ。日本人は体育会系とやらがまだシゴキとか蛮行やっているって聞くけど、ホントそういう時代錯誤なことはいい加減やめてほしいんだけれども」

「あー、そういやあ俺も千冬姉からいっつもしごかれているなあ」

「一夏も。日本の学生は大人しいから教育者がちゃんと育たないんだと思うよ。だいたい」

「俺は別に不満に思ってなどいないさ」

「うん?」

「千冬姉、不器用なだけだからな。そういうの汲み取れると、相手がただ悪いって決めつけることもない」

「だからそれじゃあ教える側が」

「教わる側も、ちゃんと受け入れる姿勢でいなけりゃあ、学べるものも学べないと思うぜ?」

 

 トミーは閉口すると口元まで湯船に潜行した。鼻から不満げなため息を噴く。

 しかしこれ以上無用な不平を言葉に出せないよう、物理的に塞ぐことには成功した。

 

「それに、お前がそんなに心配するほどアイリスはくたびれていないと思うぞ」

 

 トミーは目だけ向けて続きを促す。

 

「だって、あんなに介抱してあげていたんだからな。ていうかし過ぎだろ、ありゃ」

 

 そうかなあ、と首をかしげるトミーに、一夏は「あのなあ」とあきれ声を上げた。

 

「訓練が終わったあと、歩けないのじゃ~、って駄々をこねるアイリスを旅館までおぶってあげて。ついてからは甲斐甲斐しく世話をして。晩御飯なんか全部食べさせてあげて、とか。まるでお姫様を相手にしているみたいだったぜ?」

「……だって実際お姫様だし」

「あ、そうか。ってそうじゃなくてだなっ」

「一夏と僕の立場が逆だったとしたら、どうしてた?」

「そりゃあ付き合わせちまって悪いなってケアする」

「ほらみろ」

 

 ぬ、と一本取られて不満げな顔の一夏からそっぽを向いて、トミーは広々とした露天風呂を腕を組んだ姿勢のまま流れていった。

 首は傾いたまま定まった様子ではない。

 

「ねえ、一夏。もし箒や鈴やシャルロットが、君のために何かを懸命に頑張っている、なんてことがあったとしたらどう思う?」

「やけに具体的な人選だな」

「それじゃあ織斑先生でもいいよ」

「余計に狭まってるぞそれ。はあ……、まあ、なんていうか、困る、と思う」

「困る?」

「俺なんかのために苦労かけちまって、う~ん、すまないっていうか、心苦しいな」

「報いるためには、どうするのが良いだろう」

 

 ん? と一夏はトミーの質問の意図に気が付いた。

 彼は、一夏に尋ねるふうを装いながら、自分の中の答えを模索しているのではないか。

 ひょっとすると、トミーはアリスを看護する中で、彼女から思いを告げられていたのかもしれない。彼の様子から愛の告白などではないだろうが、トミーのことを想って頑張っていることくらいは言われたのだろう。

 それに責任を感じているのだとすれば、

 

(こんなにささくれ立っている理由も立つ、か)

 

 一夏はヤレヤレといった感じをみせないよう、お湯を両手で掬って顔を洗った。

 トミーの言っていることはとどのつまり、お互いを大事に思い合っている男女の話なのだ。なんだか一風変わった惚気(のろけ)話を目の当たりにしているような、何とも言えない気分になった。

 なので、回答は深く考えないものにした。

 

「まー、そうだな。結局は自分がしっかりしていないといけないと思うぞ。自分が立派なら相手を助けることができるだろうし、変に心配かけることもないだろうしな」

「なるほど……。いつも一夏が目指しているような?」

「そうだな。強くて自立した男になれば千冬姉も安心して……、って俺は関係ないだろうッ」

「一夏ってやっぱり織斑先生一筋なんだね」

 

 トミーはバシャバシャお湯を浴びせてくる一夏からスイスイ泳いで遠ざかった。お風呂で泳ぐな! という叱責も無視して広い露天風呂を漂っていく。

 

 真ん中のあたりで、体を脱力してプカリと浮かんだ。暗く穏やかな夜空には学園では見られない星々が輝いていた。

 南北に流れている天の川を眺めながら、トミーは強くて自立した自分とはどんなものかと思いをはせた。今の自分よりも立派になっている状態。

 生活では薬に頼らず、ISでは空を飛べて、義姉(ラウラ)友人(セシリア)たちを守ることができる姿が浮かぶ。

 それはまるで、

 

(なんだか、一夏の姿みたいだなあ)

 

 身心は健康で、ISでは空を思うがままに飛び回り、織斑先生()(友人)たちを守れるよう強くなろうと頑張る背中。

 トミーは、親友の輪郭がこれまで以上に大きな存在であるように感じた。

 

 

 ◆

 

 

 旅館、花月(かげつ)荘は知る人ぞ知る名店である。

 上質な従業員のサービス、絶品な料理、海を一望できるロケーション。

 そして日本情緒豊かな風格を秘めた佇まいは数多の宿泊客を虜にしてきた。

 そんな上等なホテルをIS学園の生徒たちが使うことができたのは、花月(かげつ)荘の持つ特異な性質にあった。

 いわゆる要人専用の宿。

 警護に気を遣うVIPの状況に対応し、万全のセキュリティーを配しているのだ。

 ゆえにIS学園の生徒という世界各国から集まった黄金の雛たちを預けるのにも適していた。女将である清州景子(きよすけいこ)氏も織斑千冬と馴じみであり、IS学園の事情も熟知しているだけに学園ご用達のお宿となっているのだ。

 

「むほ~、これが畳と言うものか~」

 

 その客間の座敷にて、アイリスはごろりと仰向けになりながら大の字になった。

 今は口うるさい侍臣(ジブリル)もいないし、部屋仲間はなぜか相部屋になろうと言い寄ってきた者たちだ。気兼ねなくのんびりと体を伸ばすことができていた。

 

「お姫様はお気楽でいいわね~、ホント」

 

 鈴が座椅子に背もたれながら団扇であおぎつつ言った。若干あきれた声色もアイリスは気にしない。

 

「昼間はあれだけ個別指導をうけておったのじゃ。しばし醜態をさらしてもいいじゃろうが」

「そこはまーアンタも頑張ったと思うわよ。でもその後のアレがねえ」

「アレとな?」

 

「トミーさん召使い騒動、ですね」

 

 四十院神楽が卓上にお茶を用意しながら口を挟んだ。

 受け取った箒はひと口すすると、盛大なため息をついて先ほどまでの冷戦模様を思いだす。

 アイリスがトミーに背負われるとき、旅館について介抱される際、さらには夕食の料理を一つ一つ「あーん」してもらう場面などで、

 

『なにやっとんじゃー!!』

 

 という声なき怨嗟の念が金髪ロールと銀髪ロングから噴火した。ボーイッシュショートからもやや噴煙が上がったのには鈴と箒にとって意外であったのだが。

 そんな活火山地帯にアイリスを放り込むわけにもいかず、部屋割りは『アイリス・鈴・神楽・箒」と「セシリア・ラウラ・相川清香・シャルロット」と分けられた。当然男性陣は名和たちの裁量で別室になっている。

 

「この部屋割りを提案しておいてなんだが、鈴と神楽に受け入れられて本当に良かったと思っている」

「そりゃするっしょ。明日の朝に事件が発生していたとかなったら最悪だわ」

「良い提案でした。断る理由もございません。シャルロットさんはご苦労なさっていると思いますが」

「……明日、一夏との夏祭りデートの優先権を与えることで飲んでもらった」

「はあ!? ちょっ、なに勝手なことやってんのよ箒!」

「鈴に頼めば受け入れてくれたか?」

「そりゃあ、……まあ、こういう場面じゃあシャルロットが適任よね」

「だろう」

「箒さんも人を見る目が養われましたわね」

 

 別に養いたくはなかったのだが、と神楽から足してもらったお茶をズズっと啜った。再びつくため息は先ほどよりかはちょっぴり軽い。

 

「それにしても、明日は近隣でお祭りが催されるとは重畳じゃの。ふふ、これはトミーと一緒にいろいろ巡って」

「ダウト。アンタ最初は大人しくしていた方が無難よ」

「ぬう? 何を言う。わらわとてIS学園では先輩方からも鍛錬を受けた身じゃ。それほど(やわ)にはできておらぬて」

「いや体調面じゃないってーの」

 

 あのね、と口を開きかけた鈴を、神楽がたおやかに制した。

 ここは任せてくださいまし、と意味ありげな表情に自然と会話の流れが移される。

 神楽はにこやかに口を開いた。

 

「アイリスさん、恋は戦略が肝要ですよ」

「ぶほっ!?」

 

 箒がお茶をいきなり噴き出した。

 

「箒さん、汚いです」

「いきなり直球すぎやしないか神楽!?」

「そそそ、そうじゃぞ。そんな、恋などと、たいそうな……」

「結構グイグイ押してるクセにウヴな純情を語られても参ってしまいます」

「アンタ結構容赦ないわね」

 

 コホン、と神楽は可愛らしく咳ばらいを着いて仕切り直した。

 

「いいですかアイリスさん。まずは相手に先手を取らせてあげることです。そうすれば(おの)ずと隙が生じます。お、ちゃんと配慮してくれてんじゃーん、みたいな感じで」

「時折かますフランクな口調はどこから影響を受けたのだ……」

「箒さん、些事については後ほど。さあいいですか、トミーさんは3人をお相手にしてくたびれた状態です」

「何気にセシリアとラウラと清香がデートするのは既定路線なのね」

「鈴さん、はけ口は大事ですよ。さて時刻は夕方、思い出に残りやすい終盤戦。ここをガッチリ掴んで優しくいたわってあげちゃった日には逆転ホームラン間違いなしですわ」

「な、なるほど!」

「ゆえに、朝は健気さを演出するのです。昨日はたくさんわがままを聞いてくれてありがとう、もう大丈夫だから皆さんと楽しんでらしてくださいな。などと演出すればトミーさんの心の底にカエシの着いた針が如くザクッと引っかかることでしょう」

「フィッシュ、じゃな!」

「ご明察。あとは釣り糸を手繰り寄せるがごとく時間を待てばいいだけです」

 

 アイリスは「見事な策じゃ!」と手を叩いた。

 箒と鈴は神楽の背後に羽毛扇を手にした三国志の英雄が顕現したように感じた。一言でいえば、

 

(コイツ策士だ……!)

 

 そんな感じである。

 

「さあさあそんなわけですから、今夜は早めに床につきましょう。ゆっくり休んで英気を養って明日に備えるのが大事です。ああそれと」

 

 神楽は箒と鈴に振り向いた。

 ビクリ! と二人の身がすくむ。

 

「一夏さんについてのご助言については控えさせてもらいますね。シャルロットさんからきつく申されておりますので」

「ま、まさか裏切るつもりか神楽!?」

「ご冗談を。お三方はレースでいえばほぼ横一線に並んで走っている状況ですもの。茶々をいれるのは野暮というものです」

「それじゃあなんでアイリスは助けんのよ?」

「いささか出遅れの感が否めませんでしたもので」

「相川さんは」

「彼女、ああ見えて結構虎視眈々なんですよ。それにしても、うふふ」

「ど、どうした神楽?」

 

 口元を隠してコロコロ笑う神楽に、箒と鈴は恐々としっぱなしでいた。

 いえね、と答える言い方に含んだ笑いがボロッとこぼれる。

 

「私はこうして最前列の席でたっぷりレースを鑑賞できるんですもの。清らかな青春と、混濁たる感情の渦が織りなす素晴らしい競争を。ああ、これからどのような模様が堪能できるのか、まったく楽しみで面白いわけがないではありませんか」

 

 ねえ? と流し目の問いかけに、真正面から答えられるものはいなかった。少なくとも、この場には。

 

 

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