リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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58話 夏のマスカレード

 夏祭りは神社を中心に行われていた。

 海を眺めることができる見晴らしのよい場所に鎮座する境内に向かって、階段や(ふもと)の通りには提灯が列を成している。

 門前町は駅からほど近い商店街でもあった。商魂たくましい店々ではすでに軒先に出店(でみせ)を並べ、威勢の良い掛け声が飛び交っている。時刻はまだ朝だというのに多くの来客が行きかい、笑顔で溢れていた。

 

 そんな賑わいのなかを一風変わった集団が歩いている。服装は夏祭りらしく甚平(じんべえ)や浴衣姿なのだが、みな一様にお面を被っているのだ。美少女キャラにヒーローキャラ、マスコットキャラにゆるキャラといった、お祭りの店頭に並んでいそうな面々となっていた。

 

 そんなグループの先頭を歩く、人体改造を受けた某ライダーのお面をした一夏が言った。

 

「顔バレしないようにお面を用意してくれるなんて、一流旅館の女将さんは手際が良いな」

 

 応えるのは2号のライダーを被ったトミーだ。

 

「僕に一夏、アリスはテレビに顔出ししちゃっていたからね」

「変装もしないで来たらきっとお祭りどころじゃなかっただろうな」

「だね。ちょっと子供っぽすぎるお面だけど、結構面白いかも。みんなもなかなか似合っているじゃない」

 

 キュアキュアした金髪少女のお面をかぶったセシリアが楽しそうに同意する。

 

「本当に。まるで仮面舞踏会(マスカレード)に参加しているようですわ」

「正直セシリアが一番似合っていると思うよ」

「まあ。それはこの仮面ですの? それとも、この(よそお)い?」

 

 セシリアは振袖を上げてポーズをとってみせた。彼女のシンボルカラーである青を基調に、アサガオや笹の葉が描かれた落ち着いたデザインだ。

 

「トータルバランス的に、かな。特に動作が様になっているよ。さすがお嬢様」

「うふふ、トミーさんもお上手ですわね」

「浴衣自体はラウラも良いんだけど……」

 

 トミーは自分の半歩斜め後ろを歩いているラウラに振り向いた。彼女に合う黒を基調にした浴衣は、右肩から裾にかけて黄色に分けられたツートンカラーになっている。さらに金色であしらわれた帯には鶴が翼を広げ、小柄な体格に似合わない存在感を放っていた。

 しかしお面は、

 

「ふふん、やはりこのウサギの仮面が気になるか。わかっているぞ義弟よ。黒ウサギ隊に所属していたドイツ時代を思い出すのだろう」

「……それ、バニーガールのコスプレみたいだよ」

「なっ? そ、そんなふしだらな恰好に見えるとは、何気に男を持て余しているのではないのか?」

「ラウラはもうちょっと自分を省みたほうが良いと思う」

「そんな、わざわざお前のためにこの仮面を選んでやったというのに」

「フッ……」

「あっ! セシリア、いま笑ったな! 笑っただろう、絶対!」

「あらあら、何のことでしょう。このとおり顔を晒しておりませんし、気のせいではありませんこと」

「奥が透けて見えるというのだっ」

 

 セシリアとラウラが追いかけっこのようにトミーの周りを駆けまわった。まーたはじまった、と一夏が笑う。

 そんな喧騒の後ろでは、ぶつくさと不満を漏らしている暗い影ががあった。熊本のゆるキャラグマをモチーフにしたお面をかぶったシャルロットだ。

 

「せっかく今日は一夏とデートできるはずだったのにさ……。夕べだってそのために頑張ってラウラたちをなだめてたっていうのに……」

 

 恨めしそうに見つめる先の一夏は、シャルロットの気など知りもしない風だった。

 

 いまこうしてみな一団になっているのは、旅館花月(かげつ)荘で朝食をとっていた時に、急に一夏が「せっかくだからみんなでいこうぜ」と思い立ったからだ。

 その方が盛り上がるだろ、と清々しい顔で言われては、作戦、というより謀略を巡らせていた女性陣も無下にはできなかった。おかげで数々のオペレーションが水の泡となったわけである。

 

(これじゃあ骨折り損だよ~……)

 

 そう内心毒づくシャルロットを知ってか知らずか、策謀とは無縁の少女、子猫(キティ)がハローと言っているキャラのお面をかぶった相川が進み出た。

 

「ね、ねえみんな。せっかく一緒に来てみて何だけどさ、ここからは別々に行動してみない?」

 

 シャルロットのダークオーラが一瞬で吹き飛んだ。

 

「そ、それはいい考えだと思うよ!」

「シャルロットさんもそう思う?」

「思う思う! だってこんなにお客さんいっぱいなんだもの、別れて行動したほうが無難だよ。ね、一夏」

「うーん、そうだなあ。俺もまさかこんなに人手が出ているとは思わなかったしなあ」

「で、でしょ? だからさ、集合場所を決めて、時間になったらそこに合流して、今度は別の組み合わせで歩いてみたら面白いかな、って思って」

「うんうん、いいアイデアだと思う。相川さん今日は冴えてるね!」

「今日は、は余計かな」

 

 どうかな、と念を押すように問いかける先のトミーも「一夏がそう言うなら」と頷き返した。

 

「よし! それじゃあ全員で10人だから……、3-3-4で別れようぜ」

「それでいこう!」

「シャルロットさんノリノリだね」

「チームリーダーはどうする? じゃんけん、だとちょっと時間かかっちまうか」

 

 逡巡する一夏に、狐のお面をかぶった神楽が手を上げた。

 

「よろしければ、私がリーダーの一人を任されましょう」

「お、ありがとう神楽さん」

「ただし、メンバー分けは私の一存とさせていただけないでしょうか?」

 

 む、とたじろぐ数名と、一転してさらに輝きを増したシャルロットが肯定した。

「それじゃあお願いしようかな」という一夏の言葉に決が下る。

 

 

 ◇

 

 

「裏切りだな」

「裏切りよね」

 

 箒と鈴はアメリカンドックとイカ焼きを頬張りながら悪態をついていた。ベンチには(カラ)になったパックがいくつも散乱している。

 一夏とシャルロットが一緒というのはまだいい。そういう取り決めだったからだ。しかし間に神楽自身が入るというのはいかがなものだろう。

 

「神楽のヤツ、なんだかんだ言って、一夏と一緒になれるのを狙ってたんじゃないの?」

「ああ。例えばここのアイリスを入れるなどやりようはあっただろうに」

 

 かき氷を頬張るアイリスが引き合いに出された。名指しされてカップから顔を上げる。

 

「杞憂じゃと思うぞ」

 

 鈴がイカ焼きを食いちぎって咀嚼しながら言う。

 

「んぐんぐその……、もぐもぐ根拠は……、ごっくんなんだっていうのよ」

「鈴、はしたないぞ」

「うっさいわね。そのアメリカンドック残すんならアタシが貰うわよ」

「やらん。で、どうなんだアイリス」

「別に深い意味はない。単に、一夏が神楽の好みには見えなかっただけじゃ」

「「好み?」」

「あヤツは年下好きじゃろう」

 

 ガタッ! とおもむろに箒と鈴が立ち上がる。

 

「その話」

「いま少し詳しく」

「う、うむ……。まず座ってくれ」

 

 二人は大人しく席に着きなおした。

 

「単に性格や人づきあいを見てじゃ。あヤツはどうにも人の下に立つタイプではない。年上にもバンバン食って掛かるしの。それに世話焼きで頼られ好きの感もある」

「まあ、あながち間違っていはいないな」

「そういう女性はたいてい年下の方が好きなのじゃ。そもそも、世間ではそういった傾向があるじゃろう」

 

 確かにそうだ、と二人は頷いた。女尊男卑の世の中になってから、一般的に女性の好みは年下に傾いている。女性側の方が強いというという観念からか、男性を下を見ると言った風潮が自然とそうさせていた。

 逆に男性は自分たちを対等に見てくれる同年代を恋愛対象とすることが多くなっている。

 

「それにしても、かほどに心配なら影で追いかければよかったものを。こうして屋台を物色しておってよいのか?」

「ふっ……。やっぱお子様ね、アイリス」

「なんじゃと!?」

「今のうちに美味しいお店を見つけておけば、後で一緒になったときに役立つだろう。そのための下調べというやつだ」

「戦いっていうのはより多くの準備をした方が勝っていうことよ」

「男を掴むならまず胃袋を掴めというからな」

「美味しいものを一緒に楽しむ。食べさせ合ったりあーんしてあげたり」

「そして芽生える」

「「ひと夏の思い出!」」

 

「……集合時間的に、昼食はみんな一緒じゃと思うぞ?」

「「え」」

 

 フリーズする二人に、アイリスはヤレヤレとかき氷を掬う手を再開させた。彼女がカロリーの低い食べ物を選んでいたのは後のことを考えてのことだったのだ。

 頭がキーンと痛くなったのは、何も冷たいだけのせいではないようだった。

 

 

 ◇

 

 

 パンッ、という乾いた音と共に標的が倒れ落ちた。出所は紅白幕がひときわ目を引く縁日の射的コーナーだ。

 射的台には子猫(キティ)の仮面をかぶった相川清香がいた。隣には、銃を構える相川を支えるように、ライダー2号の仮面をしたトミーがサポートしている。 

 

「やった、当たったよ、トミーくん!」

「お見事だよ、お清さん」

 

 密着した姿勢のまま、相川は店主のおじさんから商品のスティック菓子を受け取り小躍りした。

 1回3発セットのコルク球を2回5発を外した相川は、6発目にトミーの助力を借りてようやく成功させたのだ。

 トミーへ丁寧に感謝を言う姿勢は、なぜか彼に身を持たれて下から見上げるような格好。

 互いの息遣いが感じるほど間近なもの。なのだが、

 

(う~、せっかくここまで頑張ったのに、仮面が邪魔ー!)

 

 見つめ合うのはライダーと子猫(キティー)。お互いの表情が分からず、仮面同士だけにどことなく変哲になってしまった。

 トミーは苦笑しながら応じる。

 

「学園の練習では射撃そんなに悪くなかったのに。今日は調子が悪かったの?」

「あ、そ、そうかもね。それにほら、ISでは操縦者にいろんなサポートをしてもらえるでしょ? 生身ではこんなもんだよ」

「そうだったんだ。お清さん運動神経いいから、ちょっと意外だなあ」

「そんなことより、つ、次はあの景品が欲しいなっ」

 

 相川が気を取り直して指さした先には、マーブルと書かれた円柱形のチョコレートの箱があった。スティック菓子よりも細身で当たりにくそうだ。

 

「それでね、またトミーくんに手伝ってもらいたなって思って……」

 

 言い終わる前にチョコの箱が撃ち落とされた。ただの一発だ。

 射撃手を振り返ると、キュアキュアなお面をかぶったセシリアがいた。射撃に精通しているだけあってライフル型の射的銃を片手で構える姿は実に板についている。

 

「あら、ごめんあそばせ。狙いがかぶってしまいましたわ」

「せ、セシリア……。いいや、あそこにまだあるよ! トミーくん、私たちも急いで……」

 

 また言い終わる前にチョコレートが撃墜された。

 今度はバニーガールの耳を被ったラウラだ。現役軍人だけあってライフルを構える姿は実に(さま)になっている。

 

「おや、すまんな。先を越してしまったようだ」

 

 ぬけぬけとそうのたまった。

 

「はいはーい熟練者(エキスパート)さんたち、こんなところで本気になるのはやめてくださーい」

 

 トミーは立ち上がると腰に手を当てて抗議した。身を離された相川は肩を落としてため息を着いている。

 まず食って掛かったのはセシリアだ。

 

「だって先ほどから相川さんにかかりきりではありませんの。私にもちゃんとエスコートしてくださいませ」

「セシリアとは最初に風車を一緒に買って遊んだじゃない」

「ですけども」

「その後指をくわえて見ていた子供たちへプレゼントしたのは素敵だなあと思ったよ」

「それはその、嬉しいですが……」

「ライダーとキュアキュアのお面が気に入ったのか、記念写真をせびられてたよね。上手く撮れてた?」

「もちろんですわ! 子供たちもみな幸せそうな笑顔でしてよ」

 

 セシリアのスマホには近所の子供たちと撮った写真が待ち受け画面に設定されていた。階段で撮影されたそれには、トミーたちの後ろの子供たちが手でハートマークを作っている。それがセシリアには微笑ましかった。

 

(ウフフ……、これはバックアップをとって永久保存ですわね)

 

 楽しそうに画像を見るセシリアと入れ替わって、今度はラウラが不満を吐き出した。

 

「トミヤ、私の方はどうなのだ。一緒に買い物を楽しんだりしなければ、写真を撮ってもいないぞ」

「……ラウラには、もうちょっと後で渡すつもりだったんだけど」

「なにをだ?」

 

 トミーはラウラの手に一つの小袋を手渡した。

 顔色を変えたラウラが確認を取って中を開けると、小さな小さな手毬の付いた(びん)が入っている。

 

「こっ、これはカンザシとかいう髪飾りではないか!」

「さっき小間物(こまもの)屋さんの前でじっと見ていたでしょう? 気に入ったのかなあと思ってさ」

「いや、しかし、似合うかどうかわからなかったものでな……」

「きっと似合うと思うよ。でも僕女の子の髪を結うなんてできないから、得意そうな神楽さんにお願いして飾ってもらえたら嬉しいなあ、なんて」

「お、義弟よ~!」

 

 ラウラはトミーにギュッと抱き着いた。ちゃんと自分のことを気にしてプレゼントまでしてくれたことがこの上なく嬉しかった。

 上目づかいに感謝を告げる姿はなんとも愛くるしい。

 が、はた目には正義のライダーにファンの女の子がすがり付いているみたいで、やっぱりムードはぜんぜん無かった。

 

「えー、ごほんっ!」

 

 相川がわざとらしく咳払いをする。

 

「セシリアさんもラウラさんもまったく羨ましいですね~。そろそろ私の(ターン)にさせてもらってもいいじゃないですか! トミーさんと一緒にさせてくださいよ!」

「それもそうですわね。バックアップは任せてくださいませ」

「うむ、私も加勢しようではないか」

「それはどうも、……加勢?」

 

 セシリアとラウラは同時にある射的の景品を指さした。倒せば大当たりになるダルマさんだ。

 

「いや、別に、一緒にっていうのは大当たりを狙おうってわけじゃなくて……」

「大丈夫だってお清さん。一緒にやればきっと倒せるよ」

 

 トミーが相川に射的銃を手渡した。すでに新たな1セット購入していてコルク球もセットしている。

 セシリアとラウラも射的銃を構えなおし狙いを定めた。

 

「ご安心なさいませ。わたくしの援護射撃(サポート・ファイア)を受けて負けた仲間(バディー)はおりませんのよ」

「ドイツ軍最強部隊隊長の実力、戦友(とも)のために見せてやろうではないか!」

「あー、もー! そんなわけじゃないのにー!」

 

 ノリノリの二人に相川は首を振った。

 しかしそんな相川の手を取ってトミーが身を寄せてくる。先ほどよりも近く、銃へ重ねる手はとても大きく、少女の心臓が高鳴った。

 

「しっかり持って、よく狙って。撃つタイミングはみんなで合わせよう」

 

 耳元でささやかれると「はい」という肯定の言葉が上ずった。

 知らず唾をごくりと飲み込む。

 

 ラウラがカウントダウンを数えはじめた。

 

 相川の胸の高鳴りはうるさいくらいに響いているが、銃口は静止したまま全くブレない。外れる、という感覚がまったく起きなかった。

 引き金に添えられた指先は震えていたが、トミーに重ねられると不思議と止んだ。

 

 

「……撃て!」

 

 ラウラの号令と同時に一斉射撃が放たれた。

 狙いは図ったかのようにダルマさんの左目。三発同時着弾はさすがのバランスをも動揺させる。

 ぐらりぐらりと揺れる姿勢がしだいに台座の端に動いていき、

 

「――あ」

 

 相川の声が自然と漏れた。

 ある感情がこもったそれを掻き消すように、カランカランと店主が鳴らす鐘があたりに響き渡った。

 

 

 

 

 

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