「で、見事にこれをゲットしたわけか」
昼時、集合場所となったそば屋の二階座敷にて、一夏がスイカを頬張りながら言った。
目の前の食卓には切り分けられたスイカが山となっている。すでに全員分行き渡っているにもかかわらずまだこの量だけに、もとの大きさがうかがえた。
この一品を縁日で射止めた相川は自慢するように胸を張った。
「そう、すごいでしょ! みんなで力を合わせて一発で決めたんだよ。ね、トミー君」
「うん。息もぴったり揃ってさ。一夏にも見せてあげたかったな」
トミーは種を丁寧に取ってから口にしていた。顔を隠していたライダーの仮面は右側を向いている。隣の相川も
「へえ、それじゃあ俺も午後から行ってみようかな」
「いいんじゃないかな。副賞でトマトやトウモロコシなんかも当たるらしいよ。味もきっとこれと同じくらい美味しいと思う」
「確かに。こんなにうまいスイカは久しぶりだぜ。箒と鈴もたくさん喰えばいいのに」
言われた二人は微妙そうな顔を浮かべた。
「いや、美味しくいただいているぞ、うむ」
「そうそう。ただここのお蕎麦がちょっと多かったっていうかさ」
「そうか? 注文したのざる蕎麦だけだったじゃないか。それも小盛の」
「た、たまにはそんな時もあるのだっ」
「女の子にはいろいろあんのよっ。そ、そだ、午後からあの神社にのぼってみない。腹ごなしもかねてさ」
鈴は窓から望むことができる山の上を指差した。
このそば屋は商店街の一番はじ、高台の神社の階段下にある鳥居の前に構えている。古風な日本家屋を綺麗に維持した二階建てで、街でもひときわ目を引く建物だ。だいぶ歴史を刻んできたのだろう、
お店の方は気さくで、スイカをさばいてほしいとお願いしたら気軽に応じてくれた。射的コーナーで当てたのだと言ったら縁日の店主を知っているらしく、農家である自宅で育てたものだと教えてくれた。どうりでうまいわけだとトミーは思った。
一夏は種を小皿に吐き出してから言った。
「あー、悪い鈴。実はさっき行ってきたばかりなんだ」
「そうだったの?」
「町を見渡せそうだなって思ってさ。実際とても眺めが良いところだったぞ。神楽さんが記念写真を撮ってくれて。ほら、コレ。良く映っているだろう」
一夏がスマートフォンの画像をみせる。
「……なんで一夏とシャルロットのツーショットなワケ?」
「俺も神楽さんも一緒に入りなよって言ったんだけど、それでは意味がありませんって断られてさ。どういう意味なんだかわからんが」
「……この二人でぴーすを合わせているポーズは?」
「写真映えするからぜひやってみてって神楽さんが」
「へーえ……」
「ほーう……」
底冷えするような相槌を打つと、二人は勢いよくスイカを食べだした。種も構わずガツガツと噛み砕いている。
「なんだ、やっぱり二人とも食べたかったんじゃないか」
「うん、一夏、君も静かに食べたほうが良いと思うよ。
トミーのたしなめに、おう、と一夏も再開した。彼女たちのかぶりつくような食べ方の理由は、一夏には到底わからないだろう。
端の席に座るシャルロットと神楽はひそかにアイコンタクトを交換する。したり顔で実に満足そうだ。
間に挟まれているアイリスは小さくため息を着いた。トミーに皮と種を取ってもらい小分けにされたスイカにフォークを突き刺す。本当なら「あーん」をしてもらいたかったのだが、両隣の状況から自重することにした。
「……午後からも厄介事が起きそうだね」
トミーは左隣に座るセシリアにそっとささやいた。
「いいではありませんの。お祭りにトラブルはつきものですわ」
「それもそうか」
「むしろ騒ぎが起きたほうが、忘れられない思い出になると思いますし」
「僕はもうすでになっているよ」
「まだ早いですわ。夜は花火が上がるそうだとか。せっかくですから最高の一日にしようではありませんか」
「みんなと一緒なら間違いなしだね」
「そこは、わたくしと一緒なら、と言って欲しかったですわね」
茶目っ気たっぷりにウインクをするセシリアに、トミーは頬を赤くした。返す言葉もみつからず、ぎこちない苦笑を浮かべるしかできなかった。
その火照った顔に、風が通り過ぎた。
窓から入り込んだそれにはお祭りの香りも混ざっている。屋台の食べ物や、人々の活気、そして夏の透き通った爽やかさが含まれていた。
チリーン、と縁側の風鈴が涼し気に鳴った。
(いいもんだなあ……)
トミーは良く澄み渡った窓からの景色を眺めた。向かいの家々でも窓から顔をのぞかせたりベランダに出ている住人たちがたくさんいた。酒を飲んでいるのか顔を赤くして笑い合ったり、知り合いを見つけたのか商店街の人へ手を振ったり、皆とても楽しそうだ。
今日出会った方々を思い返す。セシリアと写真を撮った子供たちといい、縁日のおじさんやそば屋の店員さんといい、なんて気持ちの良い人たちだろう。
(まるで、この町が一つの家族みたいだ)
トミーはふいに正面の席に座るラウラに目が行った。天涯孤独の彼にとって、義理でも家族である彼女を意識したのだ。
向こうも気づいたのか、スイカを食べる手を止める。
「楽しいか、義弟よ」
「――うん。僕は幸せ者だよ」
一瞬、言葉に詰まった。
神楽に髪を結ってもらい、簪をかけた義姉の姿は息を呑むほどに綺麗だったからだ。
「私もだ」
簪の小毬に手を添えて、少し照れたようにラウラは応じる。
「こんな気持ちになれたのは、お前と家族になったとき以来だ」
「きっと、これから何度も味わえると思うよ」
「そうだな。……不思議だ。ついこの間まで、自分の弱さを嘆いていたのに」
「いろいろ、あったものね」
「弱者に幸せは無いと思っていた」
「……、義姉さんは、思いつめやすいから」
「そうかもしれんな……。だが、せめてこの気持ちを与えてくれるものを守れるくらいにはなりたい」
「うん」
「やりがいがあるというのはいいものだな、義弟よ」
ラウラはくすぐったそうに微笑むと、照れを隠すように再びスイカへ口をつけた。
トミーは目を細めた。
ラウラが強さを追い求めるのは戦うために生まれた彼女の
いま、『強くなりたい理由がある』と口にした。それがトミーにはたまらなく嬉しい。
新たなスイカの一切れに手を伸ばす。その味はとても甘くてみずみずしかった。
◆
国際IS委員会。
国家のIS保有数やその運用、開発などを監視する組織であり、IS条約に基づいて設置された国際機関。
その本部ビル内にある会議場にて、委員会メンバーや関連組織の代表たちが馬蹄型テーブルに
IS学園の織斑千冬とアリーシャ・ジョセスターフのほか、英国からは常任委員の
さらに倉持技研の研究所所長やM.R.エレクトロニクスの常務取締役、デユノア社からは社長直々に来場と、関連企業からもオブザーバーとして多数出席されている。
みな一様に神妙な面持ちだ。
大人しく席に着くのは千冬とアリーシャくらいのもので、あちこちに輪を作って何やら話し込んでいる。会議場はざわざわと異様な雰囲気に包まれていた。
そこに、新たな来場者が現れた。日本の時代劇に出てきそうな古風な髪結いを施し、紺の地味な着物に身を包んだ、目つきの鋭い気の強そうな女性だ。
「なんだいなんだい、みんなシケたツラしてみっともない。もっとシャキっとしたらどうなんだい!」
独特のソプラノボイスが会場に響いた。
一番シケた顔しているイーリスがげんなりと応じる。
「……チグサが来るかと思ったら、お前さんかい、『ユウキ』」
周囲の視線が
それは畏怖だった。
彼女こそ日本が誇るISトップランカー部隊『
その実力は国家代表どころか前
が、当人はそんな経歴はどこ吹く風と、ツカツカと足を進め口角泡を飛ばしている。
「アンタが来るって聞いたんだからしょうがないじゃないかい! アタシだって別に来たか無かったんだけどね、ヘタにチグサを寄越してごらんよ、またひと悶着起きるに決まってるじゃないのさ!」
「相変わらずキンキンうるせえなあまったく。来たくないなら、ほら、クスノキやホウキを寄越せば良かったじゃねえか」
「おあいにく様。その二人は千冬にお使いをまかせられていてね」
「お使いだあ?」
「IS学園の生徒たちのお
「何してくれてんだよ織斑千冬……」
力なく千冬に抗議を向ける。
がさつで負けん気が強い軍人をいつも相手にしているイーリスであるが、「ちゃきちゃき」と「おきゃん」の代名詞的なユウキに対しては
千冬もそこらへんの事情を汲みつつも、表情には出さず淡々と返した
「無駄足ではない。今回の議題に関わることだ」
「ガキどもの面倒をみることがか?」
「その面倒を見ることで、この調査報告書をまとめられたということだ」
ふん、とイーリスはテーブルに設置されているホログラム資料に手をかざした。次第には第四世代IS考査の文字が浮かんでいる。
そこには篠ノ之箒か操縦する第四世代IS【紅椿】の性能が列挙されていた。
曰く、近接戦闘を基礎にした万能型であること。ワンオフ・アビリティー
そして、どの国家にも帰属していないことが赤文字で記されている。
「ようもこれだけまとめたもんだな」
イーリスの憎まれ口にユウキが口角を上げた。
「ま、役得ってやつさね」
「ああ?」
「ホウキは箒ちゃんに、ああこれじゃ分かりにくいやね、ホウキが篠ノ之妹にISの稽古をしてあげたのさ。息のかかった子を使いに出したらうまい具合に釣りあげてくれてね」
「んでその傍らでデータを収集していたわけか。お、しかも専用の基地使ってやってるとかえげつねえな。……っておい、コレじゃあ【紅椿】を日本に帰属することが前提になってるみてえじゃねえかよ」
「穏便に済ませるにはこのやり方が一番じゃないか。何か問題が起きてもホウキがいれば対処できるしね。どっかの国みたいに
「……どさくさに紛れて掻っ攫おうとしたクセに減らず口を叩くじゃねえか」
イーリスの目がギラつきだした。
別に軍や国が貶められるのはいい。慣れている。しかしその辺鄙な基地で被害をこうむったのは彼女の盟友なのだ。しかも暴走して日本に向かうや『
「ハンッ! 言いがかりはよしとくれ。ろくにISの管理もできないような奴らにゃ分不相応ってモンさ。中身も含めて大人しくウチらに任せときゃあよかったんだ」
「クチが過ぎるぞテメェッ!!」
イーリスが弾け飛んだ。自身のIS【ファング・クエイク】を瞬時に展開し『単分子結晶ナックル』をぶちかます。
風を切りうなりを上げる剛腕が、しかしユウキの目の前で止まった。彼女の両肩から第三、第四腕が伸びて掴みかかったのだ。見た目は武者の籠手に近い。さらに背中には
「――威勢だけじゃあ、この【武蔵】は倒せないよ」
【打鉄・武蔵】。
日本の国産IS量産機【打鉄】の強化発展型の一つで、ユウキに
当然、多腕を御せるだけの実力が必要となるため量産機という面では落第生であるが、ユウキはこのピーキーさを気にいり導入することになる。結果、量産機という茎から枝分かれして咲いた一輪の
「そんな【
「やってみなよ。IS後進国の
拳を掴み合う両者の間に睨み合いの火花が散る。
そこに、入り口側から声がかけられた。
「本会議の議長の名において命じます。両者ISを解除なさい」
女性にしては低いアルトながら重く響き渡る声音だった。
プラチナブロンドのくせっ毛にルビーのような紅い瞳、それは平たく言えばアイリスをやや大人びさせたような女性だった。
ただ、まとう雰囲気がまったく違う。アイリスが明るくて元気いっぱいな性質であるとすれば、彼女は
進み来る彼女に、ジブリルが居住まいをただし片膝を着いた。臣下の礼だ。それに異を唱える者は誰もいない。それが当然であることを知っているからだ。
イーリスとユウキは大人しくISを量子化させた。
「へえ、そうか、議長になられたのですか。『姫様』」
「そういやあ今回の会議はオタクの国のISも関わっているんだから、当然っちゃとうぜんかねえ、『姫様』」
姫様、と称される女性は口元を弧の字にして両者に応じる。
「第四世代IS対策、ひいては篠ノ之束への検討会議。
ルクーゼンブルク公国の国章が記されたドレスを着る女性は、重々しくそう言い放った。