リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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60話 男と女、面子と情

 今回の国際IS委員会会議は異様だった。

 最初の議題、篠ノ之箒が操縦するIS【紅椿】の処遇について即決裁判のようにトントン拍子となったのである。第四世代IS、製作者である篠ノ之束以外では到達しえない超技術(オーバーテクノロジー)の扱いであるにも関わらずだ。

 結論は、操縦者が卒業するまでIS学園管轄とすること。

 早い話が先送りだが、参加者の反応は落ち着くところに落ち着いたという感じだ。機体を調べるうえでも面倒ごとの置き場としてもIS学園ほどうってつけの場所は無い。なにせ現・旧世界最強(ブリュンヒルデ)が雁首を揃え、アカデミックな研究施設としても第一級の設備が揃っているのだ。これ以上の環境は世界のどこにもありはしなかった。

 加えて、今回のように何をしでかすかわからない束への対策という面もあった。妹の箒をIS委員会傘下の学園に縛りつけることで人質としたのである。

 教師の織斑千冬は手元のコーヒーカップを握り潰さんばかりに身をこわばらせたが、席を並べるアリーシャが何でもないような調子で、

 

「学園に閉じ込めておくのはいいが、中に入れた後はこっちに任せてもらうのサ」

 

 と、IS学園特記第21項のいわゆるアンタッチャブル条項を突き出してそれ以上の干渉を受け流した。

 参列者たちも箒を籠に入れられれば良しと判断し、すんなり了承。

 あとは【紅椿】の運用事例など細かな確認に終止し、第一議案の終了と共にいったん休憩となった。

 

 千冬は席を離れる際、

 

「私より教師家業が合うようだな」

 

 とアリーシャの肩を軽く叩き、コーヒーのお代わりを貰いに行った。

 

 この多少とも言えぬほど少ない意見交換は、これまでの会議ではありえないほど順調すぎる進行であった。

 その秘訣を、フランスIS関連大手デュノア社をまとめ上げるアルベール・デユノアは、オブザーバーたちが座る傍聴席から見通した。

 

(新しい議長殿は有能であらせられるようだな)

 

 (つぐ)んだ口元に添えた手が整えられたあごひげを上下する。眉間には深いシワが刻まれ、厳めしい顔がさらに(けわ)しくなっていた。

 

(すでに答えは決められ、会議とは名ばかりの確認事項の共有ばかり。とうに根回しは済んでいたということか)

 

 アルベールは正面の誰もいない会議テーブルを向いたまま、隣の席の『男』に話しかけた。この場で数少ない『男』、M.R.エレクトロニクスの常務にである。

 

「……こうなることを予期していたのか?」

 

 常務のかけるぶ厚い眼鏡には机の【紅椿】関連資料が映っていた。手は空間に浮かぶタッチパネルを忙しなく叩いてる。

 

「茶番になるだろうとは思っておりました」

 

 顔の左側空間には何やら(チャート)がホログラムで現れ、タイプが進むごとにグラフが形作られていく。

 

「【紅椿】に関したデータを頂けただけでも良しとしますが……、ダメですね。第二世代段階の技術ではどう最適化してもまったく歯が立ちません」

「第三世代が立ち向かった場合ではどうなのだ?」

「そちらはほとんどが試験段階です。計算したところで正確な数値になりませんし、どんなに好条件でやっても匹敵こそすれ勝ることはないでしょう」

「また、我々は條ノ之束に突き放されたというわけか」

 

 アルベールは瞑目してため息を着いた。

 デュノア社は量産型ISシェア世界第三位の大店(おおだな)ではあるが、主力機【ラファール・リヴァイヴ】は第二世代型の最後発だった。同じ二世代でも早い段階で打ち出した【打鉄】の倉持技研には大きく差を開けられている。技術蓄積(ノウハウ)の未熟により技術革新(イノベーション)へたどり着けないのだ。遅れを取り戻すためにも第三世代の開発が急務なのだが、このうえさらに第四世代の登場とあって、まさに周回遅れにさらされているような状況だった。

 

 常務はウインドウを閉じながら事務的に言う。

 

「前の会議で採択された国際IS技術統合計画によって、どこまで基礎技術向上(ベースアップ)できるかが重要となるでしょう」

「うむ」

 

 渋い顔で頷くアルベールだが、この件には内心安堵していた。

 IS技術統合計画とは、篠ノ之束による第四世代ISの登場に危機感を抱いたIS委員会が下した一手である。世界が個人に振り回されている現状を打破するための。

 デュノア社は第三世代開発の遅延のせいで国際競争力の低下が懸念されていたが、技術統合計画によって一息置くことができた。IS開発では後塵に甘んじているものの、関連する装備展開においては一日の長があったからだ。【ラファール・リヴァイヴ】の特徴である大容量バススロットを活用するために手掛けた付属品戦略が功を奏したのである。

 多彩なソフトバリエーションが技術統合によって拡散され、急増した利用者たちから膨大な運用データがもたらされた。結果、既製品の改良や発展型の開発、さらに新たな分野の開拓など、ソフト販売という分野ならば一定のポジションを確保できそうな勢いとなった。

 

 アルベールの内ポケットの携帯端末がバイブする。

 

「失礼」

 

 受信したメールを見れば、受注が決まっていた新商品が完成したことの通達だった。自然と緩む顔のシワを作り直し、喜びを押し殺して端末のアプリを閉じる。

 トップに戻った画面を見て、再度アルベールの顔がほころんだ。

 映っているのは、

 

「おや、ご息女(・・・)のお写真ですか」

 

 常務が口にする『ご息女』のイントネーションがやけに強い。

 アルベールの表情筋が引き締まった。

 

「覗き見とは感心しないな」

ご子息(・・・)であれば喜ばしいことこの上なかったもので」

「……、それはもう済んだ話だ。シャルル・デュノアはもういない。シャルロットに戻ったのだ」

 

 携帯端末の画像には、若き日のアルベールと幼い愛娘のシャルロット、そして清楚な美しさを放つ彼女の母親が微笑んでいた。

 

「不憫な子ですな。もはやその光景は望めないのですから。写真のご婦人は妻となることなく没し、正妻のロゼンタ殿は不義の子に憎悪される。さらに御家(おいえ)やグループ内ではあろうことか廃嫡運動が発生し、お命すら危うい始末。今や、液晶パネルの上でしか娘に会うことができない」

「!!――――ッ」

 

 アルベールのすさまじい眼光が常務を突き刺した。セットされた髪が総毛立ち、顔の筋が浮き出るほどの憤怒が沸き立つ。

 しかし口はへの字のまま食いしばり、こみ上げる言葉を懸命に堪えている。

 何を言わぬよう我慢しているのか常務にはよくわかった。

 

「ご立派です。下手に言質を漏らすわけには参りませんからな。私の言をお認めになることになる」

「…………」

「貴社の内紛の話は調べさせてもらいました。娘の命を救うために性別を偽らせIS学園へ送ったこと。しかしその子は自ら偽装を拭い去り自分の力で代表候補生を堅持したこと。我々としてはまんまと騙されてしまいました」

「そちらから、首を突っ込んできたと、記憶しているな。反女尊男卑主義組織(オールド・ファッション)……!」

「逆境に立ち向かう男性すべてに助力すること。それが我らのモットーです。女性にでは決してない」

 

 アルベールの怒りを正面から見据え、常務は毅然と言い放った。

 

「どうですか、男性同士、貴方も我々に(くみ)するというのは」

「御免被るッ。お前たちにはあまり良い噂を耳にしないのでな」

「女尊男卑主義者の流言でしょう」

「万を超える少年たちを犠牲にしたというのも飛語だと?」

「世界を変えたいと思ったことはありませんか?」

「生け贄をもって捻じ曲げるというのであれば断固拒否する」

「商談決裂ですね」

 

 常務は話は終わったと荷物をまとめ、席を立った。「すでに歪んだ世界だというのに」という独り言がアルベールの耳に残る。

 

「残念です、アルベール氏。貴社には我が社の製品を多く手配してきましたが、疑問に思うことはなかったのですか?」

「恩着せがましいことを。たとえ今後流通を絶たれようとも、企業倫理(コンプライアンス)を捨てることなど社長としてやってはいけないことだ」

 

 常務は初めて齟齬を崩した。

 

「さすがです。見事です。漢とはかくあるべきです。その気概に敬意を表し、ささやかながらこれを進呈しましょう」

 

 常務は空間に浮かぶホログラムの小ウインドウから一通(いっつう)のメールをアルベールに送った。携帯端末に表示されたその内容を一瞥する。

 

「!? 貴様らは……!」

 

 弾かれたようにアルベールが立ち上がろうとする手前、柱時計が奏でるようなチャイムが鳴った。会議の再開を知らせるものだった。

 去っていく常務の後ろ姿を見送る顔は、怒りではなく驚愕に目と口を開いていた。

 

 

 ◇

 

 

『姫様』と称される議長が重々しく続開を告げる。

 第二号議案はもうひとつの第四世代IS【セブンス・プリンセス】()の処遇について。

 これもすでに話はついているのか、何処からか上がったルクーゼンブルク公国の管轄という意見に同調の声が連なった。操縦者が公国の姫君であり、開発されたのも公国内であるからと後付けのように理由が塗装される。

 しかし、意見とは反対に難しい顔をする面々が多い。

 

「【セブンス・プリンセス】の管轄はともかく……」

 

 会議テーブルに並ぶ唯一の男性、賛助が肥満体をゆるわせ口ごもりながら言った。

 

「【グレイ・アイディール】も一緒にルクーゼンブルク管轄というのは、その、いかなる了見なのでしょうか?」

 

 出席者の視線が議長に集まった。 

 普段であれば場違いな男の意見などすぐに叩かれているというのに、誰も彼を否定しない。

 議長はすました顔で淡々と応じる。

 

「そのISモドキも我が国のラボで生まれたもの。また操縦者も我が国に籍を置く会社で生まれております。【セブンス・プリンセス】と同じではありませんか」

「はあ。で、ですが、それでしたらなぜこれまで受け入れなかったのですか?」

「ISの模造品の受け入れなど御免ですもの」

 

 バッサリ言いやがる、と賛助は内心こぼし肩を震わせた。

 

「ですが、パイロットの少年は我が妹を助けました。世間的にも人気を博したと聞いています。男にしてはマシのようですし、妹の顔を立てるためにも特別に配慮をしたまでですわ」

 

 ヒュウ♫ と調子のいい口笛が鳴った。発信源である英国の女伯爵(カウンテス)がニヤニヤと歯を見せていた。

 

「なにか言いたげですね?」

 

 議長が顎を引いて睨むように言う。

 

「いやあ、他愛のないことです。まさか男嫌いの『姫様』がお認めになるとは思いもしなかったもので」

「ろくでなしの馬の骨より実験室で生まれたモルモットの方が利用価値があるというだけですわ」

「それは素晴らしい。男に価値を見出すとは。議長と言う大役を任せられて成長されたようですなあ」

 

 議長がテーブルに掌を落とした。

 

「他に意見が無ければ採決に移りたいと思います」

 

 女伯爵(カウンテス)は鷹揚に顎をしゃくった。サングラスの奥の視線が難しい顔の千冬と口元を緩ませるアリーシャ、そして困惑するジブリルを順に巡り、ケタケタと笑いを浮かべる。

 他の出席者は特に異論は無いようで大人しく決議を待った。

 しかし、

 

「ちょいといいかい?」

 

 と甲高い口を挟む者がいた。ユウキだ。

 またかよ、とイーリスが椅子にもたれかかる。

 

「何でしょうか」

 

 議長が務めて平静に言う。

 

「挙げてもらった【セブンス・プリンセス】のデータ、重要なところが端折(はしょ)ってるみたいだねえ」

 

 指摘に、列席者の怪訝な視線がユウキに集まった。

 議長は顔色を変えずに続きを促す。一瞬だけ眉をひそめたのをユウキは見逃さなかった。

 

「ウチの仲間たちが【紅椿】と同様に性能チェックしてくれてね。今送るのがその資料さ。ちょいと目を通してもらえるかい」

 

 ユウキが手元の機材を操作すると参加者のモバイル端末に新たなデータが追加された。

 そこに記されていたのは、

 

「瞬間移動ですと!?」

 

 出席者から上ずった声が上がった。

 会議資料に載っていない情報が写真や動画付きで掲載されているのだ。

 映像はIS学園の生徒たちが旗を奪い合うゲームの中で撮られたものだと注釈がある。

 各自読み進めるうちに、それぞれ感想が口を継いで出た。

 

「ふぅん、【セブンス・プリンセス】が運用する重力を使い、ワームホールを生み出した、と」

「しかもすでに実戦で使われているですって?」

「現場は……、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)暴走事件!?」

「写真に写っているのはISモドキではありませんか!」

「お、トミヤ坊じゃん」

「あれは米国が収めたのではないのか?」

「わ、わたくしだって知らないザマス!」

「どういうことなんだイーリス!?」

 

 急遽話を振られた米国代表のイーリス・コーリングはしどろもどろだ。

 

「あ、え~とだな、何ていえばいいか……」

「はっきりしたらどうなんだ!」

 

 そうは言っても祖国が誤魔化し通した秘匿事項をどう説明すりゃあいいんだと目が泳ぐ。

 まごついた姿勢にさらなる追求の声が重なり、議場が急にざわめき立った。

 今まで裏工作によって舗装された道を走っていたのが、突如断崖に突き当たったようなものだった。

 

「こんなことは聞いておりませんよ!?」

 

 ついに議長へ矛先が向いた。

 ユウキは頃合いとばかりに悠々と立ち上がって手を叩く。

 

「ハイハイ、盛り上がってるところ悪いがちょいと聞いとくれ。ここで確認したいのは【セブンス・プリンセス】のワームホール展開とLSのシナジーがヤバイってことだ」

「と、申されますと……?」

 

 賛助が汗を拭きながら続きを促す。どうやらLSと同じ男性側である彼も知らない様子だ。

 

「調べたんだけどね、ワームホールはそんなに便利なもんじゃないのさ。エネルギー効率的に一回使えば打ち止めさね。しかもトンネル内は高エネルギーがバリバリでよっぽどのシールドがなきゃ通れない。うまく通り抜けられてもいきなり向こう側にほっぽり出されたって状況を確認するまでに酔いが発生しちまう」

 

 でも、とユウキは値踏みするように議長と、アリーシャに目を配った。

 

「リミテッド・ストラトスならばそれが可能だ。曲がりなりにもISシールドと絶対防御があるからね。それにパイロットは酔いを受けない能力を持っているって寸法さ。そうだね、アリーシャ」

 

 ユウキは一連の技能を生み出した張本人であるアリーシャに念を押した。三木一草総出で調べ上げた結果彼女に行きついたのだ。

 アリーシャはもったいぶりながら両手を上げた。

 

「そこまで調べがついてるんなら、確認するまでもないってもんサ」

「というわけだ。で、議長さん。アンタのところで【セブンス・プリンセス】とLSを両方管轄にする話、こりゃあちと業突(ごうつ)く張りすぎてやしないかねえ」

 

 勝ち誇るように見下しながらユウキが言った。一同も不審げに議長を見つめている。

 それに対し、

 

「情けないですね」

 

 嘲るような声が議長からもたらされた。

 

「そこまで辿りつきながら、我が国の技術独占にしか答えが至らないだなんて」

「どういうことなんだいっ?」

 

 ユウキが目の色を変える。

 議長は憐れむような視線で返した。

 

「瞬間移動も、ISモドキの運用も、行うのは誰ですか? 私の妹と、遺憾ながら妹が見初めた者ですよ」

 

 不意を突かれた内容に、ユウキは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。

 

「そ、そりゃあ、そうだけど」

「それで、貴方がたが懸念されるようなことをする前提はどういった状況ですか?」

「そりゃあ、操縦者のアイリス様と(にのまえ)くんを嵌めてってことに」

「妹たちを敵に回した時、もしくは洗脳などで意のままにしたときですね」

「ぶっちゃけりゃあそうだね」

「そんなことを私が許すとお思いで?」

 

 ユウキは一歩後ずさった。汗も流れる。目の前に座る自分より年下の女性が放つ圧力に抗せなかったのだ。

 

「ま、待ちなよ。ISとLSが奪われるなんてこともありえるじゃないかい」

「LSは奪えませんし、こと【セブンス・プリンセス】に関しては束直々の妹専用機です。他人の手に渡ることは不可能ですわ」

「ちょ、ツッコミたいところがあるんだけど」

「調べればわかる話です。勉強不足を嘆きなさい。……さて、みなさんに伺います」

 

 議長は圧の矛先を会議場全員に向けた。各々(おのおの)の身がすくむ。

 

「私は議長故に会議の進行に徹しなければなりません。しかし、身内を思いやることを表明するくらいはしてもいいはずです。そこで、淑女の皆々様」

 

 アイリスの姉は両手をテーブルに叩きつけて宣言した。

 

「我が妹の恋路を阻もうという輩はいらっしゃいますかしら?」

 

 決議はルクーゼンブルク管轄に満場一致で決定した。

 

 

 

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