六拾壱 伸びるときは一気に伸びる
夏も盛りのIS学園は蝉の声だけが交わされていた。
売店など多くの施設が夏季休暇で扉を閉め、教師たちもバケーションに出払っている。
残っているのは研究棟に籠る
その静けさが、IS訓練用アリーナから響く騒音を際立たせる。
太鼓を打ち、金属がぶつかり、地面を叩くような音が漏れていた。
学園の者ならだれもが知るISの戦闘音だ。
「ハァアーーッ!!」
試合場上空では黄色い機体が燕のように舞い踊りながら、地上に向けてマシンガンを放っている。
三つの楯型
「動きはいいけど、射撃が散漫だよ!」
地上からは幾条もの対空砲火が猛然と噴き上がっていた。
巨大な籠手の
【打鉄・菊水】は高度を取って回避しようとするが、近接爆発が咲き乱れ翻弄させられる。
それでも爆炎をかいくぐって浮かび上がる姿に傷は無く、機体の堅牢さを示していた。
「もっと機体の頑丈さを活かすんだ、お清さん!」
トミーは相手の動きを見切ると、温存していた左の
相川清香はバリアを展開させる『
反撃は、見事に届き地上の機体を揺さぶった。
「こ、こうかな、トミーくんっ!?」
「そうそう! やっぱりお清さんは射撃上手だよ!」
「おだてたって何も出ないよ!」
「この間のスイカのお返し!」
「もうっ。ほんとはスイカ割りのほうが得意なんだから!」
笑みを滲ませる相川は
ダイブだ。
「いくよっ!」
直上からの急降下。直線ではない。途中三度も
以前、タッグマッチトーナメントでシャルロットが見せた動きだ。
「パートナー直伝の軌道だね! でも!」
トミーはその戦法を知っている。相川の
矛先が分かれば対策もとれる。トミーは広がった
しかし、
「『
それを二つの楯が食い止める。さらに『
「やるね!」
トミーは右手に持つ
しかしそれに『
相川の勢いは止まらない。
「だぁあああああっ!!」
鞘から引き抜いた近接ブレード『葵』が翻る。刀身には驚愕するトミーの顔が写っていた。
◇
「それなのに及ばないのかあ~」
アリーナのロッカールーム、設置された長椅子に相川が身を広げていた。悔しそうに足をばたつかせ、両腕をぶらぶらさせている。
「決まったと思ったんだけどなあ。
「いやぁ、ほら、僕の機体接近戦得意だし」
トミーは自販機で買ってきたパックドリンクを渡しながらフォローを入れる。
しかし相川は頬を膨らませて受け取ろうとしなかった。彼の得意分野なんてそんなこと、いつも追いかけているのだから百も承知だ。それに、常に専用機持ちたちと一緒にいることも。特別な才能のない自分が使い古された練習機でいくら訓練しても、その背中に届かないことだって痛いほど知っている。
どうすれば追いつくことができるのか。そのことばかり考えてがむしゃらに練習する中で、転機が訪れた。友人の布仏本音が彼女の親友と共に三木一草のクスノキから稽古をつけてもらえるという話を聞きつけたのだ。この機を逃すまいと拝み倒して自分も参加すると、なんとクスノキの目に止まり、あろうことか特別機を貸し出してもらえる流れとなった。
心機一転。生まれ変わったような気持で打ち込んだトレーニングは自分でも驚くほど上達をみせた。もうこれまでとは違うのだということをこの試合で一本取って見直してやろうと意気込んでいた。
それなのに、
「いくら上手くなっても、才能のある人には追いつけないのかな」
結局は負けてしまって、彼との距離はまるで縮まっていないじゃないかと、舞い上がっていた自分が情けなく感じた。
「新しい機体、よく乗りこなせていたと思うよ」
トミーのねぎらいも気休めのように受け止めてしまう。
「そうでなければ懐に潜り込まれたりしなかったもの」
「勝ったくせに」
「勝たせてくれたんでしょ」
「……え?」
涙ぐんだ相川の瞳がトミーに向いた。
「どうして接近戦なんて選んだの。あのまま距離を取って戦えば僕のシールドエネルギー切れで勝てたのに」
「それは、射撃を褒めてもらえて、うれしかったから……」
「接近戦もできるんだって、見てもらいたかったの?」
「う、うるさいなっ」
相川はゴロンとそっぽを向いた。もっと褒めてもらいたかったなんて子供みたいなこと、言いだせるはずがないじゃないか。
トミーは彼女の背中にやさしく語りかける。
「お清さんは、もっと空を飛ぶべきだよ。試合で見せた燕のような綺麗な飛行を、どこまでも高くやった方がいいよ」
僕ができない代わりに。
そう言葉の裏に載せているように相川には感じた。
ハッ、とその瞬間気が付いた。見つめ続ける彼の背中は、いつも地上にしかなかったことに。
自分は彼に追いつけないのではなく、空を飛んで見下ろしているばかりで、彼のもとに寄り添おうとしてこなかったのだ。
相川は上体を起こした。振り返る瞳に涙は無い。
「あ、あのさ。もう一回、練習に付き合ってもらえないかな。今度は試合形式じゃなくて、射撃とか剣の使い方とか見直してもらいたいんだ」
貴方の隣で。
そう口に出る前に、ドリンクのストローをくわえさせられた。
「一息ついてからにしよう。今日も相変わらず暑いんだから、水分とらないと参ってしまうよ」
気を削がれた格好の相川は不満げにストローを吸った。
(あ……)
ふと表情が変わる。甘くて冷たいチョコレートミルク。相川の好きな飲み物だったのだ。スポーツの後には一番だと言ったのを、彼はまだ覚えていてくれたらしい。他ならぬ、自分のために。
いつもながら優しいな、とくさくさしていた胸が和らいだ。
チョコレートの味が今まで以上に美味しく感じた。
◇
二人が練習を終え、シャワールームから上がったときは日が傾いていた。遠くでひぐらしの鳴く声がする。
「ありがとう。ゴメンね、こんな遅くまで練習に付き合ってもらっちゃって」
アリーナ利用の書類を提出して、二人は食堂へ向かっていた。
「お役に立てれば何よりだよ。ちょうど自習にも飽きていたところだったし」
「トミー君が学校に残っていてくれて助かったわ。みんな帰省しちゃったもんね」
「お清さんこそ、実家に帰らなくていいの?」
「実は最近まで帰ってたんだ。そんなに遠くないからすぐとんぼ返りしてきたの」
「ゆっくりしてくればよかったのに」
「じゅうぶんしてきたよ。中学の時の友達にも会ったりね。みんな高校デビューしてキラキラしてたな~」
「相川さんの友達らしいね」
「どういう意味よそれ。……まあ、いっぱい遊んで楽しかったけど、恋バナはちょっと疲れたかな」
「高校に入って、もう彼氏ができたりとか?」
「アタリ。みんながそうじゃなかったけど、一緒にお祭りへ行くの~とか、海に行っちゃおうかな~とかはしゃいじゃっててさ。も~青春しちゃってますよ感バリバリだったわ。で、そのとき私なんて言ったと思う?」
「実はすでに行ってきた」
「せいか~い! こないだのときの写真も見せつけてやったわ。ぐぬぬ、って感じで鼻を明かしてやっちゃった」
「その写真って、射的でスイカ当てたときの?」
「そ。トミーくんと一緒に撮ったやつ。でさでさ、そんなわけで、今度友達と会うときに私の彼氏役、お願いして貰えないかな」
「そういうのは良くないと思います」
「えー。私そんなに魅力ないかな~?」
「相川さんも僕も、人を騙せるような
「あ、それもそっかあ」
二人は同時にふき出した。他愛のない無邪気な笑いだった。
トミーは、今日初めてお清さん笑ったな、と嬉しくなった。練習中の彼女は本当に真剣で、自分の持っている技術をどん欲に吸収しようと何度もレクチャーを求めてきた。銃の構え、フェイント、動きながらの射撃、さらには接近戦。事あるごとに確認をされ、その都度手を添え足を添えての修正を頼まれるほど熱の入れようだ。
このぶんだと夏休み明けには専用機持ちに肩を並べてもおかしくない。その手助けを自分が担えることが面白くて仕方がなかった。
「ねえトミーくん、明日も一緒に練習できるかな? 次こそ一本取ってみせるわ」
あれだけトレーニングしたのに、彼女はまったく疲労の色をみせていなかった。すごい体力だなと感心する。
「もちろん。と言いたいんだけれど、ちょっと出張ってほしいって連絡があったんだ。帰りは遅くなるかもしれない」
「ふーん。スポンサー企業さんからのお願い?」
「うん。倉持技研に行ってくれってさ」
「倉持? 私のISを作ってくれたところじゃない。私も一緒に行ってみようかな。運用データもたまってきたし」
「いいんじゃないかな。依頼を寄越してきたの、本ちゃんだったし」
「本ちゃん、って布仏本音!? 企業経由でトミーくんに頼んできたわけ?」
「そうみたい。直接連絡くれても良かったのにね」
「というより、本音っていったい何者なのかしら? クスノキさんともコネがあったし」
「楯無さんの右腕が本ちゃんのお姉さんだし、実はすごい家の出だったりしてね」
「う~ん、あの本音がねぇ……」
悩ましそうに腕を組む。
トミーも相川の意見に同感だった。本音は普段からポワポワしていて、生徒会の仕事をいつも丸投げしてきて、扱いに困ることもしばしばだ。
しかし学園に溶け込むきっかけを与えてくれたのは間違いなく本音であり、振り返ってみれば生徒会関連で多くの生徒たちと交流を持たせてくれたのも事実だ。
まさかすべてが計算ずくで……。
(いや、考え過ぎかなあ)
下手に思い悩む自分たちの姿を幻の本音が指差して「あははー」と笑っているような気がしてきた。
どうあれ、明日会えるのだからその際確認すればいい。
「ところで、倉持技研さんへの用事の内容は言われているの? あ、私が聞いちゃいけない話だったら別にいいけど」
「特別機を任せられているお清さんなら大丈夫だと思う。新型機のテストを手伝ってくれってさ」
「新型……。また変わった【打鉄】が生まれたのかしら」
「マイナーチェンジだったらわざわざ僕を呼ぶ必要もないし、ひょっとすると、完全なリニューアルモデルかもしれないね」
「となると、第三世代型の【打鉄】?」
「ありえるね。名前は教えてもらえてる。【打鉄・弐式】と言うんだそうだよ」
「弐式、かぁ」
相川は【打鉄・菊水】の待機状態である二の腕のアームレットに手を当てた。
その手に力が籠っていることにトミーは気が付いた。ただ、口に出すべきではないように感じて、やはり彼女と一緒に行こうという気持ちにさせた。