トミーは相川と夕食を共にした後、自室でパソコンに向かっていた。以前この部屋を使っていたM.R.エレクトロニクス研究員のお古デスクトップだ。当然中身は初期化されていたが、かつての利用者が利用者だけに性能は良く、三面ディスプレイも何かと便利だった。
その正面の画面に映っているのはイギリスに帰国しているセシリアだ。彼女はIS国家代表候補生という肩書以外にも、名門オルコット家を背負って立つ当主としての立場がある。オルコット傘下の企業グループのオーナーとして経営状況を見なければならないし、他の貴族や旧友との交遊も務めとして果たさなければならない。とはいえ、優秀なメイドのチェルシーが主の留守居をしっかり果たし、何かと縁のある
「聞きましたわよトミーさん!」
セシリアは画面に乗り出して目をむいた。
トミーは思わずのけ反って、高画質なモニターの性能を若干恨んだ。
「ええと、どの話を?」
「トミーさんの所属がルクーゼンブルクになることですわ!」
「ああ、そのことか。オペレーターのエクシアから事後報告で聞いたけど、特に今までと変わりはないみたいだよ?」
トミーは前回のIS委員会会議で不明瞭だった所属がルクーゼンブルク公国に確定していた。出身がルクーゼンブルクに籍を置くM.R.エレクトロニクス欧州本店であり、かつアイリス王女を救った英雄として祭りあげられたというのが表向きな理由だ。
「何を呑気なことをおっしゃいますのっ。これでは今後アイリス王女とのレールが敷かれたも同然ではありませんか!」
「飛躍しすぎだよ。おおかた。【グレイ・アイディール】関連との結びつきを強めたかったんじゃないかな」
「あれだけLSと蔑んでおきながら、ですか?」
「ルクーゼンブルクはISの発展で躍進した国だからね。アリスとのことがきっかけで、僕みたいな不安要素を排除するより取り込もうという方針に変わったんだと思う」
トミーはコンソールを操作すると、先日ラウラからもたらされた情報をセシリアに送った。ルクーゼンブルクがドイツに軍事顧問の要請をしたという内容だ。国防や保安が国の発展に追いついていない状況への対策なのだと、すでにメディアでも流れている。特にアイリスの学友でもあるラウラに影響がでるだろうと踏んでいた。同様にトミーも巻き込まれることが想定され、今回所属が明確になったのはそういた情勢の一環と捉えていた。
「ドイツ軍は、数年前一夏が誘拐されたときに活躍した実績があったでしょ。そこから織斑先生との繋がりもあるし、僕のバックのM.R.エレクトロニクスだって影響力はそれなりだ。いろんなところを巻き込んで足場を固めようとしているんだろうね」
セシリアはまだ納得いかないように鼻をツンと立てる。
「
「そうは言ってもほどほどの位置におさまると思うよ。こういう話って、セシリアにならわかるんじゃないかな」
「わたくしなら、とおっしゃいますと?」
「貴族だったらお家のために最大のメリットがある選択をとろうとするでしょう?」
セシリアは不満げな顔で視線をそらした。それを見てトミーは見込んだ通りと苦笑する。苦労性である彼女になら、貴族の交友が半分実利に基づいていることを理解しているだろう。トミーとアイリスの仲介というのも、トミー自身ではなく背後を見込んでのことに違いない。まして相手はロイヤルファミリー。平民とも言いがたいトミーへの配慮などたかが知れているというものだ。
トミーは何気なく右側のディプレイに目を移した。先日行った夏祭りで撮った記念写真が写っていた。皆笑顔でポーズを決め、背後では幾つもの花火が咲き乱れている。
(あらためて、すごい写真だよね、これ)
鮮やかなスターマインもさることながら、映っているメンバーの出自は
「……トミーさんは、まだご自分の立場が分かっておられませんのね」
セシリアの低い声に振り向いた。腕を組んだ彼女が半目で睨んできている。
「せっかくですからお教えいたしますわ。たとえば、世界に二つしかない宝石があったとしますわね。それはきっとたいへん高価なもので、貴族や王族であればこそ手に入れたいと思うでしょう。そうは考えられませんこと?」
「え……っと、その宝石ってまさか」
「ああもちろん、その輝きに魅せられて盗み出そうとする輩が現れないとも限りませんわね」
「えらく物騒な話なのだけれど」
「少なくとも、誰かのモノになるくらいなら身近に囲っておきたいと、そう思うお方はどれくらいいらっしゃるかしら。たとえそれを身に着けることができない都合があったとしても、頑丈なクリアケースの中に封をしてリビングやベッドルームに飾るなんてこともありますわね。そうそう、せっかく手に入れたのですから自分好みにカットしてさしあげますかしら」
「ちょ、ちょ、ちょっとですね、セシリアさん?」
ウフフ……、とうつむき加減に微笑む姿が異様に恐ろしい。ひょっとして、自分を個人としてでなく希少品として見られることがあるというのだろうか。真に迫った話かもしれない。一夏は様々な理由のもとにさらわれたが、次にさらわれるのは自分のような気がしてきた。
集合写真に目を移す。ここに映っている仲間たちならきっと助けてくれると思うのだけれど、
「これは……、再検討と助力を願い出る必要があるかもしれないね」
渋い顔をするトミーにセシリアの表情が明るく変わる。
「ええ! もちろんトミーさんのお願いとあらばいかなるご支援も厭わないですわ。それこそ、こういった状況に場慣れした方が望ましいでしょう。そう、たとえばわた――」
「ラウラだね。確かに。軍事訓練で護身術を一通り身に着けているし、僕に迂闊なところがあればビシッと指摘してくれそうだ」
トミーはうんうん頷いた。やはり自主防衛となると本職であるラウラにお願いするのが一番だ。ルクーゼンブルクのこともあるし、一度鍛えなおしてもらうのが良いかもしれない。さすがはセシリア、目の付け所が違う。
感謝の気持ちを伝えようと画面に向き直ると、なぜかズッコケている彼女の姿があった。どうしたんだろう、と聞く手前でチャイムが鳴った。消灯時間を知らせるアラームだ。
「ああ、ゴメンセシリア。もうこんな時間になっちゃった。また明日連絡するからね」
IS学園は夏休みだが、だからこそ時間厳守が徹底されていた。不審な外部侵入者への対策になるからだ。
セシリアは何か言いかけていたみたいだが、下手に長引いてしまったら問題だ。明日は早朝から倉持技研へ向かう予定もあるのだし、悪いなと思いながら通信を切った。
ちょっと警備に不安がよぎり、部屋の
◆
翌朝、倉持技研までの道のりは長旅となった。
最寄駅からモノレールに乗り、主要駅で電車に乗り継いで一時間。さらに連絡駅でバスに乗り換えて一時間。
車窓の向こうに立ち並ぶビルは樹木に変わり、地面はコンクリートから田園になるほど郊外へと向かっていた。当初ぎゅうぎゅう詰めだった乗客は乗り換えるたびに減っていき、最後はトミーと相川の二人だけとなっていた。
「旅は道連れと言うけれど、お清さんと一緒でよかったよ」
トミーは頬を緩めて隣席の相川に言った。IS学園への入学で来日してからまだ4カ月、日本暮らしに馴染みきっていないトミーにとって、相川の道案内はとてもありがたいものだった。さらに道すがら、相川は持参してくれたお菓子を広げたり、タブレットを取り出して撮りためていたおススメのドラマを一緒に鑑賞したりと、道中を実に楽しいものにしてくれたのだ。
「無理言って着いてきたようなものだからね。これくらいはしないと」
相川ははずんだ声で答える。トミーはまったくありがたい限りだと眩しそうに目を細めた。
「一人だったら心細くてうんざりしていたと思う。楽しい旅にしてくれてありがとうね」
「そ、そんなに改まって言うほどのことじゃないわよっ」
「優しいよね、お清さんて」
「も~、褒め殺しは困るわっ。そんなに思ってもらえてるなら、帰ってからのISの訓練とことん付き合ってよね」
「もちろん。満足するまでどこまでもお相手するよ」
相川は「よろしい」と何度も頷くと、顔をタブレットに向き直った。上映されているのは若者たちの青春ラブストーリー。ちょうどヒロインと主人公が引き裂かれてしまう場面のようで、相川はのめり込んでいるのか頬を赤く染めていた。
そんな中、バスのアナウンスが放送された。どうやらいつの間にか目的地間近になっていたようだ。ドラマはクライマックスを迎える前で止めることになった。
下車した場所は山奥と言っても過言でないところで、うっそうと生い茂る林の奥に場違いな白い壁がそそり立っていた。建物にキズらしいキズは無く、蔦植物が手を出していない状況から新しさや手入れが行届いていることがうかがえる。それに緑の深い場所だというのに異様なほど周囲が静かだ。殺虫剤なり鳥避けなり、相当人手が入っているのだろう。
わざわざ自然に分け入って居を構え、我が物顔で動植物を踏みにじっている、実に研究者の巣窟らしい場所だとトミーは思った。
「トミーくん?」
ふいに相川に声を掛けられた。
「なに?」
「あ、ううん、何でもない……。あ! あれ本音じゃない?」
相川につられてゲートを見ると、ぶかぶかの白衣を被った人物が袖口から手が出ていない腕を振っている。
「こっちこっち~」
という特徴的な間延びした声が聞こえてきた。オーバーサイズの研究衣を着ている格好といい、間違いなく本音だ。わざわざゲートの前まで出迎えに来てくれたようだ。
「やっほー、本音! ひっさしぶり!」
「ご無沙汰、本ちゃん」
相川とトミーの挨拶に本音は両袖で握手を求めてきた。
「わざわざ遠くまでありがとうなのだよ~。お清ちゃんも来てくれるなんて感激なのだ~」
「本音と言いトミーくんといい私の呼び名は『お清』になっちゃうのね。ま、親しみがあるみたいでいいけれど」
「入り口で待っていてくれたんだね、ありがとう。初めて来たもんだから助かるよ」
「ココは警備が厳重だからね~。関係者と一緒じゃないと立ち入りできないのだよ~。ささ、ごあんな~い」
手をかざす本音を先頭に施設の中に入っていく。途中守衛に呼び止められたが、本音が何か言うと「ああ、彼が」と呟いて変な笑顔で通してくれた。
研究所の内装は、白一色で塗りつぶされていた。床も、壁も、天井も、蛍光灯すら真っ白だ。こちらに好機の視線を向けながらすれ違う研究員の服装も一様に白衣。彼らはほぼ外に出ないのか、肌の色は夏だというのに全く日焼けせず白いままだった。
「なんだか、ちょっと不気味だね……」
相川が小声でささやいてくる。トミーは無言でうなずき返した。
「気味悪いくらい真っ白けだし、みんなトミーくんを見ると変にニヤニヤしてくるし、……トミーくん?」
声音を変えて相川が呼び止める。
「ん、どうしたの?」
「あの、なんだか、表情が硬いような気がして」
「あれ、そう?」
「うん。なんだろう、こういう場所、苦手だったりする?」
トミーは頬に手を添えた。そのまま口元を隠しながら、またいつもの癖、正直すぎる
「……顔に出ていたかな」
「顔もそうだけど、目つきがね、鋭いんだ。ISの試合の時なんかより、ずっと怖い」
トミーは目をしばたたかせた。
「この研究所に着いた時もそうだったけど、なんだが雰囲気がいつもと違うのよ。張りつめているような、そんな感じがするの」
相川の疑念に、前を歩いていた本音が振り返る。
「そういえば~、今日のトミーは、ちょっとおかしいかも~」
「だよね、だよねっ」
「そんな、いたって僕は普通だよ?」
心外だ、と困りながら首をかしげる。
「う~ん、トミーが嘘をつくとは思えないけど~」
「早めに切り上げて学園に帰ろう? 気づかないうちに疲れが溜まっちゃったのかもしれないわ」
相川が心配そうに顔を覗いてくる。
そんなに
本音は通信端末でどこかに問い合わせる。こぼれてくる話を聞くと、今日の目的の新型機テストを予定よりも繰り上げてくれるようだ。了解を得たのか、改めて先導してくれる。
「本当はね~、パイロットさんにご挨拶して仲良くなってほしかったのだけど~、トミーの調子だとおあずけかな~」
本音の声は残念そうにトーンダウンしていた。
「そのパイロットさんって、本ちゃんのお友達なの?」
「そ~なのだよ~。ちょっと人見知りだけどいい子だから、トミー達にも紹介したかったんだ~」
「今回は機体チェックだけだったんだし、またの機会にしましょうよ。ね、そうしましょう」
やけに相川が食い下がる。そんなに世話を焼かなくてもいいのにとトミーは思うが、
「まあ、IS関連の方ならまたお会いする機会もあるだろうしね。今度よろしくお願いするよ」
「しょうがないか~。はい、到着だよ~」
通された場所は広いドーム型の空間だった。形状はIS学園のアリーナに近い。ISの実践型試験場だろう。
殺風景なその中央に、一機のISがぽつんと立っていた。見たことのない形状だ。
「え、まさか、あれが新型機?」
トミーは意外そうに本音に確認した。機体は一目見て「速そう」という印象が浮かぶ。下半身は独立ウイングスカート、両サイドに大型ウイングスラスター、全体的にスリムかつ鋭角が目立ち、戦闘機を擬人化したようなフォルムにも見えた。
しかしなぜ疑問を抱いたのかと言うと、
「ぜんぜん【打鉄】っぽく見えないんだけど?」
相川の言う通り、目の前の機体は【打鉄弐式】という名を冠しているにもかかわらず、武者姿をモチーフにした【打鉄】の名残がまったく無いのだ。設計者はデザインに関してこだわりのない性格なのだろうか。
「本音、案内ありがとう」
うろたえるトミーたちを無視してパイロットが話しかけてきた。顔はバイザーで覆われてよくわからない。ただセミロングの髪色がやけに既視感を覚えた。どこかで会ったことがあるのだろうか?
「早速テストに移ります。離れてちょうだい」
「は~い。それじゃ~、私とお清ちゃんは応援席に行こ~。トミー、ロッカールームはあっちだよ~」
「う、うん。頑張ってね、トミーくん」
「あ、ああ。機体テストなんだから大丈夫だよ」
相手は会話を交わすこともなく一方的に話を進めてきた。トミーは、本当に人見知りなんだなと思いながら、二人と別れてISスーツに着替えに行った。
だが、更衣室に入るといきなり研究員にでくわした。それも5、6人はいるだろうか。トミーが来るのを待っていたのではないかと思うほど急に
「えっ? あ、あの……」
首元にぶら下げる社員証から、倉持技研の関係者で間違いないようだ。しかし、なぜこんなにここにいるのだろう。視線は興味津々とでもいうようで、「へえ」「この子が」などと何やら呟きながらじろじろ見てくる。
トミーはとりあえず事情を話して相手の出方を伺った。
「今回IS運用テストに呼ばれた
研究員は男性だけでなく女性もいる。このままいられると気まずいのだが、相手は怪訝な表情を浮かべるだけで何も返してこなかった。不安になったトミーは、いったん戻って本音に確認をとるべきかと、後ろを振り返ろうとする。と、
「違うだろう?」
マスクをした男性が、さも不思議そうに話しかけてきた。
「な、なにがです?」
「キミに名前なんてないだろう、被検体No11038号」
トミーの姿が固まった。
「――――」
表情がなくなり、直立不動に立ち、光のない目でマスクの男を見る。
「うん、起動ワードは間違いないようだね。11038号、これよりテストを行う。君の本来の実力を見せてくれたまえ」
少年は機械のように頷き返した。生き物離れした無機質な佇まいのなかで、その額の痣が血がにじんでいるように変色していた。