【打鉄・弐式】は速かった。
秘訣は装備の変更にある。旧【打鉄】が装備していた
その空中に線を引く機動力は既存の量産機とは比較にならず、柔軟で縦横無尽な飛行は
(いける……!)
確信めいた実感が操縦者の胸を
何を隠そう【打鉄・弐式】は操縦者自らの手で組み上げられたものだ。彼女にはそれほどの技術力と、そうせねばならない意地があった。
とはいえ自力開発を目指して数カ月、独力ではさすがに無理があった。設計は案の定暗礁に乗り上げることになる。
しかし状況はある機を境に一変した。
(やっぱリ、クスノキさんのアドバイスがきいているのかも……)
地上の敵からの攻撃に、クスノキ直伝の錐揉み回避軌道を演じながら思い返す。
彼女は日本の国家代表候補生ということもあって、親友の本音と一緒に精兵クスノキの指南を受けることができた。折しもクスノキ待望の改良機【打鉄・菊水】が配備されたばかりで、担当の整備チームが控えていた場面だった。そこで独力で自分のISを作っていることを告げ助言を求めると、「その意気や良し」と快く開発データを提供してもらえたのだ。
頂いたノウハウを取り入れたところ、結果は歴然。懸念だった不具合が目に見えて改善された。プロの技術者のワザはこうも違うのかと、本音と顔を合わせたものだ。
そして今、これまで重ねてきた運用テストを元にした
「これなら……、届く。彼の、隣に……!」
得物の荷電粒子砲『春雷』を足を止めずに連射する。
見ろ、相手は防戦一方じゃないか。
所詮は飛べないLSだ。馬鹿正直に接近戦を仕掛けないで距離を取って戦えば負けることなんか決してない。
いましがた撃ち返してきた攻撃へは余裕を持ってカウンターを決められた。
勝てる。
違うクラスで、会話をしたこともなかったけれど、彼の活躍はいつも聞いている。
4月の、1年1組のクラス代表決定戦。気紛れに見た試合での彼、織斑一夏の姿は輝いていた。
聖剣のような光る剣を振るい、怪物のような
今なお
「倒れろ……、
私の
「
敵の後背、死角を取った。新たな『春雷』を生み出し二丁構えで連射する。
決まるハズだ!
しかし相手は籠手を広げバリアを張って容易く打ち消してきた。
やはり簡単にはいかないか。試合前に目を通したLSの戦闘データにもあったように、相変わらず相手は鋭い眼を持っているようだ。
「でも……、眼の良さが悪いこともある……!」
『春雷』の下部に備えられた
【打鉄・弐式】のパイロットはこれを見込んで装備していたバイザーが功を奏した。
「今だ……!」
肩部ウイング・スラスタ―が駆動する。取り付けられた6枚の板がスライドし、高性能誘導八連装ミサイル『山嵐』を次々と射出した。
導く指は空中に投影した搭乗者オリジナル・キーボードを叩き、六基・八連・計四十八発すべてのミサイルをマニュアル・ガイドで撃ち込ませる。
散開した『山嵐』はLSの周囲に半球を形成し、チャフを被せた敵に蓋をするように包み込んだ。これならいかなLSとて迎撃不可。逃げ場だってありはない。
「今度こそ、決ま――っ!?」
そのチャフの幕とミサイルの籠を、LSは強引に食い破った。
巨体に似合わぬ機動で一点突破し、誘爆も承知と防御姿勢で爆炎を突破して、四脚が地面に爪を立てギャリギャリと掻き毟りながら制動させる。
顔が上がる。赤く輝く敵の瞳がこちらを射抜き、両手の得物を向けて狙いを定めてきた。
「なんてでたらめな……。でも、『山嵐』は止められない!」
キーボードに新たな指示を入力しミサイルを再度LSに誘導させる。着弾前に数発喰らうだろうが、その程度でコチラは墜ちはしない。肉を切らせて骨を断つ。
が、その最後のエンター・キーを叩く前に、両肩のウイング・スラスターが爆発した。
「な……、何っ!? 攻撃……? 敵は、撃っていない!? どこから……、!」
ISのセンサーが弾きだした弾道予測は、先ほどまでのLSの位置。ばらまかれたチャフが先のミサイルの爆風で四散し徐々に現れたその場所に、二つの籠手『グレイ・グローブ』が『
「隠れていた……!? こちらのチャフを逆手に……!」
本体をオトリに、チャフの下に身を潜ませ、両手の得物とセンサーを同調させて撃ってきたのか。そのために誘爆でチャフに穴を空けてまで。
一瞬止まった入力の手が弾かれる。空中に投影したキーボードが弾け飛んだのだ。
「ひっ」
本体からも撃ってきた。二丁の銃が唸りを上げている。『グレイ・グローブ』も二期・五連・計十門の砲口が次弾充電の雷光を響かせる。都合二つの方向から狙われることになった。
キーボードを壊された今、『山嵐』はもう
「あっ……、ああ……っ」
敵の砲撃が本気を出してきた。完全にロックオンされたのだ。なぶるように機体が打ちのめされ、見る見るシールドエネルギーが減っていく。
回避行動はとっくにやっている。なのに、もどかしいほどに
(ダメージを受けた場合を想定していなかったから……!)
万全の状態で十全の性能を引き出すことばかり考えてきたせいで、破損や損壊を受けた場合の対応が抜けていたのだ。
それでも、せめて一矢報いんと『春雷』を向ける。と同時に、『春雷』が吹き飛んだ。反撃の糸口すら敵は無情に断ち切ってきた。
シールドゲージがついにレッドゾーンに入った。敵の攻撃が厚みを増す。
もはや敵うすべはない。
「助けて……、一夏くん……!」
最後に叫んだ思い人の名前は爆音の中に消えていった。
◇
広大な試合会場を見下ろす展覧室に二つの影がある。冷静な顔の更識楯無と、食い入るように会場を見ている布仏虚だ。
「正直、驚いております」
虚が眼鏡をかけなおしながら言った。
「お嬢様を目指してご自分でISを組みなおす。なまなかにできるものではないと思っておりましたが、まさかこれほどまで完成させていたとは」
「結果は敗北なのだけれどね」
「それでもです。さすがはお嬢様の妹君、簪様です」
やや興奮したように虚は楯無に向き直り、空間にいくつもの図表を展開した。モニターには今しがた行われていた戦闘の数値がグラフで表示されている。
「これが
円グラフで表示された二つの値はほとんど一緒の値を示していた。もっとも、ウイング・スラスターを壊された後は大きくダウンしているが。
「操縦者である簪様の実力は、代表候補生に選ばれているだけあって決して劣るものではありません。であるがこそ、後半の性能低下は機体の設計になんらかの不具合が発生していると言わざるを得ないでしょう」
虚はさらに別のフォトを呼び出した。トミーの戦闘の様子だ。
「一方、これらがトミヤ氏……、いえ、今回はあえて11038号と呼称しましょう。その実戦データと学園での戦闘データです。正直に申しまして別物と言っても過言ではありません」
表示されたグラフは学園時の数値をはるかに上回るものだった。特に反応速度が顕著で、これまでギアをローに入れていたのではないかと思われるほど別格の値を叩きだしている。
さらに動画ではトミーの動くタイミングを逐一捉えていた。そこにはある一定の法則がある。
「11038号の戦闘は途中まで【打鉄・弐式】が行動
「解説ありがとう、虚」
パチリ、と楯無は扇子を
「M.R.エレクトロニクスにはこう報告して頂戴。貴社の人造兵士の能力は見事なもの
「お嬢様、その進言はいささか挑発的と捉われかねません」
「構わないわ。人間をロボットのように調整した向こうのやり口は、正直受け入れたくないもの」
吐き捨てるように楯無は言った。
トミーの事情を知らされてから、楯無のM.R.エレクトロニクス及び
先ほの試合観戦時、冷静を装ってどちらにも加担せずに見守っていたのは、身内びいきを控えていただけではないように虚には見えた。
「しかし、今回M.R.エレクトロニクスから11038号の秘匿情報を開示された理由は、ひとえにコネクションをつなぐことにあります」
虚は新たな資料をウインドウに呼び出した。
「昨今、M.R.エレクトロニクスはコネクション・ネットワークの拡充に勤しんでおります。デュノア社への技術供与、ルクーゼンブルク公国との安保連携協定、ドイツ軍への武装手配、また未確認ですがオルコットグループと名和商事にも業務提携の打診が行われている模様です」
「商売人なら手広くやろうというのは悪くないけれど、こと軍事関係であったとすれば」
「急な同盟拡大は戦争の前触れ。そして先兵となるであろう11038号の
「織斑先生やアリーシャさんになら事前に伝えていたでしょうけど、私たちにまで触れ込むなんてね。私がロシア代表であるということを意識してのことかしら。ルクーゼンブルクとの繋がりは表面上だけでは無いみたいね」
さすが我が主はよく読んでいるな、と虚は思った。
東欧に位置するルクーゼンブルクにとってロシアは昔からの懸念対象だ。その国のIS代表を穏便に敵に回さないために、IS学園の
そういった見えない糸の織り手として、M.R.エレクトロニクスはルクーゼンブルク側に立って暗躍しているように見えた。
「簪ちゃんの開発機テストにトミー君の秘密パワーを当ててみたいと聞いた時も、特別嫌な反応見せなかったわね。それなら倉持技研も一枚噛ませてデータ採取しちゃいたいって言っても「ご存分に」だもの」
「ほぼ無制限に11038号を任せられていると捉えてよろしいかと。それと、本音によりますと、簪様は以前からトミヤ氏と戦ってみたかったそうです。ちょうどよい機会となりました」
「まあ、一夏くんに近づくためにはトミーくんを使うのが早いものね。将を射んと欲すれば先ず馬を射よってことかしら。トミーくん、馬というよりワンちゃんぽいけど」
「は?」
「コッチの話よ。主にプライベート方面の」
はあ、と虚はそれ以上の追求を止めた。
だが簪様が織斑一夏に近づくのは悪くないかもしれない。彼もIS関連組織が裏でコソコソとしている対象だ。その彼を学園側に繋ぎ止めるポイントになってくれないとも限らない。そして一夏を味方にしている限り、織斑千冬という最強のカードを手札に持つことができる。
我ながら人を駒のように扱う癖にあきれるが、これも主とIS学園のためならばと気を取り直した。
「さて、そろそろ夏休みも終しまいね。休み明けのイベント前に、私も男の子二人と手合わせしてみようかしら」
「お嬢様直々に、ですか?」
「いろいろと確認も兼ねてね。好きな子ほど、相手を知りたくなるものじゃない」
そう言うと、楯無は窓から試合会場を覗き込んだ。簪とトミー、どちらを見ているのか、虚には分からなかった。