リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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六十四 憂鬱でない休み明け。大人は別

 学び舎の賑わいが夏季休暇の終わりを告げていた。

 

 学園のそこかしこで談笑の輪ができている。みな長期休暇の土産話をたんまりこさえて披露宴を開いているのだ。

 ましてIS学園は女子高。三人そろえば姦しいというのが何百もいるのだから、校舎全体が管楽を鳴らしているように騒がしかった。

 1年1組の教室も例外でなく、一夏たちもまた、篠ノ之神社のお盆祭りに参加した思い出話に花を咲かせていた。

 

「へー、箒と一緒にそおんなことしてたんだー」

「僕たちが帰省している間に二人でそんな楽しいことしていたなんて、一夏、ちょっと薄情過ぎるんじゃないかなあ」

 

 鈴とシャルロットが座った目で凄みのある笑みを浮かべて噛みついた。ヤバイ、と直感を働かせた一夏はトミーの後ろへ隠れるように移動する。

 

「べ、別に二人だけで行きたかったわけじゃないんだぞ」

「そうだったのか!?」

「箒、ややこしくなるからちょっと待ってくれ。実はトミーや相川さんも誘ってたんだ。でもちょうど二人で用事があるって断られてさあ」

 

「あらあらあら。お二人でご一緒にだなんて仲のよろしいですこと。どのような用件だったんですの?」

 

 今度はセシリアが目の色を変えだした。身を引こうとするトミーは背中に一夏がいるせいで下がれない。

 

「く、倉持技研で新しいISのテストに付き合ってくれって頼まれてさ。それでその、まだ日本の交通事情に不慣れだったから、相川さんと一緒に行ってきたんだよ」

「先方までの所要時間は?」

「乗り継いで……二時間とちょっとかな」

「滞在期間は?」

「日帰りだったよ」

「ずっとお二人だけでしたの?」

「倉持技研についてからは本ちゃんと合流したけど……なんだか尋問くさくない?」

「……まあ、ぎりぎり許容範囲といたしましょう」

 

「その新型機というのはどんなだったのだ?」

 

 今度はラウラが会話に入ってきた。純粋にISの性能について気になったようだ。

 

「荷電粒子砲やホーミングミサイルを運用する高機動型……だったらしい」

「らしい?」

「対戦したと思うんだけど、なぜだかよく覚えていないんだ。向こうは被弾時のレスポンスが未整備だったらしくて、それで僕が勝ったそうなんだけど……」

「まるで記憶に穴があけられたようにか?」

「そんな感じかな。そこだけぽっかり空いちゃって」

 

 ひたり、とラウラの掌がおもむろにトミーの額に乗せられた。

 急なことに面食らい、ぱちぱちと目をしばたたせてラウラを見やる。

 

「む」

 

 ぴくり、とラウラは眉根をひそめた。そのまま手をいっぱいに広め、

 

「ふぎ」

 

 がっちり頭を掴まれた。

 

「ちょっとついてこい」

「わ、わ、ちょ!? 頭持って引っ張らないでよっ!」

「ちょっとはしたないですわよ、ラウラさん!」

 

 周囲の制止を無視してラウラはトミーを引きずっていく。

 

「どこに行くのさっ?」

「教官のところだ」

「織斑先生の? なんで?」

「対応策を講じるため……、ぬ」

 

 教室の入り口に差し掛かったとき、来客と鉢合わせになった。

 生徒会長の更識楯無だ。

 

「あらあら、アグレッシブな姉弟関係してるわね」

「余計なお世話だと言わせてもらおう。邪魔だ。どいてくれないか」

「つれないわね。ちょっと義弟(おとうと)くんに用事があるんだけど」

「どうせ生徒会の雑用だろう。日を改めるんだな」

「違うわ。それは明日の予定よ」

 

「僕、行くって言ってないんですけど」

 

 トミーの控えめな反論を無視して言い合いが続く。

 埒が明かないと見た楯無は腕を組んで背中を丸め、挑発的にラウラの顔を覗き込んだ。

 

「トミーくんの身体に用があるのよ」

 

「押し通らせてもらうぞ」

「先輩、最低です」

 

「あー待って待って! 言い方がマズったわ! 倉持技研でのIS試験についてよ」

 

 ラウラの鋭い瞳とトミーの不思議そうな目が楯無に注がれた。

 

「生徒会室に来てちょうだい。織斑先生もそこにいるわ」

 

 ラウラは何か言いたげに口を開けたが、言葉を発することなく閉じると、掴んでいたトミーを解放した。

 代わりに庇うようにその身を寄せた。

 

 

 ◇

 

 

「飲め」

 

 生徒会室に着くとすぐ、トミーは千冬からアンプル剤を勧められた。

 

「話はそれからだ」

 

 トミーはラウラと顔を見合わせ、軽い頷きに応じて一口(ひとくち)に入れた。

 

「ッ、ン”ッ!?」

 

「吐くな。飲み込め」

「頭を上に向くんだトミヤっ。そう……。この椅子に座って、落ち着いてゆっくり鼻で息をするんだ。……おいっ、なにか飲み物はないのか!」

 

 ラウラは居合わせた本音からペットボトル飲料を奪い取ると、優しくトミーの口元に注ぎ込んだ。

 トミーが落ち着いたのを見計らって、千冬が口を開く。

 

「倉持から連絡があった。先日の試験を見込んで、(にのまえ)、お前に企業の専属テストパイロットになってほしいそうだ」

「お断りします」

 

「……ってなんでラウラが先にいうのさ」

 

義弟(おとうと)をみすみす危険な目にあわせるつもりはありません」

「公私混同するな。お前らしくもない」

「織斑教官とて、一夏が同じ目に合わせられれば拒否なさるでしょう」

 

 千冬は椅子の背もたれに、キィ、と体を預けた。

 

「織斑先生と呼べ。……まあいい。どうせこの件はこちらで断っておいた。情報だけを伝えただけだ」

「ありがとうございます」

 

「あの、僕、置いてけぼりなんですけど」

 

「だいじょ~ぶだよ、トミー」

「本ちゃん……」

「せっかく周りがやってくれてるんだから~、楽しちゃえばいいじゃない~」

「自分の知らないところで自分のことが決まっていくのって不安じゃない?」

「あはは~、過保護なモンペに縛られているみたいだね~」

「非行に走るべきかなあ」

「走っても逃げ切れるとは思えないな~」

 

 確かに。

 と頷きかけたトミーに千冬から呼びかけられた。

 

「本題はここからだ。今月中ほどに開催される学園祭だが、お前には警備担当へ回ってもらいたい」

「学園祭の警備、ですか」

「そうだ。倉持でのときもそうだが、お前は大層目が良い。それを見越しての配置だ」

 

「お言葉ですが教か……織斑先生。アリーシャ殿やジブリル殿もおられるなかで、わざわざトミヤを動員する理由としては弱いと存じますが」

 

「道理だな。実は、(にのまえ)にはこれを活用してもらいたいのだ」

 

 そう千冬は机の上にあった箱を開けた。ティッシュほどのボックスに入っていたのは、

 

「……虫?」

「ドローンだ。甲虫型のな」

 

 言うとおり、カブトムシのような角付きの虫型ロボットだった。色は学園の壁と同じで、天井にはりついていたら気が付かないだろう。

 頭を押すと目が光り、翅を開いて飛び出した。

 

「ずいぶんと静かですね。静粛性がとれている」

「これを学園のかしこに散りばめる。ざっと百体」

「そんなに」

(にのまえ)にはカメラからの情報を統制してもらいたい。さっきのアンプルはキャパシティーを高めるための、まあ、いわばドーピングだな」

「なるほど、やはりトミヤ用のナノマシンでしたか」

 

 事情に通じるラウラは得心して頷いた。

 小声でトミーに、

 

「記憶の件だが、あれで対処できるだろう」

 

 とささやいた。

 トミーは義姉の配慮に微笑で返した。

 

「理解が早いな。そういうことだ。一緒に四十院もつける。あいつの処理能力は名和に見いだされるほど高いからな。【打鉄・北辰】を任せられるだけはある」

 

 【打鉄・北辰】といえば早期警戒管制機(EWACS)カスタムタイプだ。それを乗りこなしているのだから、警備役としてうってつけと言えた。

 

「アリーシャとジブリルは即応のために学園を巡回してもらう予定だ。しかし何か起きてからでは遅い。そして何か起きそうなポイントを見分けられるのは(にのまえ)が適任であると判断した。ボーデヴィッヒ、何か異論はあるか?」

「はっ。ありません!」

「あってもいいんだがな」

「は?」

 

 きょとん、としたラウラの顔に、千冬は珍しく自嘲的な笑みを浮かべた。

 

「本来であれば生徒を駆り出す状況は非難されるべきなのだ。だが、お前らも知っての通りIS学園は反社にとって垂涎(すいぜん)の的だ。テコ入れのアリーシャとジブリルだが、アイリスの登場によって差し引きゼロと言えよう。ルクーゼンブルクにいたときから狙われていたからな。(にのまえ)はタッグトーナメントの裏での暗躍と、アイリスを守った実績がある。加えて倉持からの誘いを断る理由にもなる。仲間と学園祭を楽しみたいだろうが、こらえてくれ」

 

「そこまで気にかけてくださって、感謝しても不満はありません」

「いつもながら忠実なことだ。そのへんは義姉に似たか?」

「えと、どう、でしょう?」

 

 ちらりとラウラを見やると、すました顔で口元を緩めていた。

 

「まあいい。私からの用件は以上だ。あとは楯無から何かあるようだが、そちらは任せる」

 

「ありがとうございます、織斑先生」

 

 楯無からの礼を背中で聞きながら千冬は生徒会室を出て行った。

 扉を閉め、廊下を進みながら、

 

「私がラウラの立場だったら、か」

 

 先ほど投げかけられた例えを呟いた。自然と、ラウラの呼び名がファミリーネームではなく名指しになっている。

 自分がラウラで、(にのまえ)が一夏であったとしたら……。

 

「――――……」

 

 なんと口走ったのか。それは千冬にもわからなかった。

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