リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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六十伍 生徒会長の直接指導

 IS学園武道場。

 柔道畳が敷き詰められた試合場にて、トミーは白道着に紺袴といった出で立ちで所在無さげに突っ立っていた。

 

「なかなか似合っているじゃない」

 

 ここに招いた楯無が軽口を叩く。衣装はトミーと同じ道着姿だ。

 

「なんか、ゴワゴワして着心地悪いんですね、コレ」

「あら。ドイツ軍で訓練してたって聞いたけど、胴着を着たことはなかったの?」

「ありませんよ。別に武道を習っていたわけでもありませんし」

「それじゃあ格闘技の(たしな)みはいかほどかしら」

「通り一遍は習いましたが、専門家さんには到底敵いませんよ?」

 

「本当のところはどうなの? 少佐さん」

 

 道場の端で、腕を組んで見守っているラウラに問いかける。

 

「やってみろ」

 

 楯無の呼び方が気に入らなかったのか、ぶっきらぼうに返ってきた。

 

「実力テストか何か知らんが、実際に確かめてみるのが一番だろう」

「なるほど、それなりに腕は立つということね」

「ずいぶんポジティブにとらえるな」

「あなたはトミーくんに関して嘘とネガティブな話はしないもの」

 

 ふん、とそっぽを向くラウラの様子に、楯無は面白おかしく舌なめずりしてみせた。

 ドイツ軍屈指の実力者が認める腕前とはいかほどのものか、試してみたくなったのだ。

 

 生徒会室で楯無が語った要件というのは、トミーの生身での実力を計ることだった。

 LSの操縦技能は卓越していると把握しているが、警護活動をするうえでの彼の能力は未知数だ。

 一時、軍に在籍していたとあってそれなりの作法はわきまえているだろう。しかし、カポエラにマーシャルアーツ、果ては古武術などを修めた楯無としてはそれなり(・・・・)程度では面白くない。

 

(それに、トミーくんといい、一夏くんといい、お姉さんが世話焼くことになるかもしれないもの)

 

 トミーの訓練は、アリーシャが来てからは彼女にほぼ独占されていた。何か思うところでもあるのかずいぶんとご執心で、楽しそうに鼻歌交じりで練習メニューを振る舞っている光景を楯無はよく目にしていた。

 取られた、というわけではないが、なんとなく放っておけない対象のトミーに関われないのは少し寂しい。それが今回のことで距離を少し縮めることができるのではと気持ちが弾んでいるのだった。

 

「じゃ、はじめましょうか♪ 勝敗は先に床に倒した方の勝ちってことにしましょう」

「わかりました」

「言っとくけど、手加減無用よ?」

「そのつもりですが、ISでならともかく、生身だと気後れしちゃいますね」

「あらあら、しっかりしなさい。暴漢が生徒に襲ってきたらどうするのよ。いい、真面目にやること。これ、命令だからね」

「……やってみます」

 

 不承不承、といった感じでトミーはうなずいた。

 両者、赤くマークされた試合エリアに足を進める。

 

「さあ! 手加減してあげるから本気で掛かってきなさ――」

 

 い、

 の言葉が出る前に、楯無の身体が宙に浮いた。

 

「いぃ!?」

 

 何が起きたのか、は分かっていた。

 トミーが懐に潜り込んできて襟首を掴むや投げ飛ばしたのだ。

 彼の右足からの踏み込みも、伸ばされる腕も、どういった所作なのかよく見通していた。

 

(なのに、なんで反応できなかったわけ!?)

 

 楯無は空中で体をひねると危なげなく着地する。

 

「場外だな。柔道なら指導だぞ」

「わ、わかってるわよ!」

 

 外野(ラウラ)からのヤジをいなして再びフィールドに戻る。頬を両手で叩き気を入れ直した。

 どうやら、トミーは思った以上にくせ者らしい。

 

(手加減している場合じゃないみたいね)

 

 精神を研ぎ澄まし、万全の備えで面と向かう。

 再開の宣言はせず、ただ構えを見せて試合続行を促した。

 

 トミーがにじり寄る。

 徐々に間合いを詰め、一足の距離から一気に詰めてきた。

 早い。

 が、正直すぎる攻め手だ。

 楯無は応じる構えでトミーの勢いを右に(かわ)し、流れるように裾を掴んで引き倒すと、

 

「わっ」

 

 あっけなく、ものの見事に床に落ちた。

 

「――あら?」

 

 ちゃんと受け身を取ったトミーに、拍子抜けした表情で見下ろす。

 

「一本だな」

 

 ラウラがジャッジするまでもなく、決着は誰の目にも明らかだ。

 

「まってまってまってっ! あれ、おかしくない? 最初のアレはいったい何だったのよ!?」

「何だったの、と言われましても、楯無さんのスキを突いただけですよ?」

「突いただけって突きすぎじゃないのっ。確かに油断はしてたけれどもっ」

 

「それがトミヤの技だ」

 

 ラウラがいつの間にか側に来て、トミーの身を抱き起こした。

 

「相手の目線、呼吸、動作を見切り間隙(かんげき)を打つ。いつものトミヤの戦闘スタイルだろう。IS戦でもみせていたはずだぞ」

「そういえば、そうね。でも、分かっていたのにまったく反応できなかったのはどういう仕掛けかしら?」

「奇をてらわず正統派(オーソドックス)なぶん動きは簡単に掴められる。油断なく相対すれば何でもないのだが、正統派(オーソドックス)の神髄は相手の虚を突いた場合効果が覿面(てきめん)に出ることだ」

 

 なるほど、と楯無は得心した。

 彼は、その性格ゆえか攻め手がまとも過ぎるのだ。それこそ、集中しなければ出だしが気が付かないほど自然なまでに。

 だから仕切り直しであれほど簡単に一本取れた。逆に言えば、試合開始時のようにおっとりした相手にはファーストストライクがきれいに決まってしまうのだろう。

 もし初手が投げ技でなく腕を取られてひねり落とされでもすれば、結果は違ったものになっていたかもしれない。

 

「ほら、僕、眼が良いじゃないですか」

 

「なんかその一言で片づけられると癪なんだけど」

「今日はなんだか特別良いんですよ。それでよけいに上手く決まっちゃったんだと思います」

「特別良いって……」

 

 ハッ、と楯無は気がついた。

 生徒会室で織斑先生からアンプルを投与されたことを。

 

「まあ、調子のよい日もあるということだな」

 

「……あなた、気が付いていたわね」

「さてな」

「とぼけちゃってまあ」

「それでどうするのだ。トミヤの腕に不服があるか?」

「うーん、クレームつけるほどではないけれど、もっと磨いてみたい気もするのよね」

「生憎練習相手は間に合っているぞ。組合手は私がいるし、指導官はアリーシャさんが務めている」

「オアシス担当として私が混じるなんてことは」

「無用だ」

「ですよねー」

 

「一夏を見てあげてはどうです? 同級生たちにしごかれてますけど、楯無さんほどの実力者が教えるのも刺激になると思いますし」

「あら、一夏くんって叩かれて伸びるタイプ?」

「何気に、すごい根性ありますよ」

「イイわね男の子同士。お互いのことを理解し合っているみたい」

「女性ばかりの環境ですから。僕にとってのオアシスは一夏になりますよ」

「……間違っても他所で口にしちゃあだめよ、ソレ」

「は? はあ」

 

 今季から大人気売り出し中の男子生徒二人を、はべらせてみたいとか観察してみたいとかいろんな妄想をはかどらせたいとか、そういう女子生徒は、いなくもない。

 楯無は一つ咳ばらいをして汚染されかかった空気を入れ替えた。

 

「そうね。トミーくんの言う通り、一夏くんにもあたってみるわ。ちょうどお願いしたいこともあったし」

「楯無さんが、頼み事ですか?」

「ええ。ちょっと身内がらみでね。今度の学園祭にあたって動いてもらいたいなと思ってるの」

 

「それって、もしかして妹の簪さんがらみですか?」

 

 楯無は両目をまんまるくした。

 

「え……、それ、どこで」

「本ちゃんに聞いたんです。倉持技研で僕の記憶が飛んだ前後のこと、お清さんと本ちゃんにいろいろ確認したんですよ。まさかあの時のテストパイロットが楯無さんの妹さんだったとは」

「そ、そうだったの。まあ、とんだご縁になっちゃったわね」

「それで、一夏だったら、大丈夫だと思いますよ」

「そ……、そう?」

 

「はい」

 

 単刀直入な断言に、楯無はおおいに動揺した。

 トミーが簪について本音から聞いているということは、彼女が一夏に向けている気持ちも伝わっていることだろう。

 そのうえで、大丈夫、ということは、

 

(まさか、一夏くんフリーだったりするのかしら? いえ、むしろトミーくんがOKするんだから、何気に一夏くんも簪ちゃんのこと気にかけているのかも?)

 

 楯無は思考の深淵へと沈んでいた。

 沈んでいたがゆえに、

 

「なにが大丈夫だというのだ?」

「簪さん、自分で組んだISに不具合が生じて、それで負けちゃったんだよ。だいぶ苦労してようやく仕上がってそうなんだから、ガッカリしちゃってるじゃないかなあ」

「姉であればフォローの一つも入れてやりたいところだが、姉自身も自分でISを組んだと聞くな。慰めは返って傷を深める。なるほど、それで一夏か」

「一夏って他人のために一生懸命になれるタイプでしょ? だから、あの時負けてショックの簪さんを元気づけてあげられると思ってさ」

「ふむ。違いない」

 

 などというトミーたちの会話も耳に入ってこなかった。

 

「……よしっ! そうとわかれば早速一夏くんのところにいこうかしら。トミーくん、背中を押してくれてありがとうね!」

「上手くいくことを願ってます」

「いきすぎたら、祝福してくれる? きっと一夏くん同級生たちから集中砲火喰らうかもよ?」

「こらえますよ。一夏って、人のためなら変な誤解を受けても気にしませんから」

「誤解のないようにしてもらいたいけれど、まあいいわ」

 

 楯無は足取り軽く試合場を離れていった。

 

 

 

 後ほど楯無は同じ会場で一夏と組手し、不可抗力をセクハラと勘違いした見物の同級生たちに一夏は集中砲火を喰らうのだが、見事耐え忍べたかどうかはトミーの耳には入らなかった。

 

 


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