リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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六十六話 執事修行

 IS学園は一般の学校と比べて行事が多い傾向にある。しかし実感として煩わしいという気持ちはわかなかった。級友たちが積極的かつ精力的に参加し、学園生活を楽しもうという気概にあふれているためである。

 もっとも、一般の学校経験に疎い僕が言えたものではないかもしれないが、学園で唯一の親愛なる男性仲間、一夏も同様の意見をよせているため間違いはないと思う。

 ではIS学園の生徒たちの質が高い理由はなにかといえば、世界各国から選りすぐられた逸材ぞろいであることと、入学試験におけるふるいの内容にあると見えた。一般に「才ある者に徳はなし」というように、有能な人物にはいささか浮世離れというか、率直に言えば性格に難ありという人物が多い。ふり返れば幸運のめぐりあわせで出会った僕の仲間たちも、おおむね善良でありながらもそれぞれに尖った個性をお持ちでいる。この出っ張りが飛び出し過ぎたものたちは網に引っかかってしまうのだろう。

 だが、学園生活の中で角が伸びてしまった者もいる。例えば僕と鈴の練習時に悪意をぶつけてきた先輩方のようなだ。また違う方向では、記者の魂に燃える新聞部の黛さんや、深謀遠慮な生徒会会計の虚さんのような方もいる。どちらも世間では、……もとい、世間に明るい僕の友人たち、特にシャルロット、に言わせればめったに出会えないような英才であるそうだ。

 

 そんな人材の宝庫であればこそ、現在準備に取り掛かっている学園祭には多くの来客が見込まれるだろうと予想していた。

 学園祭についての生徒たちの見識もまた個性豊かの例に漏れない。

 

 セシリアに曰く、

「学園祭とは国民的な行事を学び舎の気風に寄せて開かれるものですわ」

 といい、箒に曰く、

「学園祭は主に生徒たちが中心に企画・運営し、門戸を開いて学校の文化を世間に広めるものだろう」

 といい、ラウラに曰く

「学園祭は組織人たちが金の卵を見つけに来るものだろう」

 という。

 

 この相違は国際色豊かな生徒を抱えるIS学園ならではで、意見の統一は当然ながら難航を呈するかに見えた。

 しかし、ここに織斑一夏という得難い友人がいたおかげで方向性が絞られる。彼の発した、

 

「みんなで楽しめて、来てくれた人たちにも楽しんでもらえるものにしようぜ」

 

 という飾り気のない真心の発言は、求心力という類い稀な彼の個性も相まってクラス全体に浸透したのだ。

 かくしてクラスの催しの方向性は決定した。

 具体的にどうなったのかというと、ある朝、開かれた全校集会において、生徒会長の楯無さんがぶちまけた、……はっちゃけた、……言葉を選ぶのが難しいが、悪ノリの過ぎる企画の提示によって、哀れなる友、織斑一夏は生贄の山羊に饗されることと相成ったのだ。

 

 

 ◇

 

 

 その夜、IS学園の展望室に隣接された喫茶店にて、僕と一夏はそれぞれ軽食を頼み席に向かい合っていた。彼の表情がまことに優れないのは、コーヒーが苦いからでも体調を崩しているからでもない。

 

「トミー、お前は、よく平気な顔でいられるな」

 

 押し殺すような低い声で一夏は言った。

 

「衆人環視は前々からのことじゃないか」

 

 ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーをすすりながらの僕の返答に、一夏は喉の奥でうなり声をあげる。

 

「学園祭の出し物のためだからって! 燕尾服(こんなかっこう)を着て、わざわざ喫茶店にテーブルマナーを習いに来るとか羞恥プレイにもほどがあるぞ!」

遊び(プレイ)にしては悪趣味なことに否定はしないよ」

 

 僕たちの会話に、周囲のテーブルの女子生徒たちが作業の手を止めて好奇の視線を向けてくる。卓上には資料が広がっているところから、みな学園祭に向けた話し合いをしているのだろう。

 僕たちも同様だ。クラスのお題目は喫茶店。それはいい。前置きにコスプレが入っていなければ。

なぜかような事態になったのかというと、

 

「学園祭で一番になったところに、一夏君を所属させることにします!」

 

 という生徒会長の発言のためである。つまり、学園のアイドルである一夏が商品となったのだ。アーメン。

 僕は生徒会の仕事を任されて裏方に回るのだというと、一夏から絶望の嘆きを吐かれてしまった。

 クラスとしても、一夏を他に取られまいとして様々な企画が検討された結果、商品が魅力的ならばその商品を活かせばよい、ということで一夏を前面に出した催し、コスプレ喫茶を運営することになったわけである。

 

「よく似合っていると思うよ、一夏。お世辞じゃない。不本意だろうけれどね」

「この上なく不本意だ。まったく、アイリスもいつの間にこんなものを仕立てていたんだか」

「ジブリルさんが学園服を新調した際に一緒に頼んだらしいよ」

「なるほど、……ってならないわ! なんで燕尾服(イブニング)で、しかもサイズぴったりなんだ!?」

「僕たちをいちど召使いにしてみたかったらしい。寸法は集合写真から割り出したんだとか」

「相変わらずエゴイズムとアクティビティに富んだお姫様だぜ」

 

 一夏は空になった自分のカップを手に取って(もてあそ)んだ。

 

「それで? テーブルマナーの講習についてだけど、トミーにもできるのか? いや、なんとなくお前ならできるんじゃないかって気はするが、こういう場合セシリアとかのほうがうってつけじゃないかと思ってさ」

「ご信頼はありがたいけれど、今回セシリアは監督役だ。……喫茶店の中央にある本棚の隣にある観葉植物の奥を見て。それとなく」

「……うわ、めっちゃ見てる。しかも同じテーブルにラウラとアイリスまでいるぞ」

「箒と鈴とシャルロットも来ているよ。出入口付近のカウンター」

「すっげえチラ見してやがる。つうか鈴て二組じゃん。どこで嗅ぎつけたんだか」

「こんな具合にお歴々を介しているわけだし、さっそく話を進めよう。みたところ、一夏は教え甲斐のありそうな生徒役みたいだからね」

「ああ、だからわざわざ一腹頼んだのか。どうせ俺はマナーが悪いですよ」

 

 腐りかけた一夏をなだめて、練習を開始した。

 確かにみたところ一夏は作法に疎いようだが、ISの訓練の様子から学習能力が高いことは知っているため、さほど心配はしていなかった。

 食器の取り扱い、足音を立てない歩き方、来客時に持ち物をお預かりし、席に着く際はイスを引くといった執事としての心遣いを、スポンジのように吸収していくのは実に舌を巻いた。

 講習に集中していくと周囲からの視線も気にならない、という訳にもいかなかった。例えば動作の矯正にあたっての必要から一夏の手を取り足を取ると、一瞬ザワッ、と異様な雰囲気が巻き起こることが数度あった。

 特に、食器の置き方を教える際、空いた卓に自分たちの席からテーブルクロスを引いて広げた時は、

 

「ブッフォ」

 

 とくぐもった声が漏れてきて、やや気に障った。

 

「いやいやいや! トミー、お前そんな技どこで覚えてきたんだよ!?」

「ドイツ軍での研修時にちょっと」

「何やってんだドイツ軍!?」

「世の中が女尊男卑になってから、男性の士官は執事としての礼節と作法を教わるようになったそうだよ。軍隊って上下関係に厳しいから、女性が偉いなかで必要に応じて取り入れたらしい」

「だからって新春かくし芸大会みたいな技を求められても困るぞ」

 

 さすがにそこまでは期待しないが、学園祭までの日に余裕があれば一夏でも十分身につくだろうという感じはした。

 

 そんなこんなで、毎晩喫茶店で一夏の執事練習に付き合う日々が続いた。

 日を重ねるごとに、なぜか学園祭の会議を喫茶店で行う生徒たちが増えていったが、いつも僕たちが使う席の周辺は空いていたため、滞りなく進むことができた。

 

 一夏の上達は申し分ない。

 しかし事件は彼にではなく僕に起きてしまったのだ。

 

「ずいぶんご上達なさっていらっしゃいますわね、一夏さん」

 

 きっかけはいつもの席に先客としてセシリアがいたことから始まる。

 

「トミーのおかげでな。学園祭までには最低限はこなせそうだ」

「それはなによりですわ。ところで、トミーさんに贈り物が届いておりますの」

「僕に? どこから?」

「わたくしが経営する企業グループ傘下の一社からです。どうぞ」

 

 渡された小包を受け取る。まったく心当たりのない僕はすぐに開封はせず、差出人と品名を確認した。

 セシリアが経営するお店はよく知らないが、どこかで聞いた覚えのある社名だった。僕のスポンサーとも関係のある会社だろうか。

 そして中身は、眼鏡。

 

「眼鏡!?」

 

 僕は飛び上がった。

 

「えっ……、え!? コレ、僕宛だよね? いいんだよね、合ってるよね!?」

「え、ええ。間違いありませんわ」

「えらい舞い上がりようだな、トミー」

「そりゃあそうさ! 前に眼鏡を割ってからこのかた、煩わしいコンタクト生活を過ごしてきたんだから!」

「そんなにコンタクトが嫌なそぶりは、……ああ、していたな。鈴に子ども扱いされていたっけ」

「そう。まったく、毎朝目に装着するのがどれだけつらかったことか! コンタクトのせいで一日がマイナスからスタートしていたんだから」

「予想以上に深刻なものでしたのね……」

「でも、なんでセシリアのところから?」

「それなのですが」

 

 セシリアはまず席に着くよう促してきた。ただならない内容のような気がした。

 

「実は、わたくしのメイドのチェルシーに、エクシアさんから連絡が届いたそうなのです」

「エクシアから!」

「誰だ? トミー」

「僕の同僚だよ。オペレーターとしていつもサポートしてくれている。でも、なんで僕にではなくチェルシーさんに?」

「二人は、前から少しずつ連絡を取るようになっていましたの。ご事情は、トミーさんはご存知かと思いますから控えますけれど」

「ああ、うん……」

 

 僕は一夏に詮索しないよう視線を送った。

 エクシアとチェルシーさんの事情とは、それぞれに問題を抱えてきた生き別れの姉妹であることだ。エクシアは記憶を無くしているし、チェルシーさんはエクシアを探すために正しいとはいいがたい方法に手を染めていた。

 それがある一件に居合わせた女伯爵(カウンテス)の計らいからチェルシーさんの容疑は晴れ、再び出会うことができた二人はぎこちなくも関係を築こうとしていた。少しずつ連絡を取り合うようになっていたとは、お互いのアドレスを交換するまで進展していたのだろう。それはとても喜ばしいことだった。

 

「おもむろに眼鏡について相談されたそうですの。どうしてかと問いかけると、トミーさんがコンタクト事情について不満を漏らしていたのを想っていらっしゃったそうですわ」

「えっ、いや、確かに困っているとは……言ったけど」

「どうした? 目が泳いでいるぞ、トミー」

「……」

「あ、閉じた」

 

 僕は瞑目して沈黙した。その話題はエクシアだからこそ愚痴を零せる内容だったのに。鈴に「子供か」って言われたの、地味に気にしていたんだぞ。まさか巡りめぐってチェルシーさんの耳に届くなんて。

 それにだからといってどうしてチェルシーさんも用立てしてくれたんだろう。

 

「トミーさんはご自分の体質ゆえに普通の眼鏡をご利用になれないということでしたわね」

「うわ、そこまで話しちゃったか」

「詳しいことまでは詮索しなかったようですわ。もっとも、おおよその検討はつきますが。わたくしもラウラさん同様、拝見いたしましたもの」

「……そうだったね」

 

 僕の目に宿る、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)、その贋作を、たしかにセシリアの前ではしっかり見せていた。彼女の予想どおり、僕が嫌々ながらこのコンタクトを使い続けているのは普通ではない能力を抑える意味があるのだ。

 レンズはよっぽど特殊なものらしく、だから眼鏡に戻るのは難しいと半ばあきらめていた。

 

「それで、トミーさんに見合ったレンズを作れないものかと検討し、我がグループ会社の眼鏡店に問い合わせたところ、なんと可能でありましたの」

「そうだったの!? あれ、ウチのスポンサーでも苦労したっていうのに。……あ」

 

 そこで思い出した。セシリアのグループ企業の名前、あれは僕のスポンサーであるM.R.エレクトロニクスと提携していた会社じゃないか。

 まさかここでウチのグループとセシリアの財閥が繋がることになるとは。

 いや、ひょっとするとエクシアは知っていたのか? エクシアは下手に他所の会社をつつこうとするやつじゃない。チェルシーさんという縁を使って件(くだん)の眼鏡会社に難しい注文を穏便に届けていたとか。

 こんな想像が本当なら、エクシアにはずいぶんと気を使わせてしまったな。今度日本のおいしいお土産でも送っておこう。

 

「ただ、それでも再現するのは難しいそうでしたの。そのため、このような形となりました」

「このようなかたち?」

 

 疑問符を浮かべて、念願の眼鏡が入った包みに手をかける。

 きちんとした包装と肌触りの良い箱を開けて、その意味を理解した。

 

方眼鏡(モノクル)……!」

「はい。グラスのコーティングの都合から、トミーさんの目を抑制する力がどうしても落ちてしまうそうですの。そのため、片目はそのままコンタクトで抑え、もう片目に眼鏡を着けるという方法で脳への負担を軽くするという結論に至ったそうですわ。申し訳ありません。中途半端なうえ、お身体にも障るかもしれない結果で」

「まさか、そんなことはないよセシリア! 片目とはいえ今までのストレスから自由になれるんだから!」

「なんだか知らないけど、さっそく着けてみろよ、トミー」

「…………」

「どした?」

「化粧室いってくる。鏡越しじゃないとコンタクト外すの怖いし」

「お前、マジで困ってたんだな」

 

 困っていたともさ!

 と叫びたい衝動をこらえてトイレに直行した。手をしっかり洗って、目に人口涙液をたらし、おっかなびっくり取り外す。

 (あらわ)になった空色の瞳に、新品の方眼鏡を装着する。ぴったりフィットして掛け心地もよい。それに、レンズは瓶底(びんぞこ)型ではなく丸く平たく透き通ったタイプだった。

 鏡に映る自分の顔は、おかしくはないだろうか? コンタクトをした紅い右目に、方眼鏡をした空色の左目。いわゆるオッドアイのような姿は、

 

「ラウラとおそろいみたいだな」

 

 自然と呟いた言葉が本心だった。

 

 喫茶店の席に戻って、一夏とセシリアにじかに見せると、

 

「まあまあまあ!」

「っはは! よく似合っているじゃないかトミー、今の格好にぴったりだぞ!」

 

 一夏に言われて気が付いた。

 燕尾服に身を包んだ僕の姿は、まるで本に出てくる昔の執事そのものだったのだ。

 





【挿絵表示】


前回、トミーの姿を描いていただいたココナラの時庭遊さんに、今回の話の姿を描いてもらえました。
時庭遊さんありがとう☆彡<フラーッシュ!
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