リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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六十七話 渋いお茶と甘いケーキ

 初秋、IS学園は季節を置き忘れたような陽光に蒸し蒸しと照り付けられていた。

 

(なんという暑さだ……)

 

 小脇にカーディガンを抱え、上等なシャツを汗で湿らせ、のりできちっと固めた襟をだらしなく開いたフランス男、アルベール・デュノアは恨めしそうにため息をついた。

 今ほど、故郷を恋しく思うことはない。IS学園のあるこの時期の日本、東京の気温が優に30℃を超えていようとも、フランス、パリは25℃前後に過ぎないのだ。

 

(学園祭を開くならば、もっと気候の良い時期にすればよいものを)

 

 そうでもなければ、こんな時期に日本くんだりまで来ることはない。

 眉間のシワを普段以上によせながら、学園の通路に目を配った。

 どこか腰を落ち着けるところを探しているのだが、右も左も来客でごった返している。秘書役として随伴させた自社のIS試験操縦士(テストパイロット)ショコラデ・ショコラータに空いているカフェを探しにやっているものの、なかなか戻ってこない。この人出ではなかなか見つからないのだろう。

 IS学園の学園祭は基本関係者のみに対して開かれている。それでこのありさまなのだから、学園の名声が偲ばれるというものだった。

 

「いささか、難儀しておられるようですな」

 

 汗でぐっしょりとしたハンカチで首元をぬぐっていると、ふいに声をかけられた。

 地味な紺の帽子(キャップ)に、同じ色の作業着を着た、小柄な年配の男性からだった。顔にはアルベールの眉間よりも深いシワが刻まれているが、厳かな感じは無く、柔和な雰囲気をまとっている。

 アルベールは、学園の用務員か? といぶかしんだが、

 

「あ、あなたは……!」

 

すぐに誰か気が付いた。

 

「そこの」

 

 老人は中庭を指さす。

 

「オリーブの木の陰にベンチがありましてな。一休みなさってはいかがでしょう」

 

 アルベールは、話しながら差し出された冷たい緑茶缶を受け取ると、短い謝辞を返して老人の後にしたがってベンチに腰を掛けた。

 周囲の人だかりからやや離れた頃合いで、あらためて深く頭を下げる。

 

轡木十蔵(くつわぎじゅうぞう)氏とお見受けします」

「いかにも」

 

 老人は微笑みをたたえている。

 

「感謝の言葉をお伝えするのが遅れてしまい、申し訳ありません。シャルロットのこと、お目こぼしくださってありがとうございました」

「ああ」

 

 十蔵は歯を見せて笑うと、自分の緑茶缶のタブを開けアルベールに向けた。アルベールも封を開け、コツんとささやかな乾杯を交わす。

 

「はじめに性別を偽って入学させたい、と言われたときは参りました。妻には普段尻にしかれっぱなしですので、なだめすかして納得させるのに、それはもう骨がおれましたよ」

「奥様とは、学園長の」

「さようです。責任重大な立場にいますからね。フランスの協力者にも手を借りて、なんとか体面を整えたのです。それが、はは」

「まさか、あのようないきさつになろうとは」

 

 アルベールはふき出してきた汗を小まめにふきとった。

 シャルロットは始め性別を隠して入学するも、学年別トーナメントで優勝し、その栄誉を笠に着て真実の自分を式典の場で宣誓したのだ。

 面目をつぶされた形のフランスの視察も、実力を示されての説得には渋々折れざるを得なかった。

 その後のデュノア社へのとばっちりは、厳重注意。シャルロットを否が応でも国家代表レベルの実力者に育て上げよ、というお達しだった。

 結果としては丸く収まった形だが、

 

「これでは何のために男装し入学させたのかわかりません。いまだ身内にはシャルロットを排斥しようとする輩が潜んでいるというのに」

 

 アルベールは茶をいっきにあおり、渋い顔になった。

 シャルロットを偽らせてIS学園に入れた理由は、お家騒動の一歩手前な状況にあった。それも、命を危ぶまれるほどの。経営者としては辣腕を振るうアルベールも、親族内の揉め事を収める術には生憎と疎かった。助力を請うべき彼女の母親である愛人は既に故人であり、正妻であるロゼンタは、あろうことかシャルロットを憎悪する。アルベールは万策至らず手の施しようがないと悟り、外部不介入の校風を持つIS学園に一時的に避難させようと手を配ったのである。

 十蔵は、茶をちびりとすすった。シャルロットのことはすでに聞かされている。

 

「ですがもし、半年や一年も嘘をつき続けていたとしたら、シャルルくんは罪の意識に押しつぶされていたのではないでしょうか」

「しかし」

「シャルロットちゃんに戻った今となっては、妻に無理言って入学させてよかったと思いますよ。優秀で、よい教え子を持てましたから」

「……能力は、あります」

「そうですよ。校友たちと友情を育み、親を離れて自立できるほどに」

 

 アルベールは息をついた。視線が、まごつく。

 娘が成長して羽ばたいてくことは嬉しい。だが、親である自分はいったい、これまで彼女にしてきたことを振り返って、何と落ち着ければよいものか。

 シャルロットは今年、夏季休暇の間もついに実家へ帰らなかったのだ。

 

「ところで」

 

 十蔵は手の缶を頭上の木に向けた。

 

「今回来校されたのは、あの子たちの確認も兼ねておられるのではないですか?」

 

 生い茂る緑の中に擬態するように、甲虫型のロボットが静かにあたりを見回していた。

 学園祭前に導入した警備ロボットだった。

 

「ええ、そうです。わが社の警備用ドローン、『ファーブル』といいます」

「昆虫記でも作りそうな名前ですな」

「祖国の偉人の名に恥じない性能を、と命名しました。貴校に進呈した先行量産型ですが、いかがですか? 運用は」

「良好と聞いています。ただ、武装を施したのは物騒ではないでしょうか?」

「お気づきになられましたか」

「失礼ながら、技術部に確認させましたので」

「賢明です」

 

 十蔵は横目でアルベールを見た。自社の新作を探られているというのに、さして気にするふうでもない。どうやらこの社長は信用されていないことを想定しているようだ。

 だがそのうえでなぜ電撃銃(テーザーガン)を内蔵させてきたのか。

 

「ISが世界の兵器業界を一新させたのは周知のとおりです。しかしご存知ですか? このようなドローン兵器が地に潜むように業界で蔓延っていることを」

「……小耳にはさんだ程度ですが」

 

 アルベールの眉間のシワが、ほんの一瞬ふかくなった。

 

「実は、私も詳しくはなかったのです。ある伝手(つて)からこの素体(プロトタイプ)をもたらされるまでは」

「ほう」

「ですからあえてこのような形にしたのです。もし、今後同じようなものが悪意を持って広まったとき、先手を打てるように」

 

 十蔵は小さく唸って腕を組んだ。

 アルベールは、失敬、と告げると空き缶を捨てに立ち上がった。十蔵に背を向け思案する。

『ファーブル』のもとは、先日の国際IS委員会会議でM.R.エレクトロニクスの常務から渡されたものだ。データを見てすぐに感じたのは、もしこれを武装させ、地雷のように世界中に散りばめた場合最悪の事態をもたらすだろう、ということだった。

 

(M.R.エレクトロニクスの裏には反女尊男卑主義組織(オールドファッション)がいる。やつら、世界を相手にゲリラ戦をするつもりか)

 

 弱者の兵法として正当過ぎるために疑わざるをえない。そして、

 

(轡木氏は、小耳にはさんだ、と言ったな)

 

 IS学園の生徒会長、楯無と呼ばれる者は、日本が持つ対暗部用暗部だという。そこからもたらされた情報なのかもしれない。

 もしくは、まさかとは思うが、

 

(彼も反女尊男卑主義組織(オールドファッション)と繋がっているのだろうか)

 

 反女尊男卑主義組織(オールドファッション)の重役と目される、国連の某機関長であり10年前にはIS条約締結に尽力した、通称『閣下』は轡木氏と同年代で親交もあったと聞く。気脈を通じていたとしてもおかしくはない。

 だが、反女尊男卑主義組織(オールドファッション)はこれまで過激思想は主張しても過激行動はしてこなかった。それに閣下も轡木氏も人物としては大器だ。卑怯千万なゲリラ戦に賛同するだろうか。

 アルベールは悩んだ。『ファーブル』のことも、反女尊男卑主義組織(オールドファッション)のことも、シャルロットのことも。

 

「社長、またシワが増えるよ」

 

 アルベールは真横間近からいきなり声をかけられた。間抜けな声を上げ大いにのけ反って落っことした空き缶を、声の主は拾い上げる。

 焦茶(ダークブラウン)の髪をサイドテールに束ね、深緑(ダークグリーン)の瞳を半目にする褐色肌の女性だった。

 

「……ショコラータ。気配を消して近づくなといつも言っていただろうが」

「社長が考え事してただけで消してないよ。あんまり」

 

 デュノア社の専属試験操縦士(テストパイロット)は悪びれない。

 何か言い返そうとする社長をよそに後ろの老人に目が止まった。

 

「あれ、そっちのじいちゃん、十蔵さんじゃん。おひさ」

「んん、おお! ショコラちゃんじゃないか。大人になったねえ」

「なってないよ。服が学生服からスーツに変わっただけ。でも嬉しい」

 

 ショコラは社長を押しのけて十蔵に駆け寄った。握手するようして十蔵を立ち上げさせる。

 

「おいショコラータ!」

 

 社長の声でもシカトする。

 

「十蔵さん、社長あついのダメ。イライラしてる。でもどこも空いてない。どっか知らない?」

「それは困っているだろう。この券のところにいくといい」

 

 十蔵は2枚のチケットを取り出した。ショコラは記載されているお店を一瞥すると、

 

「3枚ない? 待ち合わせしたいの。商談相手」

「あるとも。遠慮せずに行っておいで」

「さすが太っ腹。就活困っている子がいたら言って。ウチで雇う」

「勝手に話を進めるな!」

 

 割って入るアルベールからショコラはひらりと身をかわした。

 

「社長、コッチ。案内する」

「お、おい待て! ……まったく、申し訳ありません、社員教育がなっていないばっかりに」

「いや、母校に帰ってきて楽しんでいるのでしょう。そうさせたいために連れてきたのではないですか?」

「いつもあんな感じです」

「それは良かった。ショコラちゃんは人見知りで、しょっちゅう気配を消していますからな。自然体で振る舞えるのは信用できる相手と場所だけです」

 

 アルベールはバツが悪そうな顔で口をごもらせた。

 十蔵は、頭を下げて見せる。

 

「デュノア社長、教え子をよろしくお願いします。シャルロットちゃんは、我が身にかけてお守りいたしますゆえ」

「そ、そこまでなさらなくとも結構です。では、これにて」

 

 アルベールは逃げるようにショコラのあとを追っていった。

 

 

 ◇

 

 

 学園祭ではクラスごとに出し物が催されており、部活動や研究室のそれと違ってカジュアルに照らした装いをしていた。

 1年1組のイベントは『ご奉仕喫茶』。うら若き乙女たちがメイドに扮し、来客へ心づくしのおもてなしをしている。席はほとんど空きがなく大盛況。しかし客のお目当てはメイドさんに対してではなく、

 

「お待たせいたしました、お嬢様」

 

 燕尾服姿でしなやかにおもてなしをする織斑一夏の姿にあった。

 

「あ……、あり、がとうございます……」

 

 コーヒーとショートケーキセットを運ばれ、そのまま傍に侍られてしどろもどろになっている更識簪は、ことばをつっかえながらも勇気を振り絞った。

 

「あの! ……この執事サービスオプションの、『あ~ん』を、してほしい、です」

「かしこまりました」

 

 一夏はフォークでケーキを丁寧に掬い取り、

 

「これくらいでいいかな?」

 

 小声でナチュラルな確認を入れてお嬢様にお伺いを立てる。

 返事は、

 

「ひゃい!!」

 

 というオクターブの高い大同意。

 一夏はくすりとほほ笑むと、簪と目線を同じ高さに身かがめ、手を添えて差し出した。

 

「さあ、お嬢様、あ~ん」

「あ、あ~……」

 

 

 

「うあ“あ”あぁぁーーーー!!」

「お“お”おあぁぁーーーー!!」

 

 客席から離れた厨房で、の太い声がこだました。

 ズダァンッ! とホールケーキをケーキナイフでたたき切る音まで荒い。

 

「静かにしてくださいまし! お外のお客様に聞こえてしまいましてよ!」

 

 オーダーをチェックしていたセシリアがたまらず注意する。

 だあって~、とうらめしそうにするのはメイド服姿で調理をしている箒とシャルロットだった。

 

「もう見ておれん! 一夏のやつ、あんなに鼻の下をのばして、あんなにふしだらなことまでするとは!」

「一夏ってば、さすがにひどいんじゃないかな! 僕が何度も疲れているから休みなよ、って言っているのに、全然戻ってこないんだもん! せっかく特別なご奉仕をしてあげようと思っているのにさ!」

 

 箒は再びケーキをぶった切り、シャルロットは生クリームをボウルの中でぐわんぐわんとかきむしっていた。

 

「まあ、お気持ちはわからなくもないですが。シャルロットさん、次の『お迎え』の出番ですわよ」

「え、もうそんな時間?」

「入り口でジブリルさんがスタンバイしていますので、行ってくださいまし」

 

 は~い、シャルロットが気のない返事を残して厨房から出て行った。

『お迎え』とは、ドアを開け来店するお客様に向かって

 

「おいでなさいまし、旦那様!」

 

と満面の笑顔で出迎えるサービスだ。提案者はラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

「日本では来客へのあいさつといえばそれだと聞いたぞ」

 

 という発議に、どこで聞いたんだそれは、と日本人の一夏と箒は微妙なニュアンスの違いにツッコんだが、

 

「他と差別化を図れるかもしれないね」

 

 というシャルロットの同意に、そのまま了承の運びとなった。

 ちなみに、ジブリルは主人のアイリス王女を護衛する任務も兼ねて1年1組の催しに参加しているのだが、目ざとく知った同級生の山田真名によって、キッツキツのパンッパンなメイド姿に見事にコーデされた。

 

「くっ…、くっ……! 屈辱だっ……!」

 

 はずかしめをうけたように涙目で震える女騎士がいたそうな。

 ともあれ、シャルロットは入り口の前につくと、すでに到着して身を縮こませているジブリルに声をかけた。

 

「お待たせしました。ひらきなおっていきましょう!」

「う、うむ。そうでもなければやってられんしな」

 

 なかば投げやりな調子で合わせる二人の前で、ちょうど来客を知らベルが鳴った。ドアがゆっくりと開きだす。

 

「「おいでなさいまし、旦那さ……」」

 

 出迎えの声が、止まった。

 

「何やってんの? ジブリル」

 

 入店してきた褐色肌のサイドポニーが半目でツッコむ。

 

「なっ……! しょ、ショコラ!? なんでココに??」

 

 ショコラはジブリルの上から下まで一瞥すると、

 

「胸開きすぎ。スカート短すぎ。サイズ合わなすぎ。キモイよ」

「うぼあっ」

 

 ジブリルを一撃でノックダウンさせた。

 その隣では、お互いの顔を見つめあいながら、表情を固めた二人が彫刻のように立ちつくしている。

 

「おとうさん……」

 

 かろうじて、零れ落ちるようなつぶやきがシャルロットから漏れた。

 予期せぬタイミングで、二人は何時(いつ)いらいかぶりの再開をした。

 




 ショコラデ・ショコラータはオリキャラではありませんが、11巻で名前だけの登場だったため、ほぼオリキャラ化しちゃってます。
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