リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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六十八話 ケンカ相手はたいてい身近

 IS学園警備本部。

 生徒会室に直結する窓のないその一室には、壁一面にディスプレイが広がっていた。

 表示されているのは学園内のそこかしこ。デュノア社から提供された甲虫型警備用ドローン『ファーブル』からもたらされる映像だ。

 どの画面を見ても人が映らない場所はなく、

 

「盛況だねえ」

 

 という感想が、タスクデスクで作業をしているトミーの口から自然とこぼれた。彼の左に設置されているモニターでは来客者一覧が滝のように流れ、片眼鏡に反射し映している。

 ちなみに格好は、クラス仲間と同じ燕尾服。

 

「まるで陰謀執事か何かのような格好とセリフですね」

 

 となりのデスクで同じく作業をしている、警備仲間の四十院神楽が視線を画面にとどめたままつぶやいた。

 その格好もまた給仕服。しかしメイド服のそれではなく、

 

「和装でデスク仕事はちょっと映えないと思うよ、四十院さん」

「大正ロマンあふれる割烹着というのですよ、これは」

 

 紺の袴に緋の矢絣柄(やすがりがら)を模した着物、その上にフリルのついたエプロンという、大和撫子的侍女仕様、という出で立ちだった。

 

「なにげに四十院さんもクラスの出し物に混ざりたかったんでしょ」

「否定はいたしません。あなたがそうであるようにです」

「やっぱりシンパシーは感じたいよね。服装だけでも同じにしたら、気持ちも近づけないかと思ってさ」

「せっかくの学園祭ですもの。織斑先生の依頼が嫌という訳ではありませんが」

「頼りにされているのはうれしいけれど、それはそれだよね」

 

 トミーはマグカップのコーヒーをすすりながら言った。

 トミーと神楽の二人は、織斑千冬(せんせい)直々に学園祭の警備担当を任されていた。トミーは特殊技能の偽・越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)によって不審者をあぶりだすのに適しているし、神楽は早期警戒管制機(EWACS)仕様のISを任せられるほど視野が広い。

 最近何かとトラブルが続くIS学園としては、セキュリティを強化しているといはいえ、念には念をしておきたかったのである。

 神楽は緑茶を入れた湯飲みを傾け、一息いれた。

 

「今のところ、入学時に提示される学祭案内状と個人証明に不備はありません」

「案内状は基本学園関係者に配られるというし、部外者が紛れ込みにくくはなっているから、イレギュラーが来るとしたらそこをどう掻い潜ってくるかだよね」

「学園には織斑先生だけでなく、アリーシャさんのような強者(つわもの)が控えていることは周知のとおり。不埒者が現れるとしたらよほどの間抜けか、暴かれない自信のあるものか」

「このドローンによって目を光らせる範囲が増えるのは助かるよね。それに僕らのクラスの出し物も見れたり……」

 

 ふと、トミーの目が1年1組を映すモニターに止めたまま、言葉が途切れた。

 不審に思った神楽の目がデスクの上から離れる。

 

「どういたしました?」

「四十院さん、ラウラを呼んで」

「お客様に無礼でも働いていましたか?」

「悪い予感がする」

 

 神楽はそれ以上茶々をいれなかった。

 

「どこに待機させましょう」

「ひとまず外。まだ確証がないけど」

 

 トミーの半信半疑な物言いも、神楽の動きは素早かった。

 そのわずか10数秒後、ラウラはひそかに出し物の給仕役から離れ、クラスを後にすることになる。

 

 

 ◇

 

 

 IS学園1年1組が学園祭で開催しているご奉仕喫茶にて、こうした場に来るような癒しや萌えを享受する客としては、最も遠い顔が並んでいた。

 一人は渋面の伊達男、大企業デュノア社長アルベール。眉間にしわを深くよせてコーヒーカップを傾けている様はじつに苦々しげ。その隣に相席しているぼんやり顔の女性は、アルベールの部下のショコラデ・ショコラータ。テーブルにはケーキをチョコ・抹茶・生クリームの3種類を用意させ、マイペースにつまんでいる。

 そして二人の向かいに座っているのは、

 

「え~と、なんでこんな場所にしたんでしょうか?」

 

 ふわりとした金色のロングヘアーと、スーツの上からでもそれとわかるボンキュッボンな妙齢の美人さんだった。セクシーに空いた襟元には記章バッジを付けており、所属を『みつるぎ』と記している。

 

「今回この場で会合を開きたいと言ったのはそちらではないか、巻紙女史」

 

 不愉快さを隠さずアルベールは言った。

 ビジネスマンらしからぬ態度だった。昨今の女尊男卑のちまたにおいて、ほぼ例外的に社長職に座り、かつ経営を持続せしえる手腕をもつアルベールは対外的な仮面をいくつも持ち合わせている。にもかかわらず、無遠慮な素の不満づらは、目の前の相手を値踏したうえでの当てつけと言っていい。

 わざわざフランスから社長直々にIS学園にまで赴いたわけ、それは目の前の美女、巻紙礼子が渉外担当として所属している、IS装備開発企業『みつるぎ』とのセッションのためというのが表向きな理由だ。分野が装備開発というデュノア社の強みと同ジャンルであるため、『みつるぎ』とは昔から懇意にしている。

 しかし、アルベールは巻紙礼子に面識がない。通常であれば渉外担当などという『外交的』な相手でなく、デュノア社専属担当という『内政的』な者が来るはずだ。それだけの企業間関係は作れていると彼は思っていた。それがこのザマなのだから、

 

(『みつるぎ』社との関りも考え直す必要があるかもしれんな)

 

 馴染みの顔役が連絡もなしに変わり、指定された日時、場所がこのようなものだから、アルベールの不信感は募ることこの上ないものだった。

 そんなイライラオーラを、巻上はどこ吹く風と受け流す。

 

「まさかメイド喫茶をひらいている学生の催しで会合をされるだなんて、想像だにしていなかったものでして」

 

 片手で髪をすくいあげ、表情に妖艶さを醸し出し美人をまきちらしながら困惑を示すも、

 

「少しくらい想像力があれば、この混雑時に空いている店がないことなど察しがつきそうなものだろうが」

 

 愛妻家のアルベールには通じなかった。

 

「手厳しいですね」

「お互い忙しい身だ。さっさと終わらせよう。さしずめ、キミの目的はわが社の警備用ドローン『ファーブル』だろう?」

「お察しの通りです。さすがはデュノア社長様!」

「つまらないおべっかはやめてもらいたい。『ファーブル』の運用はIS学園が初であることを踏まえればすぐに見当が付く。で、なぜ『ファーブル』なのだ? また、なにを材料に話そうというのだ?」

「そうですね。まず『ファーブル』に関しては、わが社の取引先が(こと)(ほか)興味を引いておりまして。ぜひ仲介してほしいとご依頼を」

「断る。初対面の渉外役に新商品をゆだねるわけにはいかないのでな」

「もちろん、相応の品をご用意しました。それこそ」

 

 巻上は、なにが可笑しいのか含み笑いをたたえた流し目で、給仕の一人に目をやった。

 その視線の先に、アルベールは片眉を吊り上げる。

 

シャルロット(あれ)が、なにか?」

 

 シャルロットにも聞こえたのか、先刻から無表情をきめている顔に不快感がよぎった。

 

「お嬢様にうってつけの装備なのです」

「というと?」

「お嬢様の特殊技能、戦闘状態に合わせて一瞬で装備の呼び出し(コール)展開(オープン)ができる『ラピッド・スイッチ』。それに合致(マッチ)した装備だということです」

「……言うほどではあるのだろうな」

「まだどこにも出していない秘蔵品で」

「用途は?」

「IS装備の展開(オープン)妨害(ジャミング)をかける障害発生装置(ジャマー)というものです」

「ほう」

 

 アルベールをして初耳なものだった。

 巻紙は説明とともにタブレット端末を差し出してみせる。画面には詳細なデータが網羅されていた。

 曰く、IS装備展開妨害装置、通称『ノイズ』

 形状は腕部を覆い隠す大柄なプロテクターのようだ。エルボー部分が開閉し、蓄音機のスピーカーのような大口を開け、対象の装備展開をクラッシュさせて一時的に使用不能にするという。

 なるほど仰々しい見た目だ、とアルベールは思った。これでは通常使用の場合取りまわしが難しいし、相手に妨害(ジャミング)を警戒させるだけで終わってしまう。だが、シャルロットの腕であれば効果的に運用できるだろう。それこそ、用途が用途だけに、格上相手にも出し抜ける大番狂わせ(ジャイアントキラー)となりえるかもしれない。

 説明を熟読すると、手で覆い隠しているアルベールの口角がゆがんだ。

 

「すぐにテストしたいな」

「すでにインストールのご用意はできています」

 

 巻上は承知とばかりに装備が収納(クローズ)されている記録装置(レコーディング・デバイス)を手にして見せた。

 なかなかどうして手腕は確からしい、とアルベールは巻紙への評価が変わりつつあるのを自覚した。

 

「結構。ではさっそく取り掛かるとしよう。ショコラータ、学園にアリーナの使用許可を取れ。シャルロット、聞こえたな。今から実用試験をする。くだらない恰好を脱いでついてこい」

 

 アルベールは返事も聞かず、席を立ってドアに歩き出した。彼の頭の中ではすでに様々なシミュレートが展開され、どの結末に落ち着こうともまんざらではない気分でいた。

 その前に、立ちはだかる者がいた。

 男である。

 織斑一夏が立ち塞がったのだ。

 

「お客様、いまのはあんまりではないでしょうか」

「なんだね? 会計は秘書がする」

 

 不意な登場にもアルベールは動じず対外的な仮面を被る。

 

「そうじゃねえよ」

 

 一夏の給仕役の顔が剥がれた。

 

「お前、シャルのことを何だと思っているんだ。急に顔を出して、会話も交わさず、くだらないだのついてこいだの、勝手なことをほざくんじゃねえ!」

 

 一夏の罵声が、周囲を静めた。満員御礼のご奉仕喫茶が二人の男を中心に沈黙が広がる。

 

(一夏……!)

 

 一人、シャルロットの胸だけが高鳴った。

 (アルベール)に対し言いたいことはある。否定したいことなどたくさんある。その言葉を口に出せないのが彼女の置かれた生い立ちだった。

 それを、想い人は解き放ってくれた。ぞんざいな口調がいっそう気持ちをゆだねられた。鼓動はリズムに乗るように早まりテンポを高めていく。

 その音も、アルベールの声が一瞬で縮こませた。

 

「小僧、勝手な真似をしているのは貴様だろうが」

「なに!?」

 

 血相を変える一夏の胸倉へアルベールはおもむろにつかみかかる。

 シャルロットの表情が悲鳴を帯び、周囲の沈黙が、わ、とざわつくが止まらない。

 親たるものはその立場にふさわしい言葉をあからさまな感情にのせて目の前の小僧に叩きつけた。

 

「人の娘の名を気安く略称で呼ぶなと言っているのだッ!!」

 

 ・

 ・

 ・

 そっち!?

 と傍観していた巻紙礼子が仰天した。

 

「なっ、仲間を親しみやすく呼ぶのは普通だろ!」

「仲間だと!? 誰の許しを得て親しくなったというのだこの青二才の若造が! 私はお前のようなサラブレッドの弟なぞニュースでしか知らんわ!」

 

 知ってはいますのね、と厨房から見ていたセシリアがつぶやき、サラブレッドと認めてはいるのだな、と同じく箒が応じた。

 隣のシャルロットはいたたまれない。

 一夏は男の子よろしく反抗する。

 

「だったら教えてやるよ、俺とシャルとの仲を! 俺たちがタッグマッチトーナメントで敵対した後も嫌な顔一つせず練習に付き合ってくれたし、夏祭りに行った時には山の上の境内で一緒に写真を」

「黙れ黙れ黙れっ!! そんな話を聞きたいんじゃあないっ!」

「いーや、これだけは言っておく! シャルのおかげで俺も仲間たちも救われたことが何度もあるし、一緒に暮らせて本当に良かったと思っている! シャルはいいやつだ。もっと優しくしてあげたっていいんじゃないのか!?」

「人の家族の話に首を突っ込むな! 私だってそうできればそうして……、ゲフンゲフンッ、んん”ッ! 空気がよどんでいるなここは!」

 

 クーラー快適だよ社長、というショコラータの呟きは「黙れ!」という上司の一喝でへし折られた。

 

「ええい、鬱陶しい! ならば小僧、貴様もアリーナに付いてこいッ。その威勢が虚仮威(こけおど)しでないことを証明して見せろ!」

「望むところだ!」

 

 熱のこもる男児のとなり、

 

「……あれ、これ私が相手しなきゃいけないやーつ?」

 

 ショコラータは最後のチョコレートケーキを頬張りながらぼやいた。

 当然だ! と社長はパワハラをふるう。

 

「シャルロットも、いいな! つまらない仲良しごっこなぞ捨ててショコラータと一緒に叩きのめしてやれ!」

 

 

 

 

「え? いやです」

 

 アルベールはこれまで娘にも見せたことのないような間の抜けた顔でシャルロットを見た。

 娘の返事はまずため息から。

 

「はあ、いいですか? いまクラスの出し物の最中なんですよ? それに一夏はウチの看板役なんです。学祭をほっぽりだして行かせるわけないじゃないですか。あと会社のお仕事はよそでやってください」

「な……! お前、まさかこの小僧とすでに」

「そそそっ、そんなわけないでしょう! ……残念だけど」

 

 小声になった後半部分の発言に、先ほどまで一夏におもてなしを受けていた簪はひそかに安堵の息をついた。

 一方、お父さんと化したアルベールは止まらない。

 

「いかん、いかんぞシャルロット! 私はともかく、お前のお母さんはそんなふしだらな娘に育てた覚えはないぞ!」

「お母さんを持ち出すことと断定形が非っ常に嫌ですけれど誤解ですってば!」

「ならばこの小僧を叩きのめして見せろ!」

「なんで僕がしなきゃいけないんですか!?」

 

 ギャースカ! ピースカ!

 

 と不意に始まった親子喧嘩。

 喧騒の間隣で紅茶を楽しむショコラータは、しかし少し笑っていた。

 この社長親子が喧嘩をしたことなど今までなかったことを知っているからだ。

 やれやれ、と苦笑を漏らして、ショコラータは名残惜しい場所を緩慢な動きで離席する。

 行き先はお会計のアイリスのもとへ。

 

「とりあえずお値段3倍掛けにしといて。迷惑代」

「う、うむ。結構な心づけよの」

「お姫様も、似合ってるよ、メイド服」

「そうか! そうであろうそうであろう」

「でも言い方が偉そう」

「ぐぬう」

「で、アリーナとれそう? 奥で連絡しているの」

 

 ショコラータが目ざとく見つけた、レジ奥で誰かと通話してる布仏本音に尋ねた。

 

「おねーちゃんがおっけーだってー」

 

 アイリスの後ろから現れた布仏本音が、携帯端末をぶんぶんかざしながらOKサインをして見せる。姉とは生徒会会計で実務全般を引き受ける布仏虚だ。

 

「よくも通ったものじゃな?」

「にゃはは~、ごり押ししたのだ~」

「それは不憫をかけたものよの。して、よろしいな、ショコラータ殿?」

「ん、ありがと」

 

 支払いのサインをするショコラータに、アイリスは、ふむ、と思い出したように口にした。

 

「前にジブリルから聞いたとおりじゃな。同期との模擬戦で負けたことは無いが、唯一、状況判断で後れを取った相手がお主じゃと」

「ジブリルが無鉄砲なだけだよ」

「それは知っておる」

「あは。ずいぶん信頼してるんだね」

「当然じゃ。IS世界大会(モンドグロッソ)部門優勝者(ヴァルキリー)としての見分は間違いない、と思うておる。それに」

「なに?」

「そんなジブリルが信頼するお主もまた同様じゃ」

「……ふうん」

 

 ショコラータは普段の半目はそのまま、口元だけ弧の字にして笑った。

 

「同期の期待には応えるよ」

 

 踵を返すと、騒々の巷に強引に割って入った。

 

「社長、巻紙さんが持ってきた装備のテストは私がする。模擬戦相手は、お嬢様と一夏くんで」

「んなっ? シャルロットも相手にするというのか?」

「ぼ、僕もですか?」

「そう。ここまでこじれたらしょーがないでしょう。それに、『ノイズ』の試用ならお嬢様相手のほうが都合がいい。一夏くんの機体は装備展開しないっぽいし」

「そういやあ、そうだな」

 

 話題を振られた一夏は【白式】の装備を思い浮かべた。二次移行(セカンドシフト)してから搭載された『月穿』という荷電粒子砲も練習してはいるが、ほとんど近接ブレード(雪片弐型)左腕部多用途武装(雪羅)しか模擬戦では使っていない。

 

「しかしだな、小僧と一緒にシャルロットを組ませるなどと……」

「社長が家族問題にパッパラパーなのは知ってる。けど冷静になって」

 

 ショコラータは視線を巻紙礼子に向けて、

 

「こんな初対面のやつが持ち出すような代物、ホントに安全だと言える?」

 

 アルベールは、ハッと我に返ったように目を瞬いた。

 巻上はさすがにムッとする。

 

「ちょっと、その言い方はあんまりじゃありませんか?」

「巻紙さん、私、あなたのこと知らない。『みつるぎ』にはよく行ってるんだけど、あなたは知らない」

 

 アルベールと巻紙の表情が変わった。

 

「確かめる。いろいろと、全部。行こ、みんな」

 

 率先と進むショコラータに引きずられるように、騒ぎを起こした張本人たちは1組のクラスを後にした。

 

 

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