リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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六十九話 フランスの雪風

「あら、ショコちゃん、もう行っちゃったんですか」

 

 お昼休み、1年1組の休憩室に差し入れを持ってきた山田真耶が残念そうに言った。

 用意してきたのは二組で開催されている中華喫茶のテイクアウトメニューだ。アイリスは品書きの中から中華まんを選ぶと美味そうに頬張り、セットの飲茶で流し込んだ。

 

「うむ。アリーナでな、『みつるぎ』社が提供した新装備のテストをするらしい」

「忙しいですねぇ。わざわざIS学園(ここ)でしなくとも良かったのに」

「上司どのがご執心のようでの」

「デュノア社長がですか?」

「なんでもシャルロットにうってつけの装備らしい」

「そういうことでしたか。でもシャルロットさんはともかく、一夏くんもいないのはどういう経緯(いきさつ)なんですか?」

「無理くり連れ出されそうになったシャルロットを庇いだてして社長の逆鱗に触れたのだ」

「あー……」

「ショコラータを使って叩きのめすと息巻いておったわ。シャルロットも巻き込もうとしておったが、あやつは一夏にぞっこんじゃろう? それも不満の種らしく、やいのやいのと騒いでおっての。今ごろ一夏とシャルロットを相手に折檻試合でもさせておるのじゃろう」

「はあ、お父さんですねえ」

 

「アルベール氏といえば」

 

 アイリスと同じく飲茶を飲み干したセシリアも、事情を知っているふうに話に加わる。

 

「業界内でもやり手の経営者と伺っておりましたのに、身内事に関しては脇があまいようでしたわね」

「そうですねえ、傾きかけた会社も最近は持ち直したってショコちゃん言ってたんですけど」

「親類関係はまだまだ予断を許さぬということか」

「なればこそ、シャルロットさんの気持ちによりそってあげられたらよろしかったのですわ」

「そこはほら、お父さんとしてはまだ認めたくないんじゃないでしょうか」

「ふん。健在に過ごしておるのに贅沢な悩みよ」

「ですわね」

「お、お二人とも手厳しいですね」

「シャルロットもシャルロットじゃ。親の無体など撥ね退ければいいじゃろうに」

「学年別トーナメントの実績もおありですし、あとはお気持ちしだいですものね」

「し、しかし、そうもいかないと思いますよ。シャルロットさんってご親族からけっこう大変な目にあって……」

 

 と、真耶の言いかけた言葉が途切れた。シャルロットの事情に口を滑らせたからではない。

 目の前の二人とも、両親がすでに故人であり、セシリアに至っては親族から財産の無心をされそうになったことを失念していたのだ。

 出しかかった話題を飲みこむべく下手な咳ばらいをする。

 

「んんっ……。と、ところで、ショコちゃんは何か言っていませんでしたか? ジブちゃんも居合わせていたんでしょう?」

「前から気になっていたんですが山田先生の付けるニックネームってラブリー過ぎじゃありませんこと?」

「それはその、学生時代のノリといいますか」

「であればショコラータは同期と違ってしっかりしておるの」

「遠回しにわたしディスられてません?」

「気のせいですわ」

「なんにせよ、騒動の詫びに定価の三倍で飲食代を払っておったり、同期の期待には応える、などと言っておったな」

「同期の期待、ですか」

「ジブリルもあやつを認めておったでな」

 

 ふうん、とセシリアは口元に手を当てて思い返した。彼女が親しくしているイギリスの実力者『女伯爵(カウンテス)』の口からもショコラータの名前は聞いたことがある。内外に知れた実力者二人の口に上るだけの腕はあるのだろう。

 しかし期待に応えるとはどういう意味だろう。

 

「新装備のテストやシャルロットさんの事情を含めてのことでしょうか。山田先生、ショコラータさんの意図が分かりますか?」

「う~ん。ショコちゃん、ボケーっとしていて実は周りが見えているタイプですからね。セシリアさんが挙げた他にも、一夏くんのこととか、いろいろ見極めようとしているのかも」

「実際のところ、どうなのじゃ? ショコラータの実力というのは」

「わたくしも気になりますわ。なんでも『フランスの雪風』という異名をお持ちだと聞き及んでおりますが」

「そうですねえ……」

 

 山田はほっぺに人差し指を置いて、可愛らしいしぐさで、ん~、と考えをまとめると、

 

「白くて古くてあんまり強そうな感じはしないんですけれど、ぜんぜん勝てる気がしない相手でしたね」

「教師としてその説明はどうなのじゃ」

「もう少し具体的におっしゃっていただけませんか?」

「あっ、す、みません……。えと、白いっていうのはショコちゃんの機体のカラーリングで、古いっていうのは第一世代機をまだ現役で使っていて、だから初見だと見劣りしちゃうってことなんです」

「わざわざ第一世代(ロートル)を使っているのに強いというのか?」

「特別機ではないんですけど、相性がいいのかショコちゃんぴったりに形態移行(フォーム・シフト)しすぎているんです。だから普通のパイロットにはできない芸当もできちゃうんです」

「なるほど、白くて様々な動きを見せるから雪風と呼ばれるのですね」

「あ、それだとちょっと足りないですね」

 

 セシリアとアイリスが同時に首をかしげた。

 ほら、と真耶は、

 

「雪風って、幸運と不敗の代名詞じゃないですか。そこがショコちゃんズバリなんですよ」

 

 さも自然な口調で訂正を入れる。が、アイリスとセシリアには雪風にそんな意味があるとはまったく思えない。

 

「スノー・ウインドにそんなニュアンスはございませんよ?」

 

 確認までに尋ねたセシリアの当然の疑問にも、

 

「ノー、ですよセシリアさん。雪風は雪風なんです」

 

 訳の分からない返答に、日本人でない二人の疑問は一層膨らむのだった。

 

 

 ◇

 

 

「でやあああ!!」

 

 一夏の気合が空を駆けた。

 振り下ろされる『雪片弐型』の白刃。それをショコラータの純白のISが鉛色の得物でもって受け止める。

 攻め手は一夏の【白式】、その第二形態の【雪羅】だ。鋭角な切込みから怒涛の追撃の剣が閃き、息もつかせぬ攻勢をしいている。

 それを捌くのは、【白式】よりもさらに白い機体を駆るショコラータだった。ひょいひょいと受け、躱し、間合いを取って、

 

「そこだっ!」

 

 スキを突いたのシャルロットの直接火砲支援(ダイレクトカノンサポート)による追い打ち、すらも風を相手にしているように捉えどころなくよけられてしまった。

 

「クソッ、なんなんだコイツ!? 見た目はただのラファールみたいなのに!」

「見た目に惑わされないで一夏!」

 

 攻略の糸具が見いだせずいったん間合いを取る一夏に、シャルロットが側によって声をかけた。

 

「たしかにショコラータさんの機体は最初期のラファールだけど、中身はまるで別物なんだ」

「初期型!? それに、違うって?」

「ラファールは、リヴァイヴ、カスタム、カスタムⅡと改良してきているでしょう。それだけ基本設計が優れているんだよ。あれはその中でもアーリータイプ、まだ何色にも染まっていない真っ新(まっさら)なラファールなのさ」

 

「お嬢様の解説中にどーん」

 

 固まっている二人に向けショコラータが発砲してきた。剣と銃がハイブリットしたような鉛色の武器だ。その形状とカラーリングに一夏は見覚えがある。

 

「トミーの剣銃(グローリー・シーカー)じゃないか!?」

「そだよ。もともとウチの試供品だもん」

 

 勝手知ったると言わんばかりの射撃が正確無比に二人を襲う。

 シャルロットは左腕に装備しているシールドをかざし一夏をかばいながら防御に徹した。

 

「シャル!」

「大丈夫。いいかい一夏、あれはただの旧式(ロートル)じゃない。一夏の【白式】と同じ、二次移行(セカンドシフト)を果たしているんだ」

「それって、操縦者に合わせて機体が変化するっていう」

「そう。名前を【ラファール・ド・ネージュ】、日本語で言うなら【雪風】って意味だけど」

「!」

 

 ゾク、と一夏の背中に悪寒が生じた。

 その名前を聞いたのは昔、友人とのたわいのない会話のなかだったろうか。最強だなんだと男の子らしい話題の中で浮かび上がった、伝説と言っても過言ではないその勇名。

 自分はいま、その【雪風】を相手にしているのだ。

 

「なじみ深いんだってね? 日本人にはさ」

 

 ショコラータが射撃をきりやめて突撃してきた。

 特段、機動性が高いわけではない。少なくとも一夏がこれまで対戦してきたISと比べれば普通の部類だ。

 ならば名前に気圧されてたまるかと、一夏が思い切って前に出る。

 

「シャル、援護を頼む!」

「正面からじゃダメだよ一夏!」

「任せろっ、この『雪羅』なら!」

 

 一夏は左腕の多用途武装をクローモードにし、掌をいっぱいに広げ盾代わりにかざして迎え撃った。

 『雪片弐型』と同じビームブレードとなるこの『雪羅』であれば相手の攻撃を防ぎつつ逆襲できる。

 

「わお、それ無理」

 

 あっけなくショコラータの軌道が変わった。

 元のコースにミサイルを残したまま。

 

「背部バインダーの『小型ミサイル(ブール・ド・ネージュ)』だ!」

 

 その威力を知るシャルロットがアサルトライフル『ヴェント』で弾幕を張り、弾を撃ち尽くすと同時にあわやというところで撃墜する。

 と、予想外の爆煙が広がり二人を覆いつくした。

 

「煙幕!? 視界が!」

「一夏、いったん下がろう!」

 

「判断遅いよ」

 

 再びの爆発が黒煙もろとも二人を吹き飛ばした。

 

「うわああああ!?」

 

 悲鳴とともに散り散りになる一夏を左視界の端に、シャルロットは何が起きたのかを判断した。

 

(二発目の『小型ミサイル(ブール・ド・ネージュ)』? 一発目の後ろに遅れて? こっちが本命だったのか!)

 

 見れば、ショコラータが一夏に狙いを定めている。『剣銃(グローリー・シーカー)』を左手に振り上げ今にも切りかからんばかりだ。

 

「させないっ、……!?」

 

 牽制にとシャルロット得意の『高速切替(ラピッド・スイッチ)』によって呼び出し(コール)されたアサルトカノン『ガルム』が、展開(オープン)のさなかに雲散霧消する。

 

「しまった!」

 

 ショコラータの右腕に不格好に搭載された『装備展開妨害装置(ノイズ)』がこちらを向いていた。シャルロットの動きが読まれていたのだ。

 

「意外。ちゃんと動くんだ、コレ」

 

 心底予想外なリアクションを呟くと、これ幸いと雪が舞うように機体を回転させ、遠心力を唸らせた一刀を一夏にお見舞いした。

 

「がふっ……!」

 

 直撃。

 一夏の身体をくの字にへし曲げ、深々と斬撃が決まる。

 が、

 

「墜ちないか」

 

 一夏が何とか持ち上げた『雪片弐型』が、押し負けながらも致命傷を救った。学園アリーナのグラウンドに斬り落とされ、ダメージですぐには動けない状態だが、いまだ健在だ。

 やるじゃん、とショコラータは素直に感心する。

 

「もう一撃かな?」

 

 手ごたえはあるが流石に二次移行(セカンドシフト)機【白式・雪羅】』だ。一発KOとまではいかない。それに、なかなかどうして操縦者も根性があるらしい。『小型ミサイル(ブール・ド・ネージュ)』を受けたショック状態でなおあがくとは。

 ならばと銃撃で削り切ろうと銃口を向ける。

 しかしそうもいくまい、と思った通りのことが起こった。

 横合いからシャルロットが突貫してきたのだ。

 

「ご執心だね、お嬢さま」

「……っ!」

 

 ショコラータの深緑(ダーク・グリーン)の瞳がシャルロットを射すくめる。

 だが歯を食いしばり気をはいて恐れを振り払ったシャルロットは、シールドをかざしたまま体当たりを決行。

 それを、ショコラータは、『装備展開妨害装置(ノイズ)』をシャルロットに向けた姿勢で、シャルロットの速度に合わせて後退した。

 

「こ、これじゃあ……!」

「シールドで隠した裏で『高速切替(ラピッド・スイッチ)』かな」

「――だ、からってぇええ!」

 

 たいせつな人を救うために、敢えてシャルロットは誘いに乗った。

高速切替(ラピッド・スイッチ)』を使ってショットガン『レイン・オブ・サタディ』を呼び出し(コール)

 案の定『装備展開妨害装置(ノイズ)』がブレイク。

 されてもなお、近接ブレード『ブレッド・スライサー』を呼び出し(コール)

 再びブレイク。

 

「連射もきくんだ。使えるね、癪だけど」

 

【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】が手を変え品を変え、タイミングも変えて生み出す装備を、【ラファール・ド・ネージュ】は『装備展開妨害装置(ノイズ)』の有用性に舌打ちしながら事もなげに打ち消していく。

 重ねる数が10を超え、15を超え、それでもシャルロットはあきらめない。

 そして最後のとっておき、パイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』が呼び出し(コール)された瞬間、ついに『装備展開妨害装置(ノイズ)』が止んだ。

 

「やばっ」

 

 都合、19回目。シャルロットの機体が基本装備(プリセット)いくつか外してまで増やした拡張領域でなければとっくに打ち止めとなっていたはずである。

 

「いまだ!」

 

 シャルロットは自機の四基の高出力マルチウィングスラスターと二基の小型推進翼が、悲鳴を上げるほどの出力を噴かせて突貫した。

 

「だぁああああ!!」

「ち」

 

 ショコラータが振り下ろす『剣銃(グローリー・シーカー)』。それをシャルロットはシールドで防ぎ、がら空きの横っ腹めがけて『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』をぶちかます。

 

 決まった!

 

 と思わせる打ち込みの衝撃が、無い。

 

「ウソ、でしょ……?」

 

 『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』の放つ杭を、ショコラータは素手でつかみ取ったのだ。

 

「――強くなったね、お嬢様」

 

 半ば放心状態のシャルロットに、ショコラータは称賛を送る。

 感情がのっぺりした顔にはあらわれないが、本心だった。

装備展開妨害装置(ノイズ)』による妨害をいくら続けてもくじけなかったこと。機体の機動力を限界まで引き出せていること。

 そして、自分に一撃を入れられるほど、フランスにいた頃より見違えていること。

 

「彼の、おかげかな?」

 

 ショコラータのいじわるそうな笑み。

 その背中から、風雪が広がるように『小型ミサイル(ブール・ド・ネージュ)』が幾筋も広がった。

 狙いはシャルロットへではなく、

 

「まさかっ!?」

「私からの激励ってことで」

 

 グラウンドでなんとか立ち上がった一夏に向けられていた。

 

「こ……のっ!」

 

 一夏は荷電粒子砲『月穿』を呼び出し撃ち落とそうと連射する。

 

「ちくしょう、もっと練習しとくんだったぜ!」

 

 射撃武器になじめず、おざなりにしていた腕では迫りくる吹雪に太刀打ちできなかった。

 あれだけの攻撃を受けては完全にオーバーキルだ。

 だがもはや迎撃も間に合わないと、一夏は肩部のウイングスラスターで身をかばい両腕をクロスし伏せて防御の体制をとった。

 

「一夏ッ!!」

 

 シャルロットの悲鳴。

 と同時に、彼の名を呼ぶ声が重なった。

 誰だ? と顔をあげる一夏の目の前で、『小型ミサイル(ブール・ド・ネージュ)』に立ち向かうミサイル群が彼の後ろ頭上から広がった。

 

「な、なに!?」

 

 次々と相殺される爆発のさなか、後方を振り返ると、

 

「簪、さん……?」

 

 透き通った水色のISに身をつつんだ、同じ水色の髪をした眼鏡の少女。先ほどまで喫茶店で執事一夏のお客様対応をされていた、引っ込み思案な更識簪が、そこにいた。

 彼女の目の前には空中投影型の球状(スフィア)キーボードが浮かんでいる。先ほどのミサイルをマニュアル誘導で迎撃させたのだ。

 そんな稀代の英才は、

 

「き、来ちゃった」

 

 その辣腕にそぐわぬ戸惑いをみせて、一夏の困惑の色を深めさせた。

 




 ちょっと用語解説です。

 ブール・ド・ネージュ、といえばお菓子の名前で有名ですが、直訳すると「雪玉」という意味になります。
 ショコラータ、ショコラ、ガトー・ショコラ、褐色、ホワイトパウダー、雪、ブール・ド・ネージュ……。
 ショコラータ関連のネームは連想ゲームみたいに生まれていたり。
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