(うわ、コイツこんな顔もしやがんだ)
笑顔の仮面の下で、巻紙礼子は情味豊かにデュノア社長をこき下ろした。
彼、アルベール・デュノアは、女尊男卑の世において例外的に男前である。
敏腕経営者、ナイスミドル、現代社会の輝ける漢。
そんな評判の当人が、
「んふ、むふふ、ふぬふフフ……」
などと鼻をひくつかせて、押し殺せないこみ上げる笑みをボトボトと漏らしている顔は若干どころではなく異様だった。
理由は眼前の試合。
IS学園第3アリーナを貸しきっての新装備運用試験、という名目の、単なる
お父さんの気持ちを代行させられているのは、自社の専属試験操縦者ショコラデ・ショコラータ。
実力者の無駄遣いと言っても過言でない試合内容は、しかしながら
一夏を蹴散らしたことでも、
シャルロットが見違えるほど上達していることである。
適当なところであしらわれていればよかったものが、まさかショコラータの攻撃をしのぎ切り反撃を撃てるとは思いもよらなかった。
仕事柄、感情を表にあらわさないアルベールとしても、こらえきれない感慨だったのだ。
(まあ、コッチは
礼子は一息つき、内心安堵する。
デュノア社の
「いかがですか、社長。お宅の娘さんとあの装備であれば、きっとさらなる高みを目指せると思いますが」
ここぞとプッシュ。
アルベールは、フン、と喜色まじりに鼻をならした。
「……後ほど、『みつるぎ』社から正式な依頼を送るがいい」
フィッシュ!
と礼子の笑みが深くなる。
「それはもちろんですわ。今回は私のような
ズドドン!
と重く響く轟音が礼子のクロージング・トークをかき消した。
「なんだ!?」
アルベールにつられて試合会場を見れば、一夏の前で爆光の花が咲き乱れている。ショコラータが投じたミサイル群が、何者かが放った迎撃ミサイルに相殺されているのだ。
「誰だヤツは! どこの差し金だ!?」
せっかくいい気分でいたアルベールの顔に青筋が立った。あと少しで
いいところだったのに……! と巻紙礼子も舌打ちしつつ乱入者を確認する。
「あれは……、【打鉄・弐式】? ということは、日本のIS代表候補性、更識簪ですね」
「更識だと?
「ええ。本校の現生徒会長、更識楯無。の、妹さんですね。噂によれば、彼女も織斑一夏にこだわりがある様子だとか」
「アレもか! なんなのだあの小僧は、いったいどんなフェロモンを分泌しておるのだ! ええい、ショコラータ!」
アルベールはインカムでショコラータに怒鳴りかける。
「なにうるさいな。インカムじゃなくても聞こえるよ、社長」
「新装備のテストはもういい! あのイレギュラーを織斑一夏ともどもたたきつぶせ!」
「えー。だいたい確認取れたんだから、もーいーじゃない。一夏くんも、馬の骨にしてはわりと骨太みたいだし」
「良くない! 社長命令だ、やれ!」
「その『やれ』って言いかた、殺意まんまんだよー。まったく大人気な――」
ブツン、とアルベールは一方的に通話を切った。
言われんでもわかっとるわ! と出かかった言葉を、ハッと歯を食いしばって喉に押し込む。
――わかっとる、というのは何に対してなのか。
殺意まんまんだということだ。そうに違いない。間違っても、
(そうだ。そんなことはない。シャルロットの相手は、もっと相応しい男がいるはずだ)
そう自分を説得するように語りかける。
例えば、そうだな、脳裏に相応しい男の候補を浮かび上がらせて……、浮かばない。
浮かぶはずがない。
女尊男卑のこの世の中で、音に聞こえるような男の名前など、そうそういるはずが……、
「……クソッ」
よりにもよって出てきた名前が、織斑一夏ぐらいしかあがらない自分が、よりいっそう腹立たしかった。
◇
ショコラータはため息をついた。
「と、言われたけど、どうしよっかな」
目の前で苦々し気な顔をしているシャルロットにふってみる。
「社長命令ならば、従うのが社員ではないですか?」
「理屈はね。お嬢様はどーする? 一夏くんの肩をもつ?」
「もちろんです。子どもには、反抗期という特権があります」
「自立の証明か。おとーさんは悲しむよ」
「あのひとは――」
「悲しまない? そうかな。わざわざフランスからやってきて、あやしい新装備を試してみたり、一夏くんが大嫌いなのは誰のためかな?」
「ぼ、僕はそんなこと一言も頼んでいません!」
「そーだね。社長、大事なことは口にしないもんね。でも、一夏くんを助けたあの子だって、頼まれてもないのに飛び入り参加」
見れば、更識簪がかいがいしく一夏の様子を確認していた。
直に機体に触れて状態を調べたり、変に近い距離感で彼と言葉を交わしたり。
大丈夫? ごめんなさい、見ていられなくて
いいんだ、俺のほうこそ、みっともない姿を見せちゃって
一緒に戦わせてほしいの、あなたの隣で。ダメかな?
もちろん歓迎だよ。キミが側にいてくるなんて、心強い。
一夏君……!
簪さん……
などという言葉が交わされて、いないにも関わらず、脚本・演出ショコラータの声真似が無駄に快演した。
のせられたシャルロットはボルテージがレッドゾーンに急上昇。
「なーんてね。いー雰囲気じゃん?」
「あ、あいつ……! 急にあらわれて一夏になれなれしく……!」
「一夏くんのことが心配みたいだね」
「僕だってそうです!」
「そう言った?」
急な切りかえしに、シャルロットが詰まる。
「一夏くんに気持ちを伝えた?」
「それは……」
「行動でほのめかしただけでしょ」
「う……」
「お父さんソックリ」
シャルロットは閉口する。
「私はわかるよ。お嬢様の気持ち。デュノアさんちとは付き合い長いからね。でも、他の人たちは口にしないとわかんないの。察してって、それはわがまま」
「……素直に、なれってことですか?」
「なれないなら、別の手段しかないね」
「それは?」
「んー、わかんない?」
ショコラータは更識簪を見つめてみせる。押しかけ女房がごとく一夏を介抱する彼女の姿を。
「わかりません、どうすればいいんですか!? 教えてください!」
「わかんないかー」
そっかー、とショコラータは盛大に苦笑した。
目の前に良い見本があるというのに、この娘ったら気がつかないのかー。
(社長といい、お嬢様といい、デュノア一族はどうしてこう、めっちゃデキるしモテるクセに大事なところがパッパラパーなんだろうね)
ショコラータは純情ちゃんから距離を離した。行くはアリーナの上天。眼下に睥睨するその位置で、
「うりゃ」
一夏たちに向けて発砲する。
「うおっ!? この、まだやる気なのか!」
「大丈夫、私がサポートする。一緒に頑張ろう、一夏!」
「ッ……! ど、どういうことですか、ショコラータさん!」
三者三様、一つに向けられた敵意を、ショコラータは不敵に受け止める。
「ゲーム・コンティニューだよ、後輩諸君。お嬢様には特別に
ショコラータのIS【ラファール・ド・ネージュ】が、得物の剣銃『グローリー・シーカー』を掲げて宣言した。
「私に勝てば教えてあげるよ!」
◇
たった一機の純白のISが、三機を相手に大立ち回りをしている最中。
アリーナの観客入場口付近で会場をみる影があった。
ダリル・ケイシーだ。
(あんの……! なにしにきやがった、オータムの姉御!)
眼下の観客席にいる巻紙礼子をにらみつけ、歯噛みするダリルに普段の高慢な余裕はない。
学祭とかかったりーぜ、とサボリにアリーナへ寄ってみれば、何者たちかの試合が行われている。しかもあろうことかダリルの苦手な知り合いがいるのだ。
アレが動くからには何かがある。だが、彼女の仲間の元・同輩からは何の連絡も入っていない。
(アイツの独走か? 連絡ミスか? ……まさか)
ダリル自身が、組織から軽視されてしまったのだろうか。
わからなくはない。【
なにが気に入らなかったのか今の自分でもわからないが、ともかく面白くなくてダリルの叔母であるスコール・ミューゼルにも噛みついた。
そのせいで信用を傷つけてしまったのかもしれない。IS学園関連のメンバーなら二人も補充されているから、自分の替わりはいると考えられたというのもありえる。
確かなことは、今この事態に際して、ダリルにできることは何もないということだ。
「チッ、いけ好かねぇぜ」
「――なにがいけ好かないんですか、ダリル先輩?」
ダリルの胸が跳ね上がった。
後ろをとられた? このオレが?
身構えながら振り返る先には、
「……なんつう恰好してんだよ、ジャーマンコンビ」
トミーとラウラが、燕尾服とメイド服という場違いファッションで連れ立っていた。ついでにトミーは片眼鏡という執事風味だ。
「1年1組の出し物だ。あまり接客に携われなかったがな」
「ドイツ国籍ではないですけどね、僕」
訓練はさせてもらいましたが、と注釈を入れるトミーと、籍を入れてもいいのだがな、というラウラに、ダリルは内心腑に落ちた。
……いや、いくか?
「おう、なに忍び足でやってきやがった。このオレになにか用か?」
「いえ。ダリル先輩にではなくて」
「アリーナにいる巻紙礼子という女に、だ」
ラウラの返答に、ダリルはどうリアクションすればいいのか戸惑った。
「へえ、そりゃあ、どうかしたのか?」
「気になるのか?」
「まあ、な」
「なぜだ」
ラウラの喰いつきにわずらわしさを覚え、
「ひょっとして、お知り合いなんですか?」
トミーの問いかけに、ぐ、と口ごもった。
我ながらヘタクソめ、とダリルは自嘲しつつ、半ばやけっぱちに口答える。
「だったとしたらどうするよっ」
「う~ん、どうしましょう?」
「なんだよそりゃあ!?」
「いえ、こちらもまだ疑惑段階で見ておりまして」
「疑惑? なんの」
「学年別タッグトーナメントの裏で現れた襲撃者ではないか、とな」
「――ハッ」
ダリルは乾いた笑いを浮かべた。
なんだよコイツら、そこまで嗅ぎつけてやがったのか。と両手を上げてサレンダーなバンザイ気分だ。
――ああ、そういえばこの一年坊主は特殊な眼をもっていやがったな。
片眼鏡をしてオッドアイ風になっているトミーの目を見て思い至った。
これではもう言い逃れもできまい。
(オータムの姉御め、ざまあみやがれ)
ダリルは豊満な胸の内で悪態をつく。
テメエの落ち度なのだからテメエで落とし前をつけやがれ。
もはや庇い立てをする気も起らず、この事情をぶん投げた。
「う~ん、でも考え過ごしでしょうか?」
「あん?」
「ダリル先輩は嘘をついているようには見えませんし……」
「確かにな」
「ちょっ、おい、お前らオレの何をみて言ってんだよ!」
「知り合いかと尋ねられて露骨にうろたえているうえに、学園襲撃者ではないかという疑惑にそうまで一笑に付されては、な」
「んあ」
ダリルの口がポカンと開いた。
あれ、これ乗り切れんじゃね?
イヤイヤ、でもいいのかそれで! 結局オレと姉御のリンクは疑い晴れて無ぇじゃねえか。
「マテや、なんでオレがその巻紙礼子の知り合いに落ち着いてやがる。だいたいソイツがテロリストだったらどうすんだ。オレもグルってことになるんだぜ?」
「違いないが……、そんな間抜けを晒すのか? 先輩」
「うお、ボーデヴィッヒから先輩呼ばわりは鳥肌立つな」
「どういう意味だ」
「まあまあ。僕もダリル先輩がテロリストになるとは思えませんよ。少なくとも今はまだ」
「勝手に頭っから信用すんじゃねえっ。どんな理屈でモノ言ってやがる」
「だってダリル先輩、負けっぱなしで終われるタイプじゃないでしょう?」
「そりゃあそうだが?」
「だからテロリストだったとしても、僕とアリスにリベンジするまでは行動に起こさないと思うんですよ」
「――――」
今度はダリルの目が真ん丸に開いた。
よくわからない心の
トミーとアリスのペアを相手に舐めプして、返り討ちにあったあのブザマな試合。
思えばモヤモヤはあの後からおきていた。
「アーリィから聞いていますよ。ダリル先輩とフォルテ先輩、僕とアリスに負けてからチョー練習してるのサ、って」
トミーが肩をすくめて楽しそうに言う。
あーあー、なるほど。オレがマジになって特訓してんの、この一年坊に漏らしてやがったか。
「……あのイタコウババアめ」
ハ、
とダリル・ケイシーは笑った。
レイン・ミューゼルという、彼女が属する亡国機業のコードネームも含めて笑った。
最近の組織の方向性。
性に合わないやり方のズレ。
軽視されているのではないかという疑惑。
奥底に秘めている世界への悲嘆。
にもかかわらず、
近ごろ変に殊勝な自分。
前より深まった
それらはすべて、ようするに、
(なんてこった。オレ、すっげえ負けず嫌いなだけじゃねえか)
「ハハハハハハハハハハ……!!」
ダリルは大声で大笑いした。
会場中に響き渡るほど大笑いした。
後輩たちが戸惑いを見せるが、知ったことか。
アリーナのやつらも、試合を止めてオレを見てくるが、知ったことか。
オータムの姉御がアホらしい仰天
だってよ、つまりはだ、このダリル・ケイシーの抱いた悩みは、一つの敗北の雪辱を晴らすためならば、一切合切まるっとまとめて棚に上げられちまう程度の、そんなモノでしかないというのだから……!
「ハ――ッ、はあ!」
ひとしきり笑い終えると、ダリルはアリーナのやつらに向けて宣言した。
「おうおうおうっ、せっかくの学園祭に模擬戦なんぞをやってるお前らァッ!!」
周囲の視線がダリルに集まる。
「オレ
え、
という間の抜けた面々に、ダリルはもうひと笑い喉を鳴らした。