リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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Ⅵ 無垢な敵意

「アタシ、アンタのこと嫌いだから」

 

 放課後、IS学園校門前で出迎えた転校生、凰鈴音の放った言葉に、学園の案内役を任されたトミーは口を開けたままフリーズした。

 

「……、えぇっと、僕、凰さんと初対面なんだけど、何か気に触ったことしたかな?」

「こうして出迎えた相手に随分な物言いですね。中国の代表候補生さんは」

 

 一歩後ずさったトミーの隣、彼に付き添ったセシリアは一歩踏み出して抗議した。

 

「ハンッ、代表候補生とか、そんなの関係ないから。私の転校が遅れたの、アンタのせいなんだからね」

「ええっ!?」

「知らないの? LSの操縦者さん。アンタのスポンサー、中国からIS技術者をゴッソリ引き抜いたのよ、日本の倉持技研に。お陰で中国のIS関連は急ブレーキ。私も今まで待ちぼうけを喰らったってワケ」

「それだと、僕じゃなくて僕のスポンサーが悪いってことじゃあ……」

「ないのよ、アンタのがIS学園へ入る為の便宜でそうなったんだから。コッチはとんだとばっちり」

「アチャー」

 

 頭痛を庇うように額に手をかざしながら、さてどうやって彼女の不満を鎮めようかと思案した。

 

「ちなみに、それだけじゃないから」

「まだあるの!?」

 

 鈴がトミーの顔に真っ直ぐ指差す。

 

「アンタのせいで最初の男性IS操縦者は一夏じゃなくなってしまった。それもLSなんて不名誉なモノなんかで! だからアタシはアンタが嫌い。一夏が得るはずだったモノを掻っ攫ったアンタが!」

「ちょ、ちょっとお待ちになって! 貴方、一夏さんのお知り合いでしたの?」

「そりゃあそうよ。アタシは一夏の幼馴染なんだから」

 

 え? とトミーとセシリアは顔を合わせる。

 

「一夏の幼馴染って、箒の他にもいたってこと?」

「しかも、日本ではなく中国に、ということになりますわね」

「誰よ? その箒ってヤツは」

「知らないんですの?」

「一夏のやつ、どういう交友関係をしているんだ?」

「コッチが聞きたいわよ! だいたい何、アンタ達も一夏と知り合いなワケ?」

「まあ、同じクラスだし」

「練習もご一緒しておりますし」

「ズルい! 1組ズルい! アタシは何で2組なのよ〜!? ハッ、まさかコレもアンタの差し金!?」

「いや違うから! 僕にそんな権力無いから!」

「あ〜もう、ムカつくわ。アンタ、早いとこ一夏のとこに案内しなさい! どうせアタシの荷物なんてこれだけしかないんだから」

 

 そう言うと、小柄な体格に合わない大きさのボストンバックを軽々と肩に担いだ。

 これを凶器に暴れられたらたまらない。

 一夏には悪いが、ともかく周囲の安全のためにも凰鈴音の言うとおりにすることにした。

 

 ◆

 

「で、ああなったわけか、トミー」

「いや、まさかああまでなるとは想定していなかった。予想が甘かったよ。ゴメン、一夏」

 

 夜。すでに学食が終了し、電気が落とされたランチルーム内。月に照らされた窓際の席で、ホットレモンティーの入ったマグカップを片手に一夏とトミーはため息を付いた。

 

「で、今夜の一夏の部屋は結局どうなるんだ」

「箒と鈴に明け渡した。ドアが失くなった部屋でどやされたら、声が廊下に響いてまた野次馬が集まってしまうからな」

 

 思い出すのも嫌そうにマグカップをテーブル置いた。

 鈴が一夏と再開するや、一緒にいた箒について言及が始まり、『どういうこと(だ)!?』の腹式ボイスデュエット。

 さらに箒と一夏が同じ部屋に戻ろうとしたタイミングもあって、鈴のボルテージがヒートアップ。籠城のドアをぶち破り、喧騒を聞いたあたりの住人が集まって、寮母である織斑千冬のカミナリが落ちた、と相成った。

 

「あの千冬さんがよく許したね」

「経緯報告書とドアの修理要望書を明日朝イチで提出しろって言われたよ。あと解決策も同時にってさ……」

「うわ、また無理難題を出されたなあ」

「トミー、何とか知恵を貸してくれ」

「う〜ん……。とりあえず、凰さんについてもう少し詳しく教えてくれない?」

 

 解決策を練ろうにも、トミーは鈴をよく知らない。どういう人なのかについて教えて貰えれば、何か妙案が思いつくかもしれない。たぶん。

 

「真っ直ぐな子だっていうのは良くわかったけどさ」

「ああ。裏表のない真っ直ぐなやつだ。昔、よく弾……ああ、俺の男幼なじみな、と三人でワイワイやっていたよ」

「箒が転校した後に凰さんと出会って、一昨年……中学二年まで一緒にいたんだっけか」

「ああ。家庭の事情で故郷の中国に帰っちまったんだ。それから、たった二年でISの代表候補生になるなんてな」

「二年で物凄い急成長だよね。ひょっとして凰さんって天才肌なの?」

「う〜ん、別に天才とかそういう部類じゃないと思うぞ。千冬姉とか、箒のお姉さんの束さんとか見てるから、ハードルが高いせいかもしれないけどさ」

 

 ホットレモンティーを少しすすって、

 

「あらためて見ると、箒は天才束さんの妹で剣道全日本優勝者、セシリアはイギリス貴族で大富豪の上に代表候補生、トミーは国連スポンサー企業に所属する世界唯一のLS操縦者、なんか俺の周りって凄いやつらばっかりだな」

「一夏だって、世界最強のブリュンヒルデの弟で世界唯一の男性IS操縦者。十分凄い部類に入ると思うよ」

「男性IS操縦者なら、お前だって……」

「僕はIS『もどき』のLS操縦者さ。普通のISは動かせるだけ」

 

 トミーはマグカップの温もりを両手で感じながら、

 

「あくまで比較的だけど、凰さんって結構普通な環境なんだね。それなのに、わずか二年で国家代表候補生になるなんて、よっぽどのことがあったんじゃないかなあ。一夏と一緒にいた時は何か思い当たること無かったの?」

「いやあ、特にはなかったな。だいたい一緒にって言っても遊んでただけで、……いや、まさか」

「なに?」

「ああ、実は鈴のやつ、料理の腕が上がったら俺に毎日酢豚を作ってくれるって言ってたんだよ」

「へえ……ぇえっ!? い、一夏? それってまさか……」

「ああ。鈴はきっと、料理人になるために代表候補生になったんだ!」

「なんでそっち!?」

「鈴が目標とか夢を語ったことなんて、それくらいだからな。それにIS操縦者って肉体的に結構ハードだろ? それを満足させる料理を作れるようになれば料理人として箔もつく。そのために、先ずは相手を知るために自分でIS操縦者になったんだと思うんだ。どうだ?」

 

 トミーはすっかり冷めたマグカップの中身を一気に飲み干した。

 

「……っぷは。一夏、解決策は決まったよ。君が凰さんをいたわることだ」

「な、なんでだよ!? コッチは怒鳴り散らされた上に部屋のドアを壊されてるんだぞ!」

「それじゃあ、もう夜も冷えてきたし、お休みなさい」

「いや聞けよ!? つか、今晩お前の部屋に泊めさせてくれないか? 今夜は寒くって寝床がないのはさすがに辛い」 

「やだ。僕の部屋はウチの研究員室の間借りなんだから、部外者は立ち入り禁止」

「は、薄情者〜! 親友を見捨てる気かよ!」

「今夜くらいお姉さんと家族水入らずで過ごしなよ。さっきの解決策を手土産にすれば断られることはないと思う」

「うう……。明日、朝イチでまたココな」

「ジョギングが終わったらね」

 

 トミーは後ろ手に振りながらその場を立ち去った。

 

(それにしても)

 

 と、トミーは思う。

 

(好きな人のために、異国に行っても再会を誓って非凡な努力をするなんて。お清さんが恋を勧めるのもわかる気がするなあ)

 

 耳年増なだけで、いまだ恋を知らない少年は、澄んだ空気の春の夜にそう思うのだった。

 

 ◆

 

「はあ……」

 

 セシリアは何度めかわからないため息をついた。

 

(成り行きといえ、箒さんと鈴さんの取り成しを任されるなんて、ツイてませんわ……)

 

 一夏と箒の住む1025号室。今はドアが壊されて鈴のボストンバックで塞いただけの……むしろそれほど大きいバックを鈴は軽々と使っていた……暖房があまりきかないのに暑苦しい部屋の中で、セシリアは二人の喧騒を見遣った。

 

「ドアを壊しこのような事態を招いたお前なんぞに、一夏の幼なじみの称号はやれないな!」

「アンタがISを部分展開した余波でこうなったんでしょうが! 承認はそこのイギリス代表候補生! いいわよね?」

「セシリア、という名前がありましてよ。凰さん」

「鈴でいいわ。名字呼びなんてむず痒くなるから」

「名前の通りやかましいヤツだ」

「ハンッ! 箒なんていうよりモップのほうがグダグダして合ってるんじゃない?」

「なんだと!」

 

 ほら、また始まった。

 一夏さんの幼なじみはどちらが相応しいか。相部屋の相手はどちらが望ましいか。議論の中身はそんなところで、議論に相応しくない人格攻撃が応酬しているから、話は一向に進まない。

 

(まあ、正直わからなくもない部分もありますけれど)

 

 セシリアも、幼い頃の親友の『彼』に他の女がいたと知ったらどうなっていたことか。

 あのときはまだお転婆だったから、たぶん、こんな感じになったかもしれない。

 とはいえ、それはそれ。これはこれ。

 

「箒さん、鈴さん、お二人ともいい加減にしなさいな。結局は、一夏さんに決めて頂くしかない話でしょう?」

「む、まあ、セシリアの言うとおりだな。アイツが私以外を選ぶなどありえんが」

「言うじゃない。その余裕顔、いつまでもつかしらね。って、そういえば、セシリアの方は災難だったわね」

 

 あら、

 

「鈴さん、わかってくださいますのね」

「そりゃあね。あのトミーっていうLS操縦者と一緒に出迎えさせられるなんて、ホントツイてないわね」

「……はい?」

「だってそうでしょ? 紛い物の出来損ないISを動かした程度で良い気になって、男性IS操縦者爆誕! だなんて。まるでピエロよね。しかも所詮企業のイヌに過ぎないのにIS学園に入学って! アイツのせいで入れなかった受験生が可愛そうだわ」

「……鈴さ」

「ふん、何も知らない部外者らしい偏見に満ちた物言いだな」

 

 セシリアが低く小さない声で呼びかけようとした矢先、箒の言葉が覆いかぶさった。

 

「はあ? 何よアンタ、まさかLS操縦者にたぶらかされたの?」

「まさか会って間もない相手の悪口を言い出すとは、やはり一夏の幼なじみは私しかいないな」

「知ろうなんてこれっぽっちも思わないわよ!」

「……なぜですか」

 

 セシリアの鋭い視線に、鈴が少し怯んだ。

 

「な、なによ、セシリアまで」

「なぜ、トミーさんのことをそうまで悪く言えるのですか。いえ、それほどまでに、一夏さんをお慕いなさっているのですか」

「セシリア!?」

「そうよ」

 

 鈴は顎を引いて、上目遣いに睨みつけた。

 

「アタシは一夏が好き。一夏にまた会うために、今日まで頑張って、ここまで来たの。一夏が褒められたらアタシも嬉しいし、一夏が疎まれたらアタシも怒る。でも、トミーとかいうやつのせいで一夏に当たるはずのスポットライトは奪われた。きっと一夏が光に当たっていたなら、もっと一夏は輝いていたハズなのに……!」

 

 拳を震わせ、全身から放つ気が怒りを表している。

 箒は閉口した。鈴の言い分がわからないこともないからだ。

 

(しかし、トミーがいたから、男性IS操縦者へ向けられた敵意と悪意は一夏に注がれていないのだぞ)

 

 篠ノ之束という、あらゆる悪意と敵意を向けられる姉を持つ箒は、その恐ろしさを身近に感じていた。束が女尊男卑の象徴であるISの発明者故、多くは男性から向けられたものだった。一夏とトミーはその真逆。しかし同じ嫌な注目が一夏から逸れることが出来ているのは、トミーには悪いが幼馴染である以上正直ホッとしていた。

 そう口に出そうとしたが、今の鈴に伝わるとは思えなかった。

 それに、

 

(セシリア、明らかに不満そうだな)

 

 うつむき加減で顔色がわからないが、雰囲気からそう察せられた。

 セシリアがそれとなくトミーを気にしているのは箒も知っている。彼がセシリアの知り合いと似ていたから、という話だけでは片付かない、まごまごとした微妙な距離感は、クラス代表決定戦以降さらにちぐはぐな間隔となっていた。

 

「わかりました」

 

 セシリアが告げた。

 

「では、一度トミーさんとお手合わせしてみてはいかがですか? そうすれば鈴さんの鬱憤も晴れるでしょうし、同時に相手を理解できるかもしれないでしょう?」

「へえ、いい事言うじゃない。まあ理解するつもりなんてないけど、訓練と称してブッ飛ばせるなんてステキだわ」

「では、三日後の放課後に屋内IS訓練所ではどうでしょう。セッティングはコチラでしておきますので」

「上等。箒と違って、セシリアみたいな子と出会えて良かったわ」

 

 箒はムッと口から出そうになった買い言葉を飲み込み、セシリアの顔色を伺った。一見たおやかそうだが、仮面だということは目を見ればすぐにわかった。

 

(セシリア、どうして……?)

 

 セシリアの瞳のは箒を捉えず、鈴の軽口を仮面で受け流して、双眸だけで敵意を向けていた。

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