ハヤテのごとく!〜ヒナギクがナギでナギがヒナギクで〜 作:桂ヒナギク
「今から僕と、デートしませんか?」
その言葉にヒナギクは「何処へ?」と訊ねる。
「えっと……舞浜なんてどうです?」
「それって……」
「はい、あそこです」
ハヤテは笑みを浮かべた。
「バカじゃないの? そんな子どもっぽい所誰が。まあ、貴方が行きたいって言うなら、付き合ってあげても良いけど?」
素直になれよ。
「本当ですか? では今から行きましょう!」
ハヤテはそう言って立ち上がると、直ぐさま準備をして屋敷を後にした。
千葉県某所にある某遊園地。此処は以前、ハヤテが生徒会役員の
「さて、どれから乗りましょうか?」
と言うハヤテの問いにヒナギクは言う。
「私、この体で乗れるかしら?」
「判りません。取り敢えずあれに乗ってみて下さい」
そう言ってハヤテが乗り物を指差そうとした時、後ろから声を掛けられた。
「あれ、ハヤテくん?」
「え?」
振り向くと、元クラスメイトの
「西沢さんじゃないですか。どうして此処に?」
「どうしてって、遊びに来たからだよ。ハヤテくんこそ、どうしてこんな所に居るのかな?」
「奇遇ですね。実は僕も遊びに来たんですよ」
「そうなんだ。じゃあさ、これから二人で何か乗らない?」
「良いですね。何乗ります?」
と二人が楽しそうに会話を始めると、ヒナギクが咳払いをした。
「え、今何か聞こえなかった?」
「き、気のせいですよ西沢さん! それより早い所何か乗りましょうよ!」
「そうね」
じゃあ──と歩は絶叫マシーンを指差した。
「駄目よ、乗っちゃ」とヒナギク。
「え、何か言った?」と歩。
「いえ、僕は何も言ってませんけど、何か聞こえたんですか?」
「聞こえたわ。ヒナさんの声が」
その言葉にヒナギクは口を塞いだ。
「可笑しいよね。ヒナさんなんて居ないのに」
と辺りを見回す歩。
そんな歩を見てハヤテは心中で思った。今あなたの真横に居ますよ、と。
「って、そんな事より、早く乗らないと時間無くなっちゃうよ」
歩はそう言うとハヤテの手を掴んで目の前にあるジェットコースターに向かった。
通路に着くと、そこから先はがら空きで、直ぐに乗る事が出来た。
ハヤテと歩は安全装置を降ろして体を固定。その後ろでは、ヒナギクが安全装置に苦戦を強いられている、と言うか手が通り抜けて降ろせないで居る。
(こうなったら歩を借りるしか無いわね)
そう考えたヒナギクが体を半分ほど歩に重ねた所で、彼女が口を開いた。
「それで、上手く行ってるの?」
「え、何がです?」
「ヒナさんとの事よ。ハヤテくん、付き合ってるんでしょ?」
「ええ、まあ。って、何やってんですか!?」
とハヤテが歩を乗っ取ろうとしてるヒナギクに訊ねた。
「え、急にどうしたの?」と歩。
「いえ、何でもありません」
「そう。私はてっきり、何か視えたんじゃないかと思ったわ。例えば幽霊が私を乗っ取ろうとしてて、ハヤテくんがそれに突っ込んだとか」
ギクッ!──と焦るヒナギク。
「嫌だなあ。そんなの視える訳が無いじゃないですか」
「そうよね。そもそも幽霊なんて居る訳無いもんね。それより知ってる? この前、ヒナさんと一緒にバイトやってる時、ヒナさんがお客さんに料理を作ったんだけど、その料理を食べたお客さんが食中毒起こしちゃったのよ」
(うわぁ、それお嬢様だよ……)
(ナギね)
と二人同じ事を思う。
「そしたらヒナさん怒っちゃって、そのお客さんの事ボコボコにぶん殴って病院送りにしちゃったのよね」
(解ってる。お嬢様だとは解ってるんだけど、どうしてもヒナギクさんを想像してしまう)
「その後、マスターにこっぴどく叱られたと思ったら逆ギレしてマスターまで病院送りよ。お陰でバイトが休みになっちゃった。もう最悪」
その言葉に我慢出来なくなったヒナギクは思った。もう言わないで、と。
「でもさ、ヒナさんが怒った所、初めて見たよ。ハヤテくんは平気? 殴られたりとか、蹴られたりとかしてない?」
「否定は出来ませんね。と言うか、毎日暴力振られてるって言っても過言じゃないです」
「ほほう。犬猿だね。そんな人とはさっさと別れちゃった方が良いよ?」
「え、でも慣れると結構快感ですよ?」
その言葉に歩が疑問視する。
「ハヤテくん、それ嘘でしょ。本当は煩わしいとか思ってるんじゃないかな?」
ピキッ!──ヒナギクは額に青筋を浮かべた。
(ハヤテくんはそんな事思ってないわよ!)
内心突っ込むヒナギク。
「否、思ってないですよ。まあ、もし仮にそう思ってたらどうします?」
「えっと、取り敢えずハヤテくんにはヒナさんと別れて私に乗り換えて貰うかな」
自分で言って恥ずかしくなり、頬を染めるハヤテ大好き少女A。
(成る程、そう言う魂胆ね。ナギの件は思いっ切り脚色。私からハヤテくんを奪おうなんて100万年早いわ。歩には悪いけど、ハヤテくんに嫌われて貰おう)
ヒナギクはそう思うと、作り笑顔の時みたいな笑みを浮かべ、体を完全に歩の中に入れてしまった。
「えっ?」
背筋をピンと張り、目を丸くする歩。
「西沢さん、どうかしたんですか?」
その問いに歩は背筋と表情を元に戻しハヤテを見た。
「何でも無いわ」と笑顔を見せる歩。
「そうですか。僕はてっきり、ヒナギクさんに乗っ取られたのかと思いましたよ」
ギクッ!──と焦って冷や汗を垂らしまくる歩。
「って、汗出まくってますけど、本当に大丈夫ですか?」
ハヤテはそう言って歩を疑問視する。
「嫌だなあ、ハヤテくんったら。私は歩だよ? ヒナさんな訳無いじゃん。それに、乗っ取られてたとしたら、ヒナさんは死んでる事になるから、少なくとも親友である私の所には訃報が来るんじゃないかしら?」
「かしら?」
(はっ! 歩はそんな喋りしないわ! バレたかしら!?)
と恐る恐るハヤテの心を透視してみる歩の中のヒナギク。幸い、ハヤテは無心だった。
ふう──と安堵の溜め息を吐く歩。ハヤテはそんな彼女に疑問符を浮かべた。
「間もなく発車致しまーす!」
係員がそう言い、発車ベルを鳴らした。
直後、ジェットコースターが動き出し、角度が変わって上に登って行く。
歩の中のヒナギクはそこから見える景色に恐怖を覚え、速攻で気を失ってしまった。
「あれ、どうして発車してるのかな?」
意識を取り戻した歩がハヤテにそう訊ねた。
「忘却ですか、西沢さん!?」
「私今まで何してた?」
「えっと……特に何もしてなかったかな」
ハヤテがそう言うと同時にジェットコースターが急降下を始めた。
カーンッ!──と金属音。
「は、ハヤテくん、今何か聞こえなかった?」
「ええ、確かに聞こえました」
とその時、安全装置が遠心力で吹っ飛んだが、コースターは止まる事を知らない。
コースターは二人を乗せたまま地上ギリギリまで到達すると、再び上昇して今度は緩やかな下り坂になり、コーナーに進入した。
その瞬間、ハヤテたちは遠心力によりジェットコースターから投げ出される。
「うわあああああ!」
「きゃあああああ!」
悲鳴を上げて宙を舞う二人。
「何でこうなるのかな!?」
「知りませんよ! 係員が点検を怠ったんじゃないですか!?」
「今はそんな事よりこれからの事考えないかな!?」
「そうでした!」
ハヤテは体勢を立て直すろ歩をお姫様抱っこして着地に入る準備をした。
「こ、こんな高い所から落ちて平気なのかな!?」
「大丈夫ですよ。この前なんかビルの屋上から隣のビルの屋上へ飛び移ろうとして距離が足りずに落下しました。それにくらべたらこのぐらいどうって事無いです」(アニメ51話、春をご覧下さい)
「ハヤテくん、それ危ないんじゃないかな!?」
「少々の危険も乗り越えなくては一流の執事は務まりません!」
そう言いながらハヤテは着地に成功。歩を降ろした。
歩はホッとして胸を撫で下ろした。
その瞬間、中のヒナギクが目を覚まして歩は意識を奪われた。
(いけない。私とした事が。恐怖で意識を失うなんて情けないわ。って、そんな事より作戦を実行しなくては)
歩はそう思うと、<歩嫌われ計画>を発動した。
「ねえ、ハヤテくん」と歩。
「何ですか?」
「えいっ!」
歩はハヤテの股間を蹴り上げた。
「ぬわっ!」
股間を押さえるハヤテ。
「西沢さん、何て事するんですか!?」
「どうお? 私の事、嫌いになったかな?」
「はい?」
(これじゃ駄目か……。ようし、こうなったら)
と歩はハヤテを突き飛ばす。
「うわっ!」
ハヤテは蹌踉めき、尻餅を着いた。
「西沢さん、何か僕に怨みでも?」
「別に怨みは……怨みは……」
そこまで言った所で、歩の脳裏に数々の怨みの原因が過ぎった。
「ありすぎるわねぇ」
「ええ!?」と驚くハヤテ。
「一番ムカついたのはやっぱあれよね。アレキサンマルコ教会の地下迷宮で……っ!」
と歩は慌てて口を塞いだ。
ハヤテが細い目で見詰める。
「ヒナギクさんですか?」
その問いに歩は手を左右にブンブン振るって言った。
「な、何言ってんのかな!? 私は歩よ!? ヒナさんなんかじゃないからね!?」
ハヤテはやれやれと肩を竦めると、近くのフード店を指差してこう言った。
「あっ、桂先生があんな所でお金を人にせびいてる!」
「えっ、何処にお姉ちゃんが居るの!?」
騙された歩は信じて辺りを見回すが、居ない事に気付くとハヤテの方に向き直った。
「お姉ちゃんなんて居ないじゃないのよ!」
そう言って歩は填められた事に気付く。
「ヒナギクさんですね?」
「そ、そうよ。悪い?」
「悪いですよ。西沢さんに体を返して上げて下さい」
「それは拒否するわ」
「どうしてですか?」
「だって、歩を解放したら、歩はハヤテくんを私から奪おうとするから」
「ヒナギクさん……」
ハヤテは歩の両肩に両手を置いた。
「大丈夫です。僕は、ヒナギクさんにしか興味ありませんから。例え誰が口説こうとしても、僕は絶対に落ちません」
そう言われ、頬を赤らめる歩。
「ですから、西沢さんに体を返して上げて下さい」
「……解った。そこまで言うなら、歩を解放するわ」
そう言ってヒナギクは歩の体から出ようとしたが、何故か出られず、焦って顔を真っ青にする。
「……られない」
「え、今何て?」
「歩から出られないって言ったのよ!」
「はぁ、そうですか。出られないんですか……って、出られないんですか!? ええ!?」
とハヤテは驚いた。
(落ち着けハヤテ。こう言う時は冷静になるんだ)
そう自分に言い聞かせ、取り敢えず心を落ち着かせる。
「で、どうするんですか?」
「どうするって言われても、出られないんだからこのまま歩として生活するしか無いわね」
「参ったなぁ。伊澄さんに相談するしか無いのか?」
「そうね。それが良いわね。鷺ノ宮さんなら私の事出せるかも知れないわね」
「では参りますか」
「うん」
「それじゃあ急ぐんで、失礼しますよ」
ハヤテはそう言うと、歩をお姫様抱っこする。
「ちょっ、何する気!?」
「伊澄さんの家まで飛んで行きます。あ、目瞑ってて下さいね?」
「えっ、ちょまっ」
ハヤテは、歩が目を瞑る間も無く、高く跳び上がった。
歩は怖くなってハヤテに抱き付いた。
「駄目よこんな高い所! 早く降ろして! 電車よ! 電車で行くのよ!」
「別に降りても構いませんけど、駅からはもうかなり離れてますよ? 今降りたらもっと離れます」
「嘘?」
歩は恐る恐る顔を上げてハヤテの後方を見た。その先にはポツンと小さくなった舞浜駅が辛うじて見える。
「……」
歩は言葉を失い、ハヤテの胸に顔を埋めた。
「飛ぶならもっと低く跳びなさいよ、バカ」
「え、でもそれだと回りの建物に……」
「そんなのぶっ壊せば良いわ」
「駄目ですよそんなの! 人が住んでるんですから!」
「突っ込んでる暇があったら早く降ろしなさい!」
「じゃあ少しだけ高度を下げましょう」
ハヤテは本当に少しだけ降下した。
「も、もう一寸下げて?」
「え、でもこれ以上下げたら、住人が……」
「良いから下げて! じゃないと殴るわよ!?」
「はいはい、解りました。下げれば良いんでしょ? もう誰かに見られても知りませんからね」
ハヤテはそう言うと思い切って急降下した。
「って、もう執事パワーがありません! EMPTYです!」
「何よそれ! どうなるの!?」
「墜落します」
「嫌、止めて!」
と歩が言ってる間にハヤテは何処かの森の中へと突っ込んだ。
「うわああああああ!」
大木が近付いて来て、ハヤテは咄嗟に歩を背中に回して大木に激突する。
ドーンッ!
物凄い速度でぶつかった為か、轟音と共に大木が倒れ、ハヤテは腹這いに落下した。
「うっ!」
腹を打って呻き声を上げるハヤテ。
「いててて……。ヒナギクさん、大丈夫ですか?」
「うん、何とか。それにしても此処何処かな?」
「さあ? て言うか退いて下さい。重いです」
「何ですって?」
「だから重いって言ったんです。いや、別にヒナギクさんが重い訳じゃないですよ。西沢さんの体が重いんです」
ゴチーンッ!
ハヤテの頭に歩の拳骨が放たれた。
頭にコブが出来て白煙が立ち込める。
「ハヤテくん、それはレディーに対して失礼なんじゃないかなぁ!?」
「ずみ゛ま゛ぜん゛。て言うか、ホント退いてくれます? マジで重たいです」
ゴチーンッ!
再び拳骨が落ち、コブの上にコブが出来て白煙が立ち込める。
「ハヤテくん、少し頭硬いんじゃないかな!?」
「ずみ゛ま゛ぜん゛。て言うか、ホント退いてくれます? マジで重たいです」
ゴチーンッ!
ハヤテは三度(みたび)拳骨を喰らい、三段コブが完成。白煙が立ち込めた。
「全く、何度言ったら解るのかな!?」
「ごめんなさい、ヒナギクさん。もう言いません。許して下さい」
「……仕方ないわね。許してあげる。けど、今度言ったら体中ボコボコにしちゃうからね? 解ったかな? それと、私はヒナさんじゃなくて歩だからね」
「何惚けてんですか。もうネタは上がってますよ?」
「ハヤテくん、ひょっとして私の所為かな? 私の所為で頭可笑しくなっちゃったのかな?」
「かな……かな!? あの、貴方ホントに西沢さんですか!?」
「そうだけど?」
「えっと、それじゃあ、ヒナギクさんは?」
とハヤテは辺りを見回す。と言っても180度しか見渡せない訳だが、今のハヤテにはそれで充分だった。
「此処に居るわよ?」と歩が言った。
「え?」
「実はね、何だか知らないけど、自由に入れ替われる様になっちゃったのよ。しかも記憶は共用」
因みに今はヒナギクよ──と付け加える歩。
「え、じゃあ先刻、僕に拳骨をしたのは……」
「歩よ」
「そうですか。て言うか退いてくれますか? 重いんで」
ピキッ!
歩は額に青筋を立てた。
「ハヤテくんはそんなにボコボコにされたいのかな?」
「え、西沢さん?」
「そうだけど?」
「あの、紛らわしいので、入れ替わった時は最初に名乗って貰えます? で、今はどっちですか?」
「私よ」
「私じゃ解りません」
すると歩は素早い動きでハヤテを引っくり返して胸倉を掴んだ。
「貴方ね、長い間私の彼氏やってんだから喋り方で誰か判断しなさいよ! 良いわね!?」
そう言って突き放す歩。
「ヒナギクさん?」
「そうよ!」
「あの、ヒナギクさん。どうして怒ってるんです?」
「呆れたわ。人にあんな怖い思いさせといてその態度は何よ? これはお説教が必要ね」
歩はそう言うと、手を頭上に掲げた。すると、どこからとも無く正宗が飛来して歩の手に収まった。
「え、ちょっ、ヒナギクさん!?」
ハヤテは焦り、冷や汗をダラダラと垂らす。
「あの、落ち着きませんか!?」
「問答無用よ!」
歩は正宗を大きく振り被り、勢い良く振り下ろした。
バシッ!
「ぎゃああああああ!」
辺りにハヤテの悲鳴が木霊した。
「あ、ハヤ太くんだ。私ん家の庭で何やってるの?」
とそこに現れたのは、生徒会三人娘の一人、
「泉、此処あなたの家なの?」と歩。
「そうだよ。それより歩ちゃんはどうしてヒナちゃんの木刀を?」
「え? ああ、これにはちょっとした訳があるのよ」
「訳? まあ良いや。で、本題に戻るけど、ハヤ太くんと歩ちゃんは何してるの?」
「鷺ノ宮さんの所へ行こうと思って」
「墜落したんです」
「え、墜落?」
「飛んでたんです。それはそうと、早く伊澄さんの下へ」
ハヤテはそう言って立ち上がると、歩をお姫様抱っこして去って行った。