ハヤテのごとく!〜ヒナギクがナギでナギがヒナギクで〜 作:桂ヒナギク
ハヤテと歩は伊澄の所に来ていた。
三人は今、鷺ノ宮家の真下にある洞窟に居る。
「成る程。それで、生徒会長さんはその……」
伊澄はそこで一旦、口を閉ざした。どうやら、歩の名を言えないらしい。
伊澄は仕方なく、彼女の背後に立っている守護霊のハムスターからこう呼ぶ事にした。
「えっと、ハムスターさん?」
その言葉が矢となって歩の心にグサリと突き刺さる。
「ハムスター言うなぁ!」
「それで、生徒会長さんはハムスターさんから出られなくなった、と?」
伊澄は歩の言葉をスルーして話しを続けた。
「そうなのよ。何とかならないかしら?」と歩。
「お安い御用です」
伊澄はそう言うとニパーッと笑った。
「では、今から抜きます」
伊澄はお札を取り出し、歩の額に張り付けた。しかし、歩からヒナギクは出て来ない。
「すみません、出せないみたいです」
と、正直に言う伊澄。
「ではどうすれば?」
ハヤテが訊ねると、伊澄は頬を赤らめながら答えた。
「な、ナギの唇にハヤテ様のを重ねて下さい。それで生徒会長さんは出られます!」
「はぁ、キスですか……って、ええ!?」
ハヤテは頬を赤らめた。
「ナギの体はあそこにありますから、思い切ってやっちゃって下さい!」
と、伊澄は死体を入れる棺を指差した。
「棺?」
「そうです。あの中にあります。体にはおまじないを掛けておきましたので、後はキスするだけで、自分が望んだ人の魂が入ります」
ハヤテはゴクリと唾を飲み、棺に近付いて蓋を開けた。そこには丸で眠っているかの様な表情で横たわるナギの体があった。
「お嬢様と……キス……」
ハヤテはそう呟くと、心臓をバクバクと高鳴らせながら唇を近付けた。
ブチュッ──と妙な音を発しながら唇と唇が合わさる。すると、ナギの体が発光を始め、光りが歩まで延びて行った。そして、中のヒナギクが引っ張り出され、ナギの体へと収まった。
「ん……?」
ナギは目を開けると、顔を真っ赤に染め上げた。
ハヤテはそっと唇を離して声を掛けた。
「ヒナギクさんですか?」
ナギは無言で頷いた。
「ヒナギクさん!」
ハヤテはナギを抱き締めた。
「良かった! ホントに良かった! これで後はお嬢様から体を取り返すだけですね!」
「……苦しい」
「あ、すみません」
ハヤテは申し訳なさそうな顔でそう言って腕を緩めた。
「あの、ハヤテくん! ヒナさんがナギちゃんってどう言う事かな!?」
ハヤテはナギを放すと振り向いて答える。
「えっと、話すと長くなるので、原因だけ言いますね」
ハヤテはそう言うと、志織が作った入れ替わり棒なる物で、ヒナギクとナギが入れ替わった事を話した。
「良いなあ、私も欲しいなあ」
「貴方、ひょっとしてナギと同じ考え?」
ナギは言って疑問符を浮かべた。
「西沢さん、そんな考えは捨てて下さい。無謀過ぎます」
「ちょっ、それどう言う意味かなぁ!?」
「つまり、ハヤテくんの怒りを買うって事ね」
ナギはそう解釈するとそれを口にした。
「それより、早く帰ってマリアさんにナギが生き返ったのを見せないと」
「ああ、そう言えば暴君になってましたね」
それでは!──ハヤテはそう残すと、ナギと共に三千院の屋敷に戻り、マリアの部屋へ入った。
「マリアさん」
そう呼ぶと、部屋に居たマリアがハヤテに襲い掛かって来た。
「落ち着けマリア!」とナギは言った。
マリアが攻撃を既の所で止めてナギを見た。
「え、ナギ?」
「マリア、お前、私の為に怒ってるのだろう? 心配させたな。すまなかった。けどしかし、エイプリルフールの嘘を真に受けてハヤテを殺そうとするなんて……」
そこまで言ってナギは口を塞いだ。
「ナギ……?」
とマリアが笑みを浮かべた。何かを企んでいる。
「よくも騙してくれましたね!」
マリアはそう言うと、ナギに襲い掛かった。
ハヤテは咄嗟の判断でナギを庇った。その次の瞬間、ハヤテはボッコボコになって倒れた。
「お嬢様は……僕が守る……」
そう呟いて悶絶するハヤテ。
「は、ハヤテくん!? わあっ、どうしましょう!?」
マリアは慌てふためいた。
「落ち着けマリア。ハヤテは気絶してるだけだ」
「そ、そうですよね。取り敢えず、お部屋に運びましょう」
マリアがそう言ってハヤテを負ぶろうとすると、ナギが「触るな!」と叫んでマリアを突き飛ばした。
「キャアッ! 何するんですか!?」
「ハヤテは私が部屋まで運ぶ! お前は何もするな!」
ナギはそう言うと小柄な体でハヤテを背中に載せた。
「お、重い……」と呟く。
「ナギ、やっぱり私に」
「大丈夫だ!」
ナギはそう言って部屋を出ていった。
それを見届けたマリアは疑問符を浮かべる。
ナギはハヤテの部屋でベッドに横たわる彼を見守っていた。
「う……うん?」
ハヤテが目を開け、ナギを見る。
「ああ、お嬢様。何かご用ですか?」
その問いにナギは顔を顰めた。
「あ、すみません。未だヒナギクさんでしたね。それより、僕はどうして此処に?」
「私が運んで来たのよ」
「え、ヒナギクさんがですか?」
ハヤテは驚いた顔で訊ねた。
「そうよ」
「そんな小柄な体でよく運べましたね。重くなかったですか?」
「全然? 寧ろ軽かったわ」
「…………」
ハヤテが無言で、細い目で見詰めた。
「何よ?」
「無理してません?」
「無理なんかしてないわよ! ……まあ、重かったのは認めるけど」
と、その時、ハヤテの携帯が鳴った。
ハヤテは携帯を取り出して画面を見た。そこには電話帳の5番目に登録したヒナギクの名前が表示されていた。
ハヤテは通話を押して応答する。
「何ですか、お嬢様?」
「ハヤテ、助けてくれ! 何か訳の解らない連中に襲われてるんだ!」
「今何処に居るんですか!?」
「秋葉原だ! コミケ行った帰りにって、うわっ、何をする!?」
ブツッと電話はそこで切れ、話中の時と同様の音が鳴る。
ハヤテは電話を仕舞うとベッドから降りた。
「秋葉原行って来ます」
「ナギの身に何か?」
「何だか訳の解らない連中に襲われてるらしいです」
「私も行くわ!」
「いや、ヒナギクさんは此処に居て下さい。直ぐに戻ってきます」
ハヤテはそう言うと、屋敷を出て自転車で秋葉原に向かった。
「おらおらおらおら…………!」
全速力で漕ぎ、数分で秋葉原の某所に辿り着いた。そこには、確かに訳の解らない連中に襲われているヒナギクの姿が在った。
「お嬢様!」
ハヤテはそう叫ぶと、目にも留まらない速度で連中を蹴散らせた。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「ハヤテー!」
ヒナギクはハヤテに抱き付いた。
「やっぱり外は危険だ! この姿でも襲われる! て言うか今までより襲われる確率が高い!」
「ああ……」
ハヤテは思い出した。以前にナギと入れ替わる前のヒナギクと秋葉原へ来た時にオタク狩りを二人で軽くねじ伏せた事を。
「安心して下さい、お嬢様。お嬢様は僕が守ります」
「ハヤテ……?」
「取り敢えず、帰りましょうか。乗って下さい」
そう言ってハヤテは自転車を指差した。
「お前、それで来たのか?」
「はい」
「ふうん。悪いがやめとく。彼氏と一緒に来てるんだ」
え?──と疑問符を浮かべるハヤテ。
「おーい」
と、そこに現れたのは、背中まで伸びた黒髪に髪留めをした何と無く少女っぽい奴だった。ヒナギクに瓜二つである。
「誰、そいつ?」
と黒の長髪。
「綾崎 颯だ」
「へえ、此奴が」
「私が昔好きだった奴だ」
「ふうん。俺、坂井 悠二(さかい ゆうじ)。言っとくが、シ○ナの主人公と同じ名前だけど全く関係無いからな。それにしてもお前、女みたいだな」
言って笑う悠二。ハヤテはそんな彼にムカついた。
「あの、坂井くんでしたっけ? おじょ、じゃなくて、ヒナギクさんとはどう言った形でお知り合いに?」
「どんぐり喫茶の客だよ。喋ってたら妙に話しが弾んでしまってな。それで何度か逢ってる内に恋人として付き合う様になったんだ」
「ちょっ、ヒナギク! 恥ずかしいから言うなって!」
「何だよ。ホントの事だろ?」
「まあそうだけど。それより有り難うな。ヒナギクを助けてくれて。礼を言うぜ」
悠二はそう言って「じゃあな」と残し、ヒナギクと共に去って行った。
(あの野郎! 馴れ馴れしくヒナギクさんの体に触れやがって!)
ハヤテは悠二の背中を睨み付けた。
(今度会ったらぶん殴ってやる!)
ハヤテはそう心に誓うと、自転車で屋敷に戻った。
「お帰り、ハヤテくん」
とナギが笑みを浮かべながら出迎えた。
「ただいまです、ヒナギクさん」
とハヤテも笑みを浮かべる。
同時に二人の腹の虫が鳴いた。
ナギは頬を赤らめて言った。
「私、夕飯作って来る」
「いや、良いですよ。夕飯は僕が作ります」
「え、でも家事は妻のやる事だし」
「妻って、僕たち未だ結婚してないでしょ!?」
「結婚かぁ。早くしたいなぁ」
ナギはそう呟いてハヤテとの新婚生活を妄想する。
「あ、でも私14歳なのよねぇ。と言う事は、後2年経たないと出来ないのか」
「あの、まさかとは思いませんけど、ずっとお嬢様で居るつもりですか?」
「そのつもりだけど?」
「元の体には戻らなくて良いんですか?」
「え、だって戻ったら、ハヤテくんとは一緒に居られなくなるじゃない? だったらこのままでも良いかなぁって。そしたら、ハヤテくんとずっと居られるから」
「ヒナギクさん」
ハヤテはナギを抱き締めた。
「ちょっ、何なのよ?」
ナギはハヤテを暫し見詰め、そして抱き締めた。
「ヒナギクさん」
「うん?」
「お嬢様コンテストに出ませんか?」
「え?」
「実はもう直ぐ、白皇でお嬢様コンテストが開かれるんです。それに優勝した者は、白皇の伝説の木がどんな願いでも叶えてくれるそうです。だから、優勝して、それで、元の体に戻りませんか?」
「コンテスト……良いわね。私、それに出るわ。開催はいつ?」
「えっと、来週の日曜日からですね。ですから、今から練習すれば十分間に合います。因みに、優勝賞金も出るみたいです」
「解ったわ。早速練習しましょう。けどその前に夕飯を」
「そうでした。では」
言ってハヤテはキッチンに向かった。
「ご馳走様」
ナギはそう言うと空になった食器をキッチンに持って行こうとする。
「ヒナギクさん、僕がやります」
「大丈夫よ」
と言った矢先、ナギは転んで食器を割った。
「何でよ!? 何で転ぶのよ私は!? ナギだからか!? ナギだからなのか!?」
「落ち着いて下さい。取り敢えず散らかった物を整理しましょう」
「そ、そうね」
ナギは立ち上がって何処からか箒とちり取りを持って来て割れた食器を集めて処理した。
「じゃ、私はこれで」
「あれ、何処か行くんですか?」
「お風呂に決まってるじゃない。ハヤテくんも入る?」
「え、良いんですか?」
「バカ! 駄目に決まってるでしょ!」
「ですよねぇ……」
「な、何貴方? 入りたかったの?」
「ヒナギクさんが良ければご一緒しようかと」
その言葉にナギは細い目で見ながら「変態」と言った。
その言葉が矢となってグサリとハヤテの心に刺さる。
ハヤテはその場で固まって暫く動けなかったと言う。