葉山と陽乃さんとの協力関係を取り付けた次の日。朝登校してみると下駄箱のところである人物がおれを待ち伏せていた。
「おはよう、比企谷君」
「む、お、おはよう」
朝から意外な人物に会い多少戸惑ってしまう。いや、冷静に考えてみれば意外ではないのかもしれない。今は実家にいるはずだからすぐに連絡が届くはずだ。
「比企谷君、あなたなにか知らない?」
「そんな主語がない質問はお前らしくないぞ、雪ノ下」
質問内容はわかりきっている。中止決定されていたプロムの中止が先延ばしに突然になったのだ。誰かの差し金があったとおもうのが当然だ。
「そう、ならいいのだけれど」
雪ノ下は疑問をぬぐえない顔をし、そしてこちらを疑う顔は変わらない。
「念のためもう一度聞くけれど、本当に今回の件比企谷君はかかわっていないのよね?」
「しつこいぞ、悪いが俺には何の話かさっぱりわからん」
「そう、そうよね。そもそも、あなたにそこまでの力があるとはおもえないし」
そう自分に言い聞かせるかのような言葉を放つ。
「それじゃあまた」
「おう、また」
雪ノ下と別れ自分の教室へと向かう。最後まで腑に落ちない顔であったがここで雪ノ下に作戦の全容を話すわけにはいかない。もし話してしまったら、おそらく雪ノ下は反発してしまうであろう。だが、俺はこの作戦を必ず成功させてみせる。助けると約束したのだから。
「由比ヶ浜、ちょっといいか」
教室へ入り、由比ヶ浜を呼び出す。いつものグループの中にいる由比ヶ浜を呼び出すのは少々抵抗あったが、この際仕方ない。
「ヒッキー…」
そこにはいつもより元気のない由比ヶ浜の顔があった。元気がない理由に全く心当たりがないわけでもない。だがしかし、今話しておかなければならない。
人があまり通らない廊下まで連れて歩く。ここにくるまでずっと由比ヶ浜は暗い顔をし、うつむいたままだ。
「昨日の件の話だが、一応由比ヶ浜にも伝えておこうとおもってな」
「う、うん!私もなにがあったか知りたいな」
昨日あった出来事を話し、これからの作戦を伝える。
「そっか、じゃあゆきのんにはギリギリまで伝えないんだね、作戦のこと」
「あぁ、ギリギリつうか最後まで言わないつもりなんだけど、まあ最後にばれちまうけどな」
ばれたときの雪ノ下の怒った顔は想像したくない。それに怒るだけならばかまわない。いつかのときのように全てをあきらめてしまわないか不安である。しかし約束したのだ。言われたのだ。『いつか私を助けてね』と。ここで助けを出さなければ必ず後悔する。
「ヒッキー…」
由比ヶ浜が心配そうにこちらを見てくる。いつかのときのような結末になるのではないかと心配しているのだろう。いや、それだけではない。由比ヶ浜も感づいているのであろう。このプロムのイベントが成功しようが失敗しようが明らかにしなければならないことがある。
「大丈夫だ。由比ヶ浜、いつかのときみたいな…」
「違うよ、ヒッキー!私が言いたいのは…。私が…言いたいのは…」
由比ヶ浜が声を上げる。目に涙をためながら。胸にチクりと何かがささる。
キンコンカンコーン
予冷のチャイムが鳴り響く。
「ご、ごめんね、ヒッキー。さ、戻ろう!」
由比ヶ浜はためた涙を素早く袖でふき取り先に教室へと駆けだす。
由比ヶ浜の涙を見た瞬間。胸が揺れ動く。今俺がしようとしていることは、そしておれが“本物”だと思っていたものは本当に正しかったのであろうか。おれはまた間違えてしまうのではないかと不安に陥ってしまう。だがもう止まるわけにはいかない。もう計画は走りだしてしまっているのであるから。
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涙のコントロールができない。彼が彼女の名前を出すだけでつらくなってしまう。彼女のために何かをしようとしているだけで胸が熱くなって、目が熱くなって止まらない。
彼は“本物”を手にするために、必死に手を伸ばそうとしている。
でも、私はその“本物”を手にしてほしいと思えない。
私は、ずるい子だ………。
結局私は“偽物”を求めてしまった。
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放課後になり動き出す。やることは山ほどある。協力者は多いほど助かる。
「戸塚、ちょっといいか?」
部活に行く前の戸塚を引き留める。
「なに?八幡」
笑顔での対応がまぶしい。可愛い。結婚したい。いや、だめだ。ここで結婚したらハッピーエンドでこの物語終わっちゃう。ハッピーエンドなのかよ。
「実はな、また手伝ってほしいことあるんだが、いいか?」
「いいよ、八幡の頼みなら」
やっぱり結婚したい。
「なんかちょっと意外だね」
「意外?」
「なんか八幡っぽくないっていうか。でもあれだよ、八幡っぽくないけど今までの八幡のやり方で一番好きだよ」
やり方を褒められるのは初めてかもしれない。今までのやり方はその場しのぎで、問題から避けてきたやり方であったから。
「じゃあ頼む」
「うん、任せて八幡。じゃあいくね」
戸塚を送りだし、次の場所へと向かう。次の場所へ行くには注意が必要だ。あれこれ動いていることが雪ノ下に動いてることはまだ知られてはいけない。
職員室へと向かう。それまで手にしてこなかった鍵を手に入れるため。
「平塚先生、部室の鍵受け取っていいですか?」
「来たか、比企谷。城廻と一色なら君の言われた通り呼び出しといた。雪ノ下なら私が足止めしとくから安心したまえ」
平塚先生の机は、前とも比べてますます片付いていた。
「まさか、本当に陽乃を味方につけるとはね。正直、驚いたよ」
「いえ、今回は正直妥協してもらっただけです。まだ決着はついてませんよ」
言葉の通りだ。あの人はまだ納得しきっていない。あの人を納得させるには“3人”で話にいかなければならない。だが、心のどこかで不安がある。さっきの由比ヶ浜の顔を思い出すと、結局自分が押し付けていただけではないのかと。しかし“本物”を手に入れるには、押し付けることがそもそも前提なのだ。
「さすが陽乃だよ、仕事が早い。三日後に保護者と生徒と交えた会議を行うことが決まった。そこでプロムがどうなるかが最終決定されるだろう。比企谷、この三日でできることはあまりにも難しいぞ」
「わかってますよ。ただ、このままにはしておけないだけですよ。それじゃあ」
職員室を後にする。部室にはいつもの二人はいない。雪ノ下は自分一人でやり通すことをきめ、由比ヶ浜はそれを見届けると言ったのだから。そして俺は助けることを決めた。
押し付け、自己満足に浸って、信じて、ただ目を背けてはいけない。“本物”を手に入れるためにはまず“偽物”を“本物”と決めつけて前に進むのしかないのだから。