セシリアに生まれたオリ主がなんとかして一夏を落とそうとするけど中の人が違う面々のせいでなかなか落とせないIS 作:キサラギ職員
幕間 可を見て進み、難を見て退く
巡回警備中の警備員がいた。深夜。企業のオフィス―――軍事産業を主力とする―――は空っぽになっていたが、警備の手を緩められるはずがなかった。過剰とも言える最新式の警備。警備員の増員。何か上のほうでのっぴきならない事態が起こっているようなのだが、一介の警備員にはわからぬことだった。
衝立の並ぶオフィス横の通路を歩く。薄暗いオフィス。警備員は衝立のあたりにライトを向けた。誰もいないようだ。
警備員は次に更衣室に向かった。ロッカールームに入ってハンドライトを向ける。誰もいないようだ。あるとするとダンボールが置いてあるくらいか。ダンボール? 気になった警備員はおもむろに歩み寄ると、持ち上げてみた。何もなかった。ほっとため息をつくと、背中を向ける。
だからそう、実は既に侵入者が自分の背後のロッカーに入り込んでいるなどとは思いもよらなかった。
「……」
音もなくロッカーが開くと眼帯にバンダナを装着した薄手の戦闘服を纏った少女が姿を見せた。長い髪の毛を後ろで編み上げていた。腰にはサプレッサー付きの拳銃と軍用ナイフがさがっていた。
既にシステムへ介入してオンライン上の監視カメラは通常通りの映像に切り替えてある。残るは警備員をすり抜けていくことだ。監視員が監視カメラの異常に気がつくまでが勝負だ。
少女に与えられたミッションは各国の軍需産業を含む企業を調査することだった。彼女は、ドイツ軍に所属していながら、国連のとある組織の命を受けて動いていた。
警備カメラの掌握と、アクセス権の取得。どちらも既に行っていた。激しい訓練を受けた彼女にとって素人の警備員の目をごまかして通ることは難しいことではなかった。
警備の目をすり抜けつつ進む。警備員が曲がり角を抜けたことを確認すると、銃を抜き、片手にナイフを構え、にじり寄るように進む。
そしてスタッフのみが入ることのできる扉の前にやってくると、カードを通して内部へと入り込んでいった。
中は夜であるためか、誰もいなかった。各種コンピュータが並ぶ部屋を抜けてサーバールームへと入る。メイン端末へ機器の端子を繋ぐと情報を抜き出していく。情報の羅列を見つめていた少女はその不自然さに気が付く。
「……ISの情報のみがないだと?」
メインサーバーへアクセスできたのであれば、ほぼ情報は筒抜けになってもおかしくはない。ISをメインとする開発を行っているはずの企業というのに、肝心のISのIの字すらないというのはどういうことか。
「“ここも”ペーパーカンパニーとでもいうのか」
ISは世界唯一の兵器といってもいい。マルチフォームスーツという名前を打たれているが要するに全領域で活動できる戦闘機とでも言えばいいだろうか。さらに既存の兵器とは比べ物にならない戦闘力を発揮する。無数の会社がこの兵器のために設立されているが、少女が目的とする情報を持っているはずのいくつかの会社は、実体のないペーパーカンパニーであった。一つならまだしも、調査する会社全てが存在するだけの空虚なハコにすぎないとは、どういうことか。
少女は端末を引き抜くと、サーバールームを抜けた。
「………」
おかしい。巡回中の警備員が一人も気配さえないというばかりか、場の空気がおかしい。少女は油断なく壁に肩を擦るように動いていくと、オフィスに入っていった。
「!」
突如背後から襲い掛かる透明な影を振り返り様に腕を取り関節逆方向に捻る。敵が自ら空中でくるり一回転すると叩きつけられる。撃つか、撃たないべきか。撃てば銃声が響く。死体ができる。ステルスなどもってのほかだが。
少女は容赦なく頭部に
『様子がおかしい。襲撃を受けた。こちらの動きが見抜かれている。離脱する……聞いているか? ジャミングか』
通信がつながらない。相手とのナノマシンを利用した体内通信ができない。軍需産業にある企業とて民間企業のはずだ。ステルス迷彩を装備した警備兵がいるはずもなければ、よりによってオフィスでジャミングをかけているはずがない。完全に嵌められている。
少女は眼帯横のスイッチを操作して赤外線ビジョンを起動した。相手のステルス迷彩が赤外線を回避する高度な熱光学式でない限りは、発見できる。視界内にはなし。出口に向けて走り出す。しかし、目の前のシャッターが下り始めた。
『火災を探知しました。従業員は速やかに出口に向かって避難してください。繰り返します。火災を探知しました』
防火壁が降りていく。従業員が全員避難したことを確認した上で作動するものが、火災すら起きていないのに降りていく。明らかにハメられている。少女の目の前で扉が完全に閉じた。
壁に肩をぶつけた少女は、その扉が防火壁であると同時に、対爆強化された扉であることを瞬時に見抜いた。手持ちの装備では突破できないだろう。
「チッ!」
少女は舌打ちをすると、横っ飛びに飛んで施設の壁に隠れた。狭いオフィス内に閉じ込められた。いつまで持つかはわからない。上空離れた地点で待機しているヘリコプターに回収してもらうには施設屋上か、外か、いずれにせよ出なくてはならない。
通信がつながった。思わず繋いだ少女は、そのボイスチェンジャーで歪められた奇妙な人物の声を聞いた。
『気をつけろ。その先に三名のステルス迷彩を装備した傭兵が潜んでいる』
『―――何者だ?』
少女――ラウラ・ボーデヴィッヒは無線の怪しい声を聞きながらも、ステルス迷彩を装備して迫りつつある相手に対し油断無く意識を絞っていた。視覚があてにならないなら音を感じ取るしかない。足音は殺せないものだからだ。
無線の相手はこちらの周波数を知っている。さらにこちらの動きと、敵の数と装備まで。怪しいを通り越して、もはや不気味さを感じさせる。
無線の相手は喉をくつくつと鳴らすと、とぼけた口調で名乗りをあげた。
『ディープ・スロートとでも名乗っておこう』
ディープ・スロート。アメリカを揺るがした大事件ウォーターゲート事件の密告者が名乗った名前のことである。この名前を使うということは、自らを密告者であると伝えると同時に、事情を全て把握しているということを意味している。
ラウラはきりりと奥歯をかみ締めると、逃げ場を探した。小さい体を使いオフィスの机の下にでも隠れるか?
『そのオフィスの設計書上は省かれている点検ダクトがある。お前がいる地点からおよそ20m先の通路にある観葉植物の鉢植え手前から二番目の裏の壁だ。ネジは取ってある。死にたくなければ急げ』
この言葉を信じるか、それとも目には見えない最新式の相手と閉鎖空間でやりあうか。前者の方がマシだ。
ラウラは銃を握りなおすと駆け出した。敵らしき姿がある場所からマズルフラッシュが花開く。スライディングでオフィスの机の下を潜り抜けると、立ち上がる勢いで前方空中回転をして衝立を飛び越し着地と同時に走った。
前方に見えてきた観葉植物の鉢植えに蹴りをくれてやると、壁材を吹きかけて見えないようにされていたハッチに身を滑り込ませた。
内部は下へ下へと続いているようだった。大急ぎでハッチを閉めなおすと、ハシゴを降りていく。
『お前は何者なんだ。どうして私の動きがわかった』
『フフ……ファンの一人だからさ』
無線がぷつりと切れた。ラウラはため息を吐くと、脱出経路を頭の中に思い描きながら離脱していった。
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無線を切った人物は、外部から不正介入したことで得られた監視カメラの映像を見つめていた。監視カメラの映像と、相手の行動計画を調査した結果がこのまるで敵の動きを見透かしたようなアドバイスの真実だった。
この手助けは決して安くは無かった。この行動は裏切り行為に等しいものだ。
吉と出るか凶と出るか。
人物の瞳はどこまでも鋭かった。