四月と言えば別れの桜。そして、本当にその通りに私はこの現世に別れを告げた。
五月の冷たい雨が降り注ぐ。
「わぁ!かなこさま!すわこさま!雨が降ってきましたよ!」
縁側からとたとた走ってくる緑髪の少女──私達の可愛い巫女、早苗がそう叫ぶ。
地方都市の少しだけ歴史ある神社・・・そんな立ち位置のこの場所に住まう私達二柱に見守られて健やかに育つ早苗は私の宝だった。
「あ~雨ねぇ・・・」
「気分がいいケロねぇ♪」
神奈子は肌寒いのを嫌がってそう言うが、私からすれば七月に温い風が吹くのだから今のうちに涼めばいいのにと思う。
「早苗も雨は好きだよねぇ?」
私は子孫だからなぁと思ってそう尋ねる。
「わたしですか?んーと・・・雨はしとしとふってるのがいいです!」
「おっよくわかってるじゃないかさすが我が子孫」
私好みの雨を答えるなんて愛いやつめ。と胡坐をかいた上に早苗を招いて後ろから抱き着く。
「早苗?そんな奴のそばにいると怪人カエル娘になっちゃうよ~?」
抱き着いて頭をなでなでしてると横からそう声がして早苗は「げぇ」といった声を出す。
神奈子め余計な口出ししやがって・・・小学生低学年に何々怪人はだいぶ効くんだぞ!
私は胡坐の中から出て行ってしまった早苗に虚しさを感じながら神奈子に恨みをこめた視線で見る。
「ふて腐れるなよ?」
神奈子はそう言って自分のほうに早苗を呼んだ。
そんなことしているうちに季節は回って、時は過ぎて八月の暑さに耐えて迎えた九月の十六夜・・・
「縁側で少し欠けた月で一杯・・・乙だねぇ」
呵呵ッ!と笑いながら諏訪子は盃に満たされた酒を飲みほした。
「コラっあんまり騒ぐと早苗が起きるよ」
笑い声が大きいと私は注意しながら後ろの部屋を見る。
そこには布団にくるまって幸せそうに眠りにつく早苗の姿があった。
「おぉっともう私ら二人の家じゃないね」
酒気がもう回ったのか頬を上気させながら諏訪子は言う。
「少し離れたとこに家があるってのに、一人暮らしの練習とかってこっちに移り住んできてからに・・・」
高校進学ということで小さかった早苗も大きく育ったことを実感していた時に、急に移り住んできてそれはそれは驚いたものだと数日前を思い出してため息をつく。
「そうだろうけど、あの子にとっちゃ私らは親よりも身近なんだろうからさ」
それもそうだと私は考えた。
そういうものだと私も盃を飲もうとしたとき───不意に諏訪子が口を開いた。
「なぁ神奈子?」
「なんなのさ?」
酒を飲むタイミングが逃げたとジト目で諏訪子のほうを見れば、諏訪子は悲しそうな目で自分の手を月に透かしていた。
「早苗は・・・いや、あの子はいつまで私たちが見えて、いつまで私たちのことを覚えててくれるのかな?」
月の光を諏訪子の手はさえぎらなかった。いや、月の光は諏訪子の手を貫通して諏訪子を照らしていた。
「さ~ねぇ?そればっかりは私たちにはわかりはしないよ」
私はそういって盃の酒を口に含み、ぐっと飲みほした。
自分もまた実体があやふやになっていることに気づきながら・・・