幾つもの美しい翠の竹が多くある迷いの竹林。
そこには風変わりな医者がいた。
名を八意永琳と言い、里でもよく名を聞く名医だった。
迷いの竹林の奥 永遠亭
見ていると引き込まれそうな大きく蒼白い月を縁側で徳利片手に見上げ、隣に座る彼に話しかける。
「綺麗な月ね・・・まるであの頃みたい」
それを聞く彼は【あの頃】とはどんなときかを思い出していた。
「あら、思い出せないかしら?」
神妙に悩み始める彼を見て私は、笑みをこぼす。
彼は取り繕うように慌てて首を振るが思い出せてなく、忘れているのはお見通しである。
だから、私は彼が思い出せるように思い出を語る。
診療先に行って帰ってきた帰り道。
あの夜もこんな蒼白い月だったわ。
もう少しで迷いの竹林って所であなたが倒れていて心底ビックリしたわ。
彼との素敵な思い出を揺ったりと噛み締めながら呟く。
自分の顔は今笑っているだろうか?
道具も放り投げて貴方を背負って永遠亭まで帰ってきた時に改めて生きているのが不思議な位だと思ったわ・・・
横腹からはどんどん血は溢れるわ、身体中傷だらけだわで本当にてんやわんやの大忙しだったわ。
因みに、投げ捨てた道具まだ見つかって無いのよ?
高いんだからあの道具たち・・・
少し文句をいったあとの彼の顔は少し困った顔をしていた。
弁償しろなんて言わないわと言ったら安心していた。
つくづく顔に出るんだから・・・
次の日までかかった手術もうまくいったけど、貴方は記憶を失ってたからそのくらいの頃からしか記憶がないかしらね♪
まぁ、命も助かり、怪我も治った後ぐらいは覚えてるんじゃないの?
私の助手の助手として、教育したはずなのに直ぐに鈴仙を知識で圧倒しちゃってねぇ、随分あの子に疎まれたものね・・・
直ぐに実績もつくって一人前に稼げば、独立して里に店をもってそこから、私に婚儀を申し込んで・・・あれはあなたが来た日並みの大騒ぎだったわ・・・天狗にもスッパ抜かれるし、火消しに苦労したしね。
そこから数十年、いっそに苦楽を共にしたわね・・・子供も出来たし、孫の顔を見れた。
このままいけば玄孫まで見れるかもしれないわ・・・
そうそう、蓬莱の薬を飲むかどうかで争ったこともあったわね。
ここで決心をつけるように、徳利に並々と入った月の写る白銀のお酒を月ごと飲み干す。
でも、あなたは蓬莱の薬を飲まなかった。
私や子供に孫まで残して去ってしまうのね・・・
最後の思出話に付き合ってくれてありがとうね。
そんな顔しないでよ子孫は私が守るわ。
あなたは死者らしく安らかに逝きなさい。
「待たしてしまったわね・・・死神さん」
あの人が逝くまでは泣かないつもりだった。
「いーやまかしときな、映姫様にはあたいの独断専行ってことにしとくからさ」
赤毛の船頭とともに彼は去っていく。
やがてその姿が見えなくなると、私の頬に雫が伝う。
なん十年分もの思い出が頭の中に舞う。
私は限界だった。
頬の滴はやがて滝になり、辺りに轟音を響かせる。
『サヨウナラ、イトシキヒトヨ』