翌日、コンコンというノックの音で目を覚ました。誰だよこんな朝早くから……と、思いながら薄っすらと目を開けると、声が聴こえてきた。
「おはようございます、田中正臣様!恐れながら、起床ラッパの代わりに参りました!」
うおお……流石だわ。しっかりそういうのもしてくれるのか。でもすごくいらない。朝は寝たい派だし。
「ごめんね、わざわざ。でも、明日から来なくて良いから」
「いえ!先程も伺わせていただいたのですが全く反応が無く、皇帝陛下にご報告した所『今は寝かせておいてやれ』との事で放っておかせていただきましたが、今回はご朝食のお時間ですので『必ず起こして来い』とのご命令であります故、起こさせていただきます!」
おい、その過程の説明いらねぇ………。
飯は俺の鞄の中にいくらでも入ってはいるが、どれも非常食ばかりだ。パンとかカップ麺とか。なるべく温存したいし同盟相手のご厚意を無下にもできない。ここは行くしかないか。
「分かったよ。今行くから待ってて」
「了解致しました!『早く来ないとブッ殺す!』とジャンヌ・ダルク・オルタ様から伝言も預かっております!」
「うん、それは聞かなかったことにするわ」
この兵士腹立つな……。とりあえず、沖田さん起こさないと。ていうか今の会話でも起きてない沖田さん本当にもはや尊敬するわ。
「沖田さーん、起きてー」
「んにゅっ………」
んにゅっ、じゃねぇよ。歯磨き粉絞り出した時の効果音か。
「おーい、起きろー。朝飯だぞ」
「………あと5分〜……」
「あと5分じゃねぇから。仕方ねぇなぁ」
別に放置しても良いんだけどな。だが、さっきも思った通り、皇帝陛下のご厚意を無下には出来ない。
おんぶして連れて行くしかないか。そう思って布団を捲ると、沖田さんはパン1だった。
「って、何でだよ⁉︎」
「ふぁあ……マスターうるさいです………」
「誰の所為だと思ってんだよバーカ!」
慌てて俺は布団を掛け直した。何?何なのかなこの子?本当に新撰組の隊長さんなの?ダメだ、沖田さんの身体を揺さぶる事も許され……いや、待てよ?逆だ。
今は急を要する事態なんだし、別に身体に触れることも許されるんじゃないかな⁉︎
そうだよね、そもそも起きない沖田さんが悪いんだし、皇帝陛下を待たせるわけにもいかないし、これは断じて不可抗力である!
「すぅ……はぁ………」
深呼吸をすると、勢い良く布団を捲り上げて沖田さんの生肌の肩に掴みかかった。
「沖田さん!起き」
直後、沖田さんのパンツが突っ込んで来て、俺の首を脚が締めた。
「ふごっ⁉︎」
ま、前に俺がやった必殺技⁉︎な、なんてこいつがそれを……⁉︎なんて言ってる場合じゃなかった。
沖田さんは俺の顔の上に馬乗りになり、左腕で胸を隠しながらパンツに挿してある短刀を抜いて俺の首元に刃を当てた。
「人の寝込みを襲うとは何奴⁉︎」
「んー!んー!」
「………あれ、マスター?」
ぱ、パンツが!パンツ越しのま☆こが口に!ふおおおお良い匂いだけどそれ以上に命の危機の臭い!
「………変態だとは思っていましたが、まさか同じ部屋になったのを利用して襲うような下衆だとは思いませんでした」
「んーっ!んーっ!」
「もう、あなたがマスターなんて流石に無理です。今ここで消します」
「んんんんっ⁉︎」
こ、この野郎ッ………‼︎いや、下心がなかったとは言えんが………‼︎ていうかやばい、殺される!
待て、落ち着け。幸いにも奴が俺の口に押し付けてるのはパンツだ。こんなエロ同人みたいなシチュエーションで助かったぜ、まだ活路はある!
押し付けられている唇を何とか開き、舌を出してパンツ越しに秘部を舐めた。
「っ⁉︎」
直後、突然稲妻が走ったかのように沖田さんはビクンッと跳ね上がり、手から短刀が落ちた。この反応……処女か⁉︎
いや、今はそこに興奮してる場合ではない、一時のテンションに流されるな!沖田さんを感じさせる事に全神経を集中させろ!
「ふあっ……!んんっ‼︎……らっ、めぇ………‼︎」
必死に俺の頭を両手で抑えて腰を上げようとするが、力が入っていない。
徐々に腰が上がってきて、沖田さんが後ろに倒れた所で、ようやく舐めるのをやめ、口を拭った。
さて、今のうちに逃げようか………と、思ったが俺の動きは止まった。沖田さんの様子がおかしい。普段ならすぐに斬りかかってくるのに。
涙目で顔を赤らめ、息を乱しながらも上目遣いで俺を見上げ、襲い掛かろうとも逃げようともしない。まるで待っているように見える。………えっ、何これ?良いの?いっちゃって良いのか?おい、そんな目で俺を見るな、このままじゃ本当に襲っ……馬鹿野郎‼︎パンツに短刀を隠すような女だぞ⁉︎誘っておいて狩られるかもしれねぇだろうが‼︎
色気を見せられて乗ったところを殺されるのは俺の一番嫌がる死に方だ。ダサいしキモいからな。
俺は深呼吸をして、ベッドを降りた。
「さて、朝飯にするか」
「…………はっ?」
驚く程冷ややかな声が沖田さんから聞こえた。思わずビクッとしながら沖田さんを見ると、沖田さんはベッドから消え、俺の腕を掴んでいた。
真っ赤になった顔で震えた声で呟くように言った。
「………ておいて」
「えっ?」
「………ここまでしておいて何もしないってどういう事なんですか⁉︎」
「ええっ⁉︎」
その直後だ。ガチャっと扉が開いた。清姫が立っていた。
「…………何をしてはるん?」
………いつぞやの月火ちゃんみたいなことを言い出した。全身から冷たい空気を全力で放出しつつ、俺と沖田さんを睨んでいた。
あ、ヤバイ。死んだかも。
「わ、私は何もしてませんよ⁉︎沖田さんは襲われた側ですから!」
「は、はぁ⁉︎テメェ何一人で逃げてんだよ⁉︎こうなったのもお前が起きねえのか原因だろうが‼︎」
「何人の所為にしようとしてるんですか!襲っておいて‼︎」
「おっ、おおお襲ってねえし‼︎起こそうとしたらお前の方が襲って来たんだろうが‼︎大体、テメェ何つー格好で寝てんだよ⁉︎」
「布団があると下着姿じゃないと寝れないんですよ‼︎着たまま寝ても寝てる間に勝手に脱いじゃうんです‼︎」
「夢遊病の変態verかテメェは⁉︎」
「マスターにだけは言われたくない一言ですね!変態って!ひ、人の………まっ……女性器を舐めておいて!」
「人の話を聞かずに殺そうとしたお前が悪いだろ‼︎」
なんて見苦しい責任の押し付け合いをしてると、清姫の魔力が増した。で、笑顔で沖田さんに言った。
「………とりあえず、服着たらどうですか?」
「っ」
言われて服を着始める沖田さん。
「それがあなたの死装束になるのですから」
「へっ?」
「くたばれ泥棒猫がああああああ‼︎」
「いや何もしてないんですけど⁉︎」
直後、襲い掛かる清姫と、応戦する沖田さん。
「おい待てええええ!お願いやめて!ここネロの城の中だからああああああ‼︎」
「いや沖田さんに言わないで下さいよ!勝手に清姫さんが……!」
「こおおおおおお‼︎」
「「何言ってんの⁉︎」」
この後、マシュとクー・フーリンさんに普通に止められた。
×××
とりあえず、冒頭の話は伏せて説明したが、ネロとマシュに超怒られた。
朝食を終えて、藤丸さんのパーティは霊脈に召喚サークルを設置しにいった。その間、俺はネロと今後の計画を考える事になった。
「で、これからどうすんの?なんか考えてんの?」
「うむ。ガリアへ向かおうと考えている」
「ガリア?」
「うむ。連合との戦争における最前線の一つだ。そこに共に来てはもらえないだろうか?」
ふむ……どうするかな。藤丸さん辺りに行ってもらえば情報は入るし、藤丸さん自身も少しずつ指揮能力は上がってる。オルレアンでは最後には見事に黒ジャンヌ様を討ち取ってくれた。
ネロもいるし、俺抜きでもやれるだろう。………だが、不安要素があるとしたら、敵にどの程度の英霊がいるのか、だよなぁ。ネロの伯父さんしか分かってない。
「良いんじゃねぇの?行っても」
クー・フーリンさんが口を挟んで来た。
「最前線だろ?戦力は整えた方が良いと思うけどな」
「いや……こちらの戦力を全部敵に晒すのは間抜け過ぎるだろ。対策立てろって言ってるようなものだし」
「戦力がバレたなら増やせば良いじゃねぇか。今、立花達が召喚サークル立てに行ってんだろ?」
そう言われりゃその通りなんだが………。
「ますたぁには、何か懸念があるのですか?」
珍しく真面目に清姫が聞いてきたので、俺はその懸念をネロに聞いた。
「ネロ、ガリアまでどのくらい掛かるんだ?」
「む?まぁ、それなりだが」
「………移動手段は?」
「馬か歩きだ」
「嫌だ!」
疲れる!戦闘ならまだしも、移動だけで何日も歩くのは嫌だ!
パワフルに駄々を捏ねてみたのだが、周りからの反対意見は出ない。いつもならすぐに騒いで来る奴が静かだからだ。
沖田さんは顔を赤らめたままボーッと呆けていた。
「………沖田さん?大丈夫?」
「……………」
「おーい、もしもーし?」
「ッ⁉︎ ち、近いです‼︎」
「ごふっ⁉︎」
顔の前で手を振ってると、突然の平手打ちが飛んで来た。
「な、何しやがんだテメェ⁉︎」
「ううううるさいです‼︎近いマスターが悪いんです‼︎」
「えっ、ええ〜……この人何言ってんの………?」
何のつもりだよこいつ………。殺したい。とても。まぁ、でも気にしないで話を進めよう。
「と、とにかく、歩きなら俺は行きたくないからな!」
「別に良いであろう!子供じゃあるまいし!」
「いーやーだー!」
「む、むぅ……協力関係にあるのではなかったのか……⁉︎」
俺は戦場全体を見渡せる所で通信機を持って全軍に指揮を送る黒の騎士団みたいな感じが良かったんだよ!
すると、クー・フーリンさんが何かを思いついたのか手を打ち、ネロの耳元で呟いた。
「………そう言えば良いのか?」
「ああ」
何を言ったか知らないが、何を言われたって俺は長時間労働競歩大会なんて絶対にやらないからな。
そう決心してると、ネロが俺の腕にしがみ付いて上目遣いで言った。
「………私の馬に乗せてあげるから、一緒に行こう?お兄ちゃん」
「ああ、任せろ」
2秒で決意を翻した。さて、じゃあ準備しないとな。
俺は急いで部屋に戻った。えーっと、必要なものだけ持たないとな。最前線に基地があるらしいし、テントはいらないよな。あと食料もいいか。飲み物と拳銃と……後は双眼鏡、懐中電灯、ナイフ、羊皮紙、ペン、ボード、……こんなもんか?
拳銃とナイフは腰のホルスターに装着し、他はリュックに詰め込んだ。おいおいおい、ちょっと何?なんかすごいカッコよくね?こういうのだよ、俺が憧れてるのって。後は何か羽織るものがあれば良いんだが……流石にそれは持ってないや。ダ・ヴィンチちゃんに作ってもらおう。
「よし、準備完了!」
「おい、マスター」
「えっ?」
クー・フーリンさんがいつの間にか後ろにいて、声を掛けられた。
「沖田の奴、何かあったのか?ずっと上の空じゃねぇか」
「え?あー……」
あったと言えばあったけど……。ていうか、さっきの一件しか思い浮かばないが。
「………ありました」
「さっき騒いでたことか?」
「うん、まぁ」
「ったく……騒がしいマスターとサーヴァントだな、お前らは……」
悪かったな。
「何があったかは聞かないけど、これから戦場に行くんだ。あのままだと困るぞ、俺達も」
「わかってますよ。何とかします。最悪、あいつ前線から外しますから」
「なら良いけどよ。何があったか知らねえし興味もねえけど、戦闘に影響が出るようなことだけはやめろよ」
「はい」
………まぁ、こればっかりは仕方ないからなぁ。俺の所為でもあるし。
するとクー・フーリンさんは俺の鞄の中を漁り始めた。
「しかし、よく持って来たな。こんなに」
「備えあれば憂いなしって言うからな」
「………おい、なんだこれ」
クー・フーリンさんの手元にあるのは3○Sだった。
「ああ、それダ・ヴィンチちゃんに作ってもらった奴」
リーダーを引き受ける代わりにゲーム機を作ってくれるって話だったからな。カルデアに戻ればプレ4とかとにかくゲーム機が置いてある。
「そうじゃねぇよ。何で持って来たんだって聞いてんだよ」
「ストレス発散用」
「遊びたいだけだろ………」
まぁね。良いだろ、娯楽の一つや二つくらい。
出発は藤丸さん達が帰ってきたら。それまでは俺も待機してるしかない。
「………なぁ、マスター」
「何?」
「今回はどういう作戦にするんだ?」
「ん?んー……まだ何も決めてないけど………。今回は遠距離攻撃出来る奴がいないからなぁ。ゴリ押しですかね」
「それ作戦か?」
「戦略的ゴリ押しですよ。ちゃんと中身は考えます」
「あそう。邪魔したな。今回も良い作戦頼むぜ。俺は、割とマスターの指揮の元で戦うのが好きみたいだからな」
それだけ言うとクー・フーリンは部屋を出て行った。
………俺の指揮、か。今回はそうもいかないんだろうな。何せ、協力関係だし。ま、なるようになれだ、頑張ろう。