夜中。身体中がボッコボコに腫れ上がった俺は、道場みたいな場所で大の字に寝転がっていた。
その俺を見下ろしながら、沖田さんとエミヤさんは冷酷に言い放った。
「よし、今日はここまでで結構です」
「うむ。しかし、中々やるなマスター。回避に関してだけはサーヴァント並みと言っても過言ではない」
「それは勿論です。さっきだって敵のセイバーと攻撃を避けまくってましたから。………避けてただけですが」
「ほう、では後は反撃できるようになるまでだな。明日からビシバシといかせてもらおう」
「はい、もうやっちゃって下さい。あと精神的にも基本的にヘタレなので、その辺もボコして下さいね」
………ダメだ。こんなの毎日続くのか?それも最終決戦まで?人類史の前に俺が滅ぶわ。何とかして逃げないと………。
だが、ネロは俺の事しごくのに賛成してるし、クー・フーリンさんも挙手してたらしい。ジャンヌオルタは俺の嫌がることは進んでやりそうだからアウト。佐々木小次郎はよく知らないから頼るのは危険だ。ブーディカとスパルタクスはいないし。ネロの兵士達はネロの手足だと考えるべきだ。同じ理由で荊軻と呂布もアウト。特に呂布とか論外だから。
………残りは藤丸さんとマシュかぁ。一瞬ありだと思ったけど、あいつら女の子同士の癖にラブラブなんだよなぁ。愛の巣に入るのは気が引ける。
…………あれ?俺っていざという時に頼れる仲間がいない………?
「……………」
何それ酷い。もう諦めるしかないじゃん………。
「マスター、いつまで寝てるんですか?早く部屋に戻りますよ?」
「……………」
反論する気すら失せてる。こいつらなんでこんな鬼畜なんですかね………。
「ほら、早く起きて下さい。今日はまだ序の口なんですから」
「…………」
こ、これで序の口………?嘘でしょ?流石に不貞腐れるぞオイ……。
「沖田、マスターはもう疲れてるようだ。運んでやれ」
「えぇ〜……汗臭そう………」
誰の所為だよテメェ………。よくそこまで本人を目の前にストレートな事言えるよな………。
そんな不満そうな顔が表に出ていたのか、沖田さんも不満そうな表情を浮かべた。
「………なんですか、その目」
「………別に」
「良いですよーだ、どーせ沖田さんは可愛くない女です」
「ああ?なんのこ………ああ」
そういえば、オルレアンでそんな事言ったっけか。
「いつの話を引きずってんだよお前は」
「うるさいです、色んな女の子に色目を使って」
色目ってお前な………。
そんな俺と沖田さんのやり取りを見て、エミヤさんは呆れたようにため息をついた。
「………ふぅ、仕方ないな。マスター、俺が部屋まで運ぼう」
「その方が良いわ。沖田さんだと途中で投げ捨てられそうだし」
「なっ………!い、今投げ捨ててあげましょうか⁉︎」
「沖田、マスターにその口の利き方はよせ」
エミヤさんに怒られた沖田さんは、ふて腐れたようにそっぽを向いた。
それに一切気にした様子なく、エミヤさんは俺の腕を掴んで引き上げ、おんぶしてくれた。
「マスター、部屋は何処だ?」
「あ、ああ。ここ出て階段上がったとこ」
「了解した」
運んでくれた。
×××
翌日も稽古は続く。周りのメンバーが前線で踏ん張っている間、沖田さんとエミヤさんは稽古場で俺をボコボコにしていた。いや、ボコボコにはされていない。何とか回避しまくってる。
「うおおっ!あ、危ないって!危ないって!」
「マスター!避けてるままでは稽古になりませんよ!」
くっ……!沖田さんの声のツヤが半端じゃない。稽古とか言いながら楽しんでるじゃねぇか!
「そこ!」
「おぶっ⁉︎」
顔面に飛んで来た突きをしゃがんで回避した直後、回避した方向を読んでいたように突きが飛んできた。それを右手でガードしたが、ガード出来ずに顔面に右手ごと竹刀が直撃した。
後ろにゴロンゴロンと転がって壁に背中を強打した。
「痛ッ……つつ……」
「マスター!次!」
沖田さんは倒れてる俺に元気良くそう言った。
「ふざけんな!もう嫌だよ俺⁉︎」
「ダメです!マスターに死なれたら私達は消えてしまいますし、ここから先勝てるものも勝てなくなるんですから!最低限の戦闘力にはなってもらいます!」
「こんなもんで何が身につくってんだよ!袋叩きにされてるだけだろうが⁉︎」
「これでも昨日よりは手加減はしています!」
クッソ………!こ、この野郎………!
「もう嫌だー!俺やりたくないー!」
「うわっ、エミヤさん!駄々こね始めましたよこの人⁉︎お酒飲める年齢の人が⁉︎」
「もう修行も受験勉強もボクシングもやだよー!」
「こ、こんな姿……ネロさんには見せられない………」
だってもう身体中ベッコベコだもん!青タンとか痛いし。もう少し手加減してくれれば良いのに………。
とにかく、もうプライドなんて完全に捨て去って、両手両足をばたつかせてパワフルに駄々をこねてると、エミヤさんがまた溜息をついて沖田さんに声を掛けた。
「沖田、少し良いか?」
「なんですか?」
「マスターと二人で話したい」
「………ああ、そういう」
えっ、め、目上の人と二人きりに………?それ、学校の先生に怒られる前兆という奴では………。
ドッと顔に汗を浮かばせてる間に沖田さんは修練場から出て、俺はエミヤさんと二人きりにさせられた。
「………さて、マスター」
「すみませんでしたああああ!」
「いや、別に怒ったりはしないから落ち着け」
「『怒らないから』って言って怒らなかった人を見たことがないんで!マジですみませんでした!」
「いやほんとに。少し話があるだけだ」
………それは怒ると言うのでは?恐る恐るエミヤさんを見上げると、エミヤさんは話し始めた。
「実は、昨日沖田から話は聞いた」
「は?なんの?」
「マスターのこれまでのだ」
………それはつまり、エミヤさんが来るまでの俺の活躍をってこと?直後、俺は立ち上がってエミヤさんの肩を叩きながら言った。
「そうかそうか!君も俺の偉大な功績を聞いたか!冬木市ではわけのわからない状況に置かれたものの冷静に味方との合流を果たして見事な指揮によって圧倒的戦力差から見事なマシュを勝利に導き、オルレアンでは迷える一匹の子羊であるジャンヌ様に快く手を貸し、徐々に仲間を集めつつも一人の犠牲者も出す事なく聖杯を回収、ローマに来てからは皇帝陛下ネロの懐に潜り込んで交友関係を上手く築き上げ、ガリアを見事に取り戻した俺の活躍を聞いたか!」
少し着色したけど、まぁ同じようなもんだし別に問題ないだろう。
俺の説明を聞いて、エミヤさんは少し引き気味に答えた。
「う、うむ。まぁ聞いたぞ。冬木市については知らんが」
………そもそも冬木市って何処?という質問も無しか。って事は過去の偉人じゃない?この人、本当に誰なんだ?
「俺は少しマスターの事を誤解していた。ただの能天気だと思っていたが、そうではない。それは認める」
「なら良いんだよ。じゃあ適材適所って事でこのサンドバッグごっこは」
「だが、それとこれとは話が別だ」
「……………」
なんでなんすかね。
「マスターにも身に覚えがあるはずだ。オルレアンでアサシンはともかくバーサーカーに襲われた時やガリアでカエサルに襲われた時、それらを踏まえて考えろ。マスターは必ず前線に出なくてはならないし、キレる指揮官であればあるほど、敵から狙われやすくなるのも当たり前だ。万が一にも敵サーヴァントに襲われた時、せめて味方サーヴァントが間に合うまで時間稼ぎができる程度の戦闘力は良いだろう」
「いやいや、なら俺に接近できないような戦略を考えれば」
「どんな戦略を考えても、それが絶対成功する保証はないというのは、ガリアで学んだんじゃないのか?それに、ステンノにはあっさり接近されたそうじゃないか」
「……………」
そう言われればそうなんですけどね。でも痛いの嫌なんです。生粋のヘタレなものでして。
そんな事を考えてると、エミヤさんはため息をついて別のことを言い出した。
「昨日、沖田は言ってたぞ。俺が『少しやり過ぎたか?』と聞いたら、『マスターには死んで欲しくないからやるしかない』とな。まぁ、結局、今日は少し手加減していたみたいだが」
「っ………」
そうか、沖田さんは俺をただ殴りたいだけだと思ってたけど、本当に俺の事を心配してくれてたのか………。
「…………わかったよ。真面目にやる」
「よし。なら、一つ助言をしてやろう」
「?」
「マスターはよく敵の攻撃が見えてる。ちゃんと避けられているからな。それが出来るなら、マスターの得意な戦略の出番だ。例えば、相手の足を攻撃したら相手はどこに躱す?」
「………上?」
「そう。相手はジャンプする。上からの攻撃、重力の利用で一見相手を有利してるようだが、空中だと相手は身動き取れない。足への攻撃で敵を浮かせてから空中に攻撃へ連続攻撃すれば、相手はガード、もしくは喰らうしかない」
「…………なるほど」
「と、いうか、これはマスターもやっていただろう。宮本武蔵との戦闘の時、沖田に指示を出していたそうじゃないか」
………ああ、あれか。なるほどな。あんなもんで良いんだ。
「………理解したよ」
「よし、では沖田を呼んで来るとしよう」
「あー待った!」
「?なんだ今度は」
「………できれば、もう少し手加減してくれると……」
「………一応、聞いといてやる」
「お母さん………!」
「違う」
エミヤさんは沖田さんを呼びに行った。
戻ってきた沖田さんは元気良さそうに言った。
「よし、ではやりましょうか!」
「あ、待った」
「なんですか?」
「この間合いからはちょっと沖田さん有利でしょ。ほら、沖田さんの方が剣とか使い慣れてるんだし」
「………まぁ、良いですけど」
よし。そんなわけで、7メートルくらい沖田さんから離れた。エミヤさんが「はじめ」と言った直後、沖田さんは突っ込んで竹刀を振るった。
それを、俺は後ろに体を逸らして回避した。ああ、ほんとだ。攻撃が見える。落ち着けば、どんな攻撃でも捌ける。
「!」
さらに沖田さんは竹刀を振り回すが、俺は全部回避し続けた。このままだと体力的に必ず負ける。エミヤさんが言ってたな、この手の戦闘も戦略だって。避けながら頭を使え。
俺に出来る戦略。おそらく沖田さんにもそれはあるはずだ。なら、向こうの攻撃パターンを思い出せ。その中から学習しろ。
…………あれ?なんかパターンというパターンが思いつかないんだけど………。もしかしてこの人、いつも勘だけで攻撃してきてるんじゃ………。だとしたらパターンなんて考えるだけ無駄なのでは……?
「そこ!」
沖田さんの突きが俺の肩に飛んで来たのを慌てて避けた。「そこ」ということは決めに来てるってことか?そういえば、さっきも決めに来る時は突きだったな。
だとしたら、だ。やりようはあるかもしれない。それも、アホな沖田さんならな尚更だ。
「ねぇ、沖田さん」
「稽古の最中におしゃべりですか⁉︎」
「だからこそだよ。袴の結び目が解けかけてる」
「えっ⁉︎」
嘘に決まってんだろ。こんなのに引っかかるとか呆れるを通り越して呆れるわ。あれ?それ通り越せてなくね?
その隙に、俺は竹刀で突きをお腹に放った。まぁ、怪我されると困るから当て止めだけどな。
「………やっぱり」
「えっ」
直後、真上から手刀が俺の脳天に直撃した。
「………これでも、マスターのことは一番良くわかってるつもりです。残念でした」
「…………ぐっほ」
そう断末魔をあげて真下に倒れそうになった時だ。竹刀の切っ先が沖田さんの袴の結び目に引っかかった。
「えっ」
「えっ」
ズルンッと盛大に袴の結び目を解き、袴の前の部分だけペロンと垂れ下がった。袴は後ろは後ろで止まってるので全部脱がしたわけではないが、俺は前から脱がしてしまった上に倒れ込んでるので、ピンク色のパンツが下からガッツリ丸見えだった。
「………………」
「………………」
沖田さんは頬を赤く染めてギロリと俺を睨みつけた。
「………毎度毎度いい加減にしてください」
「………あんま痛くしないでね」
「嫌です」
今度は本気の手刀が脳天に直撃した。