カルデアがダブルマスター体制だったら。   作:バナハロ

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死の淵に立つと死者が見える。

 眼を覚ますと、視界に青空が広がっていた。雲ひとつない、とはいかないが、眩しすぎるほどに太陽が煌めき、現在の季節が冬や秋だったとしても夏を思い出す、そんな青空だった。

 しかし、空が見えてるということは俺の身体は倒れていると言うことだ。いつまでも寝ているわけにはいかない。

 身体を起こし、現状を把握するために辺りを見回すと、海が広がっていた。波も何も無い海。というか、俺が寝そべっていた場所も海の一部のようで、足は着くのに真っ青な海がどこまでも広がっている。

 しかし、海に付着していた身体に海水はついていない。なんだこれ、何かの魔術に掛かったのか?

 辺りを見回してると、正面に人影が見えた。何か小さな箱の前に座り、こっちを見て胡座をかいている。

 ……アレはー、将棋盤か? 何にしても、話だけは聞いておかないと。ここはどこなのか。

 敵か味方か分からないので、腰のホルスターに手をかけて慎重に接近した。

 

「すんませーん、ココドコですか?」

「久し振りだな、正臣」

「は?」

 

 今の声……まさか、爺ちゃんか……?

 

「……あ、じ、爺ちゃん」

「ほれ、何を突っ立っておる。将棋やろう、将棋」

「え? あ、そ、そうね。はい」

 

 何故か将棋をやることになった。異常事態に陥ってるはずなのに、やけに落ち着いていた。それどころか、なんか、こう……実家のような安心感という奴だろうか、何かを考えようとしなくなっていた。

 爺ちゃんの前で座り、将棋を開始。お互いに一手ずつ手を動かした。

 ……あー、懐かしいな。昔はよく爺ちゃんと将棋してたっけ……。メチャクチャ強くて一回も勝てなかったっけなぁ。

 

「正臣、どうじゃ、最近」

「は? あー……まぁまぁだよ。まぁまぁムカつく事が多い」

「まぁまぁムカつくとは……?」

「俺の部下だよ。全員、俺よりバカのくせに言うこと聞かねーし、平気で人の精神ゴリゴリ削ってくる」

「ほう? つまり、なめられてる正臣が悪いんじゃろ」

「また手厳しいお方で……」

 

 俺が将棋で負けて泣いても慰めるどころか「泣く暇があったら何が悪かったか考えろ、次泣き声上げたらファイナルアタックライドだから」とか抜かして来たからな。今の大学の部活ならパワハラだなそれ。

 ま、それもこれも全て俺のためだ。将棋が好きだった俺も投げやりにならなかったしな。

 

「ま、それは良いんだよ。戦闘中はちゃんと命令聞いてくれるし、舐められてるのは日常だけだから」

「じゃあ何がムカつくんだ?」

「一人だけ腹立つ奴がいるんだよ、女なんだけどな。バカのくせに反論して来て、誤解だっつーのに疑って聞かないし、戦略より義理を優先するし、待てっつっても待てないし、そのくせメンタル弱くて過去の上司相手に動きが鈍くなるし……最近じゃ、英霊の癖に負けず嫌いで生身の人間相手に投球勝負で本気出すんだからよ」

「……」

 

 てか、アレは本当ノーカンでしょ。エウリュアレのあほんだらがいなければ俺の石は入ってたんだから。

 将棋の譜面はやや爺ちゃんが優勢だった。イマイチ、攻め切れない俺の守りに、少しムカムカして来た所だろう。や、爺ちゃんはそんな事じゃムカつかないけど。

 いつでも怖いほど優勢な人だ、この人は。

 すると、爺ちゃんが微笑みながら一手を打った。

 

「正臣よ、覚えてるか?」

「爺ちゃんが畳の裏に隠してたAVか?」

「いや違う違うその話じゃなくて。将棋の話」

 

 だよね、知ってた。

 

「将棋のコツは『王将を自分が大切にしてるものだと思え、そうすれば死ぬ気で守ろうと思える』と言ったのを」

「ああ、言ってたな。俺が勝ったら爺ちゃんの王将を教えてくれるんだっけ?」

「……強くなったな、正臣」

「はっ?」

 

 ……なんだいきなり? と思って盤面を見ると、次の次の一手で詰みだった。偶然、と言うわけではないが、愚痴りながら無意識に手を動かしていたからか、俺の得意な守りの攻めによる勝ち筋がいつのまにか完成していた。

 

「……やべぇ、初勝利やん」

「本当に、強くなったのう」

「いや、全然無意識だったわ。で、教えてくれるんだっけ? 爺ちゃんの大切なもの」

「うむ。ワシの大切なものはな……」

 

 そこで、言葉を切って爺ちゃんは何処かからDVDのパッケージを取り出した。AVの表紙だった。

 

「ドS女教師の特別課外授業じゃ」

「お主ら大切な孫達とかじゃねえのかよおおおおおおおおおおお‼︎」

「「「「きゃあああっ⁉︎」」」」

 

 ガバッとツッコミを入れながら体を起こすと、可愛らしい悲鳴が四つほど周りから飛んで来た。

 急に意識が現実に戻って来たように回復し、胸に手を当てると心臓が急に動き出したように加速した。

 えーっと……あれ? 何これ……。てかお腹痛ッ……! そっか、そういや俺、お腹刺されたんだよな……。

 

「……あれ? えーっと……ここどこ?」

「ま、マスター……?」

「あ、沖田さん。ここはどこ? 俺は誰?」

「いえ、どっかの小島で田中正臣さんですけど……」

 

 ……なんか随分長く寝てたみたいだな。少し頭痛いし。

 俺を囲ってるのは女の子だけだった。沖田さん、清姫、アストルフォ、エウリュアレ、船長の五人。他のメンバーは野営の準備やら船の護衛やら見張りやらを手伝っている。

 

「……なぁ、今可愛い女の子の悲鳴が四つほど聞こえたんだけど。一人悲鳴あげなかったの誰?」

 

 なんかみんな心配そうな顔をしてたので、場を和ませようと思ってそんな事を聞くと、アストルフォが微笑みながら答えた。

 

「僕以外のみんな……んぐ!」

 

 直後、慌ててアストルフォの口を塞ぐエウリュアレ。

 ……あれ? てことは、他三人はともかく、船長が「きゃあ!」なんて悲鳴をあげたって事……?

 案の定、顔を真っ赤にして俯いてる船長が目に入ったので、肩に手を置いて優しく言ってやった。

 

「船長、かわいいとこあるじゃん」

「黙れ!」

「んぐっ⁉︎」

 

 口の中にピストルを突っ込まれたので「船長さん!」と沖田さんと清姫さんが慌てて船長を抑えた。

 怪我人に銃を向けるとは……これだから海賊は、なんて思ってると、俺の意識が戻ったのを知ったのかぞろぞろと人が集まって来た。

 

「マスター、起きたか?」

「大丈夫かよオイ」

「田中さん、良かったよ……」

「先輩の応急手当のお陰ですよ」

「チッ、死んでおけば良かったのに……」

「ほっとしながら言っても意味ないぞ、オルタよ」

「ふぅ〜……安心しました〜」

「良かっ、タ……」

「ああ、俺も美少女に囲まれて目を覚ましてみた……」

「……ダーリン?」

 

 全員、無事のようだ。そのことに一息つくと、沖田さんが声をかけて来た。

 

「大丈夫ですか? マスター」

「ああ……いや、大丈夫ではない。すごく痛い」

「まったく、無茶するからで」

「マスタあああああああああああああ‼︎」

 

 アストルフォたんが突然、飛びついて来て、お腹の傷口なんか御構い無しに抱き締められた。

 

「あだだだだだだ! いや北斗神拳じゃなくて痛い方の!」

「マスター、ごめんよー! 僕がいながら……!」

「い、いや謝るなら離れてくれない本当に」

 

 で、でもなんだろう……。何というか……徐々に気持ち良くなって来ちゃったななんか……。意識も徐々に途切れて……。

 

「あ、アストルフォさん待って下さい! ますたあが逝ってしまいます!」

「へ? あ、ご、ごめんねー」

 

 清姫が止めて、何とか昇天は免れた。ふぅ……疲れたな。お腹痛かった。

 と、思ったら、ぐいーっと頬を抓られた。

 

「いふぁふぁふぁふぁ! ふぁ、ふぁんだよふぉなへ!」

「はい」

「ふごっ⁉︎」

 

 引っ張られてる中、急に手を離されてひっくり返った。抓られた相手はエウリュアレだ。

 何故か不機嫌そうに真っ赤に染まった表情で俺を睨んでいる。

 

「ってぇな……何すんだよ……」

「ふんっ……バカ」

「いきなりなんだお前……会話の脈絡のなさ的にむしろバカはお前の方で」

「あんたなんかの所為で人間に助けられちゃったじゃない……」

「え、それ俺の所為なの……?」

「とにかく、謝りなさい!」

「俺が謝るの⁉︎」

 

 いや、謝られたいわけでも無いけだ、俺が謝るって展開だけは絶対おかしいでしょ。

 何が言いたいのかわからず困惑してると、横からアステリオスが口を挟んだ。

 

「ウウ……エウリュアレ、バカには、ちゃんといわなきゃ、分からない……」

「あれ? 今、バーサーカーがバカって言わなかった?」

「わ、分かってるわよ! アステリオスは黙ってなさい!」

 

 怒られ、しゅんっと凹むアステリオス。それに少し悪気を感じつつも、エウリュアレは俺を見て歯切れ悪く言った。

 

「え、えっと……だから……! そ、そのっ……あ、ありが」

「いや気にしなくていい」

「……ぁあんた最後まで言わせなさいよここまで来たらぁ〜‼︎」

「ふぉぐっ⁉︎」

 

 傷口を踏みつけられ、お腹を抑えて蹲った。お前幾ら何でも傷口は踏んじゃあかんでしょ……。

 しかも、踏みつけた癖にエウリュアレは蹲ってる俺の背中の上に座り、腕を組んで偉そうに言った。

 

「と、とにかく! 人間が私に心配なんかかけさせたらタダじゃおかないんだから! さっさとその穴ふさぎなさいよね!」

「……だったら蹴るんじゃねーよ」

「返事は⁉︎」

「は、はい……」

 

 な、何なんだよこいつ……。てか退いてくんない? お腹に負担がすごいんだけど。

 少しイラっとしてると、沖田さんと清姫が立ち上がり、頬を膨らませた。

 

「ちょっと、エウリュアレさん! 退いて下さいよ!」

「そ、そうです! そこはわたくしの席で……!」

「いや違うだろ。お前らは良いとかじゃ無いから」

「何よ、人間の英霊風情が。ここは私の特等席よ」

「せめてそんな人を椅子にするような真似はやめて下さい!」

「そ、そうです! ますたあの椅子はわたくしの役目です!」

「清姫、お前ほんと全般何言ってんの?」

 

 あの子、会話が出来るバーサーカーだと思ってたんだけど……。

 しばらくギャーギャーと騒いでると、ラチがあかないと思ったエミヤさんが口を挟んだ。

 

「おい、とりあえずエウリュアレ、お前は降りろ」

「っ、わ、分かったわよ……」

 

 相変わらずおかん力が高いな……。一発で言うこと聞かせやがった。

 

「それから、沖田も清姫も今は黙れ。どうせカルデアに帰ればエウリュアレはいなくなるんだ、我慢くらいできるだろ」

「うっ、は、はい……」

「……まぁ、ますたあの椅子になれるなら」

「とりあえず、話を進める。敵から離脱はできたものの、追ってくる可能性もあるんだ、私が独断で決めたメンバーは作業に戻ってもらうぞ」

 

 流石、エミヤさんだ。貫禄が違う。独断で、といっても誰も何も言わねーんだからよ。

 結果、この場に残ったのは俺、エミヤさん、藤丸さん、マシュ、船長、エウリュアレ、オリオンとアルテミスだけ。他は作業に戻った。

 ま、これでようやく話が出来る。エミヤさんの的確なメンバー選びで話も潤滑に進みそうだしな。クー・フーリンさんとか佐々木さんとかは多分、作業組のまとめ役だろうし、その辺もぬかりがない。

 とりあえず、エウリュアレが退いてくれたので座りなおすと、今度は膝の上に座って来た。

 

「……あ、結局座るんだ」

「なに、嫌なの?」

「いや、お尻の感覚が可愛」

「……お尻が、何?」

「うし、じゃあこれからどうするか会議するぞー」

 

 傷口を文字通り抉られたので真面目モードに入る事にしました。

 

 


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