「アストルフォ! にげてえええええええ‼︎」
「無理言わないで! 定員二人に三人乗せてるんだから!」
俺とエウリュアレは、この世ならざる幻馬に乗せてもらってアキレウスから逃げていた。地上ではヘラクレスからクー・フーリンさん、アルトリアオルタ様、アステリオスが逃げ、あの人斬り星人は沖田さんと清姫が相手をしながらじりじりと下がる。
とにかく、あんな奴らが相手では撤退あるのみである。
「いけるって! エウリュアレは1人っつーか0.5人分だから!」
「どういう意味よ⁉︎」
「アストルフォより色々な部位が小さい的な意味」
「女神の視線!」
「わー! うそうそ!」
「ちょっ、暴れないでって二人とも!」
そんな中、後ろのアキレウスが冷めた声で言った。
「ハッ……くっせぇ芝居しやがって」
「は?」
「わかってんだよ。お前ら、俺らを何処かまで誘導してえんだろ?」
「……」
さすが、英雄アキレウスだな。まぁ、別々の相手から逃げてるのにみんな同じ方向に逃げてるし、気付かないわけがないか。どうせ、気付かれたってどうする事も出来ないからな。
だが、なんであれこのままってわけにもいかない。作戦は気付かれているのと気付かれていないとでは、敵の動揺の振れ幅が違う。
「……予定より早いけど、やるしかないな。アストルフォ、高度を落とせ」
「了解!」
「アステリオス、やるぞ」
『ウウ……了解……!』
通信機に声を掛けると、作戦を開始した。まずは、地上班。アステリオスは足を止めると、一気に宝具を解放した。
「『まよえ……さまよえ……そして……しねぇ‼︎』」
宝具『万古不易の迷宮』。つまり、迷宮の具現化だ。この中なら、時間稼ぎは可能どころかこれ以上にない名案である。
その中に、まずはアステリオス組が入り、その背後を追いかけていたヘラクレスも突入する。
「はっ、やっぱそうかよ。面白味のねえ野郎だ」
後を追ってくるのはアキレウスだ。まぁ、そうだろうね。如何にも派手な戦さが好きそうだし。でも、だからこそだよ。誘い甲斐がある。
ピポグリフの低空飛行についてくるアキレウス。続いて、沖田さん組と人斬りさんが迷宮の中に入っていった。
最後に、俺達とアキレウスが中に突入する。洞窟の入り口のようなものの中に突っ込むと、まずはエウリュアレとアストルフォの安否確認である。
「二人とも、いるな?」
「いるよ!」
「私も無事よ?」
「なら、まずは味方と合流だ。グズグズしてる暇はねえよ、急いで!」
二人の手を引いて迷宮の中を走った。何せ、迷宮の中で撒きやすいとはいえ、後ろからアキレウスが走って来ているのだから。
そう、序盤さえ何とか出来れば、後はどうとでもなるのだ。エミヤさんが作ってくれた発信器はみんなに持たせたし、ドクターがどの辺に相手がいるか、とかちゃんとナビしてくれる。
方角や迷宮内のマッピングは頭に叩き込んでおいたし、後は運次第か……。
「ふぅ……疲れてきた……」
「何よ、だらしないわね。わたしをエスコートしてるんだから、早く走りなさい」
「うるせーな、わーってるよ」
そう悪態をつきつつも走っている時だ。曲がり角で、ばったりとアキレウスと遭遇した。
「「「ぎゃああああああ!」」」
「え、なんで背中を追いかけてた奴らが前から走ってくるんだ?」
「たいきゃーく!」
「逃すかってんだよ!」
直後、アキレウスは勢いよく槍を振るう。それが俺のズボンを掠め、ベルトをちぎり、ズルリとズボンが落ちる。
それにより、走りづらくなった俺は前のめりに転んでしまった。
「ぎゃはっ⁉︎」
「な、何してんのよ⁉︎」
「もらったァッ‼︎」
今度は縦に槍を振るってきたのに対し、アストルフォに襟を引っ張ってもらって直撃は避けた。そう、直撃は。
穂先がズボンに引っかかり、ずるりとパンツが剥き出しになった。
「ええええ! またあああああ⁉︎」
「ぷふっ……可愛いパンツね」
「うるせええええ!」
なんで? 何なの? 一々、脱がさないと気が済まないわけ? もう嫌だよこんな惨めなの! クソったれが!
「オラオラ、逃すかってんだよ!」
「ちょっ、待て待て! 大がつく英霊がこんな小者に本気出して恥ずかしくないの⁉︎」
「知るかよ!」
クソっ、ダメだ。まさかこんなに早く遭遇するとは……! これだから、俺の運の悪さは……!
『マスター、聞こえるか?』
「え?」
『今、行く。死ぬなよ』
この声……アルトリアオルタさん? そんな風に励ましてくれるなんて……。あの見た目とはいえ、やっぱり俺は自分のサーヴァントにビビり過ぎてたんだな……。
と、思った時だ。なんか壁を突き破って黒い剣が降りて来た。目の前に。
「え」
俺とアキレウスの間を遮るように降りてくるカリバー。迷宮の壁を何もかも吹き飛ばした。
俺は唖然とするしかないし、アキレウスは瞬時に壁の亀裂に気付いて避けるしかない。完璧な一手ではあったんだけど……その、何? 心臓に悪いわ。死ぬかと思った。
その迷宮の穴から悠々と歩いてくるのは、アルトリア・ペンドラゴン。王の剣を手にして、ゆっくりとアキレウスと俺達の元に歩いてきていた。
「見つけたぞ、マスター」
「見つけたぞ、じゃねぇよ! 殺す気か貧乳⁉︎」
「殺すぞ」
「あ、いえ冗談ですごめんなさい殺さないで下さい……」
うん、もうナマ言わない。この人普通に怖い。すぐにエウリュアレの手を引いて走り出した。
「おら、行くぞ」
「え、ええ⁉︎ 戦わないの⁉︎」
「バーカ、これは勝つための戦闘じゃない。向こうがこっちのクビを取るか、こっちが向こうのクビを取るかの耐久速攻勝負だ。こっちのクビは、俺じゃなくお前。なら、逃げの一手でしょ」
「で、でも……あの男、かなり強そうよ? 彼女一人で手に負えるの?」
どうだろうな。まぁ、俺もアルトリア・オルタさんの実力を知らんからなんとも……。
「じゃ、僕も残るよ!」
「アストルフォ? 本気かよ」
「いないよりマシでしょ? 僕だって、マスターのサーヴァントだからね!」
うーん……いや、でもアストルフォがいても何か変わるのか……。うん、念には念を入れておこう。
奥にいるアキレウスに向かって、大声で叫んだ。
「アキレウスてめぇ人のズボン引き裂くんじゃねえよ!」
「ああ? 何の話……」
「ますたあのパンツが公開中ですって⁉︎」
直後、壁を突き破ってバカがやって来た。
「来たな、清姫。お前も参加だ。三人がかりであのトンガリバカを足止めしろ」
「畏まりましたわ!」
「はっ、オレはたった三人と同等なのかよ」
バーカ、俺の仲間を甘く見んなよ。勝とうとしなきゃ、この迷宮の中で抑える方法なんていくらでもある。
エウリュアレの手を引いて、そのまま走って逃げた。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
「ふふ、辛そうね。あなた」
「るせーよ……お前、誰を守るために辛い思いしてると思ってんの?」
「冗談よ。しっかり守ってね、王子様♪」
……くそ、少し可愛いじゃねえか。ムカつくけど。まぁ、それなら王子様らしく行こうじゃねえの。
「任せな、お姫様! どんなやつが出て来ても、この俺が絶対に……!」
言い掛けた直後、壁を破壊しながらヘラクレスが出て来た。
「「あんぎゃあああああああ‼︎」」
「Graaaaaaaaaaaa‼︎」
ば、バケモノ──────ーッッ‼︎
「マスター、危ねえ‼︎」
「わっ、クーさん!」
慌てて俺とエウリュアレを小脇に抱えてカバーしてくれた。いや、マジ危なかった。死んでたわ、今。
「って、クーさん一人で相手してんの⁉︎」
「いや、俺だけじゃねぇ!」
直後、ヘラクレスに一人の巨漢が突進した。この迷宮の主、アステリオスだ。パワーのアステリオスと、速さのクーさんの二人がかりでヘラクレスを足止めしていた。
「二人とも、頼むわ!」
「任せな!」
「えうりゅあれ、を……よろシク……!」
「あいよ!」
とりあえず、巻き込まれないように逃げるしかなかった。だってあの中に俺とエウリュアレがいても出来る事ないし。
そのまま手を引いてとにかく走る。だってボーッとしてたら死んじゃうし。
「……はぁ、ここまでくりゃ良いだろ……」
英霊……それもバカ強い二人を相手に「これなら良い」なんて基準は存在しないが、流石に迷宮の中をみんなが抑えてくれてるなら、少しは足を止めたくなる。
「……で、あとは立花が勝つまで待つだけって事?」
「そういうこと」
「人任せね」
「仕方ないでしょ。兵力の分散は嫌だったけど、向こうにまとめてかかって来られる方が嫌だった」
そもそも、お前を守るための戦いなんだし、文句を言うなよ。
「……ね、正臣」
「何?」
「今のうちに言っておくわね」
なんだ、急に改まって。まぁ、今は落ち着けるタイミングだし、別に良いけどさ。
「この戦い、勝っても負けてもあんたとはお別れなんでしょ?」
「そうだね。……お、何。もしかして寂しい感じ? 人のことあれだけボロカスに言っておいて?」
「……そうね。少し、寂しいかも」
「そんなわけな……え、そ、そうなの?」
……あれ、どうしたんだこの子? 急に頬を赤らめて……。てか、こんな素直なタマだったか?
「……エウリュアレ?」
「だから、お別れの前にあなたに……」
……あ、なんか殺気が出てる。と思ったのとほぼ同時だった。エウリュアレを抱き抱えて、間一髪ダイビングヘッド、直後、俺の脹脛を刀が掠めた。
「なっ……!」
「い、いでえええええええ‼︎」
「ほう……避けちょったか」
痛いいいいい! 死ぬううううう! そしてもう少し踵の方だったらアキレス腱が逝ってたああああああ‼︎
「ちょっ、大丈夫⁉︎」
「いだあああああ! もう嫌だあああああ! 俺、人理修復やめるううううう!」
「し、しっかりしなさいよ!」
涙目で顔を上げると、そこに立っていたのは和服の侍だった。てか、今の口調……土佐弁? 坂本龍馬か岩崎弥太郎か……いや、岩崎弥太郎は侍じゃねーわ。
「まぁ良いぜよ。おまん、次で殺すきに」
「おまんって……プフッ、何それ。女性器?」
「ちょっ、あんたいきなり何言ってんのよ。殺すわよ?」
「や、だってぽいでしょ。おまんって……じゃあ逆に『チン』で止められて始皇帝を思い出す奴ってどれだけいる?」
「知らないわよ。てか、あんたのソレを踏み潰すわよ」
その直後だ。俺とエウリュアレが言い合いしている間に、さらに刀が振り下ろされる。
恐る恐る顔をあげると、侍の人が見え隠れしている片目から殺意の波動を放っていた。
「おまん……わしを、笑ったか……?」
「え……」
あ、やばい。地雷踏んだ? 何とかしないと……!
「わ、笑ったのは『おまん』という訛りに関してで、あなたの事は笑ってませんよ? いや、笑うわけないでしょう、こんな立派なお侍を!」
「侍? ……何を言うちょる。わしは……人斬りぜよ」
「紐切り? え、そんな地味な商売してたんですか?」
「違う! ひ、と、き、り!」
「あーあー、人斬りね。もう、紐切りなんてそんな駄洒落……面白かったです。わっはっはっはっ、らっはっはっ!」
「……」
……あ、ヤバい。人を怒らせるエキスパートだからよく分かる。地雷を二度踏みされた人の顔だ。
「……おまんはァ、ワシをッ……笑ったかァッ⁉︎」
「「きゃあああああああ‼︎」」
思わずエウリュアレと抱き合って死を覚悟した時だ。振り下ろされた刀が、ガギンッと鈍い音と共に止められる。
……い、生きてる……? うん、生きてる。死んでたら、エウリュアレの無乳と香りは感じられない。
「この、ヘンタイマスター!」
「あふん⁉︎」
直後、脳天からゲンコツが降り注がれた。思わず顎を地面に強打する威力だ。この声は、もう何度も聞いたアホみたいな声だ。
「お、おぎっ……おぎだざああああああん!」
「はいはい、あなたの沖田さんですよー」
「え? いや俺のではないけ……ブゴッ!」
肘打ちが顔面に決まり、後方にはじき飛ばされる。
「今のは正臣が悪い」
「ですよね」
……お前ら仲良いよな……。
「さて、あなた……岡田以蔵ですね?」
「そう言うおまんは……新撰組一番隊隊長、沖田総司」
あ、岡田以蔵だったんだ……超人斬りとんでもサイコパスじゃん……。やっぱ、英霊怖い……。
「まさか、おまんのような狂犬が、そんな小者臭いガキに飼われちょるとはのう」
「あなたの方が小者でしょう、ダーオカ」
「……なんじゃと?」
ひえっ、見てるこっちが怖くなるようなことを平気で……。
「確かに、マスターは小者臭いです。口は悪いし、弱い癖に出しゃばるし、ビビリですぐにちびるし、小賢しいし、すけべだし、どうしようもない人です」
……言い過ぎでしょ。え、俺そんなイメージ? ヤベッ、この特異点に来てから俺、泣きそうな思いしかしてない。
「ですが、これでも二つの特異点を修正した、世界で一番、喧嘩が弱い軍師です。あなたのように、唆されて大きな組織に入って調子こいて下手こいて下手こいて下手こいた人斬り被れに『小者』と言われる程、小者ではありません」
正直、嬉しさより恐怖が勝った。だって、目の前の岡田以蔵、なんかもう超サイヤ人に覚醒しそうなレベルで額にシワを寄せてるんだもん……。
「……沖田ァァァ……今、なんて言いおった……!」
「何度でも言いましょう。……あなたの方が、小者、です」
「殺す!」
目の前で、侍達が決闘の火花を散らし始めた。